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BALANCE (9)


こんばんは、ぞうはなです。
とりあえず今週最後の更新です。





キョーコの住む町からは数十キロ離れた都心の地下鉄駅。
朝の通勤ラッシュがほぼ終わったその時間帯にはまだ人も多く、早足でせかせかと歩く人々が縦横無尽に行きかう。
改札に向かう階段から離れたホーム端のベンチには数人の姿が見える。しかしホームの両側に反対方面の電車がほぼ同時に到着し出発していくと、そこに座るのはスーツを着て新聞を読んでいるサラリーマン風の眼鏡の男一人になった。

一時的に閑散としたホームに、先ほど発車した電車に乗っていたのか一人の若い男が現れ、ベンチに向かって歩いていく。
男はジーンズにパーカーにスニーカーと言う地味な装いだが、キャップを目深にかぶり、一瞬鋭い目でさり気なく辺りを見回す。そしてベンチにたどり着くと、眼鏡の男の裏側の1つずれた席に腰をおろし脇にはさんでいた漫画雑誌を開いた。

「随分と派手に動いてるみたいだな」
「…それほどじゃありませんよ。相手が突っかかってくるだけです」
唐突に眼鏡の男が新聞を広げたまま独り言のように話し出し、背を向けたまま若い男が返事をする。

「まあいいが、あまり目立たないようにしてくれよ」
「できる限りは」
あんまり信用できないな、と呟いてから眼鏡の男は表情を改める。
「手短に伝える。ガサ入れは予定よりかなり早まりそうだ」
「動きがありましたか」
「ああ。この間詐欺グループの摘発があっただろう。あのメンバーから芋づる式に。組織全体の管理がガサツだな、証拠も押さえてる」
「なるほど」
「緒方組の代替わりで破門になった金竜会、どうもすべてがそこにたどり着きそうだ」
「予想通りですね。俺の方でここ数日探った限りでも緒方組自体はシロのようです」
「そうか。こっちからの詳しい事はこれ見といてくれ」
ベンチの隙間を通って裏から差し出された封筒を、若い男は体の横で受け取ってそのままパーカーのポケットに入れた。

「お前もそろそろ引き上げ時だ」
「分かりました」
「くれぐれも無茶と余計な事はするなよな」
「心配要りませんよ」
「本当か?情報屋経由で"敦賀蓮"の名前、俺にも聞こえてるんだからな」
「犬って言われてませんか」
「知ってるのか。まあ間違ってないよな。ああそれから、お前ちゃんと飯食ってるな?」
「社さんは心配性ですね」
くすりと笑うと若い男は立ち上がり、階段から歩いてきた中年男性がベンチにたどり着く前にゆっくりとその場を離れた。男は階段の手前、貼られたポスターの手前で一瞬足を止め、そしてすぐに階段に姿を消す。
やがてホームに入ってきた電車が動き出すと、ベンチには誰もいなくなった。


にわかホステスとして働かされた日以降、キョーコの日常は元通りの平穏なものに戻っていた。
朝早くから新聞配達をし、昼から夕方にかけてはファーストフード店でレジを打ち、夜は居酒屋で酒やつまみを運ぶ。そして週に一度は血と汗と涙の結晶である給料を、闇金の取立人に渡すのだ。
見ようによっては報われない毎日だとも言えるが、それでもキョーコは完済を目指して張り切っていた。

金を受け取りに来る蓮は貴島の件以来はそれほど話し掛けてはこないが、キョーコが疲れた顔をしている時などは「たまには休め」とぶっきらぼうなりに気遣ってくれたりもして、キョーコは蓮の本質は実は優しい気遣いの人ではないかと思い始めている。
本来であれば週に一度の集金日は気が重い日のはずだが、キョーコは蓮の顔を見るのが楽しみなほどになっていた。


勝手に思ってるだけだけど、敦賀さんは私が生まれ変わるのを見届ける証人みたいよね。


「そんなこと言ったら絶対顔をしかめて迷惑がるから勝手に思ってるだけにしようっと」と、確かに迷惑な事を考えながらキョーコはその日もバイトを終えて自分の部屋へと戻ってきた。
蓮のことを考えているのはこの日が集金日だからか。
1ヶ月に渡せる金額は大体決まっているのだから毎週来てもらう必要もないのだが、蓮は毎週足を運ぶ。どうやら金を貸した相手が逃げないかとか、不穏な動きがないかどうかを確認する意味でもこまめに訪ねる必要があるらしい。

ん?私信用されてないってことかしら。

そんなことを考えもするが、万が一この間の貴島とのようなことがまた起こったとしたら、蓮が様子を見に来てくれることは心強くもある。やくざに頼るなんてと思う気持ちもなくはないが、実際頼りになってくれたのだから仕方がない。傷の手当をしたくらいであそこまでしてくれるとは、まさにエビで鯛を釣った気分だ。

でも敦賀さん、なんであんな時間にこんなところにいたのかしら?

キョーコはずっと、明け方に近所で蓮に遭遇したそのシチュエーションを疑問に感じている。口数の少ない蓮から家はこの辺りでない事くらいは聞きだしていたが、それ以上はさすがに聞けない。首を突っ込むなと怒られる事は間違いないからだ。
首をひねりつつもアパートの敷地に入り、ふと見上げると自分の部屋の前に動く人影が見えて、キョーコははっとした。

もしかして敦賀さん来ちゃった?

慌てて時計を確認するが、いつも蓮が来る時刻までにはまだ少し間がある。
やくざのクセに、というのも偏見だが、蓮は時間に正確なのだ。早く来ることも遅く来る事もなく、訪問は夜11時を3分以上ずれることがない。それに、見上げただけで正確に確認はできないが、部屋の前にいる人物の背は蓮ほど高くもなさそうだ。

もしかしてまた別の取立てとか…?もういい加減にして欲しいんだけどな。

けれど蓮は再度調べたと言っていた。
だからもうこれで終わりだとキョーコは安心していたのだ。単純に返済すべき金額が増えるだけでも気が重いのに、またなにかトラブルに巻き込まれるのも更に嫌だ。

キョーコは少し緊張しながらアパートの階段を上りつつ、部屋の前に意識を集中させた。
キョーコの部屋の前にいた人物も足音に気がついたのかこちらの様子を伺っている。頭をすっぽりと包むようなニットの帽子をかぶりマスクをした人物は明らかに怪しげだ。しかし、その格好はカジュアルなもので、蓮や貴島など、取立てに来た人たちのものとはだいぶ違う。

「何か御用ですか?」
訝しげにキョーコが尋ねると、部屋の前の人物は動きを止めた。
しげしげとこちらを眺めているようだが何も答えないので、「…あの」とキョーコは再び尋ねようとした。するとそれを遮るように相手が驚いたような声を出す。
「キョーコか?」

一瞬でキョーコは相手の正体を知る。と同時に一気に怒りが沸点まで達して眉を吊り上げた。
「ショータローね?あんた、とんでもないことしておいてよくもノコノコと…!」
「ちょっ、お前なんだよいきなり何怒ってんだよ!」
語気荒く詰め寄ったキョーコに男はぎょっとなるが、指でマスクを顎まで下げて不機嫌な顔をする。
「当たり前でしょ、自分でやったこと分かってない訳?」
「大声出すなよ!」
「うーるーさい!」
「うるさいのはてめーだ!」

2軒隣のドアがガチャリと開き、住人の中年男が顔を出してじろりと2人を睨んだ。「すみません」とキョーコが頭を下げると、男は無言でばたん!と大きな音を立ててドアを閉める。

「ほら言った通りじゃねぇか。大体俺が誰だかばれたら騒ぎになるだろうが!気をつけろよ」
「ああん?」
キョーコは斜め下からこれ以上ないほどの怒気を込めて男の顔を睨みつけた。
物心ついた頃から大好きだった幼馴染。いまや芸能人である「不破尚」だが、自分はその本名が「松太郎」であることを知ってる。ビジュアル系などとチャラチャラした格好をしてナルシストな表情でテレビで歌を歌っているのが「松太郎」だ。大声で言ってまわってやりたい気分にキョーコは囚われる。

対する不破尚の方は、やや戸惑っていた。
自分が最後に見たキョーコは、自分の体を気遣い、自分の才能をほめたたえ、自分の機嫌を損ねまいと懸命に顔色を伺ってニコニコと接してきていた黒髪のキョーコだ。
それが数カ月ぶりに来てみればどうだ。長かった髪は肩くらいまでの茶髪になり、自分を認めた瞬間黒いオーラがキョーコの背後から噴き出るのが見えたような気がする。
そしてこのガンのくれ方。その辺のチンピラすら少しはひるみそうなガラの悪さだ。キョーコはこんな女だったか?戸惑いを表に出さないよう、尚はキョーコをにらみ返した。
「なんだよ」
「あんたみたいのが叫ぼうが何しようが、騒ぎになんてなんないのよ。調子に乗るのもいい加減にして」
「んだと?」
「またここで大声出されると迷惑なのよ。ちょっと中に入りなさい!」
鍵を開けたキョーコはドアを開け放つと尚を室内に押しやってドアを閉めた。


ふてぶてしい表情で尚は畳にどっかり腰をおろして胡坐をかいた。ぐるりと見回した部屋の中は自分が出て行った時とほとんど変わらない。
少し離れたところに険しい顔で座ったキョーコを見て、尚は思わず口を開いた。
「んだよ、俺が来たって言うのに茶の一杯も入れないのか?」

キョーコは黙ってすくりと立ち上がるとシンクに向かい、水切り桶に伏せていたグラスをむんずとつかむと蛇口をひねった。
なみなみと水を注ぐと、それをテーブルの上に「たん」と置く。
「どうぞ」
今やキョーコの声は地を這うようだ。

「で、今さら何しに来たの」
「せっかく人が忙しい中時間作ってきたって言うのに本当お前は態度悪いよなっ」
吐き出すように言い放って、尚は着てきたショートコートのポケットを探ると中から白い封筒を取り出して放り投げるようにテーブルに置いた。


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