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BALANCE (8)


おこんばんは!ぞうはなです。
うっかり尚が原作に二重も三重も輪をかけたアホ太郎になってしまっていますが、ご了承ください…
(こんなことしてそんなに尚は嫌いでもないよって言っても説得力がないかも…でもそこまで嫌いじゃないです)





深夜のアパートに階段を上る2人分の靴音が響く。
キョーコはバッグから鍵を取り出してドアを開け、電気をつけて部屋に上がった。途端に膝から力が抜けて畳に座り込む。
あとからキョーコを支えるように玄関まで入った蓮は、崩れ落ちたキョーコの様子を見て少し眉をしかめるとため息をついて靴を脱いだ。

「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。すみません、送っていただいてありがとうございました」
助け起こそうとする蓮の手を遮ってキョーコは膝を抱えて座った。大人びた化粧の顔とドレスにその体勢はいかにも似合わない。けれどキョーコにはもう取り繕う気力もなかった。胃がむかむかするし頭は痛いし体も思うように動かず疲れきっている。

「明らかに飲みすぎだ」
「分かってます」
蓮の口調はぶっきらぼうなものに戻っていた。キョーコは愛理の店を出る前に蓮が愛理に向けた笑顔を見ていたため、その扱いや態度の違いに少しだけ引っ掛かりを覚える。

けれど、そんなことはごくごく些細な事だと思える。自分は蓮に救われた。これは動かしようのない事実だ。
貴島の態度は柔らかく、口調も優しく決して暴力的なことはされていない。けれど逆らうとか逃げるということが出来るような状況ではなかった。頑張って逃げたとしてもすぐに捕まる、そんな恐怖が常につきまとっていた。

「助けてくださって本当にありがとうございます。けど、なぜあのお店に?」
顔を上げたキョーコに小さな声で問われて、蓮は立ったままじっとキョーコを見た。そして手にぶら下げていた水のペットボトルをそばのテーブルに置き、そのまま腰を下ろしてキョーコの方を向いて胡坐をかく。
「その前に聞きたい。なぜ君は、他人がした借金の返済のためにここまでする?」
「……」
キョーコは唇を引き結んで頭を下げる。蓮はその様子を見ながら続けた。

「うちの事務所で契約をした人物は君ではなかった。貴島の事務所の書類を見たが、そこに書かれていた君の名前はうちの事務所にあった契約書と同じ筆跡だ。…君は俺たちがここに訪ねて来るまで、借り入れがあることすら知らなかった。違うか?」
「違い…ません……」
大きくため息をついてから、キョーコは答えた。どこか寂しげな悲しげな顔で畳の縁辺りを見つめる。

「力になりたかったんです。私にできることならなんでもしようって思ってました」
「君の名前を騙って金を借りた人物を君は知ってるって事か」
「はい。あいつは男なので実際に私の名前を騙って手続きしたのは他の人かもしれませんけど。でもあいつが主導してる事は間違いないです。連絡先に自分の携帯番号を書くなんて、どこか抜けてますよね」
「……」
「きっとどうしてもお金が必要だったんだろうって思って、頼られてるなんてどこか嬉しかったりして」
自嘲気味に笑ってから、きっと顔を上げたキョーコは怒った顔で蓮を見た。
「本当バカですよね!」

キョーコの表情の変わり方に蓮は一瞬目を見開いたが、すぐにくすりと笑う。
「そうだな」

あ…笑った…

今度はキョーコが目を見開いてしまった。
先ほどの店で愛理に見せた笑みとはまた違う、自然な笑い。蓮がそうやって笑ったのを初めて見た気がする。
「自分でバカな事だと分かっているのになぜ?」
すぐに表情を戻した蓮に問われ、キョーコは膝を抱えなおした。
「私のこれまでの人生はあいつのためにあるようなものだったんです。幼馴染で物心ついたころにはそばにいて、自然に好きになってました。でもあいつは結構冷たくて、私なんて必要なさそうだった。だからミュージシャンになるために家を出たいって相談されたときは嬉しくて…」
キョーコはひとつ息をつき、蓮がじっと無言で自分を見ているのを感じて続けた。

「2人で家出同然に家を出て、一緒にこの部屋に住み始めました。ミュージシャンになる夢を叶えるために私は全力で手助けするんだって思って、生活に必要な事は全部やりました。曲作りとか売り込みに専念できるように」
「養ったってことか」
「…はい。仕事して、あいつのために家事もやって。ネットで有名になってきたって話はあいつから聞いて、本当に嬉しかったんです。けど…3ヶ月くらい前からここに戻る事が少なくなって、2ヶ月前からは姿を見てません。携帯もいつかけても留守電だったし、そのうち解約されたのかつながらなくなって」
「その後俺達から借金の話を聞いた?」
「その直前に他の業者の方もいらっしゃいましたけど…額は敦賀さんのところのが一番大きくて」
「そうだな。うちは最初から大きい金額を貸さない。現に君の名前での借り入れはこれが3回目だ」
「3回…」とぽそりと呟くとキョーコは表情をゆがめてこめかみを押さえた。蓮が無言で水のペットボトルを取って差し出し、キョーコはそれを受け取る。

「どうしてもお金が必要だったんだって思いました。きっと逃せないチャンスなんだって。相談してくれればとは思ったんですけど連絡もつかないし…」
「それで何も言わずに返済したのか」
「そうですね。あいつだってきっと、ミュージシャンとして成功したら返してくれるのかななんて、いえ、お金は返ってこなくても構わなかったんです。ただ迎えに来てくれればそれだけでよかった」

しばらくの耳が痛いほどの沈黙の後、蓮が口を開いた。
「君の話はさっきからずっと過去形だ。今は?」
「今は…すっかり目が覚めました。だってあいつ、もうデビューしてたんです。ここのところ忙しすぎてテレビなんて見ないから全然知らなかったんですけど。けどデビューシングルがいきなりチャート1位に入って」
キョーコはペットボトルに口をつけて水をぐびりと飲む。
「だけど連絡なんて全くありません。…あいつは私を単なる踏み台としか思ってなかったんです。踏み切って高く飛んだら、その後は誰も蹴り落とされた踏み台の事なんて気にしないですよね」
唇から少しこぼれた水を、キョーコはぐいっと腕で拭いた。
「ただ家政婦や財布のように使われて。それだけならともかく闇金で借金まで?本当に最低男ですよね。やっぱり私はあいつにとってただ便利だっただけで、使い終わったらぼろ雑巾みたいに捨てる、そんな存在だったんです」
気持ちが昂ぶってきたのだろうか、キョーコの語気は荒くなる。

ペットボトルをどすん、と畳に置いて、キョーコは大きく息を吐いた。
「けど、一番のバカはやっぱり自分なんだって痛感しました。あいつがそういう最低な奴だってことも分からないでヘラヘラ笑ってひたすら尽くして機嫌とって。あいつが心の中で見下してるの知ってたはずなのに見ない振りして…!」
「なるほどね。しかしそこまで言うのに君はまだ返済を続ける気なのか」
蓮の表情は全く変わらない。その方がキョーコは話をしやすかった。ただ何も言わず聞いているという姿勢が、キョーコがずっと溜め込んでいた鬱憤を晴らしてくれる。

「はい。ただ、意味が違います」
「意味?」
「自分のバカさ加減に気がつくまでは単純にあのバカの力になりたいって一心でお金を返していましたけど、今は違います。自分が生まれ変わるための、今までの自分を捨てるための授業料みたいなものなんです」
キョーコはきっぱりと言い切った。
「高い授業料だな」
「そうですね…でも、お金を返せばいいとそればかりで、今日みたいなことがあるとは正直思いませんでした」

そう言ってから、はっと気がついたようにキョーコは蓮の顔を見た。
「そうだ…それで、敦賀さんはなぜ今日あのお店にいらしたんですか?」
ああ、と蓮は軽く答えながら空中に視線を飛ばす。
「昨日俺がここに来たとき、外で貴島とすれ違ったんだ。だから改めて君名義の借入がないか調べた」
「あ…」
キョーコははっとした。確かに昨日は蓮が帰ってすぐ呼び鈴が鳴らされたのだ、会っていてもおかしくない。

「貴島のいる緒方組は最近代替わりでもめてね。一部が離反したりとごたごたしてて、金貸しの方も実態がはっきりしなかったんだ。だから最初に俺が調べたときに漏れてしまった」
「はあ」
「貴島のやり口は有名だ。だからすぐに動くだろうと予想してこの部屋に来たら、案の定君はバイト終わりの時間にも帰っていない。それであの店に行ってみたと言うだけだ」
「そうだったんですね…」
「ただ、あそこはうちの分家だし状況的にこちらが物を言える立場だから大丈夫だ。貴島もこれ以上絡んではこないだろう」
「そうですか…それだと安心できます。ありがとうございます」
「いや…貴島は強引だからこちらの返済が滞るのは目に見えてるし、それに」
蓮は表情を少し緩めた。
「この間の借りの分だ」

キョーコは蓮の顔を見ながらきょとんとしてしまった。
「は?借り…?」
「もう忘れたのか。手当てをしてくれただろう」
呆れたように言われてようやくキョーコは思い出す。
「い、いえっ。だってそんな大層な事じゃないです!ここまでしていただいたらお釣りの方が大きくて!」
「そうでもない」
言い捨てると蓮は立ち上がった。

「新聞配達、休めないんだろう。少しでも寝ておいた方がいい。二日酔いで配達するのは厳しそうだ」
「ご心配におよびません。大丈夫です、ちゃんと仕事はしますよ!」
「心配はしてない」
即座に蓮は否定するが、キョーコはその言葉を聞いて微笑んだ。
全く心配してなければ新聞配達の事など口に出す事もないだろう。蓮の優しさがほのかに透けるようで、キョーコはなんだか嬉しかった。

「でも敦賀さんはああいう仕事私に向いてないって言われましたけど、貴島さんは天職だって仰いましたよ」
ふと、キョーコは思い出して呟くように言った。途端に蓮にじろりと睨まれて肩をすくめる。
「向いてないんじゃなくて勧めないと言ったんだ」

蓮はキョーコの方に少しだけ身を乗り出した。
「君みたいな世間知らずのお人よしじゃ、貴島に丸め込まれて抜け出せなくなる。ホステスならまだしも風俗に落とされる事だってあるんだ」
うげ、とキョーコが顔をゆがめると蓮は真剣に続ける。
「給料がいいと唆されたかもしれないが、搾取されてずるずるとはまるだけだ。口車に乗るとは愚かだな」
「ち、違います!口車に乗ったわけじゃなくて」
キョーコはムキになって言い返そうとしたが、ぴしゃりと蓮に黙らされた。

「そのドレス、あの店に返すから今すぐ脱いで来てくれ。貴島の借りは全部返してすっきりしたいだろう」
「はっ。そういえば…あのでも、自分でクリーニングして…」
「また貴島に絡まれたければそれでも構わないが」
「すぐに脱いできます!」
「1分だ」
「はい!」
奥の部屋に転がり込んだキョーコはぴしゃりと襖を閉める。
しかし「やっぱり心配してくれてるみたい」と思い当たってしまい、慌てて服を脱ぎながらもくすくすと笑いがこみ上げてしまうのだった。


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