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BALANCE (7)


こんばんはー。ぞうはなです。
非常に珍しく、順調な更新状況…そろそろ停滞時期が来るかも?





貴島はすぐに店内の異変に気がついた。
まっすぐこちらに向かってくる黒いスーツの男の後ろから、愛理が心配そうな顔で男を止めようかどうしようか悩んでいるのが分かる。

貴島は愛理に軽く手を上げて頷き、「大丈夫だから任せろ」という合図を出す。愛理がそれに気づき足を止めたころには男はソファ席のすぐそばまで近づき、立ち止まっていた。

「お邪魔します」
声をかけたものの、返事を待たず男は貴島の向かいに腰を下ろした。男が立ったまま会話をするのも確かに不自然で、店の他の客が気にする可能性もあり、貴島もそれを黙認する。
「貴島さんですね。俺は敦賀と言います」

蓮が自分の向かい側に腰を下ろすまでを呆然と見守ってしまったキョーコは、ここでようやく意識を取り戻した。
蓮はいつも自分の部屋に取り立てに来るときと同じ、黒いスーツとダークグレーのネクタイという服装だ。しかし貴島に対して話しかける口調は柔らかく丁寧で、普段の凍るような口調ではない。
生まれた時からぶっきらぼうなのかと思えるほどの蓮の態度を見てきたキョーコは、蓮が丁寧に穏やかに紳士的に話せることに驚愕していた。

「やっぱり君だね、昨日すれ違ったのは」
「すみません、暗かったのではっきりと貴島さんだと分からずご挨拶が遅れました」
蓮は軽く頭を下げる。貴島は面白そうに蓮を観察しながらキョーコの腰に回していた手を引いた。
「いや俺も一緒だ。敦賀君、噂は聞いてるよ。宝田組長のドーベルマンだってうちの組の中でも言われてるぜ」
「そうですか」
密着していた貴島の体が離れて、キョーコはひそかに息をついた。話を聞きながら"ドーベルマン"の姿を想像し、確かに黒くてしなやかで強そうなところはぴったりだと納得する。しかしちらりと横目で伺った貴島の表情はどちらかといえば面白がっている、またはバカにしているようなものだ。

あ…もしかして。

暗に"組長の犬"だと揶揄しているのか。キョーコは気がついて憤慨した。
しかし反射的にイラッとしたことを自分で認識すると、「何で敦賀さんがバカにされた事で私が腹立てるの?」と疑問も浮かぶ。

「で、なぜここに?俺に何か用でも?」
「ええ」
ゆったりとグラスを空けてからの貴島の質問に、蓮は軽く頷いて1枚の書類をテーブルに広げ、貴島の目の前に滑らせた。
「何これ?」
「最上さんの借り入れをうちで一本化することにしました。これはそちらの分の完済の証明書です」
「は??なんでそんなこと勝手に…」
「勝手にやった訳ではないです。うちの椹からお宅の緒方組長に話は通ってます」
「な…組長に……?」
「ええ。問題なく処理してもらいましたよ。借用書がなかったので一筆書いてもらいました」
蓮は書類を取り上げるとそれを懐へとしまった。貴島は呆れたように渋い表情を作るとどすりとソファの背もたれに体を預ける。

「親だからってうちの客を奪うような真似していいのかよ」
「すみませんが、貸付の金額はうちの方が大きいんです」
「んなの、関係なくねえ?」
「ただ、最大の要因はそこじゃありません」
「どういうこと?」
貴島は少し真剣な顔になって体を起こした。いつの間にか温厚な笑顔が蓮の顔から消えている。その表面には相変わらず笑みが浮かんでいるが、目が笑っていないのだ。

「こんな拉致まがいのことしなければ、口は出さなかったんですよ」
「拉致なんて人聞きが悪いなあ」
「では本人に聞きましょうか」
蓮の瞳がすうっとキョーコの方に視線を移し、ぼけらと口を開けて2人のやり取りを見守っていたキョーコは「ひっ」と飛び上がった。
「君が今ここにいるのは君が望んでのこと?」
「…い、いいえ!よく分からないうちに連れて来られて…」
キョーコは恐ろしくて隣の貴島の顔を見られない。とはいえ蓮の顔も見られないので視線はテーブルの上のボトルや氷の上を行ったりきたりする。
「そう。それで、貴島さんから色々提案されてるかと思うけど、君はそれを請ける気はある?」
「私は…」
キョーコは膝の上で両手をぎゅっと握りしめる。腹に力をこめてきっと顔を上げると、予想外に蓮の表情は柔らかい。その目がキョーコに本心を語らせたがっているような、そんな気がして、キョーコは思い切って口を開いた。
「正直に申し上げれば、今の状態で両方の返済をしていくのは大変です。ですけど、どれだけかかってもちゃんと返済します。それに私は今のぼろアパートの暮らしで十分です。ですので」
ふう、とキョーコはひとつ息をつく。それから静かに息を吸った。
「明日以降、ここで働くつもりはありません」

言っちゃった!!!

キョーコの背中を冷や汗が伝っていく。
しばしの沈黙のあと、隣の貴島がぽつりと口を開いた。
「ふうん…ずいぶんとまあ……まあいいか」
貴島は再び背もたれに体を預けると両手を広げてオーバーにため息をつく。
「どっちにしろ頭越しに話されたんじゃ、俺が口出しできる事なんてないもん」
「分かっていただけてよかったですよ」
蓮はすっと立ち上がった。貴島を見下ろす位置で頭を下げる。
「では失礼します」
一歩踏み出した蓮に腕を取られ、キョーコは戸惑いの表情を浮かべた。
「君も帰るんだ」

「なんで~?今日くらい最後までいさせてよ。俺が送るって」
すかさず貴島が茶化すと、蓮はちらりと貴島を見た。
「どっちにしたってここまで酔っていたらこれ以上は仕事になりませんよ」
「あれ?そんなに酔ってるかなあ?雅ちゃん、飲みすぎた?」
「え…私…?」
蓮に引っ張られるまま立ち上がったキョーコは血が下がるような感覚を覚える。急に頭がぐらぐらして、足元に力が入らない。そうだ、さっき貴島に抱き寄せられたときも力が入らなかったのは酔っていたからだ。キョーコは今更ながらに納得した。

「随分とご執心だね」
キョーコの体を支えた蓮に貴島が冷ややかに言葉を浴びせるが、蓮は表情を変えなかった。
「そうですか。貴島さんほどではないですよ」
さらりと言い返すと出口へと向かう。カウンターの辺りでこちらを見る愛理に、蓮はにこりと微笑んだ。
「申し訳ないですが、彼女はこのまま帰します。詳しい事は貴島さんに聞いてください」
「…分かったわ。雅ちゃん、大丈夫?」
「はい…すみません」

蓮はキョーコの体から手を離すと、静かに言葉をかける。
「服はそのままでいい。荷物を取って来て。30秒で」
「は、はい!」
しゃきりと背筋を伸ばすと、キョーコは愛理に頭を下げ、少しよろめきながらも裏に消えた。

「お騒がせして申し訳ありません」
「いえ…」
少し戸惑った様子の愛理に蓮は頭を下げた。愛理はしきりに貴島のほうを伺うのだが、貴島が動く気配を見せないためにキョーコを引き止めることを諦めたようだ。
蓮は少し身をかがめると愛理のほうに顔を近づける。そして愛理の耳元近くで小声で囁いた。
「でもこの店はすごくいいお店ですね。今度は客として寄らせてもらってもいいですか?」
「え?」
「まあ俺が来るなら貴島さんのいない時を見計らって、ですけど」
ふわりと笑う蓮の顔を至近距離で見て、愛理はどきりとした。
「え、ええ、もちろん。いつでも、お待ちしてます」
「ありがとう」
キョーコがやや白い顔でそれでも自分のバッグを持って裏から戻ってきた。蓮はその荷物をひょいと取り上げるともう一度愛理に微笑みかける。
「ドレスはクリーニングしてすぐにお返しします」

ほう、と愛理がため息をついた頃には既に2人の姿はなく、奥の一角を除いて、店の空気は完全にいつものものに戻っていた。


あたま…いたい……

車の助手席に押し込められ、こめかみを押さえて眉間にしわを寄せたキョーコの膝にどすんと何かが乗っかった。
見ればそれは水のペットボトルだ。今買ってきたばかりなのか冷たいその感触は、あれこれありすぎて現実から逃げたいキョーコの意識をこの場にとどめるためのもののように感じられる。

「気持ち悪かったら言ってくれ」
「はい…」
後から乗り込んだ蓮はすぐにエンジンをかけると車を発進させた。


もう今さら何が起こっても驚かないけど…

流れ始める景色をぼうっと眺めながらキョーコは考える。

今日の山羊座って厄日なのかしら?

くだらないことを考えてしまうのは、本人は気がついていないが極度の緊張状態から解放されたためのようだった。


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