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BALANCE (5)


おこんばんは!ぞうはなです。
さて、四の五の言わず続き。





夜遅く、「キンコン」という呼び鈴の音が小さく鳴る。

ここ数週間の恒例の光景となっているのは、毎週決まった曜日の決まった時間にきっちりとぼろアパートを訪れる長身の男の姿だ。男は開錠された玄関口で中の住人と二言三言言葉を交わすとそのまま去っていく。しかしその日はいつもと違うやりとりがあった。

「髪を切ったのか」
聞かれるなんて思ってもみなかったので、上着の内ポケットに封筒をねじ込んでいた蓮に唐突に問われてキョーコは驚いた。
「は…はい」
なんとか答えてからはっと気がついて言葉を継ぐ。
「すみません、こんな髪なんかに使う余裕もないとは思ったんですけど」

「そんな事は構わない。前も言っただろう。返って来るならそれ以外はどうでもいいと」
「はあ…」
自分で聞いておいて、とちょっとだけキョーコはムッとした。けれどどうもこの取立人はキョーコの生活や意思を尊重してくれているようで、やくざから高金利で金を借りている割にはそこまでのプレッシャーにもならず気分的に落ち着いていられるのも事実だ。
「ただ」
蓮は言いかけて少しだけ表情をゆがめた。それは一瞬の事で、蓮はすぐに無表情に戻るとひとつ息をついて続ける。
「今日の君は気力が落ちているようだ。気分転換になるならいつもと違う事をやってもいいと思う」
「は……い…?」
「自覚ないのか」
不機嫌そうに言われて、キョーコは数日前からずっともやもやと心の中で繰り返し煮詰めているひとつの事柄に行き当たった。それを吹っ切るために髪を肩くらいまで切り、思い切って黒髪を茶髪にしたというのも間違いではない。
しかしバイト先でもどこでも、今この瞬間だって、そんな心情は微塵も表に出していないつもりだ。
バイト先では「可愛くなったね」と言われたり、居酒屋の大将はどうやらキョーコが髪を染めたのが気に食わないらしくあからさまに不機嫌になられたり。その程度の反応だったのだ。

「自覚…自覚ですか……ええっとその…」
完全なる予想外の問いに思いっきり挙動が不審になる。しかし蓮はそんなキョーコをちらりと眺めただけで、「まあいい。また来週来る」とドアを閉めてしまった。


「な…自分で聞いておいて答え聞く前に閉めたわね…!?」

沈黙するドアを前に呆気に取られて10秒ほどたたずんだ後、キョーコがフルフルと蓮への怒りで震えていた頃。
怒りの相手である蓮はアパートの階段を下りて形ばかりの門へと一歩を踏み出した。すると道路から一人の男がさり気なく辺りを見回しながらアパートの敷地へと入ってくるのが目に入る。
蓮と相手の男は薄暗がりの中で一瞬目を合わせた。そしてすぐに目をそらし、かなりの間を空けてすれ違う。

今のは…

蓮はアパートから離れながらさり気なく振り返った。男はキョーコの住むアパートの階段を上り、キョーコの部屋の前に立っているようだ。蓮は路上に停めた自分の車に乗り込むと、LMEファイナンスの事務所へと向かった。


「ああ敦賀君、おつかれ~」
深夜の事務所でのんきな声を出したのは、やくざの営む金貸しとは似つかわしくない、爽やかな好青年だった。
「石橋君も」
言いながら、蓮は男の座る机に近づくと手近な椅子に座り、机の上に封筒やクリップで留められた現金を並べていく。
「今日の返済分だ」
「これが石田、高橋、こっちは最上、だね」
「ああ」
若い男は蓮の返答を聞いて、金を数えながらパソコンに金額を入力していく。
男は石橋光といい、蓮がこの事務所の仕事を手伝うようになった時には既にここで働いていた。経緯はよく分からないが元々やくざではなく、客だったことが縁で働き始めたのだという。人当たりがよく真面目に働くので、客に対応する受付と事務を担当している。
事務所の受付は意図的に明るく清潔な雰囲気になっているので、光がそこにいるのはぴったりなのだ。

光は事務所の強面に対しても誰に対しても態度を変えずフレンドリーで、それが少し不思議なキャラとして事務所内でも受け止められている。

「この最上って、どういう人物だか知ってるか?」
置かれた封筒を石橋が手に取ったタイミングで蓮は尋ねた。光は入力をしてから"最上キョーコ"の記録を眺めて返事をする。
「えーっとね、うん、知ってるよ。3回うちに来てて、全部俺が受付したからね」
「どんなタイプだ?」
光はここで金を借りに来る人間の対応をずっとしているため、その観察眼はかなり確かだ。それを踏まえて蓮は聞いた。

「黒髪のロングヘアで顔はちょっと幼いんだけど」
思い出すように光が語りだした。そこまでの特徴は蓮が毎週取り立てている相手と合致している。
「顔とアンバランスにすんごい胸が大きくてね」
へへへ、と光は笑う。蓮は無表情に光を見ていたが、「それならやはり別人か」と心の中で呟いた。キョーコにその心の声を聞かれたら相当睨まれるだろうが。
「3回とも彼氏…いやあれ、ホストかなあ。男と一緒だったよ。あの男が貢がせてるのかな。この最上って子、よく分からないで言われるままに手続きしてたしさ。でもそうだとしたら一緒に金借りに来るってすごいよねえ」
「過去2回は順調に返してるのか?」
蓮の問いに、光はパソコンの画面へと視線を戻した。
「うん。まあ最初は額も小さいしね。両方とも2週間くらいで一括返済されてる。あ、そういえば3回目の手続きは防犯カメラの映像残ってるんじゃないかな。ほんの数ヶ月前に設置したんだけど、さっそく役に立つかな。このパソコンで見られるよ」
光は自分の後ろに置かれているパソコンを指差す。蓮は立ち上がると光に受付日時を聞いてパソコンに向かった。

やくざの運営する事務所に防犯カメラが必要なのだろうか。
むしろ映って困るのは事務所側ではないのかと、蓮はちらりと思った。しかし松嶋が許可を出している事に口を挟む趣味もない。
光から聞いた時間帯の映像を呼び出し再生すると、そこには確かに若い男女の姿が映っている。割と鮮明な画像のため、女性の方が毎週取り立てで訪れているアパートの住人でない事は確かだ。
男は女性に書類記入の指示を出しているようだ。しかしたまに事務所内を見回し、少し落ち着かない様子も見受けられる。
2人は手続きを終えて金を受け取ると、女性が男性にすがりつくようにくっついて事務所を後にするところまでが映像に収められていた。

「なるほど…」
「映ってた?」
ぽつりと呟いた蓮に、光がにこにこと話しかける。蓮は頷くと光のほうに顔を向けた。
「ああ、見たいモノは見られた。石橋君、もうひとつ調べて欲しいことがあるんだが」


「返せない~~?それはこっちも困っちゃうんだけどなあ」
困ったと言いつつ満面の笑みを浮かべているのは、グレーのスーツに白シャツのボタンを2つほど外している軽そうな男だ。
どうもやくざと言うのはいかつくて顔に傷でもあってパンチパーマで、というイメージがあったのだが、最近のやくざはそうでもないのかな、などとキョーコは冷静に思う。やくざの知り合いがいるわけではないから完全なる先入観なのだが。

キョーコの部屋には蓮とは違う男が座っている。蓮が帰った直後に「キンコン」と呼び鈴が鳴って、なにか忘れた事でもあって戻ったのかと思ってドアを開けたら、この妙に愛想のいい男が立っていたのだ。

「今日は、です。けれど、ちゃんとお返ししますから」
「お返しするったって、厳しいんでしょ?」
「え?」
「だって君、他にも借り入れがある。…違う?」
「ちがわ…ないです……」

キョーコは目の前に置かれた名刺に目をやった。

「 ゴールドローン

貴島秀人 」

こういう金融業ってつながりがあるわけ?

自分の借り入れ状況が知れているということは言い訳すら出来ないということになる。
しかも貴島から言われた借金の額は今は小さいが、利子が蓮のところよりもさらに高い。ぼやぼやしているとあっという間に膨れ上がりそうだ。

かと言って敦賀さんの方を遅らせる訳にもいかないし…

少し困った顔で名刺を見つめるキョーコの様子を貴島はじっと見ていたが、笑顔のまま口を開いた。
「当てがないなら手を貸すよ?」
「どういう事ですか?」
「今君、仕事って何してる?」
「仕事…バイトです」
「何のバイト?」
「飲食店の…」
「昼間だよね」
「昼と…夜もやっています、居酒屋で」
ぽんぽんとたたみかけるように尋ねられ、キョーコは困惑しながらも素直に答える。すると貴島が納得したように笑みを深めた。
「やっぱそうだよね。実は俺、すっごく割のいいバイトを紹介できるんだけど」


"胡散臭い"

瞬時にキョーコが導き出したのはその単語だ。
しかしキョーコがそれを隠さずに表情に出したにも関わらず貴島の舌は止まらない。

「いかがわしい仕事じゃないよ?まあもちろん、女の子にしかできない仕事ではあるんだけどさ」
「はあ…でも私、今の仕事でいっぱいですから」
「居酒屋のバイトのあとでもいいよ」
「いえ、それもやっぱり」
「借金終わるまででいいんだけどな。君の額だったら1ヶ月もかからない。うん、そうだよ。1ヶ月ぽっきり働いてさ、借金返すだけじゃなくて貯金もできちゃうよ?」
「いえ本当に今の仕事でいっぱいいっぱいですから」
「金返せないのにそんな強気でいいの?」

貴島の顔は相変わらずの笑顔だったのだが、さり気なく腕を掴まれて背中にぞくっと悪寒が走る。いまさらながら目の前の男が堅気でないことを認識してキョーコは凍りついた。
「話聞いてくれるよね」
やくざ相手に頷かざるを得ない状況は割と最近にもあったが、キョーコはこれほど不安を感じるのは初めてだった。


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