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BALANCE (3)


こんばんは!ぞうはなです。
前回に引き続き、載せられる時にはがんばるー。





「律儀だな」
黒塗りの高級外車の後部座席に乗り込む男性から声をかけられて、ドアを押さえていた敦賀蓮は首をひねった。
「なにがですか」
「…いや、なんでもない」
男性がそのまま座席に腰を下ろすと、ドアは外から閉められた。蓮は車の後ろを回って運転席に乗り込み、同時に助手席に派手なスーツを着た別のいかつい男が座って後部座席の男性を振り返る。

「組長、本当に今日出られるんですか」
「そりゃあ、叔父貴だけには不義理はできんだろう」
「ですが…」
「なに、鉄砲玉なんざぁ気にしなくていい。今日は蓮もいるからな」
ルームミラー越しに軽く顎で合図され、蓮はゆっくりと車を発進させた。車が動き始めると、横にずらりと整列した10人ほどの強面の男たちが一斉に頭を下げる。

「蓮はうちに来てどれくらいになる?」
「ちょうど7ヶ月です」
「そうか、まだ1年経ってねぇか。それなのに最近は松嶋んとこの金貸しの方が忙しいようだな、まったく不便してるぞ」
「申し訳ありません、呼んでいただければいつでも参りますので」
「ああ、たのむ。が、松嶋もお前の事を重宝しているようだな。でかいし凄みがあると褒めてたぞ」

後部座席にゆったりと座り、蓮に話し掛けながら座席の横のボックスからきらびやかな箱に収められた葉巻を取り出したのは、この一帯のチンピラであればその名を知らないものはいない、と言われるほどの宝田と言う男だ。古くから続くやくざの組長をつとめ、分家の取り仕切りも行っている。そして助手席の男は宝田組の若頭だ。
宝田一家と言えばいくつも分家を持つ一大勢力なのだが、ここのところ分家の一部が不穏な動きを見せている。大きくなりすぎると隅まで目が行き届かない、と宝田はぼやいてはいるが、あれこれ報告が入ってもどっしりと構え、それほど悲観はしていないようである。

そしてハンドルを握る敦賀蓮は、その宝田にどこからか拾われて数ヶ月前に組に顔を出すようになっていた。その経歴や拾われた経緯は宝田以外誰も知らず、寡黙であまり周りとなじもうとしないが、宝田のボディガードとして他の組の襲撃を一人で撃退してからは他の組員からも一目置かれている。最近は宝田のボディガード以外に、分家のひとつである松嶋組が営む闇金融の、主に取り立ての手伝いをさせられていた。

蓮は黙って車を走らせていたが、車が比較的少ない幹線道路に出るとバックミラーに目をやりながら静かに口を開いた。
「おふたりとも、伏せてください」
「ああ?もう来たのか?」
「しゃべると舌を噛みます」
助手席で焦ったように周りを見回す若頭に蓮は短く答える。
確かにこの日、本家に反旗を翻そうとしている分家が組長襲撃をたくらんでいると言う情報が入ってはいたのだが、情報を流すだけ流す脅しの意味が強いのかと、組長の周辺の者たちはやや甘く見ていた。実際に襲撃を行うなど、失敗したらどんな報復が待っているか分家が分からない訳もないと考えていたのだ。

若頭は慌てて両手で頭を抱えるようにしたが、それを横目で見ると蓮はぐん、とアクセルを踏み込んだ。
2車線の道路を、前を走る車を縫うようにギリギリで避けながら車は加速する。図体のでかい高級車がきびきびとダンスを踊るように他の車をかわす様子は何かの撮影を見ているようだ。車は遅いタンクローリーをかわすとぽかりと空いた空間に躍り出る。

隣の車線で斜め後ろを走っていた白い車が、慌てたように追いかけてきた。タイヤを鳴らしながら荒っぽく進む白い車は驚いた周りの車を蹴散らすようで、その走りは蓮の操る車とは対照的だ。
他の車が慌てて退避し空いた車線で、蓮の車は追跡者の車に並ばれる。左の車線に並んだ車の運転席の窓が開き、助手席に座る男が黒いものを構えた、と思った瞬間、蓮は瞬間的にブレーキを踏み込んだ。
左側に見えていた白い車体が流れるように前方に移動していく。蓮はその車体後部でブレーキランプが光ったのを目に入れると今度はアクセルを踏み込むと同時にハンドルを切る。車が向きを変えると思い切りサイドブレーキを引き、車はタイヤのきしむ音を響かせながら180度その向きを変えた。

完全に車が向きを変えると、蓮はそのまま反対車線で加速し何もなかったかのように車を走らせる。車の挙動が安定すると、若頭はそろりと頭を抱えていた腕をほどきながら蓮に尋ねた。
「まいたか?」
「はい」

短い返事に、後部座席から楽しげな笑い声と拍手の音が響いた。
「なるほど、お前はカースタントでもやってたのか?」
「いえ」
「サイドターンの最中に相手の車をパンクさせるなんて曲芸見てるみたいだな」
「伏せて下さいと言ったはずですが…」
宝田の言葉に、若頭は改めて蓮に目をやった。そういえば、自分が体を起こして蓮の方を見た時、運転席の窓はちょうど閉まっていくところだった。改めて思い出せばタイヤのきしむ耳障りな音と強い横向きのGの中で小さい発砲音が聞こえたし、蓮の着ている黒いスーツのジャケットはボタンが外され、腹には無造作に挿された黒い鉄の塊が見えている。

「お前の利き手は右じゃないのか?」
「そうですが」
「よくあの状況で左で撃って当たるな」

平然と交わされる蓮と宝田の会話に、若頭は眉間にしわを寄せて口をはさんだ。
「なんでわざわざ左で?」
「この車右ハンドルですから」
「右ハンドルだからって右手でハンドル握らなきゃいけねえ訳でもねぇだろ」
「歩道と車道と…人が結構いたんです。通報されるのは避けたかったので」
「??」

訳が分からない、という顔で蓮を睨みつけた若頭に、後ろから面白そうに宝田が言葉を付け足した。
「こいつは外からは見えないように、右の腕の下からタイヤを狙って撃ったんだ。スピンの最中にな」
「え…」
そんな事が可能なのか、と若頭は後ろを向いて無言で訴えかけたが、宝田はゆったりと葉巻をふかしてにやにやと笑うだけだった。


「だいぶ寒くなってきたなぁ~」
ぽつりと呟きながらマンションのエントランスから駆け出し、キョーコは自転車のスタンドを解除した。時刻は早朝、まだ日の出には遠いが、空は白み鳥のさえずりが増えてきている。
できる限り稼ぎたいと考えているキョーコがこの時間に入れているのは新聞配達のバイトだ。朝刊だけ、という制限で働かせてもらっているのはありがたいが、晩秋のこの時期は日に日に寒くなって来ていて少し辛い。

「うん、最短記録更新!」
キョーコは腕時計を見て満足げに頷く。新聞を全て配り終わって荷台やカゴがほぼ空になった自転車は軽く、体は温まっている。キョーコはのんびりと販売店に戻るこの時間が嫌いではなかった。
さてと、と自転車のサドルにまたがったところで、進行方向から破裂音のような音が3回聞こえた。男が短く怒鳴るような声がしたと思ったら車の急発進なのだろうかタイヤのきしむ音が響き、うるさいエンジンの音が急激に遠ざかっていく。

な、なにごと?

キョーコはサドルにまたがったまましばらく静止する。
あっという間に静寂が戻り、自分の周りには人も車もいないためまるで何もなかったかのようだ。誰かが起きだしてくる気配もなく、キョーコは少し緊張した体から力を抜いて、自転車を発進させ音が聞こえた方に向かって角を曲がった。
そこにはいつもと同じ、誰もいない道が続いていてキョーコは安堵する。しかしゆっくりとペダルを踏んで通り過ぎようとした脇のマンションの植え込みから「がさがさっ」という音がして思わずそちらを見た。

っぎゃーーーーーー!

驚きすぎると声が出ないのかもしれない。植え込みの中に潜む何者かと目が合ってしまい、無意識に自転車を止めたキョーコはひっくり返りそうになった。
しかしその瞬間に気づく。茂みの中から鋭い目でこちらを睨みつけたのは、自分の知っている人物だ。

「なに…してるんですか?」
見なかったことにして通り過ぎればよかった。
声をかけてしまってからキョーコは考えたが、もう手遅れだ。茂みの中の人物もしばらくこちらを見ていたが、すばやく周囲に目を走らせると諦めたように立ち上がり、植え込みから出てくる。

立ち上がるとかなり見上げる大男、それは毎週律儀にキョーコの部屋を訪れる、取立ての男だった。
植え込みには大きめの木が植えられているが、かなり無残に枝が折られている。これほど大きい男が倒れこめばそうなるかもしれない、と考えながら、キョーコは男に目を移した。

えっと…名前は敦賀さん、よね。
こんな時間にこんなところで何してるのかしら。転んだ?まさか、大の大人が転んで植え込みにダイブなんて、そんなこと…?
酔っ払ってる訳でもなさそうだし。

上着の裾に絡んだ枝を払う蓮はいつもの通り黒いスーツを着こんでいつもの通り無表情だ。
が、キョーコはいつもとは違うことに気がついてしまい、目を見開いた。
「それ…!どうしたんですか、大丈夫ですかっ?」
「なにが?」
「なにが?じゃありませんよ!大怪我してるじゃないですか」
キョーコは少し震える指で、それでもびしりと蓮の腕を指した。キョーコの指の先の蓮の左腕、そのスーツは穴が開き、黒いからよく見えないが血と思われる液体で染みができている。
穴が開く怪我などピストルで撃たれたくらいしか思いつかない。もしかしてさっき聞こえた騒音は、蓮に関係があるのだろうか。

「ああ…こんなのはかすり傷だ」
「そんな重傷なかすり傷がありますかっ!きゅ、救急車呼びますか?」
「ダメだ」
強い口調で否定され、キョーコは口をつぐんで蓮の顔を見た。無表情と思ったその顔は、かなり険しい表情を浮かべている。
「救急車も病院もダメだ」

え、とキョーコは口を開けた。
「だってそんな、治療しないと」
「放っておけば治る」
「そんな訳ないですよ!」
「大丈夫だ」
ばっさりと言い切られてキョーコは黙った。しかし蓮は左腕をだらんと下げたまま使おうとせず、到底大丈夫とは思えない。よく見れば袖口の辺りにも血がにじみ、出血は止まるどころかひどくなっているかもしれない。

「分かりました、病院は行かなくていいです」
「君に許可される事じゃない」
「けど」
蓮はキョーコが怒ったように言葉を足したのを聞いてキョーコの顔を見た。

「何もしないのはダメです。応急処置だけはさせてください」
眉を上げてびしりと言い切ると、キョーコはまたがったままだった自転車から降り、そのハンドルを大きく曲げる。
「うちまで来て下さい。歩けますよね?」
「…当たり前だ」
蓮はしばらく呆気に取られたようにキョーコの顔を見ていたが、やがてぼそりと答えるとキョーコの後について歩き出した。



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