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BALANCE (2)


ぞうはなでーす。
載せられる時に載せますよー。





市街地にあるファーストフード店は昼時に一番の来客ピークを迎える。
その後は夜まで客足が途絶える事はないのだが、午後に入ると喧騒も落ち着いて、店の従業員たちは少し緊張感を緩めて交代で休憩に入っていた。

その日店の奥の狭い控え室で遅い昼食を取っていたキョーコは、ドアをノックして入ってきたチーフの姿を見て少し腰を浮かした。
「ああ、いいよ最上さん。食べてて~」
「すみません、チーフ。お疲れさまです」
「お疲れーー。やー、毎日の事だけどヤレヤレだね」
キョーコがバイトをするこの店のチーフは、主婦パートではあるが店舗に1人しかいない社員である店長の次に権限を持つ。てきぱきと働きバイトにも厳しいが筋の通ったこの女性に、キョーコは信頼を置いていた。

キョーコは自分の膝を見つめながらしばらく躊躇っていたが、チーフが座ったのを確認すると顔を上げて切り出した。
「あの、チーフ。お昼休みに申し訳ないんですけど…」
「ん?なあに?」
チーフはにこやかに返事をしたが、キョーコの神妙な表情に気づき黙ってキョーコを促した。
「あの、シフトを増やしたいんですけど…」
「…これ以上?」

静かに訪ねられるとキョーコは眉毛をぎゅぎゅぎゅと下げる。
「その、朝の入りをあと1時間か2時間早く…」
「最上さん」
ぴしりと言葉を遮られ、キョーコは体を竦めた。しかし待ってもその先の言葉が発せられる事はなく、キョーコはおそるおそる顔を上げてチーフの顔を見る。すると、怒っているのかと思ったチーフは非常に心配そうな表情を浮かべていた。
「あなた、これ以上シフト入れたら倒れちゃうわよ。もうひとつバイトを掛け持ちしてるって言うし、一週間でバイト入れてない日はないんでしょ?」
他のバイトの話などしなければよかった、とキョーコは今更思う。しかし昼に続いて忙しい夜の時間帯にシフトに入れない理由としては、別の仕事をしているという事情を隠すと説明がしづらかったのだ。実は更に他のバイトを掛け持ちしているということは言っていなかったが、そんな事は絶対白状できない。

「ですけど…」
「そりゃあ、うちのバイト代はすごくいい訳じゃないけど…こんなこと言うのもおかしいかもしれないけど、キョーコちゃんほど真面目に働き続けても、生活に困るって事?」
「…それはその……いいえ…」
「何か困った事があるの?相談に乗るわよ?」

本当に心配そうに覗き込まれて、キョーコは慌てて立ち上がった。
「いえ別に、困った事なんてありませんから!ごめんなさいご心配おかけして…あの、私そろそろ仕事に戻ります!」
脱兎のごとく逃げ出したキョーコは廊下に出てドアを閉めると深く深くため息をついた。


「考えてみればキョーコちゃんももう長いからね。店長に時給アップを相談しておいたから!」

1日のバイトが終わった帰り道、キョーコは夜道で自転車のペダルを漕ぎながらチーフの言葉を思い出していた。

要らない心配をかけちゃったなぁ…

そう考えながらも時給アップが実現すれば素直に嬉しい。
アップといっても10円か20円くらいかもしれないが、たとえばもし50円上がったら1ヶ月のバイト代はいくら上がるだろうか。

ええっと、と計算しながらアパートの入り口で自転車を下り、古いブロック塀の脇の雑草だらけの駐輪スペースまで引っ張っていく。かかりにくい鍵を無理やりにかけ、くるりと振り返ったところでアパートの階段の上り口の奥にぼんやりと見える人影に気がついてキョーコは飛び上がった。

ぎゃあああああっ!
だ、誰かいるっ??
暗いし…影しか見えなくてお、驚いたあ…!

一度は口から飛び出しそうだった心臓をなだめてようやく落ち着いたら、人影がゆらりと揺らいでキョーコの心臓は再びばくばくとその打ち付ける速度を上げる。
「…最上さん?」
「は、はいぃ!!」
ぼそりと話し掛けられて、キョーコは思わず大声で返事をする。すると人影がのそりと動いて街灯に照らされる階段の脇まで移動し、そこでようやくキョーコは相手の正体に気がついた。黒いスーツを着ているため、闇に溶け込んでいたようだ。
「あ、L…なんとかファイナンスの…」
ええと?と相手の名前を考えていると、ぶっきらぼうな声が相手からかかる。
「LMEファイナンスの敦賀だ。ここでの話は君にもよくないだろうから、部屋に行こうか」

落ち着いて考えれば、こんな誰に聞かれるか分からない場所でこの先の話はしたくない。しかし、先週訪ねてきた時は直視しなかったためはっきりと認識はしていなかったが、相手は異様に大きくがたいのいい男。自分の部屋に招き入れるのも少々怖い気がする。

考え込んでしまったキョーコに呆れたような声がかけられる。
「ここで話してもいいなら俺は構わないが?」
「いえ、部屋でお願いします」
やはりどう考えても、キョーコに選択権はなかった。


「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
キョーコは部屋に戻るとすぐに湯を沸かし、お茶を入れて客に出した。
あまり歓迎したくない客だが、怒らせたりしたら何が起こるか分からない。キョーコはテレビのドラマやワイドショーの再現VTRなどで見る『金を返せなくて脅されるシーン』を思い出してぶるりと身震いした。

「それで、今日はいくらか返せそう?」
「あ、はい!」
静かになされた問いに我に返ると、キョーコは慌てて立ち上がって壁際の小さな引き出しを開ける。
「これで、いいでしょうか」
封筒を差し出すと、男は黙ってそれを受け取り、口を開けて中の金を数えた。

「これは…今月分?」
「は、はい!その、あと数日でもうひとつのバイトのお給料が入るので、今月はあと少しだったら…」
「バイト、ね。君はフリーターか」
「は…い……」
キョーコはきゅうと唇をかんだ。そりゃあ、必死に働いても会社員ほど稼げない事は痛いほど分かっている。そして、自分の学歴や状況を考えればこれ以上給料のいい仕事につくのは難しい事も。
本当は暮らしに余裕などないのだ。そこから何とか返済をしなければいけないのは、正直非常に痛い。
けれど先週見せられた返済金額を思い出すと、のんびりしている訳には行かない。なにせ利息の欄が恐ろしい値だったのだ。1円でもいいから、1日でも早く返したい。

「バイトは何を?」
「え…?」
「どこで働いてる」
キョーコはきょとりと相手の顔を見た。なぜそんな事を聞くんだろうかと、不思議に思ったのだ。
そして初めて気がついた。目の前に座る、『敦賀』という男の顔は、驚くほど整っている。だが、その表情は無に近く、何を考えているのかが読めない。そして、瞳の色が深く冷たく、吸い込まれそうなのに見ているとなんだか不安になるような色だ。顔の造作が整っているからこそ尚更、人間離れしたような印象を受ける。

「聞いているのか?」
再度問われて、キョーコは慌てた。ついつい相手の観察をしてしまい、あろう事かうっかり返事をするのを忘れていた。
「ききき、聞いてます!ファーストフードと、居酒屋です!」
「…それじゃあ仕方ないか」
ため息をつくと、男は封筒から何枚かの紙幣を引っ張り出し、机に置いた。それから封筒を上着の内ポケットにねじ込みながら口を開く。
「今日はこれでいい。あまりギリギリまで切り詰めると何かあったときに困るだろう」
「でもその、できるだけ早く返さないとこのペースじゃ全然元本が減りません」

ほう、と少し男は目を見開いた。
「計算できるんだな」
「あ、当たり前です!!」
キョーコは少しムッとして食って掛かる。しかし男はまたもや全くの無表情に戻り、やや首をかしげてキョーコにとっては予想外の質問をくりだした。
「それならこの借り入れの金利が違法だって事も知っているか?」
「…知ってます。だけど、今の私じゃそれを違法だって騒ぎ立てて無しにすることもできないって分かってます。だから早く返してあなた方とはさっぱり縁を切りたいんです」
「そうだな、俺もそれが正解だと思う」

ついムッとしたついでに余計な事を言った、とキョーコは身を竦めていたのだが、あっさりと肯定の返事が返ってきて逆に戸惑ってしまった。
「だからこそ、無理はしない方がいい。働けなくなることが今の君には一番回避すべきリスクだ」
「それは分かってます」
「それに、うちだけじゃない。もう一件の借り入れ返済で、少ない貯金をはたいただろう?」
「な!なぜそれを…!」
「蛇の道は蛇ってね。当然だ」

はくはくはく、とキョーコは驚きに口を開閉するが、相手の男は立ち上がりながらキョーコの様子など全くお構い無しに続ける。
「君が金を返す意志を持っていて返す能力がある内は俺も無理強いをするつもりはない。幸い君の少ない給料でも完済は可能な額だ」
「…その、売り飛ばされるとか変な店で働かされるとか…そういう事はないんですか」
「ああまあ、店のつてはいくらでもあるしそういうこともゼロではないが」

男はちらり、とキョーコの全身を見る。
「その方法は君にはお勧めはしない」
「な!それ、どういう意味ですか!」
「別に。今のままでも頑張れば返せるんだ。こっちも金さえ返ってくればそれ以外はどうでもいい」
男は振り向くと狭い玄関で靴を履き始めた。仏頂面になったキョーコだったが「これどうぞ」と横にかけてあった靴べらを差し出す。

「ありがとう。…来週また来る。返す金は余裕が出たらその都度足せばいい」
「分かりました」
微かに頷くと、男はキョーコに靴べらを返して静かにドアを閉めた。
結局前回も今回も、キョーコは男の感情を見ることはできなかった気がした。違法な金貸しの取立てはもっと乱暴なものだと思っていたので、丁寧な態度に少し戸惑いを覚えもした。しかしあの暗い瞳の光を思い出すと、あからさまに脅されるよりも逆に怖くなる。
けれどそのせいか、お茶を出したり靴べらを渡しただけでお礼を言われた事に、なんとも言えない奇妙な違和感を覚えたのだった。


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