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Break The Spell (26)


おこんばんは!ぞうはなです。
なんとか間に合いましたが今週はこれ一本! すみません、拍手お礼は来週…!
そして次でこのお話もおしまいでーす。





「もう少しでできますからリビングで待っててください」
キッチンに入ってきた蓮に気づき、キョーコはフライパンを片手に持ったまま、盛り付けていた皿から顔を上げて笑顔で声をかける。
「ありがとう。美味しそうだね」
「ありがとうございます」
少し照れくさそうにお礼を言うと、キョーコは再び視線を落とした。蓮はというと、待っててくれと言われたのにキョーコのそばまで近づいて、後ろからキョーコの手元を覗き込む。
「彩りもきれいだ」
「ふふ、パプリカってキレイですよね」

キョーコがフライパンと菜ばしを置くと、体の両脇からするりと腕が伸びてきて身動きが取れないように後ろから抱きしめられた。
「ちょっ…!敦賀さん?」
「もう…今はふたりきりなんだから呼び方が違うだろう?」
「いきなりそういう事しといて呼び方なんて気にしないでください!」
蓮は抱きしめたキョーコの耳元でくすりと笑う。
「だっていつまで経っても"敦賀さん"だし敬語だし。俺はコーンなのにな」
「何言ってるんですか、コーンであっても妖精じゃないですもん。大体まだそんなに経ってません!」

少し拘束を緩めた蓮の腕の中でキョーコは懸命に腕を伸ばして仕上げのハーブを皿に盛り付ける。
「できました!さ、食べましょう」
「…もうちょっとこうしててもいいのに」
「せっかく出来たての美味しいものをわざわざ冷まして食べるんですか」
「いえ、キョーコの作ってくれたものは美味しくいただきたいです」
蓮は一度ぎゅっとキョーコの体を抱きしめ、こめかみの辺りにキスをおくってからその腕を離した。盛り付けの終わった皿を両手に持ってリビングまで運び、キョーコは蓮の後ろからご飯茶碗を運びながらその背中をぼうっと眺める。


敦賀さんがアメリカから帰ってきたあの時は見た目がコーンで中身が敦賀さんだったけど…最近は見た目が敦賀さんで中身がコーンな気がする…
うん、気のせいじゃないよね?
普段の仕事の時はどうなんだろう、やっぱりちゃんと全面的に敦賀さんなのかしら。テレビの画面を見る限りは100%敦賀さんよね、て当たり前かあ。社さんもいるんだし、その辺はしっかり切り替えるんだろうなぁ。


蓮の主演映画は公開から1か月近くが経過した今もまだ興行収入ランキングのトップ3に居座り続けている。
映画の宣伝以外の仕事もみっちり詰まり、今の時期はテレビへの露出はバラエティがメインだが、次のクールは今収録中のドラマが放送される。蓮の忙しさはアメリカに行く前を越えているかもしれないのに、なぜかきっちり週に一度はこうやってキョーコとの時間をひねり出すその手法が非常に気になるところだ。

「でも、こんなに騒がれてるときにお部屋にお邪魔して、大丈夫でしょうか?」
リビングテーブルについて箸を取りながらキョーコは首をかしげた。連日情報番組で蓮のことが取り上げられ、ネットにも大量のガセを含んだ情報が飛び交い、取材攻勢もすごいはずだ。いつキョーコとの関係が取りざたされるかと思うとキョーコはヒヤヒヤしてしまう。
「大丈夫だよ。弁解しなくちゃいけないような事は何もないし」
蓮はさらりと答える。
「でも…」
「素性も知れた事だし、隠し事はなにもない。俺はいつ公にしてもいいんだ。キョーコの覚悟さえ決まれば」
「だだだだって!今これだけ騒がれてるのに…!」


事の発端は2週間前に日本の情報番組で放送されたインタビューだ。
蓮の主演映画3部作を撮ったコリンズ監督への独占インタビューは、映画全般への造詣が深い女性映画評論家によって進められた。
「日本でもアメリカでも最新作はすごい人気ですね。私も拝見しましたけどずーっと手汗をかきっぱなしでした!」
「ありがとう。自分の監督生活の集大成にしたかったんだ。役者にもスタッフにも恵まれて満足いく作品が作り上げられた、非常に幸運だったと思うよ」

ストーリーの解説や監督の思想からインタビューは始まり、やがて撮影秘話に及ぶ。
「スタントをほとんど使わなかったって事ですけど、どのシーンがスタントだったんですか?」
「どこが、と明かすとつまらないから止めておくけど、レンのアクションはすべて本人がやってるよ。レンのスタントマンは最初から用意しなかったんだ。サーシャもごくごく一部だけだね。スタント担当にとっては美味しくない仕事だったかな」
「日本人ながら英語も堪能、アクションは全部できるっていう敦賀さんは、監督としていかがでしたか?衝突したことはなかったんですか?」
「いや実に素晴らしかった。抜擢した甲斐があったよ。レンは言うべき事は主張するが実に理性的で論理的だった。そして、こちらの真意を汲んで注文どおりのものを作り上げてくれた。彼じゃなかったらここまでのものは撮れなかったね。いや、昔は生意気なガキだと思ったけど成長するもんだ」

「昔??コリンズ監督は敦賀さんと面識が?」
インタビュアーはそれまで浮かべていた笑みを引っ込めて首をかしげながらコリンズに尋ねた。
「ああ。まあ…ね。実を言うと、俺も今回の撮影の後半までまったく気がつかなかったんだけど」
「どういう事でしょう?敦賀さん、アメリカでの役者経験があるってこと?」
「君は相手を乗せるのがうまいな。実はこの話をメディアにするのは君が初めてなんだ」

コリンズは椅子に座りなおすと目を輝かせて話をしだした。
「主役のふたりが変装するシーンを覚えてるかな?」
「覚えてます、覚えてます。あんまり言うとネタバレになっちゃいますけど、敦賀さんは髪と目の色変えて」
「そう、それ。撮影中スタッフが遊んでね、彼に女装させたんだ。長い金髪のウィッグをつけさせて」
「それぜひ、スクリーンで見たかったー」
身もだえしたインタビュアーに、コリンズ監督はからからと笑い声を上げる。

「今も誰かの携帯に入ってるぞ、その写真は。遊びでやってみたらあのごつい男がそれなりに女性っぽく見えて、ウォーキングをやらせてみたらこれまたうまい。でもそれを見たサーシャが"この画を見たことがある"って騒ぎ出したんだ」
「見たことがある?敦賀さんの女装を?」
「いや、サーシャが見たことがあったのはモデルのジュリエラのウォーキングで、それにそっくりだというんだな。驚いたことに顔も似てると。それで俺も一気に思い出した。ジュリエラの息子を、自分の映画に使おうと思ったことがあったって。それで目の前の男の顔を改めてみたらどうだ、確かに面影があるじゃないか」
「ちょっと待って。ジュリエラってあのジュリエラ?トップモデルの?」
「ああ、そのジュリエラ。君も知ってると思うけどサーシャの母親もちょうど同世代のモデルだから、親交があったらしくて」
「えええっ。だってジュリエラってクー・ヒズリの奥さんで!」
「ああ、俺もクーとは何回も仕事してるのにな。長い間全く気がつかなかったのはうかつだった」
「それって敦賀さんがクー・ヒズリの息子ってこと!?」
「ああ、そういうこと。昔は金髪だったしジュリエラ似のキレイな顔だったからだいぶ印象が変わってた。昔の映画の時は結局途中で首にしたんだけど、いつの間に姿を消したかと思ってたらまさか日本で俳優やってるとはな。びっくりしたよ」

びっくりしたのはインタビュアーと番組スタッフとさらにその放送を見た視聴者の方だ。
ただちにレン本人とクーに確認が取られ、双方が事実と認める事態になり、日本中が大騒ぎになった。時間が経って少し落ち着いてきたとはいえ、蓮はまだ会う人会う人に「名前はどうするのか」「姿はこのままなのか」「親子共演の予定は」などとうるさく聞かれている。


食事をしつつ不毛な会話は続く。
「まだ落ち着いてないんですから、ますます仕事しにくくなっちゃいますよ」
「そうかな、逆にもう変わらないんじゃない?」
「ダメです変わりますしそれがなくても内緒なんです!」
「貴島君との事は内緒じゃなかったのに何で俺はダメなの」
「だってあれは何もなかったから…!」
「何を聞かれても否定すればよかったから?」
「う」とキョーコは言葉に詰まる。その通りだ。貴島との事はとにかく聞かれたら否定して、それでも疑ってくる人は適当にいなしておけばよかった。本当に何もないのだから答えやすかった。
だけど今回は"何かある"のだ。肯定してしまえば、馴れ初めだのこの先の結婚の予定だの、プライベートの過ごし方だのエンドレスになることは想像に難くない。

「そんなに俺とのこと聞かれるの、嫌?やっぱりまだ俺は許してもらえてないのかな」
しゅん、と蓮は肩を落とす。
「こうやってなし崩しに一緒にいるのも、もしかして嬉しくなかったりする?」

やや恨めしげに見つめられて、キョーコは慌てると共に胸がきゅんと締め付けられるのを覚えた。どうして目の前のこの男の人は、もういい年だと言うのに雨の中捨てられている子猫か子犬のような顔をして見せるのか。ずるいと思いつつもキョーコは顔が赤くなるのを自覚する。
「な、なし崩しだなんて思ってませんし、一緒にいられるのはすごく楽しいし嬉しいです」
「本当?」
「本当ですってば…敦賀さん、まだ私がわだかまりを持ってると思われてるんですか?」
「んーー、だってこの間、コーンの石見てため息ついてなかった?」
「なななっ?い、いつの話ですかっ!」
「2,3日前かな。事務所にちょっとだけ寄ったとき、カフェにいるのを見た」
「いらしたなら声かけてくださいよ!」
「本当にすぐに行かなくちゃいけなかったんだ。挨拶だけって俺も思ったけど、考え込んでたから声かけられなかった。ごめんね」
「いえ…謝られる事ではないんですけど…」

ぽしょぽしょと語尾を濁したキョーコをじっと見つめると、蓮は箸を置いて胡坐をかいた足を両手で抱えて身じろぎした。
「俺は君の支えになりたいんだ。けど、コーンが妖精じゃなかったって事で君に落胆させてるんじゃないかと思って」
「ち、違いますよ!全く逆なんです」
キョーコは慌てて顔を上げるときっぱりと否定した。

「考えてみたら小さいときからずっと、私はコーンの存在と、コーンがくれた石に頼って生きてきたんです。この世界に入って、自信を持たせてくれるお守りが追加されたんですけど、それがなんだかお分かりですか?」
「お守り……?」
蓮は首を傾げてしばし考え込み、何かを思いついたように口を開いた。
「もしかして…プリンセスローザ…?」
キョーコはこくりと頷く。
「はい。敦賀さんがくださったクイーンローザからこぼれたプリンセスローザ様…今考えれば分かります。あれって敦賀さんが下さったって事ですよね」
「あー…ああ、まあ…ね」
ごにゃごにゃと濁しながらも蓮は認めた。ここで誤魔化してあとでばれる方が恐ろしい。しかし怒られるかと思いきや、キョーコは深いため息をつく。

「気がついたんです。コーンが敦賀さんだったって事は、私は敦賀さんがいなかったらこうしていられなかったって事です。頼ってたのは全部、コーンと、敦賀さんの存在と、敦賀さんがくれたお守りだった…そう思ったら、私なんだか怖くなっちゃったんです」
「怖く?どうして?」
静かに柔らかい声で尋ねられ、キョーコはちらりと蓮の顔を見た。
「こうしていられるの幸せなんです…信じられないくらい。だって私、敦賀さんへの気持ちなんてずっとずっと死ぬまで内緒にして生きていこうと思ってたから。でも、こうして一緒にいる時間が幸せだと、私この時間を失ったら生きていけなくなるんじゃないかって。敦賀さんがいないとダメなの、私のほうじゃないかと思っちゃって」
「バカだな」
「う…すみません」
「いやそういう意味じゃないよ」
蓮は「おいで」と両手を広げてキョーコを呼ぶ。まだ食事の途中なのに、とキョーコは躊躇ったが、箸を置くとおずおずと蓮の隣に座った。
「君は今頃気がついたかもしれないけど、俺はとっくの昔に君に対してそう思ってて、もう諦めてる」
「諦めてるって」
「失ったら生きていけない…じゃあ、失わないように抱きしめておけばいいんだ」
言葉通り、蓮は隣に来たキョーコの体を抱き寄せてすっぽりと包み込むように抱きしめる。
「大体君はそんなこと言いながらちゃんと自分の力でやってきた。だけど頼りたいときは頼って欲しいな。その方が嬉しい」
「はい……」
「それからね、秘密にしても公にしてもどっちだっていいんだ。君が俺の隣にいてくれさえすれば」
「います、ずっと」
「うん、ありがとう」
ちゅ、と音を立てて蓮はキョーコの唇に自分の唇を触れさせた。キョーコはにへ、と頬を緩めると蓮の肩に自分の頭をもたれかけさせる。

しばらくの沈黙の時間ののち。
「敦賀さん、ご飯は…」
「ん、もう少しこのままでいよう」
「でも冷めちゃいますよ」
「大丈夫。キョーコの作ったものは冷めてもおいしいし。そんな笑顔見せられてこの手を離せる訳がない」

やっぱり敦賀さんと言うよりコーン?

でもどっちにしたって同一人物。
どっちだっていい、大好きな人ってことは間違いない。
そう考えて、キョーコはその温かい腕の中でしばし目を閉じた。


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