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Break The Spell (20)


こんばんは。遅くなりましたー。ぞうはなです。
つづき、です!





ため息をつきながらネクタイを緩めつつどかりとソファに腰を下ろす黒髪の男の姿は、その場に女性がいればほぼ間違いなくうっとりと見惚れるほどの色気に満ちたものだ。しかし幸か不幸かここはホテルの部屋だ。室内には男以外の人影はなく、その直後の無造作に前髪をかきあげる仕草だって誰にも目撃される事はなかった。

まだ少ししか経ってないのにな…

蓮はジャケットの内ポケットからスマホを取り出すと、メモリに収められた写真を呼び出して画面に表示させた。
戸惑い気味の少し固い笑顔でこちらを見ているのは、華やかな着物を着たキョーコだ。3年以上会わずに耐えたはずなのに、ひとたび顔を合わせて想いを伝え、また、予想以上にいい反応をもらえてからは忍耐の紐が脆くなってしまったようだ。早く直接顔を見たくて、触れたくて仕方がない。

けれどきっと、日本に帰ったら険しい顔で「説明してください」と言われるのだろう。なぜ黙っていたのかと。事情を知りつつずっと騙していたのかと、もしかしたらそっぽを向かれる事だって十分に考えられる。

写真を見つめたまま考え込んでいると、小さなブザー音が聞こえた。部屋の呼び鈴が押されたらしい。
蓮はスマホを内ポケットにしまうとソファから立ち上がった。

部屋のドアを細く開けると、外には軽く腕を組んだサーシャが立っている。先ほど終わったパーティの時に着ていたゴージャスなドレス姿のままだ。
『ハイ、レン。ちょっと飲み足りないの。一緒に飲まない?』
『もう結構遅いよ』
『ちょっとだけよ』
言い始めたら引き下がらないサーシャの性格をよく知っている蓮は少しだけ間を空けて頷いた。
『じゃあ一杯だけ付き合うよ。20分後に上のバーでいい?』
『私の部屋でいいのに』
『バーに好きな酒があるんだ』
サーシャは組んでいた腕をほどくと答える。
『分かったわ、じゃあ20分後にね』

部屋から去ろうと向きを変えたサーシャに、蓮が問いかけた。
『…トムはどうしたの?』
『頭が痛いんだって。部屋で寝てるわ』
サーシャは振り向きもせずに言うと、そのまま立ち去る。
『そう…』
蓮はドアを閉めると一つ頭を振ってジャケットを脱いだ。

およそ30分後、蓮とサーシャの姿はホテル最上階のバーにあった。
薄暗い店内はテーブルに置かれたキャンドル以外の照明はほとんどなく、隣り合った人の表情しか見えない。
2人の席は街を見下ろす眺めのいい窓際のソファ席で、さりげなく配置された大きな観葉植物の鉢植えが周りからの視線を遮っている。艶々に磨かれた重厚な木のテーブルには小さな炎が揺らめくキャンドルと、形の違う2つのグラスが置かれていた。
蓮は白いシャツにグレーのスラックス、サーシャは胸元がV字に大きく開いたシンプルなミニドレスを着て二人ともカジュアルな雰囲気だ。

『ペースが速くない?』
足の長いグラスの中身を一気に煽ったサーシャに、蓮が静かに声をかける。
『これくらいじゃ酔わないわよ。知ってるくせに』
『さっきのパーティでも飲んでたんじゃないの』
『ニコニコ笑っているばかりだったからほとんど飲んでないわ』
『…大丈夫ならいいけどね』
通りかかったウエイターを呼びとめて2杯目を注文するサーシャをちらりと確認すると、蓮は自分の前に置かれたロックグラスを見つめた。

『やっと終わったーって感じ』
ソファにもたれて大きく伸びをしながらサーシャが笑う。
『公開は明日からだよ』
『そうだけど、明日の挨拶が終わったら大体の出番は終わりよ』
『君はすぐ次の映画の撮影だっけ』
『もうとっくに始まってる』
蓮は頷くとテーブルからグラスを取り上げた。グラスの中の氷がカラリと鳴り、その様子を足を組んだサーシャがぼんやりと眺める。

『こうやって2人で飲むのも最後かしら?』
無表情にサーシャが問う。しかし蓮は表情を変えずにグラスに口をつけ、しばらく黙ってから穏やかな笑みを浮かべて答えた。
『…当分はないかな。監督が"やっぱり続編をやる"なんて言い出さなければ』
『やだ、完結って言い切ったのに…痣だらけになるの、もうこりごり』
サーシャが両手を広げると、蓮は笑ってグラスを置く。サーシャはすぐに真剣な顔になって、少し間を空けて座る蓮の左腕へと右手を伸ばした。
『けど、レンと共演できるなら続編もそれほど悪くもないかもね』
『そう?』
『あら、あなたはもう嫌なの?私と仕事するの』
『そんなことない。俺も君とまた組めれば嬉しいよ』
『仕事で?』
『仕事で』

サーシャは蓮の返事を聞くとしばらく考え込む。サーシャの前に新しいグラスが静かに置かれ、サーシャは蓮の腕をさすりながらゆっくりと口を開けた。
『嘘でもおべっかとか、言うもんじゃないの?こういう時って』
『この場で嘘をつくのは君に失礼だと思ったから』
『…あなたらしいわね、その考え方』
『そうかもしれないね。…嘘をついても誰のためにもならないから正直に言うよ。君が撮影が全て終わったあとに聞きたいと言っていた質問の答え』

サーシャは蓮の腕から手を離すと、細長いグラスに口をつける。長い脚を組み直し、髪をかきあげて軽く頭を振ると蓮をうながした。
『うん、聞かせて』
蓮は少しの間キャンドルの火を見つめる。それからゆっくりとサーシャに視線を移すと、その瞳に写りこむ炎のゆらめきを見ながら口を開いた。
『俺の気持ちは、初めて君が俺に告白してくれたときと変わっていない』
身動きもせずに蓮の言葉を聞いていたサーシャは『そう』とぽつりと呟いた。
『この長い撮影の間、君は俺の"戦友"だった。君がいなければこうして最終作まで撮り終えて達成感が得られることはなかったと思う。感謝してる』
蓮は映画の中での2人の関係を象徴的に表していた"戦友"という言葉を使った。それは恋愛を抜きにした2人のパートナーシップをあらわす言葉だ。

『お互い様よ。私だって、あなたに教えられたことは多いわ』
『そうかな?役者としては君の方が先輩だよ。地位も経験も』
『やあね、分かってて言ってるのね?あなたと私はスタートは一緒じゃない。お互い、有名人の親を持って苦労したでしょ』
『俺はそれに潰されて腐った口だからね。親の名前を乗り越えて成功した君とは違う』
『ううん。前にも言ったけど、あなたみたいなタイプは初めてなの。日本にいたからかしら?"Zen"ってやつ?』
サーシャは組んでいた足をほどくと少ししかめっ面で顔を蓮に近づける。蓮は笑ってゆっくりとグラスを口に運んだ。

『すごい言葉を知ってるね』
『よくトムが言ってるもの。あの人レンより日本かぶれだから』
『日本人だからかぶれてる訳じゃないよ』
『正確には日本人じゃないじゃない。でもおかしいわね、私と同じ血を持ってるのに性格とか価値観が全然違うわ?』
『そりゃ、ロシアにだっていろんな人間がいるよ』
『んー、そうね。でもあなたとジュリエラも性格違うわよね。昔、子供のころにママの現場で会った事あるって言ったでしょ。彼女はもっと天真爛漫って感じだった』
『そう…』
『珍しいのよ、あなたみたいな経歴で、こんなに落ち着いて自分が見えてる人』
サーシャにまじまじと顔を見つめられ、蓮は苦笑した。

『だから、レンは私にぴったりだって思ったのに。……ねえ?』
サーシャは少し大きな声を出した。
『なに?』
『この3年間、私と付き合ってもいいかななんて、1回も思わなかったの?』

正直に答えて、と詰め寄られ、蓮は足を組んで窓から見える眼下の明かりを見つめた。
『考えてみようかな、と思ったことはあった…かな』
『そうなのっ?』
『うん…思い続けている相手が他の男のところに行ってしまったら、それで彼女が幸せになれるなら、って思ったときに』
『なあに、レン、あなた実は振られたの?』
『いや、そんな噂が日本から聞こえた事があった。それで俺はどうするんだって考えたんだ。一生彼女を想い続けるのか?それともまた他の誰かを同じように愛せるのか?ってね』
『それで、どうだったの?』
サーシャは乗り出したままかぶせ気味に聞く。

『考える事ができなかった』
『どういうこと?』
『どんな仮定を繰り出してみても、心から彼女を消す事が想像できなかった。一生報われない想いを抱え続けるか、無理を承知で彼女を奪い取るのか、どっちかしか選択肢がないという結論に至ったよ』

思いっきり鼻から息を吐き出して、サーシャは体をソファの背もたれにもたれかけさせた。
『正直、そこまで蓮に思われる相手が羨ましいわ』
『君は俺を買いかぶり過ぎだよ』
『そんなことないわよ。何年も見てきたんだから』
『…ありがとう。でも、ごめん』
『そんなことで謝らないで。まあ、分かってたから』

サーシャはグラスに残る液体を一気に半分ほど喉に流し込み、グラスを置くと立ち上がった。
『眠くなってきたから戻るわ』
蓮の方に身をかがめるとサーシャはいつもしているように蓮の肩に手をかけ、その頬に軽く唇をつける。それからそのままの体勢で、蓮の耳に囁くように言葉を吐き出した。
『分かってた…あなたは私を拒否しなかったけど、自分から抱きしめたりキスしてはくれなかったから』
『サーシャ…』
しばらく蓮の頬に自分の頬をつけたままサーシャはじっとしていたが、やがて思い切ったように身を起こす。
『ま、後悔するのはあなたよ。あとで謝ってももう許さないからね』
『分かってる…おやすみサーシャ、いい夢を』
『おやすみ』


サーシャがバーを去った5分後、トムの部屋のドアが「ドンドンドンドン」と激しくノックされた。
『どうしたサーシャ』
すぐにドアが開いて中からトムが顔を出し、サーシャを中へと通す。サーシャは3歩ほど部屋に入ると立ち止まった。
『私の魅力が分からないなんて、とんでもなく見る目がないわよね?』
『…ああ、それは目と趣味が悪過ぎるな』
『人生ってうまくいかないこともあるのね。2年以上もかかって分かるなんて、私もバカだわ』
『心配するな、もっと長い間ひたすらに振り返ってくれない相手を思い続けてるバカを俺は知ってる』
ドアのところに立ったままのトムを振り返り、サーシャは怪訝な顔をする。
『誰の事?』
『俺のダチだよ。さ、明日はステージでの挨拶があるんだからな。目をはらすなよ』
『バカっ。泣かないわよ!』
『ならいい。おやすみサーシャ』
『あなたも頭痛治してよ』
『ああ』
部屋に入ってきた時よりは少し落ち着いた様子でまた廊下へと出て行ったサーシャを見送って、トムは静かにドアを閉めた。

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コメントコメント


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雰囲気のある素敵なエピソードの回でした!

こんにちは。今回はキョーコちゃんは出てこなかったけれど、とても雰囲気のある素敵なエピソードでした!薄暗い、街の光が壁に映るような、都会のバー。そんなところ、何年間行ってないでしょう。仕事と社会的地位がある大人にお似合いの場所ですね♪それでも子供の頃の輝く夏の日のほうがまだ何倍も強く心に生きているとは、子供の頃の思い出って巨大なダイヤの原石ですね~。あ、訳がわからん感想になってきましたね。お話がもうすぐ終わりかな、と思うと淋しいですが、次回も楽しみにしています。どうもありがとうございました。

genki | URL | 2015/07/18 (Sat) 10:05 [編集]


Re: 雰囲気のある素敵なエピソードの回でした!

> genki様

お返事遅くなりましたー!!
恋愛経験的に大人な2人の話しあう場所、ってことでちょっと大人っぽい雰囲気になるかなーという回でした。
ちなみにぞうはな、そんなところにはほとんど縁もなく。だいぶ、かなり、いや相当前に行った時は場違いな団体で場の雰囲気を乱した記憶がうっすらとあります。
おそらくそんな場の雰囲気に合った会話はサーシャさんの方が得意なのだと思いますが、きっと蓮さんにはやや子供っぽいかもしれないキョコさんとのやり取りの方が嬉しくて嬉しくてたまらないのでしょうねー。

ぞうはな | URL | 2015/07/22 (Wed) 18:13 [編集]