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君の魔法 (18)



ミロクとレイノの行方はようとして知れなかった。
尾行を命じられていた兵たちは上官に大目玉を食らうこととなったが、全員が口をそろえて、金縛りにあった様に体が動かないうちに見失った、と主張していることから、二人が魔法を使って逃げていったものと思われていた。

ビーグール伯爵はすっかり放心してしまったようになり、一切の質問に答える事は無かった。元々それほど権力欲の強い方ではないと思われていた人物の乱心に周りも驚いたのだが、捕まったW国の男が隠し持っていた書簡の束から、なんとなく事情は知れてきていた。

「つまり、LMEでもW国でも封印されてしまった神との契約の儀式を、その男は復活させたかった、てことですか?」
レンはヤシロからの報告を受けて確かめた。ヤシロがあちこち動き回って集めた情報を統合して検証している最中であった。

「そう、古い魔法を研究してて、どうしても実践したかったみたいだな。それで、たまたま伝手があったビーグール伯爵に辿り着いて、何だかんだとそそのかした、て形になるな」
「なんで伯爵はそんな話に乗ったんでしょうね。神と契約したら何が出来るのか、その男も知らなかったんですよね?」
「そのようだな…それでも、急に目の前に下りてきたら、手を出したくなるってことかな?」
分からないとばかりに二人は首を捻った。身に過ぎる力を追い求めても、跳ね返ってやがて自らを滅ぼすことは歴史が証明していると言うのに…?
「自分だけはうまくいくなんて、思ってしまうのかもしれませんね。で、二人の処遇は?」
「あの男はW国に引き渡すそうだ。あっちの方が刑罰は厳しそうだけどな…。伯爵は、正気に戻るまで少し待つらしいが、まあどう軽く済んでも爵位は剥奪だね」
「息子もいて領土もあってそれで満足してればよかったのに、と考えてしまいますね。そういえば、なぜ息子のミロクが加担したのかも、まだ分からないんですよね」
そもそもなぜ伯爵は自分でなく息子と神との契約を結ぼうとしたんだろう?とレンは考え込む。
ミロクは父親以上に権威だの地位だのに執着するタイプには見えなかった。いつもどこか冷めた目で周囲を見ていたのだ。しかし、今回の件では儀式の用意などはほぼW国の男とミロクのやり取りで進められたようだった。

父親とはまた違う目的があったとしたら?その方が納得がいく気がした。

ヤシロが思い出したように口を開いた。
「そういえばさ、息子と言えば。まだ確かな情報じゃないんだけど、レイノについて変な噂を聞いたんだ」
「変な噂ですか?」
「ああ。なんでも、ビーグール伯爵が愛人に産ませた隠し子だって」
「…なんですか、それは」
「他所の国から流れてきた女性を、囲ってたらしいんだよ。んで、子ども産んだんだけどその女性が早くに亡くなって、血縁のある家に養子に出したって話。女性が予言者だったとか、そんな眉唾な話も聞いたぞ」
「そのあたりの怪しい話は置いておいて、それが本当だとすると、ミロクとレイノは異母兄弟ってことですか?」
「そうなるよなあ… いっつもつるんでたけど、もしそうだとしたら本人たちは知ってたのかな?」
「その話、どれくらい確かなんですか?」
「うん、もうちょっと確認してみるよ」

「ちょっと」
レンの目の前には、走ってきた少女が腰に手を当てて仁王立ちしている。二人は話をやめて少女に目を移した。
「二人とも、こんなところで難しいお話をしなくてもよろしいんじゃなくって?ほら、お茶にするんですのよ!」
「わざわざマリア様が呼びに来てくださったんですか?」
「そうよ!二人とも放っておくとこそこそ話し込んじゃって!ちゃんと遊んでくれるってお約束じゃないの?」
マリアは二人の手をぐいぐいと引っ張っていく。

マリアは、魔法陣に巻き込まれたあと丸1日深い眠りについていた。テンの見立てでは「2~3日目が覚めないかもしれないわね」ということだったが、翌日の夕方にぱっちりと目を覚まし、「お腹が空きました!」といつもの倍くらい食べ、すっかり元通りになったのだった。テンは「若さね…」と呻いていたのだが、マリアの魔力が最初の見立てよりも強かったことも影響したらしい。

この日マリア達は王城そばの高台にある広場に来ていた。
数日は控えめに過ごしていたのだが、元気になると同時に外出したいと騒ぎだし、一週間たってやっと王のお許しが出たのである。
しかし、まだレイノとミロクが見つかっておらず、どんな危険があるか分からない、ということで、王じきじきにレンとヤシロが護衛に指名され、当然ながらキョーコもつき従い、なぜかマリアの遊び相手としてヒカルが抜擢され、ついでにこれまたなぜかヒズリまで同行していた。

色めき立ったのはマリア付きの女官たちである。近衛のいい男が3人も!!ヒズリ様まで!!ということで、誰がお世話につくのか血で血を洗う争いになりそうだったが、あっさりとそれを見抜いたマリアに「カナエ、お願いね」と指名され、残り全員が撃沈したのであった。

マリアが二人を引っぱって向かう先には、薄い敷物を広げた上でキョーコとカナエがお茶の準備をしている。
その横ではキョーコが焼いてきたおやつを覗きながらヒズリがそわそわと待っている。そして、敷物の横では、マリアに引っぱりまわされたヒカルが大の字に寝っ転がって息を整えていた。

小春日和の、初冬にしては暖かな日の平和なひと時だった。レンはあの事件以来、あちこちと引っぱりまわされ、自分でも調査に時間を取られ、のんびりした時間は久々だった。
しかし、すべてにケリをつけなければ、心の底からは安心できないな、とレンは思うのであった。


その夜、夕食時。
レンは、王城にほど近いヒズリ邸の食堂で、がっくりとうなだれていた。
目の前には、不思議そうな顔で大皿にどっかり盛られた料理をテーブルに運んでいる少女がいる。

レンは、昼間ヒズリに会った時にこっそりと、話があると伝えたはずだった。それならば久しぶりに飯を食って行け!と強引に誘われ、渋々指定された時間に屋敷を訪れてみたら、なぜかキョーコがエプロンをつけてそこにいたのだ。

「えーと…キョーコ。ここで何してるのかな?」
やっとの思いでレンは言葉をひねりだした。
「は…はい。見ての通り、お食事を作っておりましたが…」
何かおかしなことがあっただろうかと、キョーコは皿を置いて直立不動で答える。
「なんで君が?この屋敷には料理人くらいいるだろう。あの人の胃袋を満たす料理を作れるくらいの人数は」

俺が忙殺されてキョーコの顔を見ることすらほとんど出来てないっていうのに、あの人は家に呼び込んで食事まで作らせてるのか!!
半分八つ当たりに近い怒りがレンの胸に湧いてくる。

キョーコが何か答える前に、屋敷の主の声が響き渡った。
「それは、そんじょそこらの料理人の作る飯より、キョーコの作った物の方がうまいからに決まってるだろう!」

「……あなたは、人の部下を捕まえて何をさせてるんですか」
レンの声は冷ややかだ。
「お前の部下は俺の部下だろうが」
「そういうのを公私混同っていうんです」
「別に私は上官として命令してるんじゃないぞ!キョーコに『お願い』したんだ!」
「言い方を変えても同じことです!」

「あのう…」
エスカレートしていく言い合いを止めたのは、キョーコの声だった。
「用意できましたので、温かいうちにお召し上がりになりませんか?」
キョーコの上官はともかく、上官の上官はそれですっかり気分を変えて、食事へと意識を集中させたのであった。


確かに、やたらと美味しかった…

レンは食後のお茶に口をつけながらしみじみと思った。キョーコは、自分の家の料理人に弟子入りして、料理のイロハを叩きこまれたのだと胸を張って言った。

いちいち言うことややることが意表をつくんだよな…

自然と口元に笑みが浮かぶ。そんなレンをちらりと見て、ヒズリはキョーコに話しかけた。
「いや、いつもながらキョーコの作る料理はうまいな!」
「ありがとうございます…喜んでいただけると嬉しいです」
キョーコはてへへと照れて、本当に嬉しそうだ。

「こんなよく出来た嫁さんをもらう男は幸せだな」
途端にキョーコの表情がぴきりと固まる。
「ヒズリ様…何回も言いますが、私は結婚なんて…」

言いかけたキョーコのセリフをヒズリが遮るように口を開いた。
「私の息子なんてどうだ?」
レンはあやうくむせ返りそうになったが、根性でぐっとこらえた。不自然にならない速さでカップを置く。

「え、ヒズリ様の息子さんですか?あの、遠いところに修行に行ってるという?」
「そうそう、その息子だよ。久しく会っていないが、ジュリの息子だ、きっと素晴らしい男になって帰ってくるだろう」
「いや…ヒズリ様の息子さんならそうに違いありませんが、お会いしたこともありませんし、そんな方なら大事な人がいらっしゃるでしょうし…」
「いやぁ、私の息子だ、きっとキョーコのことは気に入るはずだぞ!考えておいて貰えないかな」
あくまでニコニコと笑顔で話すヒズリの真意は、キョーコには分からない。あいまいな返事で濁すしかなかった。


キョーコが辞去した後、話があるからとレンはヒズリ邸に残った。
本当はキョーコとともに帰りたいところだったが、それでは今日の本来の目的が全く果たせない。

顔を見てるのにしっかり話せないのも案外イライラするもんだな…

過去あまり抱いたことのない思いをぼんやりと頭に浮かべながら、レンは書斎でヒズリを待っていた。
そして、ほどなくヒズリが現れた。

「や、悪いな、待たせた。さて、話とはどの件かな?」

レンはぐっと握ったこぶしに力を入れた。
「現在の事件が全て解決したら、自分のこれからについて、少し考えてみようかと思っています」
レンの目にはしっかりとした光が宿っていた。

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