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Break The Spell (17)


こんばんはだす。ぞうはなだす。

むーーー。更新が遅くなりましたが、その分(?)ちょっと分量多めでお送りします。





現実が現実と認識されるのにどれくらい時間がかかるものだろうか。
いやそれとも、なかなか認識されないということはもしかして幻だった…?

ぼんやりと待ち時間中にそんな事を考えてしまうくらい、キョーコは自分の身に起きた事を受け止めきれていなかった。

蓮が帰国してから1週間が経っていた。
蓮の出演する映画はシリーズ3作目の最終作にして初めて、ワールドプレミアが日米同時公開日の4日前の今日、日本で行われる。都心の大きな通りを交通規制してレッドカーペットを敷くと言う大々的なものだが、監督が公開前の内容の流出を頑なに拒んだため、試写会も直前の解禁となった。ストーリーはほとんどが秘密の上、公開前に解禁された映像もほんの少しに限られているという。
蓮とサーシャは慌ただしいスケジュールの中、日本での宣伝とワールドプレミアを終えたら今度はアメリカで公開日を迎えるのだ。

試写会も公開直前にしかやらないなんて、徹底してるわよね。
それになんだか敦賀さんには不思議な事を言われたし…

周囲は雑然としているが、キョーコはぴしりと背筋を伸ばしてきりっと立ったままぼうっと思考を飛ばす。ある意味器用だ。

蓮にはあの丘の上の展望台で抱きしめられて以来、会えていない。とはいえあれから3日しか経っていないのに向こうからの連絡は頻繁で、キョーコは恐縮すると同時に少し心配にもなっている。

サーシャさんとのこと、どうなるのかな…?

早くはっきりさせてほしい、というのは必死に自分を戒めても心のどこかで抱いてしまう正直な気持ちだ。

「君が納得いくようにする。だからちょっとだけ、不安にさせちゃうかもしれないけど待っててくれるかな」
蓮はそう言って心配要らないとキョーコを安心させようとしてくれるが、意思表示されたらされたで、短い時間とはいえまた2人でアメリカに行くと聞くだけで何やらもやもやとしてしまう。

贅沢な悩み……なのかな?

蓮の言葉を信じればいいのだと、キョーコは思っている。
けれど、理屈でそう考えるのと感情が波立つのはまた別だ。そしてキョーコは、やはりサーシャの事を考えてしまうのだ。

自分よりずっと美人でスタイルもよく演技の才能も上で、世界的な人気はもう、差があり過ぎて比較する気にもならない。
そしてきっと彼女は蓮の事を本気で想っている。1作目の撮影中の途中からずっと蓮にアプローチし続けているという事は、恋多き女と呼ばれているサーシャがもう2年以上も蓮以外によそ見をしていないということになる。

考えても仕方がないんだけど……

でも考えるのを止める事は出来ない。
そして考えれば考えるほど思考はネガティブな方向へと飛んでいくのだ。

キョーコはスタッフに呼ばれ、無理やり思考を断ち切ると待機していたテントから歩き出した。
世界的に大人気のアクション映画『クラッシャー』シリーズの最終作、そのワールドプレミアで、なぜかキョーコは舞台挨拶を行う俳優陣に花束を渡す役を仰せつかっている。
その前には出演する情報番組のレポーターとしてレッドカーペットで取材をしたりと、あれこれ忙しいのだ。ぼうっとしている暇はないし、蓮とサーシャを見て表立って動揺するのも許されない。

「京子ちゃん、すごい綺麗っ!」
レッドカーペットの端に辿り着き、改めて気合を入れてスタッフと段取りを打ち合わせたところでキョーコは声をかけられた。振り向けばそこにはロングドレスで着飾った百瀬逸美がいる。逸美は映画の日本語吹き替えを担当しているため、この場に参加していた。
「あ、百瀬さん!お疲れさまです。百瀬さんもお綺麗です!」
「ありがとう!でも京子ちゃんほんと素敵ーー。着こなしてるって感じだね」
「ありがとうございます…お、お恥ずかしいです」

キョーコはてれてれと頭をかく。
爽やかなイエローのほっそりとしたドレスと豪華なアクセサリに身を包んだ逸美と対照的に、この日のキョーコは和服姿だった。髪はひとつにまとめあげられ、黒を基調とした訪問着には大きな蝶が大胆に飛び帯もきらびやかだが、奇抜さはなく凛とした美しさが人目を引く。

2人のコントラストが目に留まるのか複数のカメラマンがレンズを向けるが、逸美とキョーコはのんびりと会話を続ける。
「敦賀さんって本当相変わらず憎たらしいというか、追いつこうとしてもぽーんと飛んでっちゃうよね」
「堂々たるハリウッド俳優ですもんね。でも、目標が常に高いってことは私にとってはいいのかもしれません」
「そうだね、私もそう言う意味では同じ」
2人の短い会話は、映画出演者たちの到着を告げるスタッフの声で終わりとなった。

レッドカーペットの端にはリムジンが停まり、続々と映画出演者たちが姿を見せ始めている。
この日にあわせて蓮とサーシャ以外の出演者、それに監督が来日したのだ。揃いもそろってビッグスターのため、辺りはお祭り騒ぎだ。
キョーコは会場レポートを始めながらこっそりと主演の2人を盗み見た。
当たり前だが蓮はサーシャをエスコートし、2人は寄り添って笑顔で周囲に手を振っている。蓮は黒のタキシードを役柄にふさわしくかなり大胆に着崩し、サーシャは背中が限界まで大きく開いたシルバーのドレスで深いスリットから惜しげもなくその脚線美をさらし、美男美女のカップルはぴたりと様になっていた。

キョーコは小さく息をつくと先日の蓮の表情と抱きしめられた温もりを思い出す。それからとびきりの笑顔でカメラに向かい、レポートと突撃インタビューを開始した。


主演以外のインタビューなら…まだ取れるかしら?

赤い絨毯の上を駆けずり回っていたキョーコは一息ついていたが、ディレクターの「あそこ、カルロが空いた!」という声に振り向き、躊躇せずに一歩を踏み出した。
ちょうど他局のカメラに手を振った俳優が振り返ったところににこやかに「Hi!」と声をかける。
『カルロさん、インタビューよろしいですか?』
キョーコが話しかけたのは蓮が演じる主人公のの宿敵とも呼べる悪役を演じた二枚目俳優だった。

和服女性の口から流暢な英語が流れ出て、話しかけられた俳優はやや驚いた表情を作るがすぐににこやかに応じた。
『もちろんだよ!君のこれ、着物だよね。すっごく美しい。こんなの初めて見たな』
『ありがとうございます。カルロさんにお褒めいただけるなんて嬉しいです』

カルロは当然のようにキョーコの腰に手を回してきたが、腕にあたる帯が少し気になったようだ。後ろに回りこんでじっくりとその後姿を眺めている。
『君はアナウンサー?女優さん?君の名前は?いや本当、ヤマトナデシコって実在するんだね。実に美しい』

今度はキョーコの手をとってカルロはその甲に軽く口付ける。そのままキョーコの手を離さないが、キョーコは動じることなくインタビューを続行した。
『ありがとうございます。女優の京子と申します。でもクラッシャーの出演女優さんたちは美しい方ばかりですよね』
『キョウコ?名前もいいね。…まあね、でもみんな怖いからなぁ。下手な事すると手や脚が容赦なく飛んでくるんだぜ?』
『あ、私もそれなら負けませんよ』
『ほんとに?ヤマトナデシコも見た目によらないな。でも君とならぜひ共演してみたいよ。殴られるのも歓迎だ』
『女性に殴られるのお好きなんですか?』
『できれば優しくしてもらえる方がいいんだけど…うん、こんな感じにね。今回はアクションばかりでこういうシーンがなかったからさ』
言いながらカルロはキョーコの細い体をやんわりと抱きしめる。どさくさまぎれにキョーコの頬にキスまで落とし、キョーコは思わず「ひゃっ」と悲鳴を上げた。

『カルロ。君はインタビュー受けてるんじゃないのか?』
横から伸びた長い指がカルロのおでこをピンとはじいて、カルロはのけぞった。
『痛いなレン』
『何やってるんだ、まったく』
ため息をつきながら呆れ顔で肩をすくめてみせたのはいつの間にかそこにいた、蓮だ。しかしカルロは笑顔でまだキョーコの肩に回した腕をほどこうとはしない。

『だってキョウコがあんまり可愛いからさ』
『日本の女性はスキンシップに慣れてないんだ。しつこくすると失礼な奴だって嫌われるよ』
蓮の言葉に、カルロは渋々キョーコを解放した。少し乱れてしまったキョーコの前髪をちょいちょいと直して、蓮はキョーコを挟んでカルロと共にテレビカメラに向かう。

カルロは腰に手を当ててキョーコの頭越しにレンに抗議を始めた。
『レンだって触ってるじゃないか』
蓮も憮然とした表情で腕組みをして言い返す。
『俺は初対面でいきなり触ったりしないよ』
『なに、二人は知り合い?』
『ああ』
『じゃあレン、あとでキョウコの連絡先教えてよ』
『この流れで誰が教えるの』
『ってことは知ってるんだな?この抜け駆け野郎!』

『随分と仲がよろしいんですね』
呆れたようにキョーコが口を挟む。
『そう見える?』
カルロが途端に機嫌よくキョーコに答えた。
『ええ。映画では宿敵でしつこいくらい殺そうとしてますけど』
『そう。もう愛が裏返って憎しみになっちゃってね』
『中尉に愛なんてあったっけ』
『あるある。溢れてるじゃないか』
『今作ではおふたりの因縁が明らかになるとか?』
キョーコの言葉を捉えた誘導で、カルロと蓮という敵同士のインタビューはなんとか無事に軌道に乗った。


短いインタビューが終わると、カルロは上機嫌で再びキョーコを抱きしめてから去っていった。
「敦賀さんありがとうございました」
カルロを見送ってキョーコは深々と蓮にお礼を言う。
「いや、彼は本当、すぐああなっちゃうからね」
言いながら蓮はちらりとカメラが止まったことを確認する。

「それにしても本当、その着物似合ってるね。すごく素敵だ」
さらりと放たれた賛辞に、キョーコはどきりとして動きを止めた。
「え…あ……あの、ありがとうございます」
「じっくり見られないのがもったいないな…そうだ、写真撮ってもいい?」

蓮の手には私物のスマホが現れて、キョーコは仰天する。
「え!いいですけど、いいんですか?」
「向こうのプレミアは何でもありなんだ。皆やってる。ほら、撮るよ」
構えられたスマホにキョーコは心の準備も出来ぬまま背筋を伸ばす。

蓮は写真を確認すると、キョーコに顔を近づけて小声で言った。
「このスマホ、買ったばかりでまだメモリが空なんだ。君の写真で埋めていってもいい?」
「…は?」
「協力よろしくね」

蓮はまた元の位置に戻る。
「カルロ以外にもプレイボーイは一杯いるから、困ったら呼んで」
そう言うと呆気にとられたままのキョーコに手を振って、蓮は向こうから呼ばれて別の取材に応じる。

…一番のプレイボーイはやっぱり敦賀さんでしょ…!

心の中で精いっぱい叫ぶと、キョーコは顔が赤くなるのを自覚しながらも必死に立て直しを図るのだった。

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