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Break The Spell (15)


こんばんは!ぞうはなです。
うーむ、やはりこれくらいのペースになっちゃいますね…続きです。





どうしちゃったのかしら……?


時間にすれば数秒だったかもしれないが、反応のない蓮の様子に急にキョーコは不安になる。
しかし、声をかけようとした瞬間蓮はがっくりとうなだれて力なくため息を吐き出した。そのため息は先ほどの呆れたようなものではなく、なにやら絶望の縁に立った、魂が出てしまったかと思うような深いものだ。
ぴくりとキョーコが反応し、それでもどうしていいのか分からず黙って様子を伺っていると、やがて蓮は少しだけ顔を起こして口を開いた。少し恨めしそうな表情に見えなくもない。

「他の誰が何と言おうと、君だけは…君だけは信じてくれると思っていたんだけど」
「…なんのことでしょう?」
慎重にキョーコは問い返す。蓮の顔は恨めしげではあるものの、自分だってここまでずっと問い詰められていたのだ。そうそううっかりと蓮の流れには乗れない。

「俺とサーシャ・カーニーの間には何もないって事」

キョーコは無言で蓮の顔を見つめた。
確かに蓮から直接話を聞いたという貴島は、「本人は付き合ってないと言った」ということを口にしていた。けれど、今まさに本人が言ったばかりではないか。

「今度は本当に何もなくても言い訳は聞いてもらえなくなるからね」

まさにそれだ。少なくとも蓮はサーシャと3回は写真を撮られている。それに、日本での2人の様子を見た誰もが、口を揃えてこういっていた。

「いちゃいちゃしていた」
「ハグの後はキス」
「べったりくっついていた」

アメリカで撮られた写真だって、自分と貴島のように並んで歩いているなんてものではない。まるで恋人のように寄り添っていたり触れていたり。それで何を信じろと?

ふつふつと、3年間ひとりでやきもきと待っていた、その恨みつらみがわいてくる。


「敦賀さん。先輩にこのようなことを申し上げるのは大変心苦しく、また大変失礼だとは思いますが」
「うん?」
「つい先ほどまで敦賀さんが仰った事、すべてそのままお返ししてよろしいでしょうか」
「……」
「何もない、と仰いましたが…どこをどう信用しろと?」

笑みを貼り付けたキョーコのこめかみには血管が浮いているかもしれない。
しかし、蓮はキョーコの怒りに気がついているのかいないのか、顔を上げると真顔で答える。
「俺は君のいる日本に帰ってくると誓った。それなのに、他の人に心を動かすなんて事、しないよ」
「なっ…!違いますよ、確かに日本に帰ってくるとは仰いましたけど、それとこれとは」
「関係あるよ。というか、それ以外の意味で俺は言っていない」

は?

キョーコの口は真ん丸く開いた。あまりにびっくりして声が出なかったが。
「この3年間、どれだけ君に会いたくて仕方がなかったか。だけど途中で帰って軽蔑されるのも嫌だから、何とか耐え抜いた。それは本当だ」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください」
キョーコは前のめりに言い募ってくる蓮を、両手をめいいっぱい広げて制する。パニックになるとダメだ、と自分に言い聞かせ、数回深呼吸をして頭をクリアにする。

「待ってください。論点がずれてます」
「…君は随分と冷淡になったね」
はあ、と蓮がため息をついたので、キョーコは蓮も冷静さを取り戻したことに気がついた。

今のため息はちょっと、芝居がかってたわ!

もうパニックを起こして人の勢いに巻き込まれるような自分ではないのだ。たとえ相手が天然タラシだろうがコマシだろうが。蓮の思わせぶりなセリフに戸惑って追及の手を緩めてはならない。キョーコは考えが表に出ないよう慎重に慎重に言葉を選ぶ。
「話を戻しますよ」
「…うん」
渋々、と言った様子で蓮は頷いた。キョーコはその様子が気になりながらももう一度確認する。
「敦賀さんはサーシャさんと何もないって仰いました。ではあの何回も撮られた写真やここ数日の振舞いは、どうご説明なさるんですか?」
「それも、今日君と話がしたかった一つだ。さっきも言ったけど君にだけは誤解されたくなくて」
「はい」
『それも』ということは他にもある?しかしそう、話を逸らすわけにはいかない。キョーコはごくごく冷静に相槌だけ打つと目線で先を促す。
蓮は顔を上げると髪をぐしゃりとつかんでかきあげた。

「君はサーシャがどういう生い立ちだか知ってる?」
「詳しくは知りませんが、お父さんが音楽プロデューサーでお母さんがファッションモデルでしたっけ」
「そう。ふたりともその業界では知らないものがいないほどの人たちだ。そして彼女自身も小さな頃からこの業界で活躍してる」
「はい」
キョーコは頷く。5歳の頃に出演した映画で天才子役として一気に有名になり、そのまま順調に女優としてのキャリアを積んでいることはキョーコも知っている。
「子役で有名になるとその後ぱっとしないことも多いんだけど、彼女は違う。その実力は一緒に仕事をしたスタッフ皆が認めるものだ…だけどね…」
「??」と疑問を顔に貼り付けてキョーコが蓮を見ると、蓮はゆっくりと人差し指を立てて口の前に当てた。

「俺が今から話すことは誰にも内緒にしてくれる?少なくとも彼女がアメリカに帰るまでは」
「え、それはどういう…」
「まあ、まず話を聞いてほしいな。彼女はね、その生い立ちと経歴もあるのかな、かなりはっきりとした性格なんだ」
「…確かにそんな印象は受けましたけど」
その眼も眉も話し方も、強気な性格がよく分かる。おそらく思ったことは口に出し、他人に遠慮などしないだろう。両親共に成功したいわゆるセレブで、遠慮などする必要のない生活を送ってきたのかもしれない。
昨日だって、2人が話していた内容は分からなかったが、自分はおそらくサーシャの機嫌を損ねそうになって楽屋から追い出されたのだ。

だめだめムッとしちゃ。今は敦賀さんの話を聞くのよ。

キョーコは内心にむくりともたげた不快感を押しつぶして話を聞く。
「今回もそうだけど、彼女が提示する契約書は必ず数十ページに渡るそうだ」
「え…?そんなに長いんですか?」
「そう。待遇に対する要求が書き連ねられてるんだ。監督からの過酷なアクションや演技の要求はほとんど文句をいう事なくこなすんだけど、それ以外に対してはかなりまあ…"細かい"かな」
「はあ……」

キョーコは呆然と返事をした。
蓮は言葉を濁したが、確かにハリウッドのスター達の中には悪く言えば『わがまま』な人がいると聞いた事はある。
けれど自分はそういう人とじかに接する事はないし、スクリーンを通して見たってその辺りはよく分からないのだ。

「それでも彼女が出演すれば映画の成功は間違いないと言われるまでの女優だからね」
「サーシャさんの要求は受け入れられてるって事ですか」
「そういうこと」
「でも…」
不思議そうな顔をしたキョーコに対し、蓮は笑みを浮かべた。
「それと何が関係あるかって?そう、これは前置き」

こくこくと頷いたキョーコに蓮は話を続ける。
「彼女は恋愛にも積極的みたいなんだ。映画で共演した俳優とはかなり高い確率で恋人関係になっているらしい」
「ああ…」
キョーコはすぐに思い出す。そういえば蓮との事が報じられたときにも"恋多き女"という形容詞がついていた。

「1作目の撮影が始まった頃は俺なんて全く視界に入っていなくて、敵役の俳優と付き合っていたんだけど」
ふう、と蓮はため息をつく。空になったコーヒー缶を手の中でクルクルと弄びながら言葉を継いだ。
「途中でその俳優と別れて、どういう訳か、俺の方に来た」
「はあ…」
蓮の存在と魅力に気がついたということか。
まあ、当たり前よね、とちょっとキョーコは横にいる先輩を誇りに思う気分だ。いや、結果的に自分にとってはあまり嬉しくない状況なのだが。

「もちろん断ったんだけどね。…彼女、はっきり断られたことがないらしくてえらく不機嫌になってしまったんだ」

告白を断られて悲しむのではなく怒るとは。
キョーコにはその心境が理解できないが、生まれたときからずっと思い通りに生きてきた美しく才能のある女性ならば、そんなこともあるのかもしれない。かといって、感情移入はできそうにないが。

「アジアの片隅から来た無名の新人俳優がサーシャの告白を断るなんて考えられないと、周囲にも驚かれた」
「え、断ったってこと、ばれちゃったんですか?」
「…サーシャがそれを理由に撮影をボイコットしかけたんだ」
「はああ??」
キョーコは目を丸くした。好きだの嫌いだのは完全にプライベートな問題だ。それを仕事に持ち込んで、しかもボイコットするなど。

「さすがにそれはサーシャ側の契約不履行になりかねない。困ったサーシャのマネージャーに相談を持ちかけられたんだ。なんとかしてくれないかと」
「??どういうことですか?」
「撮影が終わるまで、サーシャの機嫌が悪くなるような言動を避けてほしいと言われたんだ。サーシャからの接触を拒まない、プライベートでも時間が許す限りは付き合う、とかね」
「なんですかっそれ。公私混同も甚だしいですよ!」

キョーコは鼻息荒く言い切った。

自分のプライベートに何が起こっても仕事には持ち込まない。
蓮から教えられたその考え方は、キョーコにとっても完全に賛同できるものだった。けれどその実力はすごいものだとキョーコ自身も認めていたハリウッドの超有名女優がそんな事をしているとは。
いくらかの私的な恨みも合わさって、キョーコの中でのサーシャの評価はどどんと下がったのだった。


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