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Break The Spell (13)


おこんばんはー。ぞうはなです。
梅雨時ですが、お話は真冬と言う季節感のなさ。





蓮は「まだ慣らし中だからあまりスピード出せないけど」と言っていたが、キョーコの体はシートに吸いつけられるようだ。いつも乗る事務所の車やタクシーとは全く違う加速感があるが、滑らかにカーブを曲がっていく感覚は決して不快ではない。

車は街を離れて緑の多い道へと入っていく。カーブをいくつも越えて上っていく内に、キョーコは「もしかして行き先は…」と考え始めた。

蓮の車が止まったのは、キョーコが予想していたその場所だった。
ほとんど車のいない駐車場。少し歩けば、街の明かりが綺麗に見える展望台があるはずだ。3年と少し前、アメリカに発つ前に蓮に連れてこられたこの場所。
「外は寒いからここで話をしようか?」
サイドブレーキを引いてエンジンを止めると蓮はキョーコの方に顔を向けた。
「いえ…せっかくですから景色が見たいです。外に出てもいいですか?」
尋ねたキョーコに「もちろん」と蓮は答えると、すぐに外に出て助手席のドアを開ける。蓮の車のシートは低く、慣れないと立ち上がりにくいのだが、さりげなく手が差し出されてキョーコは変わらない蓮の気遣いにため息が出た。

この美貌と気遣いと穏やかさは、どこにいたって女性から憧れられるに間違いない。
そんな人が3年以上も、自分の手のまったく届かないところにいたのだ。自分の知らない3年間。その間の蓮の周辺を考えるとやはり、落ち着かない気分になる。

蓮は駐車場わきの自販機で飲み物を買うとキョーコを促した。
2人は黙って展望台までの短く細い道を進み、やがて眼下に街の明かりが現れる。

あの時と一緒…ついこの間のようにも、ずーっと昔のようにも思えるな…

キョーコが感慨にふけっていると、蓮は前にここを訪れたときと同じように手すりに腰をかける。並んだキョーコに暖かい紅茶の缶を渡しながら、ぽつりと呟くように言った。
「ここからの眺めは変わらなくてちょっと安心するな」
「安心、ですか?」
「うん。帰ってきてみたら、見慣れたはずの景色がかなり変わってて…正直、取り残されたように感じてたからね」
「そんな…逆ですよ」

キョーコは苦い気持ちで言葉を口にした。取り残されたのは自分の方だと、強く思っている。
蓮はハリウッドで高い評価を受け、世界的な俳優になってしまった。ぱっと見は3年前と大きく変わっている訳ではないのだが、よく見れば色気は増しているし、映画で演じた影響なのかワイルドさと言うか野性味も加わって、おいそれと近くに寄れないような雰囲気を漂わせているのだ。

「いや…本当だ。特に、君にその思いを強く感じたんだよ」
「私ですか??」
「うん。アメリカでもちょっとは日本のドラマを見たりして、分かってるつもりだったけど思った以上だった」
「…何が思った以上だったんですか」

パキリ、と蓮は自分の手の中のコーヒー缶のタブを開けた。ゆっくりと一口飲んでから、吐息と一緒に言葉を吐き出す。
「君が大人になったって事」
「????」
キョーコは顔いっぱいに「わかりません」という疑問を貼り付ける。その表情を見て蓮は少し微笑んだが、すぐに視線を外して眼下の街の光を遠く眺めた。
「3年以上も会ってないんだ、君が17歳の少女から大人になっていて当たり前だ。そして、それを見守れないのも俺が自分で選んだ道だったはずなんだけどね」

ふう、とため息をつくと、蓮は手摺によっかかったままでキョーコの方へと体を向けた。
「俺は君がいないアメリカで過去を克服してくると、ここで言った。覚えてる?」
「はい、覚えてます。敦賀さんは迷いも吹っ切ってくると仰ってました」
うん、と蓮は頷くとまた一口コーヒーを飲んだ。キョーコは手の中の温かい缶を両手でさする。蓮の言っている事はあちこち飛んでしまっているように思えるが、考えながら話している蓮を遮ってはいけないと、必死に耳を傾けていた。

「確かに俺はアメリカにいた間に、ずっと抱えていた迷いを吹っ切れたと思う」
「そう…ですか」
「だけど克服できなかった事もあるし、新たに抱えてしまった迷いもあったんだ」
「え…?」
何を言い出すのかと、キョーコは隣の蓮の顔をまじまじと眺める。またその迷いを吹っ切るためにもう一度アメリカに行くとか、そんなことを言い出さないかと不安が胸の中を駆け巡ってしまう。

「最初の1年はね。撮影の準備、役作り、撮影、やらなくちゃいけないこともたくさんだし、現場に慣れる必要があった。求められる事が多すぎて悩んでる暇がなかった」
「はい…」
キョーコは蓮の映画の1作目冒頭を思い出した。アクション映画だというのに、最初のカットは薄暗い酒場でバイオリンを奏でる蓮の姿から始まったのだ。バイオリンは間違いなく本人が弾いていた。あのレベルにまで演奏テクニックを引き上げるのは、蓮であっても大変だったはずだ。
「1作目の撮影が無事に終わって2作目にはいるまでの間がちょっとだけ空いたから、その頃やっと生活環境を整えたんだ。1年経っていたから、大丈夫だって思う気持ちがあったんだと思う」

何が大丈夫だと思ったのだろうか?キョーコは思いながらも黙って蓮の話を聞く。少し強い風が吹き抜けて、蓮は前髪を梳くと話を続けた。
「PCを買って、1年触れていなかった日本の情報をあえて調べてみた。それで…君がドラマの主役を得て、映画にも出ていることを知った」
「あ…確かに、敦賀さんが行かれてからちょうど1年くらいで主役のお仕事いただきましたね」
「頑張ったんだなって思ったよ。とても嬉しかった。同時に、俺がいなくても君の日本での日々は変わりなく回っている事を実感したんだ」
「変わりなくって…!敦賀さんが帰られた時に自分も頑張ったってご報告できるようにとずっと思ってたんですよ」
「そうか、ありがとう。うん、お互いが頑張っていればそれで再会が楽しみになると、その時は俺もそう思ったよ」
「はあ…?」
まるでその後はそうではなかったかのような言い草だ。キョーコは不思議に思って蓮の次の言葉を待つ。

「2作目の撮影中…ある日、いきなり気がついたんだ。それまで、俺は君なしでもやっていかれているつもりだった。だけどね、全然違ったんだ。それに気がついてしまった」
「どういうことでしょうか?」
「簡単なことだよ。俺はいつの間にか、"帰ったら君に会える"と、それを励みにしていたんだ」
キョーコは目を丸くして蓮の顔を見つめてしまった。頬に熱が集まり、がんがんとうるさいほどに心臓の音が聞こえる。幸い辺りは暗くて、自分の顔が赤い事は蓮にはバレないかもしれないと、キョーコは必死に動揺を隠そうとした。
けれども口を開けば動揺がそこから飛び出してしまいそうで、キョーコは何も言葉を返す事ができない。

「それじゃあ意味がない。だけどそう思えば思うほど、どうにもならなくなってね。…最終的には諦めたんだ」
「諦め…?」
「うん。もう認めざるをえなかった。君がいなければダメだと。離れていたってやっぱり、忘れる事も吹っ切る事もできないと」
「つ…敦賀さん??」
「だけど気持ちを新たにして臨んだ2作目の撮影が終わって3作目の構想も順調で、ようやく帰れる目処が立ったと思った時に、君ときたら…」

む?

なにやら蓮の口調が変わったことにキョーコは気がついた。
はあ~~~~、と蓮の口から長く長く吐き出されたため息は、どう考えてもかつてたまに自分に対して吐かれた"ダメ息"だ。キョーコは急に落ち着かなくなって慌てふためいた。
「な、なんですか、私が何か?」
「何か?じゃないだろう。2回も貴島君と写真撮られておいて」
「はうっ…そ…のお話ですか」
「本気で付き合ってるなら何も言わないけど…けどもしそうなら、否定コメントは相手に失礼だ」

ちらり、と顔を見られてキョーコは必死に弁解する。
「ち、違います!あの、1回目は本当にたまたま撮られてしまっただけで、2回目は私が困っていてそれで、貴島さんが協力してくださったんです!!」
キョーコは懸命に身振り手振りを加えて貴島とのことを語った。お互いに事情を理解した上で、噂を利用して他の言い寄る男性を牽制するためだけのものだったと。
蓮は口を挟まず最後まで頷きながら聞いたが、キョーコが話を締めると、少し冷めたコーヒーを口に運ぶ。

口を引き結んだまま黙って自分の様子を伺っているキョーコを、蓮はしばらく見つめていた。それから再度「は~~」とため息を吐き出すと、ようやく口を開いた。
「うん、君の話はよく分かった。そういう事なんだね」
キョーコは何かにすがるように必死にコクコクと頷く。
「そうなんです!だからその、貴島さんとは本当に何もなくて!」
「君はそう思ってるかもしれないけど、貴島君の気持ちは?」
「…は?」

キョーコはきょとりと口を開いたまま蓮を見る。

『そろそろ俺にも返事をくれない?』

途端にキョーコの脳裏に、肘をついてそんなことを言った貴島の姿が思い出される。

いやいやいやいや!
本気な訳ないじゃない、だって貴島さんは…!

「彼に何か言われてるの?」
蓮に聞かれ、ばたばたと脳内で転げまわっているのがばれたのか、とキョーコは飛び上がりそうになった。
「いえっ!別に何も!」
必死に否定をしすぎることはむしろ肯定と取られる。そんなことはキョーコも分かってはいるのだが、パニックに陥っているため冷静に対処などできない。必死に立て直しを図っていると、再び蓮がため息をはいた。

ぴくりと反応して泣きそうな顔で自分を見るキョーコに、蓮はゆっくりと首を振る。
「いや、分かってるんだ。俺が悪いんだよ」
「へ…?なんで敦賀さんが…?」
キョーコはパニックを起こしているところに予想外な事を言われて思考停止した。しかし蓮はふっと笑顔になると、また遠い街の明かりに目をやった。

「3年以上も君を置いて日本を離れれば、その間に他の男が寄ってくることなんて分かりきっている事だ。俺は自分の我侭で、君のそばにいる権利を放棄したんだからね。文句なんて言えない」
キョーコは口を開けたまままだ蓮を見ている。蓮はちらりとその表情を見てからもう一度ため息をついた。
「それでも帰って君の口から直接聞こうと、ずっとそう思ってた。だから一昨日、ちょっとショックだったんだ」

にっこりとわざとらしい満面の笑みを作られて、キョーコの背中をぞわぞわと悪寒が駆け上がった。


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コメントコメント


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あ~、ここからどっちに転ぶんでしょう?

こんばんは。更新、ありがとうございます。しかし、どちらに転んでもおかしくないところで切れましたね。敦賀さんが(要らない)学習能力でキョーコちゃんを曲解するのか、キョーコちゃんが超絶斜め上思考で敦賀さんの告白をバッサリ切って捨てるのか、はたまた二人、素直に幸せになるのか?どんな展開もぞうはなさまの暖かいお話の中なら、安心です。百通りのハッピーエンドがありそうな二人が大好きです♪どうもありがとうございました。

genki | URL | 2015/06/23 (Tue) 23:18 [編集]


Re: あ~、ここからどっちに転ぶんでしょう?

> genki様

コメントありがとうございます!
2人とも変に学習能力がある上になかなか自分の気持ちを素直に出さないので、下手するとどこかに転げ落ちていきますね。
順調に幸せになれるかどうかは…けどその前に、片づけないといけない事が山積みのようです。

ぞうはな | URL | 2015/06/26 (Fri) 14:57 [編集]