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Break The Spell (9)


おばんどすーー。


ぞうはなです。続きです。





「そんなこと言われたって…」
思わず口をついて思考がこぼれた事に気がついて、キョーコははしっと口を手でふさぐときょろきょろと周りを見回した。タクシーを降りてマンションまでの10mほど、周りに人はおらずほっと胸をなでおろす。

貴島に言われたセリフが、ぐわんぐわんと頭の中を駆け巡る。

「敦賀君が帰ってきても京子ちゃんには関係がないって言うんだったら、そろそろ俺にも返事をくれない?」

「好き」も「可愛い」も「付き合おう」も、いつも冗談めかしてて、貴島さんが本気だなんて思ってもみなかった。

「本気じゃなきゃ俺だってこんなに何年も付き合わないって」

嘘ばっかり、この1、2年の間に何人も付き合ってる人がいるの知ってるもの。

「俺は寂しがりなの。自分だけを見てくれる人がいないと、寂しくて死んじゃうよ」


いつも通りに部屋に戻り、明かりをつけてため息をつく。
蓮が日本を去ってから、自分に何を言い聞かせたわけでもなかった。けれど貴島をはじめ、自分の周りには世間の女性からは羨ましがられるような男性がたくさんいたが、他の誰かに特別な感情を抱いた事は一度もない。

そうなのよ…貴島さんはいい人だと思うし、一緒に食事しても楽しいけど……
これは恋愛じゃないと思うのよね。そう、違うのよ。貴島さんが他の人と噂になっても取り乱したりなんてしなかったし。
冗談めかしてハグされたって、びっくりしたけど胸が痛くはならなかった。

やはり、自分の心に居座っているのはただひとりなのだ。何年も会えなくても報われなくても関係なく、ここから出て行く気配はない。自分でも不思議だ。かつての幼馴染は簡単に心から蹴り出す事が出来たというのに。

今の状態で貴島と付き合うなんてこと、たとえ貴島が真剣だったとしても、やはり考えられない。
今だけではない。このままじゃきっと、もう一生、死ぬまで、他の人には恋なんて出来ない。
いや、いっそのこと蓮が結婚でもしてしまえば、自分の心に区切りがつけられるのだろうか?

ふるふるふる。
キョーコは自分への質問に、首を横に振った。

蓮と他の人との恋を祝福できないのだ。それが結婚に変わったからといって、自分の気持ちに変化があるとは思えない。
こんなドロドロした気持ちのまま、咲きもせずに枯れていくのだ。ああ。


何落ち込んでるのキョーコ!
大体、恋心を一生外に出さずに隠し通すって決めたのは自分じゃないの。今更よ、今更!!
明日も早いんだから!グダグダ言ってる暇はないのよね!

キョーコは力強く頷くと、ちらりと腕時計を見た。すでに日付は変わり、早く休まないと明日の仕事に差し障る。
そこまで考えてキョーコは気がついた。

あれ?今日って敦賀さんが深夜のトーク番組に出る日!

キョーコは慌ててパンプスを脱ぎ捨てると、リビングに駆け込んだ。
蓮が出る番組は全て自動的に録画されるようになってはいるものの、できるならばリアルタイムで見たい。横目でレコーダーが動いている事を確認しながら、キョーコはリモコンの電源ボタンを押した。

「そうなんだ、意外だねえ!」
「そうですか?」
「どうしても映画のイメージで見ちゃうんだよね。ワイルドで深く考えないって」
「それはいろんな人に言われます。仕方ないですね、この数年露出は映画だけでしたから」

画面に蓮の顔が大写しになって、分かってはいたものの妙にドキドキしてしまう。画面から目を離すことなく、キョーコはゆっくりとソファに腰を下ろして肩にかけっぱなしにしていたカバンを床に置いた。

蓮と司会者を務める芸人の会話は続く。
「でも具体的にどういうところで日本が恋しくなったの?」
「あー…一番は、食事ですね」

嘘!!!

キョーコは即座に画面の中の蓮に突っ込みを入れる。腹に入ればなんだって一緒だと言っていたのは、どこの誰だ。
とはいえ、画面の中の蓮はまだ昔に比べて半回りほど胸囲が太い。映画の時にはもっとがっちりと太かったのだ。あれだけ増やすにはやはり、嫌と思いながらも無理やり食べたのだろうか。だから食べないで済んだ日本の生活が恋しくて?

「食事?って、日本食ってことだよね」
「そうです」
「けど、最近ではアメリカにも日本食のお店っていっぱいあるでしょ?醤油とか味噌とか食材も揃うみたいだし」
「確かにありますよ、Japanese Restaurant。いっぱいあります」
「やだなあ、妙に発音良くて。でもそれじゃダメなの?」
スタッフのくすくす笑う声がはいるが、蓮は穏やかに笑ったまま両手の指を軽く組んでゆっくり頭を振った。
「俺が日本人だからって、周りも気を遣って連れて行ってくれました。けど、寿司とかラーメンとかてんぷらが食べたいわけじゃないんです。あと俺は料理はできなくて」

「確かに敦賀君がエプロンつけてネギ刻んでる姿は想像したくねえなあ。じゃあ、何が一番食べたかった?向こうにいる間」
「そうですね…たとえば、筑前煮とか」
「しっぶー!敦賀蓮、味覚はおじいちゃんか?」
「そう言わないでくださいよ。普段からそういうのばかり食べてた訳じゃないんですから」
「そうだろうけどさ」
「だけど何の変哲もない、日本にいたら当たり前に食べられるものが食べたくなるんです。他にも出汁巻きとか、おにぎりとか、ほうれん草のおひたしとか」
「あーー、その感覚はなんとなく分かるわ」
「分かっていただけますか?」

キョーコはカッと頬が熱くなるのを感じた。蓮が挙げたのはすべて、自分が蓮に作ったお弁当の中身だ。
いやいや、それでも一般的な和食なのだから、偶然だろう。
しかし、テレビでは会話が続いていく。


「もっと切実だったのは熱出した時ですね。向こうで、去年かな、一度だけ風邪引いてかなりの熱が出たんです」
「おお、そりゃつらいな」
「ええ、なにせ人生で2回目の風邪ですからとにかく熱の感覚に慣れなくて」
「マジで?2回って少なすぎだろ!」
「本当ですよ。撮影は何とか乗り切ったんですけど無理に声出した事もあって喉が痛くて」
「下手すりゃ声枯れるしな。しかし熱出ても撮影休まないってのがまたすげえな」
「その時ふと、大根おろしと蜂蜜混ぜたのが食べたくなったりもしました」
「また出た!渋すぎるって敦賀君」
「でもあれ、喉が痛い時にも楽に食べられますよ」
「ああ、知ってるよ?でも俺、その大根と蜂蜜の組み合わせって、ばあちゃんに食わされたって言う印象しかない!懐かしさしかない!あと玉子酒!」

スタッフがどっと笑う。蓮はくすりと笑って言葉を継いだ。
「じゃあ翌朝ちょっと熱が下がった時に梅入りのお粥が食べたかったって言ったら、やっぱりダメですか?」
「あ、ん~~~、まあそれは一般的だから許す!」
「ありがとうございます」
「いや俺なんでお礼を言われてる訳?」

スタジオの笑いがおさまると、蓮はふと真面目な表情を作って静かに口を開いた。
「ふとした隙間にそうやって日本が恋しくなって切なくなって…すごく帰りたくなりました」
「はあーー、でも帰らなかったんだ」
「帰ったら負けって思ってましたから。どうにか撮影を終わらせたら、その時こそ堂々と帰ろうと」
「そして堂々と筑前煮を食おう!と?」
「はい」

司会者の笑い顔をアップで映したところでテレビの画面はCMへと切り替わった。
キョーコは身じろぎもせずに画面に釘づけだったが、ゆっくりと天井を仰ぎソファにどすりともたれかかる。

何…それ?

やっと気がついた。いや、分かっていたはずだが意図的に考えないようにしていた。
けど。

自分は、蓮が帰ってくるのを待っていたのだ。
「お待ちしています」と蓮にも言った。それは、俳優として成長した蓮を、自分もこの世界で頑張りながら待つ、という意味合いだった。
けれど心の奥底では別れ際に抱きしめてくれた蓮を、「迷いをふっ切ってくる」と言った蓮を、どこかうっすらと期待して待っていた自分がいるのだ。表面上は自分でもそんな気持ちを否定していたが、それは確かだ。たった今、それが分かった。
連絡は取らないと宣言したにも関わらず毎年誕生日に送られてくるポストカードが、どれだけくじけそうな心を救ってくれたか。待ち続けようと思わせてくれたか。

敦賀さんは、何で昨日会いに来てくれたの?

あんなに素敵な人を、大切な人を作って帰ってくるなら、こんな曖昧な形で期待を持たせるのはやめてほしい。
遠く離れていれば我慢できる事も、物理的な距離が近いとかえって辛くなる。

いっそのこと、冷たく突き放してくれればいいのに。

八つ当たりだと分かってはいても、ぼんやりと天井の模様を眺める瞳からはほろほろと涙がこぼれて、自分の力ではもう止められそうになかった。


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