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Break The Spell (8)


こんばんは!ぞうはなです。

さーてさてさて、続きです。





夜遅い時間のお洒落なレストランの店内は、暗めの黄色い光に彩られて陰影が深く見える。

「何考えてるの?」
低い声で問われて、キョーコはテーブルに置かれたキャンドルをぼうっと見つめていた事に気がつき視線を上げた。
「いえ…ちょっと今日の収録の事…」
「え、ほんとに?京子ちゃんもそんな大人っぽい顔するようになったのか、なんて思ったのになあ」
「どんな顔ですか、それって」
キョーコは茶化すように言うとほりほりと頭をかいた。先月21になったというのに未成年と間違えられる事もまだあり、自分には大人の雰囲気が足りないと常日頃から思っているのに。けれど、深く突っ込まれても厄介だと、キョーコは軽く流すことに決めた。

昨夜の電話はなにもなく終わったと思ったのに、朝起きてみたら貴島から今日の約束を取り付けるメールが届いていた。まさか昨日の今日で蓮に声をかけられる事があるなんて思ってもみない段階で電話まで受けてしまい、キョーコは強引な貴島に負けてかなり遅い夕食を付き合っているのだ。

キョーコの向かいに座った貴島はワイングラスを傾けるとじいっとキョーコの顔を見つめる。途端にキョーコは目線をそらし、貴島はやれやれ、と肘をついた。
「ほら、言っただろう?男が見つめる時は『愛してる』って意味なんだからちゃんと視線合わせないと」
「それなら間違ってませんよ。受け取る気がなければ逸らせばいいんですよね?」
つん、とそっぽを向いてキョーコはワインを一口飲む。
「はは、京子ちゃんも言うようになったよね」
「貴島さんの教育の賜物です」

ふふ、と笑ってからキョーコはグラスを置いて姿勢を正した。
「おかげ様で、色々助かってます。ありがとうございます」
「何、急にかしこまっちゃって」
「いえ、貴島さんのおかげで男性の冗談にも動揺しなくなったので」
「…冗談、ねえ」
「貴島さんじゃないですか、軽く返せばそれ以上しつこくされないって教えてくださったの」
「まあ教えたけどさ」
ふ、と息を吐き出すと貴島は頬杖をついた。キョーコの顔から視線を外さず、何かを言いたげにしばらく黙る。

「どうなさったんですか?」
「んーーーー…京子ちゃんさ」
「はい」
ぴしりと背筋を正したキョーコを貴島は相変わらず正面からじっと見つめている。

変わってんだか変わってないんだか…なあ?

貴島は笑みを一つ浮かべると口を開いた。
「やっぱ、ホントに綺麗になったよ、京子ちゃん」
「なっ、なんですかいきなりっ!?」
急に顔を赤くしてオロオロするキョーコに、貴島はこらえられない笑いを顔に浮かべる。
「だけどやっぱりダメだな、思いっきり動揺してるじゃん」
「急に言うからですよ!」
「だって本当に美人になったのに全然自覚がないんだもんなぁ」
「そんな図々しい自覚できません」

恨みがましい目で自分を睨みつけてくるキョーコは、確かにその表情や思考回路は初めて会った頃のままだと思う。けれどあの時はばっちりメイクして着飾らなければ気づけなかった美しさは今や何をしなくても内側からにじみ出てくるようだし、ちょっと幼いとも言える危なっかしさとのアンバランスさや、演技で見せる素と全く違う大人っぽさが誰にも真似できないキョーコの魅力になっている。

「敦賀君がこっちに帰ってきてから会った?」
笑いをおさめた貴島がいきなりメガトン級の爆弾を何の脈絡もなく放り込んできて、キョーコは完全に思考を止めた。
「へ……つ、敦賀さんに?は…えと…確かにお会いしましたが……?」
「やっぱり昨日電話したとき一緒にいたの敦賀君だったんだ」
「ひぇっ?な、なんの…!」
「そうなんでしょ?」
畳み掛けられて「うう」と唸った挙句キョーコは観念して素直に頷く。

「嘘つけないところも相変わらずだよな」と思いながら、貴島はさらに会話を続けた。

「で、どうなったのキミタチは」
「どうって…なんですか?」
「敦賀君、わざわざ京子ちゃんに会いに行ったんだろ?」
「確かにその…わざわざ来てくださったのはそうだと思いますけど」

だから何なのだと訝しげなキョーコに、貴島は目を真ん丸くした。
「嘘だろ、敦賀君は京子ちゃんに会うだけ会って…ていうか彼、何しに行ったの?」
「帰ってきたって報告しに来て下さったんだと思ったんですけど」
「なんでわざわざそれだけ?」
「そっそんなの私に聞かれましても…あ、それと連絡先も交換しました!けど……?」

だああああ、と声が出る勢いで貴島はため息をついた。どこかで聞いた"ダメ息"みたい、とキョーコは一瞬びくりとするが、貴島にダメ息をつかれる理由が分からずに黙ったまま貴島を見守る。

「京子ちゃん、覚えてる?最初に俺と写真撮られたときの事」
「もちろん覚えてます」

蓮がアメリカに旅立ってから数ヵ月後。
キョーコはバラエティ番組の企画でDARK MOON以来初めて貴島と共演した。貴島と仲のいい芸人がロケ後に出演者を食事に誘い、たまたま二次会へ向かう道中キョーコが貴島と並んで他のメンバーから少し離れて歩いていた結果、週刊誌に写真を撮られてしまったのだ。

初めてのスキャンダルにパニクるキョーコに、貴島はいつもの軽い調子でこう言った。
「もういいじゃん、俺と京子ちゃん付き合うことにしちゃえば、全部おさまるって」
「そんな、ダメです!」
「なんで?」
「だって私お付き合いなんて」
「まだあの"誓い"ってのは有効なの?大体誰なの、そんなこと京子ちゃんに強制したのは」
「いえ……あれはもう関係なくてですね」
「じゃあいいじゃん、そんなに深く考えなくたって」
「いえ…」
キョーコの表情が少し曇った。なぜかいつもより大人びて見えて、貴島はうっかりその表情に引き込まれる。
「こんな気持ちのままじゃ、相手に失礼過ぎて誰ともお付き合いできません」
「何それ?」
「いえ、とにかくお付き合いはできないんです」
貴島がどう なだめすかそうがキョーコはそれ以上語ろうとせず、スキャンダルはさほどスキャンダルにもならずにそのままおさまった。

二度目のスキャンダルは貴島が仕組んだものだった。成人したキョーコは急に増えだした周囲の芸能人や業界人からのアプローチに悩まされていて、偶然局で会った貴島に軽く、ほんの軽く口を滑らせたのだ。
「じゃあ俺の名前使いなよ。2回目なら皆なんとなく疑うから、声かけてくる奴減ると思うよ?」
神経を使って本当に疲れ果てていたキョーコはうっかり貴島の口車に乗ってしまった。2人でいるところを写真に撮られ、それぞれ番組内や囲みの会見の場でコメントを出したのだ。

「貴島さんは俳優としての先輩で、尊敬する方です。だからそんな、恋愛感情なんて全くありません」

「京子ちゃん?いや俺、男として見られてないみたいで。でもお気に入りなことは確かですよ、役者の後輩としてね、仲はいいですし。前に写真撮られたときもホントは俺はそのまま付き合ってもいいかなーなんて思ってたんだけどね」


ふたりとも交際は否定したのだが、ある程度の牽制になるから、と言った貴島の言葉は正しく、言い寄る男たちは貴島とキョーコの関係を気にしてきたし、それとなくにおわすような事を言うだけで何かを察してそれ以上はしつこくされないことが多かった。
けれどもそれは、キョーコと貴島の距離を少し、貴島の立場からみればほんの数センチ程度、縮める事にもなったのだ。



「あの時京子ちゃんが頑なに"お付き合いはできない"って言ってたから、俺てっきり敦賀君が戻るまで待っててくれって言ってるのかと思ったんだけど」
「な!!!なんでそこで敦賀さんが出てくるんですか!全然関係ありませんよ!!」
「そうかなあ?なんかふたりの仲って怪しいなって思ってたんだけどな」

貴島も最初はそんなこと予想もしていなかった。だが蓮自身からさらりと牽制を受け、そういう目で見てみれば確かにふたりは仲がよく見えなくもない。そして蓮がアメリカに行ってから、急にキョーコが大人びてきたように感じられた。

何が起こっているのか、俄然興味が湧いた。
一緒に何回も仕事をしている割には蓮のそういう話は聞いた事がなかったし、誰に対しても同じような態度を取っているように見えていた。キョーコはキョーコでまったくそんなそぶりも見せていなかった。

もしかしたらキョーコは蓮と何か約束をしたのかもしれない。離れていても連絡を取っているのか?大体、ふたりの仲はどこまで進んでいるんだろうか。
けれども自分が接触してみれば、キョーコは相変わらずの純情さんでどこかずれていて恋愛には否定的で。

どうなってんだ?と首をひねりつつも近づいてみたら、キョーコとのたわいもないやり取りはなんとなく癒されるし楽しいし気を使わない。気がつけば貴島らしくもなく、この中途半端な「先輩後輩」と「お友達」の間みたいな関係も、結局は蓮が帰ってくるまで続いてしまっている。


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