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Break The Spell (4)


おこんばんは! 鬼の目をかいくぐって…更新でございます。





少しの沈黙の後、蓮は内ポケットからスマホを取りだした。
「最上さんの電話番号…教えてくれるかな?」
「あ、はい!」

キョーコも肩にかけていたカバンから慌ててスマホを取り出す。それからふと思いついたように口を開いた。
「あ、でも…私の番号、変わってませんよ?」
「うん……」
蓮は手の中でスマホの操作をし、ちらりと目を上げた。

「向こうに行くとき前の携帯は置いて行ったんだ。メモリも何もそのままで破棄してしまった」
「あ、そうだったんですね」
「ごめんね。君の番号を持って行ったら……逃げ道が残ってしまう気がして」
キョーコはその言葉に、ちくりと胸に刺さる棘のような痛みを感じた。


そうだった…そうよね、敦賀さんは本当に後戻りできない覚悟でアメリカに行ったんだ……
考えてみたら、最後に会った時もこうして敦賀さんが迎えにきてくれたんだっけ。


何度思い出しただろうか、最近では細部までを思い出すことを意図的にしなかった蓮とのやり取りが、溢れるようにキョーコの脳裏へと蘇ってきた。


3年と少し前。
映画『TRAGIT MARKER』の盛り上がり方は他の映画とは異質だった。
それまでのホラー映画とはまた異なるB.J.の不気味さと、それを演じる役者の正体が謎だという話題性。
公開当初の人気はそこそこだったが、映画を見た人の口コミがまた人を呼び、公開期間が延長され、ワイドショーではその話題が出ないことはないというほどの状況になっていった。

そしてそんな中、近衛監督からLME社長であるローリィに1本の電話がかかってきたのだ。

「あの映画のB.Jを演じた役者を使いたい」

それは、ハリウッドでヒット作をいくつも手がけてきたベテラン映画監督の要請だった。
近衛と交流があったこの監督はまだ役者の正体が公表されていない段階で近衛に連絡を取ってきたのだ。他の監督が動く前にどうしても押さえたい、という強い要求に近衛も負け、内々にとローリィに打診をした。

ローリィから話を受けた蓮は少なからず動揺した。
ハリウッドからオファーが来る事は役者として歓迎するべき事だ。それも、素性すら明らかになっていない状態で、セリフもない亡霊の役を演じた1本の映画のみで強く希望される事は。
けれど、ローリィの口から放たれた監督の名前は、蓮にとって、いや、久遠にとって忘れられないものだった。

「どうする?言っておくがこれは敦賀蓮に来た仕事だ」
「分かっています。俺は敦賀蓮として成長できたのか、試したい気持ちがあります。このオファーはそれに最適だと」
「俺もそうは思うが…もう大丈夫なんだな?」
「俺はそう、信じています」

ローリィと蓮との話し合いは長くはかからなかった。
蓮が気持ちを固めた直後に事務所とオファーを出した映画監督の間で話し合いがもたれ、その結果日本で入っていた先の仕事はすべてキャンセルされた。

蓮の動向は事務所内でもごく一部の人間しか知りえなかった。業界内では仕事を全てキャンセルした蓮について真偽のはっきりしない噂が飛び交っていたが、肝心の事務所がノーコメントを貫き通したため「病気説」「引退説」などが浮上しては消えていく。

蓮のマネージャーと言う立場の社は当然ながら事情を知らされてはいたが、「最上さんには俺から伝えますから」という言葉で抑えられ、心配そうに様子を伺うキョーコに真相を伝える事もできず、歯がゆい気持ちでいた。


そしてその日は訪れた。

「お疲れ様、最上さん。ちょっと時間をもらえるかな」
「お疲れ様です、敦賀さん!時間は大丈夫ですけど…」

夜遅い時刻、収録が終わってスタジオを出たところで蓮につかまり、キョーコは助手席で不安な気持ちを押し込めながら流れる景色を眺めていた。
キョーコの耳にも蓮に対する噂はあれこれと耳に入っていた。しかし当の蓮は何も語らず社も「ごめんね」と申し訳なさそうにするものの頑なに口を割らず、事務所の周りの人間も事情を知っているものはいない。けれどもキョーコは蓮がどこかに行ってしまいそうで、不安な日々を過ごしていたのだ。

はあ、もう!

キョーコは何度となく心の中で繰り返した思考をもう一度たどる。

「水くさい」

最初に思ってしまったのはそれだった。キョーコは、少なくともこの業界では蓮のもっともそばにいる人間だと、そんな自覚があった。けれどもすぐにそれを打ち消す。

何言ってるのよ、私はただの後輩よ?単なる後輩に、敦賀さんが周りにも内緒にしているような事、ぼろぼろこぼす訳ないじゃない!

寂しいのも確かだった。
自分は一方的に蓮に想いを寄せる立場だが、蓮はそんな自分に笑いかけてくれるし、家にも上げてくれるし、車の助手席にだって乗せてくれる。蓮の携帯番号を知っている共演女優がどれほどいると言うのだろうか?

だから、だめなのよ…
敦賀さんは親切にしてくれてるだけなのに調子に乗って……


「着いたよ」
思考の終着点にたどり着き、キョーコが深く落ち込んだところで車は止まった。
どこをどう走っているか全然分からないままでいたが、窓から外を見ればそこは車がほとんどいない駐車場だ。助手席のドアを開けてくれた蓮の表情は暗くてよく見えないが、キョーコは戸惑いながらも車から降りた。

少しだけ間を空けて蓮の後をついていけば、そこは丘の上の見晴らしのいい展望台だった。眼下には街の明かりが見え、空には三日月が浮かんでいる。
「君には…ちゃんと自分の口から直接話がしたかった」
手すりに腰かけた蓮が口を開き、キョーコも覚悟を決めて隣に並ぶ。
「敦賀さん、どこかに…行かれるんですか?」
絞り出すようなキョーコの問いに、蓮はしばらく沈黙を保ってから答えた。
「……うん、アメリカに」
「アメリカ…ハリウッドですか?」
「そう。映画のオファーをもらった。コリンズ監督に」
「すごいじゃないですか!おめでとうございます、敦賀さんハリウッド俳優に?」

キョーコは湧き上がる不安をぎゅむと押し込めて、精一杯明るい声を出した。
普通に考えれば日本で活動する俳優にハリウッドからのオファーが来るのはすごい事だ。しかも蓮が出した名前はキョーコもよく知っている、とても有名な監督だ。
蓮はまだ21歳、海外に広く知られるほど国際的な仕事をしている訳でもないのだ。今後の俳優活動を考えても喜ぶべき事。キョーコは頭ではそれが分かっているのに、自分の背中がどんどん冷たくなっていくのを感じていた。キョーコはふと気がついた。どこからやってくるのか分からない不安は、蓮の表情を見ていると感じてしまうもののようだ。

「ありがとう。実はコリンズ監督の構想は三部作なんだ。全部撮るのに何年かかかる」
「た、大作なんですね」
「そう。監督の…集大成としたいと、そう聞いていて……俺もそこに今の俺の全力をかけようと思ってる」
「…はい……」
「だから俺はその映画を撮り終えて監督からOKが出るまで、日本には帰らないつもりだ」

キョーコは返事ができなかった。黙って頷いてから、そろりと蓮の横顔を見上げる。蓮はじっと正面を見ていたが、やがて少し表情を崩してキョーコを見た。
「俺は日本で俳優になる前、アメリカでも俳優活動をしていたんだ」
「え……?」
唐突な告白にキョーコは呆然とした。日本で俳優になる前?一体いくつの時の話を蓮はしているのか。

「俺の両親もこの業界の関係者で、俺は子供の時にすでに役者を目指してた。親が偉大な分、他人からのやっかもも当然あったし、自分自身にもうまくいかない焦りもあったりして、俳優としてはまったく芽が出なかった。その割に生意気で監督に逆らってばかりだったから、何度首を切られたか分からない」
「…まさか、敦賀さんが…?」
「今回オファーをくれたコリンズ監督は…かつてばっさりと俺を切った張本人なんだ」
「昔のことと言われても、信じられませんが…でも今回はあちらからオファーをしてきたんですよね」
「コリンズ監督は昔クビにした生意気な子供が俺だとは、気がついていないよ」
「えええっ?」

キョーコは目を丸くして蓮を見た。蓮はどこか遠くを見る表情で話を続ける。
ここまで自分の事を語る蓮を、キョーコは初めて見た気がした。

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コメントコメント


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読めば読むほど…

こんばんは。読めば読むほど続きが気になって仕方がない…という、ぞうはな様のお話のいつものパターンです。このお話はかなり原作の二人に近い印象ですね。頭の中に漫画で流れています。雰囲気のいいところで切れましたね。続きが楽しみです。どうもありがとうございました。

genki | URL | 2015/05/27 (Wed) 01:18 [編集]


Re: 読めば読むほど…

> genki様

うふふ…お褒めのお言葉、ありがとうございますー!
気になって仕方ない、と言われるのはこそばゆいですね~。
実は書いている方も頭に漫画を浮かべながら書いています。その感じが共有できていたらもう、最高に幸せですね!!
けどけど、話の方はなかなかもどかしく。あらあら。

ぞうはな | URL | 2015/05/29 (Fri) 23:08 [編集]