SkipSkip Box

Break The Spell (3)



スタジオ内はいつもより少し騒がしいように思えた。

「おはようございます!」
元気よくスタッフに挨拶しながらスタジオに入ったキョーコは、控えのテーブルの辺りに人がごちゃごちゃと集まっているのを目にした。不思議に思いながら近づいていくと、キョーコに気がついた共演女優が笑顔で手招きをする。

「おはよ京子ちゃん!ねえねえ、さっき貴島さんがサーシャと写真撮ってもらったんだってぇ」
「そうなんですか?」

サーシャ。
サーシャ・カーニー。


キョーコの脳裏にアメリカで大活躍している人気女優の名前と顔が瞬時に浮かび、それと同時に複雑な感情が胸の内側で首をもたげる。しかしキョーコは表面にそれを出すことなく、歩調を変えずに輪の中心にいる貴島へと近づいた。

「おはよ、京子ちゃん」
「おはようございます。ああ、それがその写真ですか」
キョーコに挨拶をした貴島は「そう。いや、実物も可愛くてさ」と、何回目か分からないサーシャ賞賛の言葉を述べる。
「いやぁ、敦賀君についてって正解だった。ラッキーだったよなー」

貴島が何気なく吐き出した名前がまたもやキョーコの胸に痛みを与える。キョーコは平静を装って尋ねた。
「敦賀さんにもお会いになったんですか?」
「そーー。メイク室でたまたまね。んで話の流れでサーシャの事聞いたら、これから来るって言ってさ!」
「それで貴島君、敦賀君についてったんだ?」
共演者の間を回っていた貴島のスマホを返しながら、共演俳優が笑う。
「そうそう!だってさ、そんなチャンスを逃す手ないじゃんか!」
「そっか、じゃあサーシャと敦賀君が一緒のところ見たんだ?」
「ああ、だってこの写真、敦賀君が撮ったんだぜ?」
「えー!じゃあさじゃあさ、敦賀君とサーシャの噂って本当だった?」

矢継ぎ早に周りから繰り出される質問に貴島は愛想よく答えていったが、その質問を受けると少し眉間に皺を寄せて戻ってきたスマホの写真をじいっと見つめた。
「うーーん……わかんね」

なんだよぉ、と周りは落胆するが、貴島はすぐに言葉を足した。
「いや、敦賀君は違うって言ったんだよ。付き合ってないって」
「え?聞いたの?」
「そりゃ、気になるし。でもさ、その後走ってきたサーシャの態度がなあ…」
「え?え?どういうこと?」
「ん~~、敦賀君に抱きついてたし別れ際にはキスしてたし…」

きゃーー、という悲鳴が女優陣から溢れる。
キスっつってもほっぺただけど、と補足してから、貴島は思い出すように視線を上に上げる。
「けど見ててさ、相変わらず敦賀君って読めない男だなって思ったよ」

ああ、と皆思い出したように納得した。ここ数年その素顔を見る事はなかったが、確かに日本の芸能界にいる間、敦賀蓮と言う男はそのルックスと人あたりの良さに関わらず、浮いた話一つ出なかった。誰に対するにも紳士的で、でもそれはもっとも否定的に受け取ればよそよそしいとも言える。

「でもそっか、敦賀君ってこのまま日本に戻ってくるんだよね?」
確認のように1人の女優がこぼした呟きに周囲は皆しばし考え込んだのだが、すぐにリハーサルがはじまったためそれ以上その話題が続く事はなかった。


その日のキョーコの最後の仕事はバラエティ番組の収録だった。
深夜に近い時刻にようやく着替えを終え、キョーコはテレビ局の通用口を通り抜ける。

「敦賀君、ぜーんぜん変わってなかったぜ?まあ、3年経って男っぷりは上がってたけど…俺には負けるかな」

ドラマの収録の合間、さりげなく貴島が言った言葉がキョーコの頭をぐるぐると回る。

敦賀さん、変わってないのか…
昨日帰ってきたんだよね。来週まではまだ向こうのエージェントとの契約が残ってるって、社さん言ってたっけ。
今はサーシャさんと一緒なの…?
…いつ…会えるかな……


ふう、とため息が出る。
今日何回目のため息だろうか。蓮が出演する映画の情報が一斉に解禁になったのか、気を抜くと目から耳から情報が入ってくるのが今は辛い。

様子は知りたいけど都合の悪い事は知りたくないなんて…自分勝手よね。
そうよ我儘よキョーコ!
尊敬する先輩がアメリカで大成功をおさめての凱旋帰国なんだから、盛大に祝うつもりでいないと失礼じゃないのよ!!

必死に気持ちを立て直し、キョーコはタクシーを拾おうとテレビ局の敷地を出た。さすがにこの時間、終電までに家にたどり着く事は不可能だ。
すると目の前の道路に1台の車が停車していて、その前にえらく背の高い人が一人たたずんでいるのが目に入る。

うわ、あの人敦賀さんくらいの身長!

そんなことを考えてすぐに先輩俳優に関連付けてしまう自分で苦笑してから、もう一度その姿をよく見る。
少し長めの黒髪に広い肩幅。身長の高さ以上に長い脚。

もしかして……?

キョーコの思考が伝わったのか、車の前の人物はこちらに足を踏み出した。

「お疲れ様、最上さん……久しぶりだね」
「………」
咄嗟に言葉が出なかった。キョーコは凍りついたようにその場に立ち尽くし、暗い中近づいてくる人物をただひたすらに凝視する。
「最上さん?」
「あ……」
言葉と一緒に涙までが出そうになってキョーコは必死に立て直した。心の中でぶつぶつと呟き、一度深呼吸をしてからもう一度口を開く。

「敦賀さん!お、お帰りなさいませ!!」
「ただいま」

キョーコは必死に笑顔を作ったつもりだった。3年以上ぶりに会う先輩には笑顔で「おかえりなさい」を言いたかったから。
しかし、蓮がそれを受けて微笑んでくれたその笑顔を見たら、そんな理屈を抜きにして、心の底から笑みが浮かんでしまうのが自分でも分かる。いやきっとこれは、"顔が緩んでいる"と言うのだろう。

キョーコは小走りで蓮へと近づいた。
「貴島さんが今日敦賀さんに会われたって仰ってましたけど…ほんとにあまり変わってないですね」
「そうかな?」
「ええ。あんなワイルドな役やられてたからどんな感じで帰ってくるのかと……ん、でも…」
「でも?」
「腕と胸と脚と……やっぱり全体的に、行かれる前より少し筋肉ついてますよね」

ぷふ、と蓮が吹き出す。
「最上さんの人間メジャーぶりは健在だね…俺のサイズ覚えていてくれてるんだ。ありがとう」
「す……すみません…お礼を言われるような事では……」

蓮はじっとキョーコを見おろした。
「最上さんは…綺麗になったね。すっかり大人の女性になった」
途端にキョーコの挙動がおかしくなる。目を合わせられずにおろおろしている姿は蓮が日本を発つ前に見たのと変わらない気がする。

けれども蓮は実感していた。
以前、まだ蓮がキョーコへの気持ちを自覚したかしないかの頃に社に言われた言葉を。

『女の子はあっという間に綺麗になる』

久しぶりに見るキョーコの顔は少しだけほっそりとして大人びたように見える。
髪は少し伸び、相変わらずほっそりとしてはいるが前より柔らかい丸みを帯びた体つきになった。生き生きとした力を湛えた瞳は変わっていないが、その瞳が作る表情もまた、様々な経験を経たのだろうか、引き込まれるような魅力に満ちている。

本当はその成長を身近で見守りたかった。
けれどももっと先を見据えるのであればどうしても避けて通れない道があり。それは自分の我儘だと十分分かっていたから、キョーコを縛るような事は出来なかった。

いや、それは俺の事情だ。
そして、俺がそうやって日本を離れている間、最上さんには最上さんの時間があって。


大人びた表情がどんな3年間で出来あがってきたのか、蓮は知りたいような知りたくないような、複雑な心境だった。


関連記事

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する
 

うわ〜切つない〜って思わず声にでました。律儀に挨拶するキョーコが切ないです。ハリウッド女優と凱旋ですか?!
キョーコも綺麗な笑顔や蓮の知らない少しものうげな表情を見せて会ってなかった時間を見せつけてやって下され!
いつも楽しませて頂いています、
日中の気温差が大きく疲れやすい季節柄、どうぞお身体をお大事になさって下さいませ

もか | URL | 2015/05/23 (Sat) 20:58 [編集]


Re: タイトルなし

> もか様

コメントありがとうございます!
そう、蓮さんがアメリカで過ごした時間があると言う事は、同じ時間をキョコさんも過ごしているという事で。
相手の気持ちがどこにあるのか、お互いに気になって気になって仕方がない状態って…もどかしいですね。

ここのところどんどんと暑くなって、体がついていかないですね。
もか様もご自愛ください!

ぞうはな | URL | 2015/05/26 (Tue) 23:38 [編集]