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きみと恋をする方法 (29)


こんばんはー!ぞうはなです。
筋がわわっと湧くと、結構短時間でも書きあげられるんだなぁと、感心。





「キョーコちゃん遅くまでお疲れ様」
「お疲れ様でした!お先に失礼します」
キョーコは仕事仲間である他の仲居に頭を下げると料亭の通用口から外に出た。ここに来た時シトシトと降っていた雨はやんでいるが、庭園の飛び石はしっとりと濡れている。もうだいぶ遅い時刻になっていたが、空はどこかうっすらと明るいようにも見えた。


旅館に戻って仕事着の着物から制服に着替え終わると、ちょうど廊下を通りかかった女将が部屋を覗いてキョーコに声をかけてきた。
「あら、キョーコちゃん。そろそろ期末試験じゃなかった?」
「はい、来週月曜日からです」
キョーコが答えると、女将は少し困った顔になる。
「ごめんなさい、今週お休みでよかったのよ。それなのにこんな遅くまで」
「いえ!ただでさえ来られる時が少ないのにそんな。それに大丈夫なんです、もうテスト対策は出来てますから」

にこやかに返すキョーコに、あら、と女将は不思議そうな表情を作った。
まだ小さい頃から、キョーコは試験やテストと名のつくものは驚くほどの情熱と時間を傾けて全身全霊で打ち込んではいなかったか。女将の目から見ても過剰なほど頑張って、それでも足りないと必死に机にかじりつく姿をよく見ていた。最初の頃は滅多に姿を見せない母親に認めてもらうためだったとは思うのだが、それは中学になっても続いていた。
しかし思い起こしてみれば確か少し前の中間テストの時もキョーコは休まず通常通りここに仕事にきていた気がする。

女将が無言で少し驚いたように自分を見ていることに気がついたキョーコは、恥ずかしそうに頭をかいた。
「生徒会の先輩達が、すごく上手に教えてくれるんです。時間かければいいってものじゃないって、よく分かりました」
「それならいいんだけど…無理しないでね」
「いえ、本当に無理ではないですし、ここに入る日数も少ないですから大丈夫ですよ!それに、生徒会の先輩たちに教えてもらってからむしろ成績が上がったくらいなんです」
「その先輩って、あのヒズリさんところの久遠さん?」

ぴたり、とキョーコの動きが止まり、それから少し慌てたようにぶんぶんと両手を振り回す。
「あ、その、久遠先輩もいらっしゃいますし、他にも3年の先輩も…!」
「あらそうなの、やっぱりLME学園の生徒会の生徒さんって優秀なのね。キョーコちゃんもすごいわ、そんなところに入れて」
「いや私なんて…」
キョーコがもごもごと答えたところで女将は他の従業員に呼ばれてそちらへ去って行った。
尊敬する先輩を褒められて少し誇らしげに胸を張っていたが、キョーコは時計を見て慌てて鞄を持ち外に出る。

裏口から旅館を出て通用門へ向かう途中、キョーコは顔を上げた。薄暗がりの中、門からこちらに向かってくるのは幼馴染の尚だ。
「…お前か」
「……」
キョーコは無言で尚を一瞥すると通り過ぎようとしたが、庭に敷かれた飛び石の上で尚は避ける素振りも見せず、いや、どちらかといえば意図的にキョーコの前に立ちはだかった。
「どいてくれる?」
「…お前、相変わらずあいつのおもちゃになってるらしいな」
「なによおもちゃって。そんなんじゃないわ」
「自覚ないのかよ。ちょっと甘い事言われただけでホイホイ尻尾振りやがって」
「そんなんじゃないって言ってるでしょ」
「じゃあなんだ、それともあいつの方がお前に惚れてるってのか?まさかな」

キョーコは呆れ顔で深くため息をつくと尚を睨みつけた。
「私と先輩の事に口出ししないで。あんたには関係無いのよ」
「へぇ…」
尚は薄っすらと笑うと急にキョーコに近づいた。咄嗟の事でどう反応していいか分からないキョーコに遠慮なく近づくと、その顎に手をかけて顔を寄せる。

「っな…!」
キョーコは反射的に顎にかけられた手をはたいて身をよじった。しかし何かがかすめた感触が唇に残る。
「なにすんのよ!」
尚の顔めがけて大きく振られたキョーコの手は簡単に避けられた。

「なんだ、そもそもあの男にそういう相手と思われてねーのな」
「はあ?」
キョーコはまだ怒りに身を震わせながらニヤニヤと笑う尚を睨みつける。
「その反応、あいつにキスもされてねえってことだよな。はっ、やっぱりな」
「だからってあんたは……!」

キョーコは立っていた飛び石を蹴って舞った。

がすっ。

尚の左のすねに、キョーコのローファーが刺さった。殴りかかられる事を予想していた尚は避け損ねて想定外の痛みに目を見開く。

「っざけんじゃないわよ!」
「…お前そのまま行ったら一生キスなんてしねぇで終わるだろ。むしろ感謝しろよ」
尚は少し足を庇うように身をかがめながらも余裕の笑みで言葉を吐いた。

「呪い殺してやるから……」

キョーコはぼそりと低い声で呟くと、くるりと踵を返して振り返らずに通用門から出て行く。

「っってぇ…あいつ……手加減なしかよ……」
残された尚はキョーコが遠ざかるまでしばらく我慢してから、痛さにうずくまったのだった。


っっっっの、ばかーーーー!!

キョーコはどすどすと夜道を歩く。
今更尚に何をされてもときめくどころか怒りしか湧いてこない、と言うのは発見だったが、それにしてもふざけた言動に腹が立って仕方がない。

先輩は誠実な人なのよ!!大体、キスが何だって言うの!?してないからどうだってのよ!

久遠が自分に"そういう事"を求めてこないのは自分だって分かっている。
それは久遠の優しさだと思うし、自分もそれが嬉しいが、『本当に私のことを好きなのかな?』とどこかで思ってしまっていることも確かだ。自分は意思表示をしていないのにずうずうしくもそんな事を思うなんて、と打ち消しているのだが人に指摘されるとことさらに腹が立つ。

キョーコは地面を見つめながら歩いていたのだが、前から自転車のカラカラという小さな音が近づいてくる事に気がついて顔を上げた。暗闇からゆっくりと街灯の下に進んできた自転車を目に入れて、思わずキョーコは足を止める。

「あ、やっぱりキョーコだった。仕事お疲れ様」
自転車にまたがった人物に話しかけられてキョーコは口をパカリと開けた。
「…先輩??なんでこんなところに…」
「うん、部活の先輩の忘れ物届けて…ちょっと寄ってみた。よかった会えて」
言いながら自転車から降りたのは見間違える訳もない、金髪の先輩だ。こんな自分の家のそばで会うとは、しかもこのタイミングで、とキョーコはまだ呆然としている。

「こんな遅くまでかかったんだね」
「はい、担当のお客様がお帰りになるまでは終われなくて」
「ああそうか、接客って大変だね」
「でも先輩もこんな遅い時間に」
「うんまあ、雨もやんだしちょっと体動かすのも兼ねて」
「そうですか」
久遠は納得した様子のキョーコをじっと見下ろすと少し笑った。
「それに先輩の家がこっちの方だったから、うまくすればキョーコに会えるかなと思って」

言葉にキョーコは思わず久遠の顔を見上げる。
そこにはいつもの優しく甘い笑顔があった。なぜだか胸にじんとこみ上げる感情があって、キョーコは今更ながらにその想いを真正面から素直に受け止めてしまう。きっとそれは、直前の幼馴染とのやり取りがあったからこそなのだろう。

ああ…やっぱり私、この人のことが好きなんだ……

「折角だから送らせて」
久遠は自転車をぐるっと回して方向転換させながら言い、キョーコは「はい」と答えて2人はキョーコの家までの短い道をたどった。


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