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きみと恋をする方法 (20)


こばはーー!久々の週2回目更新ー!





「インランオンナ」

月曜日の朝、教室に向かって廊下を歩いていたキョーコの耳に飛び込んできた、ちょっと低めの作ったような女生徒の声。それは明らかに自分に向けて発せられたものだ。
直後に複数人のくすくす笑いが聞こえ、キョーコは通り過ぎた一団をちらりと振り返るとまた前を向いた。

すぐには意味が分からなかったが、頭の中で即座に漢字に変換される。

「淫乱女」

おおよそ人に言っていいような言葉ではない。
事実であってもそうでなくても関係なく、純粋に人を貶めるためだけの言葉だとキョーコは認識し、すれ違いざまに一言だけ投下できるその神経にため息が出る。
しかし、このタイミングで言われたという事は昨日の試合を見に行った事が知られたのだろうか。尚との関わりを断ったとしても当分は不快な出来事は無くならないだろうと思っていたが、久遠との関わりが増えた事でさらにひどい事態になるのかもしれない。

ちょっとやそっとの嫌がらせ、頻度が増えたところでなんとも思わない。どうせやられる事は変わり映えしないのだ。けれど、「お前は相手に相応しくなどないのだ、身の程を知れ」と言われているようで、あまり気分はよくない。結局自分は尚に対しても久遠に対しても、隣に立つに値しないと周りからは思われているということだ。


別に…先輩はそういう相手じゃないし。

尚に対するものと久遠に対するものは全然違うのだと、キョーコはもやもや沸き上がる自分の中の懸念を笑い飛ばして教室へと入っていった。


そして放課後。
部活が行われる家庭科室に行こうと、キョーコはカバンを持って廊下を歩いていた。
専科教室がまとまって配置されたその場所は文科系の部に所属する生徒が多く通るところで、だからこそその場にふさわしくない、いつも以上に目立つ光景は嫌でも目に飛び込んでくる。
そこにいたのはもうだいぶ見慣れた、金髪の長身男子だった。

「部活に行くところごめん、ちょっとだけいいかな」
久遠の持つ大きなカバンには相変わらず小さなバスケットボールが揺れていて、それを見るたびにキョーコはこそばゆい気分になる。しかし今日は久遠は真剣な表情をしていて、キョーコも敏感にそれを察知してしゃきりと背筋を伸ばした。
「はい、大丈夫です」

「生徒会役員立候補の届出期間がもうすぐ始まるんだ。1週間しか期間がないから、改めて最上さんに検討してもらおうと思って」
もうそんな時期か、とキョーコも認識する。
「少しは考えてみてくれた?」

キョーコは無言で久遠の顔を見た。
この1ヶ月ほど、テスト勉強の会も含めて生徒会役員と接する機会もあったり、生徒会の活動としてどんなことをしているのか少しずつ教えてもらっていた。学校全体の行事や生活を先導し、サポートし、会計は予算をやりくりし、なかなかに大変であっても遣り甲斐のありそうなことはよく理解が出来た。

正直に考えて面白そうだ、とキョーコは思っていた。中学時代は(いや、そのずっと前から)ひたすら尚の事だけを考えて過ごしてきたのだ。その重荷が肩から下りた分、まったく違う事にチャレンジしてみるのは魅力的でもある。
他の役員たちは久遠も含めてすごい人ばかりで、そういう人たちと関わりながら新しい経験が積めることも楽しそうだ。

けれど。

「先輩から色々教えてもらって、すごく遣り甲斐がありそうだとは思うんですけど」
「まだなにか、気になることがある?」
言葉を切ったキョーコに、久遠は静かに問いかける。

「私なんかに…務まるだろうかと」
少しだけ言葉に迷ってから、キョーコは自信なさげに返した。キョーコの目線が少し泳ぎ、それを見た久遠はまた口を開く。
「1人で全部やる訳じゃないから出来ないなんて事はないと思う。それに俺は、出来ないと思っていたら声はかけないし、そのために選挙があるんだ」
「どうせ、選ばれないって…思ってしまって」
キョーコは少し目線を下げて俯き加減で答える。その顔にはどこかさめたような、諦めの色がよぎる。

久遠はじっとキョーコを見つめてから、少し低い声を出した。
「選ばれないのが、怖い?」
「…いいえ」
「じゃあ、また陰で余計なこと言われるのが嫌なのか」
キョーコは弾かれたように顔を上げた。
「いいえ、気にしてはいません」
久遠はまっすぐにキョーコを見据え、薄い笑みを浮かべたその顔から感情を読みとることは難しい。

「下らない戯言は言わせておけばいい。正しい理屈をならべてみても、どうせ相手には響かない……ある意味、同意するよ。人を蔑んで足を引っ張ることしか考えられない奴とは同じ高さに立つ必要はない。君はそう考えて黙殺してきたんだよね」
自分の気持ちを代弁するような久遠の言葉だが、なぜかキョーコは頷く事も出来ずに久遠の言葉の続きを待つ。
「けれど、下らない、ばかばかしい、て思いながらも、その連中の言葉や態度に引きずられていない?言われないように、ひっそりと目立たないようにしようって無意識にそう行動してない?それって、もったいないよね」

「もったいない…?」
きょとんとキョーコは久遠を見た。久遠はにっこりと笑うと頷く。
「そう。もったいない。そんな相手にどう思われようと、何も気にする事はないはずじゃないの?どうせ陰口叩いて靴隠すくらいしか出来ないんだ。なにせ、君にはどうやったって勝てないんだからね」
「勝てない……?いえ…」

戸惑った声を上げたキョーコに、たたみかけるように久遠は聞いた。
「彼女たちは君より勉強ができる?」
「いえ……」
高校進学のテストも1学期の中間テストも自分は学年1位だった。ここは謙遜してもしょうがないとキョーコは答える。

「スポーツは?」
「分りませんけど、そんなに差はないかと」
体育は得意だ。足だって速いほうだし、自分にあれこれ言ってくる女子たちにそう大きく負けているとは思わない。

「料理はどうかな、昨日の弁当はすごく美味しかった。君はあの旅館の厨房に入っていると聞いたけど」
「そうですね、和食だったら負ける気はしません」
一度厨房に入れば板長は甘やかさない。大根の桂剥きができるようになるまでにどれだけ流血したか覚えていない。お手本は超一流の板前ばかりだから、舌も肥えた。

「君に負けじと、生徒会役員をやりたがると思う?」
「…いいえ」
そう言えば、尚はともかくとして、久遠と近づきたいなら自分たちも役員になればいい。そうすれば一緒に活動することが保証される。けれど彼女たちはそんな努力はしないだろう。なんとなくだが、キョーコはそう感じた。

「ほら、どう?」
「で、でも私…!こんな、地味でパッとしないし」
同学年の女子たちはおしゃれに忙しい中、自分は髪振り乱して働いていた。それがなくたって、どこも取り柄がなく印象も薄いこの外見では、「地味でださいくせに」と言われると何も言い返せない。

「そう?俺は最上さん、すごく可愛いと思うけど」
「か…かわっ……!?」
「うん。それなのに地味でパッとしないなんて思い込んでるの、もったいないよ」
「……」
「前も言ったけど、最上さんはいつも一所懸命で人のためにも動いてくれて、俺はすごくそれがいいところだと思うよ。だから、君はいつも輝いて見える。表情も豊かで、見てるだけで楽しくなるし頑張らなくちゃって思う」

キョーコはあまりの賛辞に何も言えずに久遠を見てしまった。誉められ慣れないせいでどう反応していいのか分らず、おろおろ考えた挙句、口から言葉がぼろりと落ちる。
「そんなに褒めても、何も出ませんよ?」
久遠はキョーコの言葉を聞いて声を立てて笑った。
「そんなつもりで褒めてないよ。ねえ、黙殺もいいけど、ぐうの音も出ないほどに黙らせてみたいなんて思わない?」
「……何やっても黙るとは思えないんですけど」
首を縦に振らずに少し眉間に皺を寄せたキョーコに対し、久遠は楽しそうだ。
「それもある意味正しいね。遠吠えはどんな状況でもできる。でも突き進めば、その内認めざるを得なくなる。立ち向かうのも青春じゃない?」

そんな青春聞いたことありません、とキョーコはきっぱり言い返す。それから少し考えて、ひとつ頷くと口を開いた。
「実は、生徒会の活動自体は遣り甲斐がありそうだって思っていました。今までずっと、そんなことを自分がやるなんて考えた事もありませんでしたけど、この学校での生活を充実させるにはこれ以上ないことですよね」
「そうだね」
久遠の同意を得て、キョーコの瞳に力が満ちる。
「立候補しても落ちるかもしれませんけど、それも青春、ですよね。でもやるからには投票してもらえるように頑張ります」
「うん、ありがとう。俺も最上さんと一緒に活動できるように頑張るよ」
「……先輩は当確ですよ」
「分らないって」
2人は顔を見合わせて笑う。
「ありがとうございました。じゃあ、部活に行きます」
「うん、引き止めてゴメン。明日立候補用のプリントを持っていくよ」

キョーコはぺこりと頭を下げて家庭科室へと歩き始めたが、後ろからふいと腕を取られて振り返った。
「そう、言い忘れたけど。俺は、格好いいとか可愛いとかは、好きな相手から言ってもらえたらそれだけでいいと思う」
「へ?」
久遠の急なセリフにびっくりしてキョーコは目を丸くする。
「だから生徒会活動とかバスケの試合とか俺を見てもらって…君に格好いいって思ってもらえたら嬉しいな」

じゃあ、と久遠は腕を離してキョーコと反対の方向へ廊下を歩いていった。

「え…?ど、どういう……?」
久遠が見えなくなってからようやく呟いたキョーコの顔は真っ赤だった。


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