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きみと恋をする方法 (8)


こんばんは!ぞうはなです。

ほらーー!どっかり空いたーーー!
そして年末年始に突入です。次もまた…しばらくお待ちいただくことになるかも(しくしく)…





きゅうううう、きゅ、きゅきゅきゅ。

静かな教室内に小さな音だけが響く。
一部の机は押しのけられて教室の後ろのほうには少し広い空間が出来上がり、制服を着た一人の少女が座り込んで一心不乱に作業をしている。

3人組の女子生徒が廊下を通りかかり、床に座り込んで作業をしているのがキョーコだと認識すると目配せをし合って教室に入ってきた。
「なんかここすごいクッサくない?」
「くさいくさい。シンナー臭い。気持ち悪くなる~~」

キョーコは手を止めると見下ろしてくる3人を見上げ、ぽつりと返事をする。
「窓開いてるけど…くさいなら別に来なくていいわよ?」
キョーコが座っているのは大きな模造紙をつなげて更に大きな紙になったものだった。たくさんのカギ線が引かれたそれは球技大会のトーナメント表で、下のほうにはクラス名が並んで書かれている。

「最上さんってほんと、好きだよね」
にやにやと笑う1人の女子生徒の顔を、キョーコはうんざりしたように見上げた。
「何が?」

「男が、でしょー」
「そうそう。尚に付きまとってるのかと思ったら、久遠先輩にまで」
「こんな実行委員なんてやって付きまとうなんて、必死だよね」
キョーコの質問を待っていたように3人は口々に嘲りの言葉を吐く。キョーコに対するいじめの大半はこそこそと行われるものだったが、たまにいるのだ、面と向かって罵倒しないと気がすまないタイプの少女たちが。

「別に…」
キョーコは顔を背けると眉間に皺を寄せて小さくため息をついた。
くだらない挑発に乗るつもりもないが、こうもすべての事を蔑みの対象とできるその精神構造がキョーコにとっては驚きだ。言い返そうが無視をしようが言われることは変わらず、そんなことで悲しんだり傷ついたりするほど弱くもないがもちろん嬉しくもない。


結局…不快だけど放置するしかないってのが何かこう、すっきりしないのよね。


まだちくちくと嫌みったらしい言葉を口にする3人の言葉はキョーコの耳を右から左へ通り過ぎ、キョーコは考え事をしながらまたマジックのキャップを取った。

大体もう、あんな馬鹿なんてどうでもいいし…この3人の誰かに熨しつけて差し上げてもいいんだけど…


キョーコはちらりと3人の顔を見上げた。
自分と同じ1年の、少しキョーコよりはファッションやなんやかやに気をつけてはいるものの、年齢相応の少女から抜け切れていない顔。自分とそれほど変わらないメリハリに乏しい体型。

残念よね…あいつの好みはもっとはっきりした体型で大人っぽい顔だし。
まあそうよね、あいつに相手にされないから私に八つ当たりをしてるんだもんね。この中の誰かがあの馬鹿とうまく行ってたら、絶対こうやってつるむ訳ないし…

それでも自分だって尚からは同じような存在に見えているのだと冷静に考えると、今までの自分が滑稽すぎておかしくなる。明るい将来を盲目的に信じていた自分が結局のところ一番馬鹿なのだと思いあたり、キョーコは内心で自嘲した。

「何笑ってんのよ」
自分に対して呆れたように笑ったのが表情に出たのか、少女の1人がむっとしたように言葉を投げる。キョーコはまた無表情に戻ると紙に向かってマジックを走らせ始めた。
「別に、あなたに対してじゃないわ」
「何すましてんの?何様の…」

「やあ最上さん、ここで作業してたのか」
少し少女が声を荒らげたのを遮るように教室の戸口からかけられた声が、その場の全員をびっくりさせた。

「生徒会室でやらないでこんなところにいるなんてね」
「あそこだと場所とっちゃって邪魔になりますし」
「うん、そう考えたかなと思って来てみた。正解だったね」
すたすたと教室に入ってきたのは久遠だった。にこにこといつもの笑顔を貼り付けて、立ちすくむ3人の少女が目に入らないかのようにキョーコに近づいて上体をかがめる。
「手伝おうか」
「ありがとうございます。でももうすぐ終わりますので大丈夫です」
「そう?」

それから久遠は再び状態を戻すと笑顔を貼り付けたままその顔を3人の少女の方に向けた。
「最上さんを手伝いに来たわけじゃないの?」
「え…いえあの……」
なんとか言い訳を必死に考えた少女が口を開こうとした瞬間、久遠は再び顔をキョーコの方に向けて話しかける。
「他の2枚も引き受けたそうだけど、放課後は忙しいんじゃないの?」
相変わらずの穏やかな笑みをちらりと見上げると、キョーコは少しばつの悪い表情を作った。
「う……そのそれが、そうでもなくなりまして」
「ああ、そうなんだ。でも全部やるのは大変だろうから手伝うよ」
「はあ…ありがとうございます」

久遠はどかりと床に胡坐をかいた。完全に背を向けられて無視された状態の少女たちはどうしていいのか分からないが、久遠は相変わらずキョーコだけに話しかける。
「でもそうか、忙しくなくなったんだったら勧誘もしやすいな」
「け、けどあの、それとこれとは別の…」
「なんでそんなに嫌がるのかな」
「嫌と言いますかその、そうじゃなくて、選挙もありますし」
「自信がないの?」
「はい…」
「なんでかな、自信持っていいと思うんだけど」

呆れたようにふう、とため息をつくと久遠は急にくるりと振り返った。所在なさげに立っていた3人がびくりと久遠を見る。
「ああ、手伝う気があってもなくても俺がやるからもういいよ。さようなら、気をつけて帰ってね」
「は、はい……」
3人は顔を見合わせて何か言いたげに久遠を見たが、久遠はにっこりと笑うとすぐにキョーコに視線を戻した。

やがて3人は出ていき、キョーコの手の中のマジックの音だけが静かな教室に響く。キョーコは最後のクラス名を書き終わると、キャップに蓋をしながら久遠の顔を見た。
久遠は胡坐をかいたまま相変わらずの笑みを浮かべてキョーコの事を見守っているようだ。
「ありがとうございます」
「なんでお礼を言われるの?」
「いえ…なんとなくです」
はは、と久遠は軽く笑った。そして立ち上がりながら「次に書くのはどっち?」と、傍らの机の上に丸められて置かれている模造紙に手を伸ばす。

「くだらない、と思う気持ちは分かるけどね。実害があるなら立ち向かった方がいい事もあるよ」
主語がない久遠の言葉だが、キョーコにはその意味はよく分かった。同時に常ににこにこと人あたりのいい久遠でも、その笑顔のままちくりとするような対応をする事があるのだという事も。
「こわいですね」
久遠に差し出された模造紙を受け取りながら、キョーコはその穏やかな笑みを凝視して思わず本心をこぼした。
「…何が?」
意味をつかみかねて久遠は少し首をかしげる。
「先輩、いっつも笑顔で穏やかで、誰にでも優しいって聞きましたけど…なんか……」
「そんなこと言われてるの?俺。それになんか…何かな?」
「いえ…誰にでも優しくて誰にでも穏やかな笑顔ってことは、案外本当の感情は誰にも見せないのかな、と」

「へぇ…」
今までの微笑みが『にっこり』と形容できるものだとすれば、少し口の端を上げた久遠の表情はどちらかといえば『にやり』に近いものだった。
キョーコはその表情を見て、ぽろりと口からこぼれてしまった言葉に真っ青になる。
「ごぉ!ごめんなさい!!私変な事をべ、べらべらと…!あの決して先輩に裏があるとか素を隠してるとかそういうことじゃなくて…!!」

いや、弁解すればするほどそれが本心だって言っちゃってるし。

それでも泣きそうな顔で土下座するキョーコは心の底から謝罪しているようだ。

「最上さんは面白いよね」
本当に楽しそうに声をかけられて、床におでこを擦り付けていたキョーコはぴたりと止まると「へ?」と間抜けな声を出した。
「単に勉強の虫で真面目で地味な子かと思ったら予想を裏切られた。すごく面白いな」
「そ…そう…ですか……?」
言葉の返しようがなく、キョーコはなんとなく聞き返す。
「うん。それにすごくタフだし責任感も強くて…それに俺の素を見抜かれたのも久しぶりだ。君に興味が湧いてきたな」
「は……?」
「うん、やっぱり君と一緒に生徒会を運営するの楽しそうだ」

満足げに頷く久遠の顔にはやはりいつもの穏やかな笑みが浮かんでいて、キョーコにはその真意は全く分からなかったものの、何かの恐怖を感じて思わず身震いしてしまったのだった。


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