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きみと恋をする方法 (4)


こんばんは!ぞうはなです。
なんとか1話分かけたので載せちゃうーー。

次、間空きそうです、ごめんなさい。





「ここ…旅館だよね?」
「そうだ。最近庭に離れを建てたんだそうだ。食事だけでも楽しみたいと言う要望が多かったようでな」
「まあ、日本情緒溢れるお庭ね」

予定通り久遠の母であるジュリエラが帰宅した日の夕方、3人はものすごく久しぶりに揃って顔を合わせ、老舗高級旅館の門の前に立っていた。久遠の住むマンションからは電車で数駅来た、遠くはないが久遠があまり足を運ぶ事はない場所だ。

門は時代を感じさせる古さではあるもののどっしりと構え、門前から中へと続く石畳にはしっとりと打ち水がされ、綺麗に剪定された庭木も非常に美しい。一見の客であればその雰囲気から足を踏み入れる事を少し躊躇ってしまいそうだが、クーは勝手知ったるという風にさくさくと中へと進んでいき途中で分岐した細い道をたどった。

庭の景観になじむように建てられた平屋の離れはゆったりと家族が住める家くらいの大きさで、真新しいが土壁と木の落ち着いたたたずまいだ。広い玄関に一歩踏み入れば畳の上に正座した仲居に丁寧に迎えられ、やがて3人は庭が見えるこじんまりとした和室に通される。

「ここは見ての通りの旅館なんだがな。主人でもある板長の腕前は超一級だ」
「父さんが泊まらないと食べられないって言ってたのは、ここが旅館だから?」
「そうだ。手が回らないからと食事だけの客は受けてなかったんだが、要望も多かった上に弟子が使い物になってきたからってことでこの離れの料亭を始めたそうだ」
「詳しいね」
「ふふふ、私を誰だと思ってる?久遠」
得意げな笑みを浮かべた父親をハイハイ、といなして久遠はいつになく静かな母親に目を移した。
窓側の障子の横に座ったジュリエラは、綺麗な庭や部屋の中の設えを興味深そうに見回している。クーと結婚したことにより日本にも滞在するジュリエラではあるが、もともと日本の文化に詳しいわけではないので物珍しいようだ。

ひとしきり場を堪能したジュリエラは表情を正すと隣に座った夫にぴしりと尋ねる。
「それで…あなたはどなたとここに泊まったの?」
「ジュ、ジュリ、君は疑ってるって言うのかい?仕事に決まっているではないか」
「ふぅん、楽しそうなお仕事でいいわね。いいわねあなただけ日本に来られて久遠にも会ってこんな豪華なところに泊まって」
「ジュリ~~~~」
クーが情けない顔でジュリエラにすがる。しかしコントのような夫婦のやり取りは仲居が部屋の外から声をかけたことにより中断したのだった。


確かにすごく美味しいと思うけど…

だけど、何を食べても甘く感じそうだからやめてほしい、と目の前の両親を見ると久遠は思ってしまう。
久遠が16歳なのだから、この2人は結婚後少なくとも17年は経過しているはずだ。なのに下手すれば新婚夫婦よりもそのいちゃつきぶりは甘い。不仲よりはいいとは思うのだが、自分は思春期の男なのだから少しは遠慮してほしいと思いながら諦めのため息を吐き出す。

食事はゆったりと進んでいた。
久遠の目の前に運ばれてくる料理はどれも季節感がたっぷりで目にも舌にも美味しい。どうやって作り上げるのか分からないなりにも、手と魂がこもっている事がよく分かる。
こんな量で満足できるのだろうか、とブラックホール級の胃袋を持つ父親の様子を伺ってみるが、クーはちびちびと日本酒を飲みながら満足気に箸を進めている。

「あっ!」
穏やかな時間が過ぎる静かな部屋に仲居の抑えた叫び声が響いた。
仲居はクーの前から平らげられた皿を下げていたのだが、うっかりと手を滑らせたのか、お造りの醤油皿をクーのジャケットへと転がしてしまったのだ。幸いそれほど多くの醤油は残っていなかったのだが、春らしいベージュのジャケットにべったりと醤油の染みが広がる。

「も、申し訳ありません!」
仲居は深々と頭を下げながら謝罪をすると、「すぐにタオルを」と少し慌てた様子で部屋の襖を開けた。ちょうどそこに別の仲居が通りかかり、部屋を出た仲居は部屋から見えない場所へと移動するとその仲居と小声で言葉を交わす。

やがて久遠たちの部屋には今まで配膳をしてくれたのとは違う仲居がするりと入ってきた。
「申し訳ありません、ヒズリ様。大変に失礼いたしました」
入り口のところにぴたりと座り深々と頭を下げた仲居に、クーは軽く声をかけた。
「なに、気にしないでくれ。大したことはないよ」

仲居はその間にも着物の袂から手ぬぐいを取り出してクーの元へと寄った。染みの水分をそっと押さえるとほんの少しだけ考え、やがて口を開く。
「あの、この上着、少しだけお預かりしてもよろしいでしょうか」
「え?」
不思議そうな声を上げたクーに、仲居は続けた。
「もちろん、お洗濯代はお渡しさせていただきますが、お醤油ですので染み付かないうちにまず応急処置をした方がよろしいかと…お帰りになる時に汚れているのも申し訳ないですし」
「あ、ああ…まあ、気にしなくていいんだが、お願いしてもいいのかね?」
「はい、もちろんです」
仲居の言葉を聞くとクーはジャケットを脱いでそれを渡した。仲居は恭しくジャケットを受け取るとまた入り口でしっかりとお辞儀をして静かに部屋から出て行く。

仲居を見送ってから、クーはおもむろに口を開いた。
「驚いたな。今の仲居さんはものすごく若く見えるぞ」
「そうね、私もびっくりしたわ。でも」
「ああ。立ち居振る舞いはベテランのものだな。いや驚いた。いくつくらいの女性なんだろう?」
「そうねえ…日本人はみんな若く見えるけど…」

考え込んだジュリエラとクーに、それまで黙っていた久遠がぽつりと答える。
「俺の1個下。15か16だよ」
「え?」
「なぜ分かるの?久遠、あなた女性を見る目をいつの間に」
自分の方に身を乗り出した両親に、久遠は渋い顔で首を振った。
「違うよ。俺はあの子を知ってるんだ。今年うちに入学してきた1年生だよ」
「高校1年生か?確かにそれは若い!しかしそれにしては随分と落ち着いているな」
驚きの声を上げたクーが思わず部屋の入り口の襖の方を見ると、「失礼します」と襖が開き、先ほど醤油をこぼしてしまった方の仲居が盆を携えて入ってきた。

焼き物が並べられ、また元通り食事が再開する。
しかし久遠は何かを考えるようにやや上の空で箸を進めたのだった。


食事が全て終わり食後のお茶を終えようかという頃、外から声がかけられて1人の女性が部屋に入ってきた。
「ヒズリ様、今日はありがとうございます」
黒髪を結い上げたその中年女性はこの旅館の女将だ。着物と帯をぴしりと着こなしたその背中は真っ直ぐで、女性らしくもあり、てきぱきと采配を振るう女主人らしくもある。
「やあ女将、久しぶりだね」
「折角お越しいただいたのにご迷惑をおかけしてしまって」
「なあに、気にしてないさ。それに、久しぶりに板長の料理を堪能できたしね」
「ご満足いただけましたでしょうか」
「もちろんだとも」

女将はクーの力強くにこやかな断言に安心した表情をみせると、廊下から紙袋をたぐり寄せ中からジャケットを取り出してクーに手渡した。
「とりあえずの染み取りだけはしたということですけど…お預かりしてちゃんとしたいのですけど、夜はまだ寒いですし」
ジャケットを受け取ったクーは目を凝らして醤油のこぼれた裾の辺りを見た。

「いや女将…どこがどうだか分からないくらい綺麗だよ。ありがとう、十分だ」
「でも本当に応急処置ですので」
女将から差し出された白い封筒を押し返してクーは笑う。
「これをやってくれたのはもしかしてさっきのすごく若い仲居さんかな?いや若くてびっくりしたんだ。久遠の学校の生徒さんらしいと息子が言うのだけど…」
クーは語尾をぼやかした。

今までの付き合いでクーは女将に娘がいない事を知っている。
そしてこの老舗旅館が従業員の教育もきちんとやっていて、高校生のバイトなどを働かせる事はありえないことも。

きょとんとクーの顔を見た女将はすぐに満面の笑みを浮かべた。
「ああ、キョーコちゃんのことですね。そうね、ヒズリさんのところの久遠さんもLME学園でしたね」

なぜ初めて顔を合わせた女将が自分の名前や通う学校を知っているのかと、久遠は無言の抗議をクーに対してする。
いや、分かっているのだ。この親馬鹿・夫馬鹿の父親が、隙さえあれば自分の妻や息子の自慢を方々で垂れ流す事は。最近では海外でそれをされる分には自分には実害がないと割り切ってはいたが、こう身近なところでされるとさすがに恥ずかしい。

「キョーコちゃんというのか。若い割に立ち居振る舞いも受け答えも完璧だと、感心してたんだ」
クーは久遠の恨みがましい視線など気づかないように女将と話し続ける。
「あの子は特別ですよ。あまりに筋がいいんで、女将業を継いでほしいと思ってるくらいなんですけどね」
「そこまで?親戚のお子さんなのかな?」
「ああ、キョーコちゃんは私の友人の娘さんなんですけどね。小さいときからうちで過ごす事が多くて、見よう見真似で始めた仲居の仕事がえらく上手で。おまけに板場にも入って料理も玄人はだしですよ」
いつになく饒舌に語る女将は本当に誇らしげだ。
「へえ、料理まで」
「ええ、ほんとにねえ、うちの息子と同い年だから、幼馴染のよしみでまとまってくれたら万々歳なんだけど」
女将は少しだけ複雑な表情で小さなため息を吐いたが、ぱっと顔を上げた。
「ああすみません、お客様にこんな話して。でもヒズリ様、キョーコちゃんのこと気に入ってくださったなら、またご家族でお越しくださいな。同じ学校って事ですし久遠さんもよろしくお願いしますね」
「ああ女将、板長にもよろしく伝えてくれ。また来るよ。なあ久遠」
「あ、はい…」
久遠は女将に対してにっこりと笑顔を作った。


帰り道、久遠は父親の話を半分聞き流しながら、ぼんやりと考えていた。
キョーコが放課後忙しいと言ったのはきっとあの旅館での仕事の事を言っているのだろう。小さな頃から身についた旅館での立ち居振る舞い、学校で見るのとは違う仕事の顔。

久遠は少し、学校でキョーコと会うのが楽しみになっていた。





京都の設定ではないので(そして京都弁が分からないので)女将さんが標準語…
なんかしっくりこなくてごめんなさい。

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