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海と陸の物語 (11)


こんばんは!ぞうはなです。
ううう、やっぱりおさまらなかったー。次で、終わります。





曇り空の下の海岸。
そこにはきょろきょろと海を見回しながら歩く1人のレンの姿がありました。
レンは海に突き出た岩場の大きな岩を見つけるとその岩に近づき、それを越えて更に先に進みます。

レンが岩場の先端に立って周囲を見ていると少し沖に波が立ち、それがこちらへと近づいてきます。やがて波の間から栗色の頭がぽこりと現れ、レンは笑みを浮かべました。
「ここまでずっと泳ぎ通しで疲れなかった?」
「船に合わせてだとゆっくりですし、大丈夫です」
岩に腰を下ろしたレンを見て海から体を引き上げたのは人魚のキョーコでした。自分と並んで岩に座ったキョーコの姿をじっと見て、レンは感慨深げに頷きました。
「君がこうやって座っているのがこの国の海岸だなんて、本当に夢みたいだ」
「え?」
キョーコは髪をすきながらレンを見て少し首を傾げました。
「君が一緒に来てくれるなんて…嬉しくて」
「そんな、夢だなんて大げさですよ」
キョーコの肩をそっと抱き寄せてレンは呟くように言いました。
「いや、本当だよ」

「今、城の一番大きな浴室をとりあえず君がいられるようにしてる。海水を入れてるけど、他に必要なものは何かな?この海岸への館の建設もすぐに着手するよ」
「ありがとうございます。けど、館まで建てていただく必要は多分ないです」
「どうして?」
レンは少し驚いて尋ねました。もしかしてここに長くは滞在してくれないという事でしょうか。レンの瞳に不安の色がよぎります。
「…あの……あの、レンさんは、私が人魚だから招いてくださったんですか?」
「…え?…いや、きっかけはそうかもしれないけど、それは関係無いよ」
レンはきょとんとしてしまいました。一体キョーコはどうしたというのでしょうか。
「でももし…もし私が人間だったら?」
キョーコは緊張した面持ちでじっとレンの顔を見つめています。レンはその表情を見てしっかりと考えました。それから口を開きます。
「君が人間だったとしても気持ちは変わらない。人間である君と会えていたら…やっぱり俺はこうやって君を連れて帰りたくなっただろうし、君を愛していたと思う」

レンの言葉にキョーコは急に落ち着きなくそわそわとして赤くなりました。けれどレンはこれは大切な事だから、とキョーコの両肩に手を当てて改めてまっすぐキョーコの顔を見ます。
「俺と君が出会ったきっかけも、再会したきっかけも、俺が人間で君が人魚だったからだ。けど、俺が今君に向けている気持ちはそんな事は関係無い。人間でも人魚でも、君と言う存在が…俺は好きだし、必要だし、この先ずっと一緒にいたいと思っている」
「でも私とじゃ、子供も望めませんよ」
「…それは前例がないから分からないけど、可能性はゼロじゃないと思っているよ。それに、もしそうだとしてもそんなことも関係無い」
「他の人からなんと言われるか」
「言いたい奴には言わせておけばいい。船でも言ったけど、そんな障害は問題じゃない。乗り越えられるよ」

レンが言い切った直後、「うん、とりあえず合格ね!」という朗らかな声が聞こえました。
レンが驚いて振り向くと、いつの間にか大きな岩の横に小柄な女性が立ってこちらをにこにこと見ています。

「ミス・ウッズ…なぜここに?」
レンが驚いたように語り掛けたことに今度はキョーコが驚きました。
「レンさん、海の魔女とお知り合いなんですか?」
「あ、ああ…以前この海域の人魚の調査をしているときに知り合って…俺の髪と目の色を変える薬は彼女が調合したものだ。キョーコちゃんもミス・ウッズと知り合いなの?」
「私は直接お会いしたのは小さな時以来ですけど、人魚の一族は海の魔女にずっとお世話になっているんです」

不思議そうに会話を交わす2人にテンは近づいてきます。
「んもう2人とも、"テンちゃん"でしょ!それにしてもキョーコちゃんのお相手はクオンちゃんだったのね!なるほど、それで納得したわ!」
何が納得なのだろうかと不思議そうなキョーコに、テンは微笑みかけました。
「キョーコちゃん、方法はさっき教えてあげた通りよ。覚えてる?」
「は、はい!もちろんです」
キョーコはぴしりと背筋を伸ばしました。

「クオンちゃんも協力してあげて。あなたの協力無しじゃどうにもならないから」
「協力…?もちろん惜しみませんが、何の話ですか?」
当然ながら聞き返したレンに、テンは「うふふふふふ」と笑い、キョーコを促しました。キョーコは肩をすくめ顔を赤らめてレンの顔をおどおどと伺いながらぽそぽそと話し始めます。
「あの……私が人魚なことで陸にいるレンさんと一緒にいるのに色々不都合が多いと思って…海の魔……テンさんにご相談させていただいたんです」
「相談?なんの?」
レンに聞かれて、キョーコはしばらく言葉に詰まりましたがようやく小声で答えました。
「………人間になる方法を…」
「キョーコちゃんが?人魚が人間になるなんて、そんなことできるの?」
「はい」
キョーコに頷かれて、レンは思わずテンを振り返りました。
「できるわよ?ただし、簡単じゃないわ。だからクオンちゃんの協力が絶対不可欠なの!」

レンは自信満々のテンの顔を見つめるとまたキョーコの方に向き直ります。
「キョーコちゃん。君はでも…いいの?人間になったら海の中で暮らすことはできなくなる。君の家族とも簡単には会えなくなってしまうかもしれない」
「はい…私考えたんです。あの時、昔網から助けてもらった時、私はレンさんとお友達になりたいって思いました。話してみたいって。今はもっと強く思います。一緒にいたいと。だから、私は陸に上がりたいんです。ずっと暮らした海も家族も大事ですけど、でも…」
「ありがとう」
レンはキョーコの両手を取るとぎゅっと握って自分のおでこにつけました。

「君がそこまで考えていてくれたことが嬉しい。俺もできることは全て協力する。それで、俺はどうしたらいいんですか?」
レンは晴れ晴れとした笑顔でテンに尋ねます。テンは満足げに笑うときっぱり言い切りました。
「毎日必ず、おはようとおやすみのチューをキョーコちゃんにする事!」
「え?」
それだけ?という表情でレンはテンを見つめます。しかしテンはそのレンの表情を見て頬を膨らませました。
「そんなくだらない事って思ってるでしょう!違うわ、すごく大事な事なのよ」
「くだらないとは思っていませんが、なぜそれがキョーコちゃんが人間になる事と関係あるんですか」
「人間になる事には関係無いわ。でもキョーコちゃんが生きていくために必要な事なのよ」
「テンさん、いいんです、私がいいって言ったんですからレンさんにはそんなこと…」

キョーコは慌ててテンをとめましたがテンはキョーコにもぴしゃりと言います。
「キョーコちゃんだけが抱え込んだって幸せにはなれないのよ?いいこと、クオンちゃん」
くりっと向きを変えたテンに、レンは思わず姿勢を正しました。
「キョーコちゃんを人間にしてあげる事はできるわ。けどそれは、やっぱり無理が生じる事なの。キョーコちゃんが人間である事を苦痛に感じたり、やっぱり止めておけばよかったって後悔したとき…キョーコちゃんは海の泡となって消えるのよ」
「そんな…本当ですか」
「本当よ。キョーコちゃんはあなたと一緒になるために人間になるの。だからあなたが一生、キョーコちゃんが人間として生きる喜びを与え続けてあげられないといけないの」

「キョーコちゃん」
レンは真面目な顔でキョーコに向き直りました。キョーコは少しバツの悪い顔で目線を逸らしていましたが、レンに呼びかけられてその顔を上げます。
「君がそこまで決心してくれたのはすごく嬉しいし、申し訳ない。でも俺は絶対君に後悔なんてさせない」
レンは立ち上がるとキョーコに近づいてその細い体を優しく抱きしめました。
「君がずっとずっと『あの時人間になってよかった』と思ってくれるように、俺は君を愛し続ける。誓うよ」
「ありがとう…ございます…」
キョーコもそっとレンの背中に腕を回し、目にいっぱい涙をためながらも微笑みました。

そっと抱擁をとき、2人は見つめあい微笑みあいます。
しかしレンがキョーコの顔に自分の顔を近づけようとした瞬間に、しっかりと邪魔が入りました。
「とはいえ、それじゃあまりにキョーコちゃんが可哀想よね」
言いながらテンはフワフワとした衣装を探ってキラキラ光るものを取り出し、キョーコに渡しました。
「これは…短剣?」
キョーコが思わず受け取ったのは綺麗な装飾が施された鞘のついた短剣です。
「そ!もしクオンちゃんが心変わりしたりしてキョーコちゃんが人魚に戻りたくなっちゃったら…」

「いえそんなこと…」
「俺はそんなことしませんよ」
口々に異を唱える二人を無視して、テンはびしっとレンの胸に人差し指を突きつけました。
「クオンちゃんの心臓をその短剣で一突きしなさい。クオンちゃんの血を浴びれば、キョーコちゃんは人魚に戻れるからね」

キョーコとレンは絶句しました。そして2人同時に目を見交わせるとおろおろとお互いに言い合います。
「し、しませんよそんなこと。心配なさらないでください」
「俺も君を絶望させるようなことは絶対にしない」

「けど」
レンは表情を改めるとキョーコの前に跪きました。
「もし君が本当に人魚に戻りたくなったら、その時は喜んでこの命を差し出そう。だから俺の妃になってほしい」
差し出された両手をゆっくりと取ると、キョーコは頷きました。
「はい。…ありがとうございます。あの、ふつつかものですがよろしくお願いします」

こうしてようやくキョーコは魔女テンの手から貝殻に満たされた魔法の薬を受け取ったのでした。



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