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海と陸の物語 (10)


こんばんは!ぞうはなです。

あれ、あと一話でおさまるかしらん…?





レンの船の甲板ではしばらくの間興奮冷めやらぬ男たちがどよどよとぼそぼそと会話を交わしていました。
レンは船の停泊を決めましたし、海はすっかり凪いでしまったのでやることも少なく、それになによりも先ほど目にした光景の衝撃がものすごいのです。

「人魚ってのはあんなになんていうか、ぐっとくるもんなんだな」
「あれを銛で打って肉を食うってのはどうにもなあ…」
「クオン様もすっかり骨抜きにされてるのか?」

しばらくして男たちが少し落ち着きを取り戻したところにまたレンが人魚を抱いたまま現れたため、再び甲板の上は落ち着かなくなりました。
レンは男たちが目に入らないかのように大事そうにキョーコを抱いたまま縁の手摺へと近づきます。

「急がなくていいから、ちゃんと話をしておいで」
「はい、あの…でも本当に?」
「俺から申し出たんだから本当だよ。…でも大丈夫かな?反対されるような事は…」
心配そうな顔をしたレンの言葉に、キョーコも戸惑ったような表情になりました。
「…大丈夫だとは……思いますけど、ちゃんと話をしてみます」
「うん」

レンがキョーコの頬に唇を寄せるとキョーコは真っ赤になりました。レンの腕の中でその尾びれがぴちりと跳ね、レンの腕を打ちます。
「暴れると落としちゃうよ」
「ならそんなことしないでください!」
真っ赤になったキョーコはレンに下ろしてくれるように頼みました。
レンがキョーコを床に下ろすと、「では進んでください。行ってきます」とキョーコは微笑み、躊躇なく手摺をつかんで空中に身を躍らせます。

しゅぽん。

ほとんど水しぶきが上がらずにその体が海に吸い込まれると、銀色の影がひとつ、海面の少し下を素晴らしい速さで後ろに向かって過ぎ去っていきました。

「レン!キョーコちゃん、もう帰っちゃったのか?」
慌てて船室から駆けてきて気安くその名前を呼んだヤシロに、レンは一瞬冷ややかな視線を向けました。
「いえ、仲間に話をしに行きました。すぐに戻るそうです」
「え、戻るって…」
「彼女を国につれて帰ります」
「えええ!?」
「言っておきますが、研究のためではありません。彼女を連れ帰るのはレンではなくクオンです。その意味、分かりますよね?」
「……え?でもお前…あの子は人魚だぞ?」
「人間が人魚を愛してはいけないと、誰が決めたんですか」

言い切ると船室に向かったレンを呆然と見送ってから慌てて追いかけるヤシロ。
残された船員たちのうちの1人がぽつりと呟きました。

「…帰ったら大変だぞ、ありゃ」


一方のキョーコはあっという間に自分たちの住む場所の辺りまでたどり着いていました。
普段何気なく泳いでいる海なのにドキドキと胸が高鳴って落ち着きなく、仲間に会いたいような会いたくないようなそんな気持ちです。

「あらもう帰ってきたの?」
スピードを落としてフワフワと泳いでいたキョーコはいきなり声をかけられて飛び上がりました。後ろにはカナエが長い髪をたなびかせながら近づいてきています。
「も、モー子さん!」
「船を追いかけていったんでしょ?嵐は大丈夫だったの?」
「う、うん、大丈夫……」
キョーコは言葉を濁しました。どう切り出していいのか分からずもじもじしていると、カナエは少し怪訝そうな顔つきになりました。
「どうしたの?あんたなんか変よ」
「あ、あの、モー子さん!」
キョーコは意を決して大声を上げました。カナエは少し顔をしかめて耳に手をやります。
「なによいきなり大きい声で」
「わ、私!」

そこでまた言葉を切ってしまったキョーコをカナエは無言でしばらく見つめました。
「…ここを出て行くの?」
「!」
キョーコは目を真ん丸く見開いてカナエを見ました。
「バカね、あんたは思った事がすぐ顔に出るのよ。どこに行くのよ?」
「……東の…大陸……」
「…昔住んでたところ?」
「そう、そのそばの国」
「私たちは陸では暮らせないのよ?」
「分かってる」
「人間が私たちにどれだけひどいことしてきたかも分かってるの?」
「うん分かってる…それでもその、レンさんは……違うの」

やれやれ、とカナエは首を振りました。
「あんたが自分で決めたなら、いいわよ。長老には言っておくから早く追いかけなさい」
「モー子さん!」
「そのかわり!」
嬉しそうに近寄ったキョーコの目の前に、カナエはびしりと人差し指を突きつけました。
「ちゃんと定期的に連絡しなさい。音信不通になったらあの国の港から二度と船が出られないように年中荒れさせるからね」
キョーコはカナエが海を鎮めるより嵐を呼び寄せる方が得意な事を思い出してふっと笑います。
「大丈夫よモー子さん」
「ふん、どーだか」
ブツブツと人間に対する不平不満を口にするカナエをキョーコはじっと見つめました。
「ありがとうモー子さん。ちゃんと連絡する。大好きよ」
「あーもー、分かったから早く行きなさい!東の大陸の海には海の魔女がいるから挨拶するのよ!」

抱きついてくるキョーコを投げ飛ばしてカナエはびしりと東の大陸の方を指差します。キョーコはその周りをくるりと一周すると「ありがとう!」と言い残し、それからあっという間にその姿を消しました。

「ったく……あの人間の言う事なんて、キョーコに伝えるんじゃなかったわ」
そう言ったカナエの表情は苦々しいものでしたが、キョーコの嬉しそうな顔を思い出すと少し苦い笑みを浮かべながらも複雑な気分になったのでした。


2日後、レンの船は母国の港へ入港しました。
港には王宮の出迎えが押しかけ、船からは研究のために集めた資料などが次々と下ろされます。しかし船にはキョーコの姿はありませんでした。

「自分で泳いだ方が楽ですから」
船に追いついたキョーコは海面に顔を出してレンにそう告げ、港で落ち合う事を約束して1人で海中を泳いできたのです。
レンに抱きしめられた温かさ、耳元でささやかれた優しい声、至近距離で見た甘い笑顔を思い出すと幸せなのですがそれが続くとなるとあまりに恥ずかしく、そして船員たちの視線が少し落ち着かないので1人で青い海の中を進むほうが気が楽です。
「けど、結局私レンさんについてきちゃってどうするのかしら……いえ、そうよ、だからまずは…」
そして海岸近くの浅い海の中、不思議な色の海藻がゆらゆらと揺らめく場所に泳ぎ着いていました。

「この辺…よね。来たことはあるはずだけどあんまり覚えてないな…」
「あらぁ、人魚ちゃんのお客さんなんて久しぶりねー♪」
きょろきょろとあたりを見回していると急に朗らかな声が聞こえてキョーコは驚きました。
振り返るとそこには小柄で可愛らしい女性がにこにこしながら立っています。女性は人間のように見えますが、海の中にいるという事は人魚なのでしょうか。服はそのあたりの海藻のようにふわふわと広がってたなびいているためよく分かりません。

「あ、あの、魔女様こんにちは!私…」
「西の国の海の人魚ちゃんよね?私のことはテンちゃんって呼んで?」
「は、はあ…」
キョーコはすっかりテンの勢いに飲み込まれていました。
「それで今日はこんなところまでどうしたのかしら」
「あの、私ご挨拶に…」
「あら、もしかしてこっちに引っ越してきたの?」
「ええ、えーっと色々事情がありまして。あの、それでご相談が」

キョーコは身振り手振りを交えてここに来たいきさつをテンに語りました。
それから真剣な顔でテンに一つ、自分の願い事を語ったのです。

「やっぱり無理でしょうか…?」
黙ってキョーコの話を聞いて考えこんだテンにキョーコは恐る恐る尋ねます。
「…うふふふふ。よく私に相談してくれたわね!テンちゃんにどんとまっかせなさーい♪」
にこやかにどんと胸を叩いたテンに、キョーコは相談してよかったと思いつつも少しだけ不安になったのでした。



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