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海と陸の物語 (9)


おはようございます。ぞうはなです。

↑このサイトでは珍しい挨拶。

ううーー。忙しくなってきて間が空き気味です。
あと1話か2話、お付き合いくださいませ。






慌てふためくキョーコをよそに、レンは軽々とキョーコの体を肩に担ぎ上げて器用に縄梯子を上っていきます。あっという間に甲板に到着し、レンはキョーコをそっと下ろしました。
「誰かタオルをもらえるか?」
海に飛び込んだレンのためにタオルを持った船員が控えていましたが、レンはタオルを受け取るとすぐに床に座らせたキョーコの肩にかけました。

甲板に居合わせた船員たちはヤシロも含めてキョーコの姿に釘付けです。
あっという間にタオルで隠されてしまったものの白い肌に濡れた栗色の長い髪が張り付き、白い背中は丸見えで何も身につけていません。細い腰から下は銀色にキラキラと光る小さな鱗に覆われて、人間とは違ったなめらかな曲線がえらくなまめかしく見えます。透き通った尾びれは繊細な布のように美しく、おどおどと周囲を見る表情は怯えていますが大きな瞳は少し潤み、唇は綺麗な桜色です。

「じろじろ見るのは女性に失礼ですよ」
レンの一喝を受けて一行ははっと我に返って視線を逸らしました。
「レ、レン、彼女は一体…」
ヤシロがレンに詰め寄ると、レンは自分の頭をタオルで拭きながら答えました。
「見ての通り人魚です。船から落ちたときに助けてくれた、俺の命の恩人です」
「えっ?そうなの?」
「岸で助けられた日に偶然海岸で会って…それからはしばらく調査に協力してもらっていました」
「何だお前…」
「けれど、もともと人間に不信感を抱いていたため俺は誰にも言わずにいました。なのに港に停泊していたこの船に近づいたときに怖い思いをさせてしまって、それで俺は彼女の信頼を失ったんです」

一部の船員が気まずそうに目をそらしたり急に青ざめておどおどし始めました。
レンはその様子をちらりと見て、静かに言い渡します。
「こうして近くで見れば、自分たちのしたことの愚かしさが分かるだろう。もっとも、そこに今まで思い至らなかった事がおかしなことだが」
それからじっとキョーコの顔を見つめてからぐるりと周囲を見渡しました。
「謝れば済むという単純な話ではないが、貴君らの気持ちを聞きたい」

「申し訳ありませんでした!」
1人がキョーコに対して敬礼すると、周りの船員もみなそれに倣いました。キョーコは目を真ん丸くして周りを見てからレンに視線を向けます。
「うん、俺も管理が行きとどかず、本当に申し訳なかった。怪我がなくて本当によかった」
にこりと笑いかけたレンにつられるようにキョーコもわずかに笑みを浮かべました。それを見てまた周りがどよりとどよめき、キョーコは怯えたように周りを見回します。
「すまないが、俺の部屋のバスタブに海水をいれてくれ」
レンは横抱きにキョーコを抱え上げると、周囲の人間に声をかけて自分の部屋へと向かいました。


ちゃぷり、ちゃぷり。

船室に水の音が響きます。
バスタブにはキョーコが腰から下を浸してきょろきょろと周りを見回し、バスルームに椅子を持ちこんだレンがその前に腰をおろしていました。
「どうか、俺の国にきてくれないか?」
「ですけど…」
「もちろん君の存在を公にしたりはしない」
「でも私は人魚です。陸に上がることは…できません」
「君が不自由のないように宮殿を作り直すよ。さっき言ったように君の住む館も作る」

ふるふるとキョーコは首を横に振った。
「いえ…こうして船の中でさえ、私は自分で移動ができないですし。人魚が人間の暮らしに合わせるなんて…無理なんです。それに私には家族が…」
「じゃあ俺が、君の家族が住む海のすぐそばに住もう」
「な、何言ってるんですか!あなたは国の王子様ですよね?」
「そうだよ?」
「王子様は王様になって国を治める方ですよね」
「よく知っているね」
「人魚にもそんな立場の方がいます…だから仰る事が無理なのは分かります。そんな簡単に言わないでください」
「けれど、それでも俺は君を失いたくはない」
両手を広げて微笑むレンを、キョーコはまじまじと見つめました。

「なんだか変です、レンさん。どうして今日はそんなに強引なんですか」
「変じゃないよ」
「変ですよ」
「変じゃない。誰だって最初で最後のチャンスはそう簡単に逃せないよ」
「は…?」
レンは両ひざに肘をついて少しキョーコの方へと身をかがめました。
「本当はあの時、君が俺に不満を言いに来た時にお願いするべきだったけど、君の恐怖や怒りを考えたらそれはやっぱり出来なくて。だけど今回のチャンスは君がくれたから」
「私はそんなつもりでは」
「わかってる。俺の事を心配してくれただけだよね」

戸惑いの表情を浮かべ、自分を見つめるレンから視線を逸らしながらもキョーコはこくりと頷きました。
「君がそう思ってくれただけでも俺は嬉しかった。それに、昔俺を助けてくれたあの女の子と再会できて、それが君だった事も」
キョーコの瞳に動揺の色が浮かびます。
あの時の男の子に再会できたことは自分だってこの上なく嬉しい事ですが、やはりレンの言うとおりにする事は無理だとキョーコは思っていました。
「君の言う通り君たち人魚は海に住み、俺たち人間は陸で暮らし…接する事も少なく一緒に暮らす事は難しい。けど、俺はその障害を乗り越えたい。種族の違いなんてどうでもいいくらい、俺には君が必要なんだ」

「な…な……」
レンの瞳の奥に見える炎の熱さと訴えかけてくる言葉の重みにキョーコは言葉を失いました。なぜそこまで自分に言うのか分からないし言葉を返すことができません。
「嵐で船が沈むかもしれないと思ってからずっと考えていた。そして君の姿を見てその考えは確信になった。さっきは友達としてなんて言ったけど、素直に言えばちょっと違う。俺は君に、ずっと隣にいてほしいんだ」
「と、隣って……」
「妃になってくれないか」

「きさき?」
目を見開いたままおずおずと聞き返したキョーコに、レンは少し照れくさそうに笑います。
「そのつまり、結婚してほしいってこと」
「け、結婚???」
そっちの言葉は通じたな、とレンはキョーコの表情を見ながら思いました。
「そう。結婚の形式とかそんなのはどうでもいいんだけど…とにかく君とずっと一緒にいたい」
「でも私…」
「人魚とか人間とか、関係ないんだ。問題があれば解決する方法は全力で考える。だから君の気持ちだけを大切にしたい」

私の気持ち?

キョーコはドキドキとする心臓を持て余しながらふと考えました。
そう言えば、なぜレンはいきなり積極的になったのか、その理由が分かりません。自分は岩場でレンと別れる時、冷たい態度を取ったはずでした。
けれど結局は嵐に巻き込まれるレンの船が気になって、人魚にとっても少し遠いこんな沖まで船を追い、嵐を鎮め、そしてなぜだか流されるまま人間の船に乗ってしまっています。

「私の気持ち…ですか……?」
「うん。君自身がどう考えてくれているか」
「私は……でもさっきも言いましたけど、私には家族が」
「それは気持ちではないよね」
「う…?」
レンは眉間にしわを寄せてしまったキョーコに笑顔を見せるとそっと手を伸ばしてその頬に触れました。
「君は気がついていないかな、キョーコちゃん。さっきからずっと俺についてこない理由を君の気持ち以外の事で探してない?それはつまり、君自身は俺の事を嫌っていないってことだと思ってるんだ」

嫌って……そう、私はこの人を嫌ってなんてない。
どっちかといえば…だって会えなくなって辛くて、それに嵐で死んでほしくなんてなくて…

「俺と一緒になってもいいと、どこかで思ってくれている?」
キョーコはきょとりとレンの顔を見ました。
頭の中でその言葉を反芻して一気に顔が赤く染まります。
「い、一緒って…そのあの、えええ?」

レンは静かに椅子から立つとキョーコに近づきました。
バスタブの脇に膝をつくと硬直したキョーコの体をしっかりと正面から抱きしめます。
「否定されなくてよかった。君の家族の事も考えているから…ついてきてほしい。お願いだ」

キョーコは抱きしめられながらショックを受けていました。
レンに言われる熱い言葉は耳に心地よく、抱きしめられたその体は喜びで震え、「はい」と頷きそうになってしまう自分の気持ちがあることに初めてしっかりと気がついてしまったのでした。


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