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海と陸の物語 (8)


こんばんはー!ぞうはなです。
少し間が空いてしまいましたが、続きです。





10年前。それはやはり嵐の日でした。

キョーコはまだ幼い子供の人魚で、海の中の世界しか知りませんでした。大人たちに陸の上の世界の事も聞いてはいましたが、行きかう船とその上にいる人間を遠目に見た事しかなかったのです。

その日、荒れ狂う波を見に出かけたキョーコはたまたま顔を出した海面のそばに客船がいるのを見つけました。
人間には近づいてはいけないと厳命されていたキョーコはそのまま立ち去るつもりでした。けれど「ひっくり返りそうだな」と眺めていた船から何かが落ちたのを目撃して、びっくりしてしまいました。
見間違いでなければそれは人間。それも大きさから言って子供のようでした。
人間は人魚のように水の中で息をする事は出来ないと、キョーコは大人たちから聞いて知っていました。だから人間に見つかったら深く潜って逃げろとも。

けれどこの荒れた波に落ちた子供はどうなるのでしょうか。
人間は怖いもの、接してはいけないものと聞いてはいましたが、相手は自分と同じ子供。キョーコは悩んでしまいました。
それから意を決して波間を縫って船に近づくと、そっと落ちた人間の様子を伺います。落ちた男の子は自分よりは体の大きな子供でした。懸命に泳ぎ、もがいていましたがその顔は海面から出たり沈んだり、放っておけば溺れてしまいそうです。
キョーコは咄嗟に男の子の腕を支えて海面に顔を出してあげました。
男の子は急に支えられてびっくりしたように振り返ります。激しく咳き込んだあと、ずぶ濡れの髪のままで不思議そうに聞きました。
「君は誰?もしかして人魚なの?」
キョーコは無言で男の子の顔をまじまじと見てしまいました。その顔はとても綺麗で、金色の髪と緑色の瞳が印象的です。
しかし、目の前で起こった事態に慌ててつい助けてしまったものの相手は人間。いくら子供とはいえ、何をされるか分かりませんし、早く離れた方がいいに決まっています。
けれど波が高すぎて、船にこの男の子を戻してあげる事も相当難しそうです。ちらりと見た甲板にはこちらに身を乗り出して何か叫んでいる人間の姿が見えますが、船が激しく揺れるのでその人間もどうにも出来ないようでした。

キョーコは ええい、と思い切ると顔を上げました。
目を閉じてじっとしてから口を開くと、その口からは不思議なメロディが流れ出します。キョーコに支えられた男の子も不思議そうにキョーコを見つめています。
キョーコが歌い続ける中、やがて風雨はやみ波もだいぶ穏やかになりました。雲の切れ間から一筋の光がこぼれ、海面まで光の柱を作ります。

「君が…?」
キョーコが歌を止めると男の子は呆然と呟きましたが、キョーコは何も答えずに男の子の体を支えたまま船に近づきました。嵐が収まった事で落ち着きを取り戻した乗員たちが海に向けてロープのついた浮き輪を投げたり縄梯子をおろしているのに気がついたのです。

縄梯子に男の子を捕まらせるとキョーコはすいっと離れます。すると男の子が笑顔でキョーコに大きな声をかけました。
「助けてくれてありがとう!君は人魚だよね。俺、そのままだったら死ぬところだった。本当にありがとう」

キョーコはびっくりしたように目を見開いてしばらく男の子を見つめると、はっと気がついたように背中を向けて船から少し離れました。
するとその瞬間、キョーコの体にばさりと何かがかぶさってきました。それは糸で編まれた目の細かい網でした。周囲に錘がついてキョーコの体をすっぽりと覆ってしまった上、髪や指に絡まってしまってすぐに解けそうにはありません。慌てて潜ろうとしましたが、網が引っかかって体が止まってしまいました。

キョーコはパニックに陥りました。
人間に捕まったら大変な事になると言われた言葉が蘇り、船に近づいてしまった事を後悔しますがどうにもなりません。必死に網から逃れようともがいていると、船の上から大きな怒鳴り声が聞こえてきました。
「なんてことをするんだ!あの子は息子の命の恩人なんだぞ!」
「あんな子供の人魚なんて見るのも初めてだろうが!きっと高く売れる。今捕まえておかないと二度とこんなチャンスなんて…!」
「ふざけるな!人魚を食い物にするようなやつは人間の風上にも置けん!」

ごきん、と鈍い音がして、船のほうへと引っ張られていた網が緩みました。どうやら、船上から引かれていた網の先端が海に落ちてきたようです。それでも絡んだ網は外れず、キョーコは必死にもがきます。しかしうろこにまで網が引っかかって、無理に暴れたために体に小さな傷がついてしまっています。

どうしよう、どうしよう…

キョーコは涙目になりながらもそれでも懸命に網から逃れようと努力を続けました。
ふと気がつくと、助けたはずの男の子がすぐ傍にいます。どうやら縄梯子から再び海面へと戻ってきたようでした。男の子は口に小さなナイフをくわえてキョーコに近づくと、恐怖に身を固くするキョーコに優しく声をかけてきました。

「暴れると怪我しちゃうからじっとしてて」
動きを止めたキョーコに男の子は笑いかけると、絡まっている網を躊躇なくナイフで切っていきます。キョーコに傷をつけないよう慎重に、それでも素早くぶちぶちと網を切り裂くと、ようやくキョーコの体の自由が戻ってきました。
男の子は最後にキョーコのうろこに絡まっていた網を丁寧に外すと言いました。
「ごめんね。君は俺を助けてくれたのに怖い思いをさせちゃって…怪我までさせて。本当にゴメン。父さんが上で抑えててくれるから大丈夫。今のうちに逃げて!」

男の子の言葉にキョーコが船上に目をやると、先ほど「ふざけるな!」と怒鳴った金髪の男性が周りの男たちを投げ飛ばしています。男性はあたり一面の男をなぎ倒すとくるりとキョーコの方を向いて叫びました。
「君、すまなかった!愚かな人間たちをゆるしてくれとは言わんが、ここで君に危害は加えさせないことを約束しよう!息子を救ってくれてありがとう!!」
大きく手を振ると男性はにっこり笑いました。
その笑顔はとても爽やかで、キョーコから離れて縄梯子に取り付いた男の子と確かに似ている気がします。

キョーコは少し戸惑いましたが、男の子も立ち泳ぎのままにっこりと笑って手を振ったため、くるりと後ろを向いて海の中、深く深くに潜っていきました。



「君が人間を嫌っているのには、あの時の経験も関係があるよね。あれから俺も父も人魚を見せものにしたり売買することを国では禁じてきたんだけど…迷信は根深くて、隠れて人魚を捕まえようとする人間がなかなか無くならなくて本当に申し訳ない」

波に揺られながら申し訳なさそうに頭を下げるレンを、キョーコは目をまん丸にしてひたすら見つめていました。
「本当に…あの時の?網から私を助けてくれた金髪の?」
「覚えててくれた?嬉しいな。ずっとずっと君の事を気にしていた。あの時は言葉が通じていたか分からなかったけど…今こうして直接ちゃんと謝れて、本当に良かった」
「私も…私もずっと覚えてました。人間に会って嫌な思いをしなかったのってあの時くらいで。それから人間に会うたびに金髪の男の子とお父さんがどうしてるかなって…」
「君のおかげで元気だよ。君に会いたくて俺は人魚の事をずっと調べてた。あの海域から人魚が消えたって聞いてすごくがっかりして…」

キョーコに笑いかける蓮の言葉を、船からの呼び声が遮りました。
「おおおぉーい!レン!お前何やってんだよ!その子はもしかして人魚か??」
ヤシロの声にキョーコの体がびくりと動きます。レンはその様子を見て「大丈夫」と声をかけてから、船の方に顔を向けました。
「船は大丈夫ですか?」
「ああ!波もおさまったし今点検させてるが異常はなさそうだ!」
船の甲板には興味津々、といった体で何人かの船員がこちらを見ています。一部の男は仕事をしろと蹴飛ばされてしぶしぶその場を離れたりもしているようでした。

「キョーコちゃん。君は俺の命を何回も救ってくれた恩人だ。だけどそれがなかったとしても、俺は君と会えなくなってしまう事が悲しくて、だからここに来てくれて本当にすごく嬉しい」
「は…はい」
関係無い、とそっぽを向く事はもはやキョーコには出来ませんでした。
この海域は自分たちが住処にしているところからかなり離れているし、レンのことが気になって自ら来てしまったことは否定のしようがありません。そして何よりも、キョーコ自身もこの予想もしなかった偶然に驚くと同時に胸がいっぱいになってしまっているのです。
「できれば…このまま俺と一緒に来てくれないか?研究対象としてではなくて、友達…として。もちろん、無理強いはしたくないんだけど…」

「ええ?」
キョーコは驚いて目を丸くしました。
「君と会えて、嬉しかった。だけど怖い思いをさせてしまって、このままお別れかもしれないと諦めかけてた。だから君がここまで来てくれたのに君を諦める事はしたくない」
「で、ですけど私は人魚でレンさんは人間で…!私は陸に上がる事なんて…」
「大丈夫。俺の住む城は海のそばにあるんだ。海沿いに君の館を建てるよ。海の水を引いて水路を作って…あのあたりはもともと君たちが暮らしていたところに近いから、環境もいいはずだ」
「そ、そんなこと急に言われても…!」
キョーコは困ったように大きな声でレンの言葉を遮りました。レンの申し出を少し嬉しく思ってしまった事を慌てて打ち消して、懸命に今の生活の事を考えます。
「そ、そう、家族もいますし…私が急にいなくなったらみんな心配しますし、それに」
「分かった。すぐに判断するのは難しいよね。ちょっと船で話そう」
「えっ?」
キョーコが必死に続ける弁解を今度はレンが遮りました。

なぜかレンは機嫌よくキョーコに微笑みかけると、その腕に手を添えたまま船の上に呼びかけました。
「ヤシロさん!船に戻りますので梯子をお願いします!それから、客人を迎えいれる用意を!!」
「ちょ、ちょっと待ってください!船の上なんて…」
「大丈夫、君に危害を加えるような人間はもうあの船にはいない。万が一くだらない事を考えるような奴がいたとしても俺が叩き落すから」
「ですけどあの…」
「船はここにしばらく止めるから、心配しないで」
そんなことを心配しているわけでは、とキョーコは慌てますがレンは聞いているのかいないのか、やはり穏やかな笑顔のままでキョーコを船へと促します。
甲板からはすでに縄梯子が下ろされ、好奇の目がいくつも自分を見ているのがいたたまれません。

「客人に失礼な振る舞いをしないように。無遠慮な視線もだ」
縄梯子に取り付いたレンが上を見ながら少し違った調子の声を出すと、見えていた男たちの頭が一気にひっこみました。
「ちょっとごめんね」
レンは言うなりキョーコの体を肩に担ぎ上げ、キョーコはオロオロしているうちにすっかり海から引き上げられてしまったのでした。


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