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海と陸の物語 (6)


こんばんはー。ぞうはなです。
なかなかPCに向かえず、更新が遅れましたーー。
早速参ります。





「ごめん。俺の事情なんて、君に言っても困らせるだけだ」
しばらく黙りこんでから、レンは明るい声を出して笑ってみせました。
けれど、キョーコはまだ固い表情でレンを見ています。どうしていいのか分からず、じっとレンを見つめるだけでした。

もともとキョーコはこの日、岩場に来るつもりはなかったのです。
どうせ人間なんて、と昨日からずっと自分に言い聞かせ続けて、自分の身を危険にさらすだけだと思い続けて。それでもやはり、ほんの数日間レンとここで過ごした時間が忘れられなくて、気がつけば朝日の中を岩場まで近づいてしまっていたのでした。

「昨日からずっと、どうしても謝りたかったから君が来てくれて本当に良かった」
レンはとにかくキョーコにその場を離れてほしくなくて必死に話しかけます。そのせいもあり、数日前より距離がある事もあり、キョーコの表情が戸惑いに満ちている事を気づけずにいました。
「まだ人魚に対する根も葉もない噂は払拭できないけど…俺は君が教えてくれたことも含めて、なんとか人間と人魚が対等な立場で関係を築けるようにしたい。そのために俺は研究を続けてきたんだ」

しばらくレンを見つめていたキョーコがようやく口を開きました。
「嘘つき…ですね」
「嘘つき?どうして…」
「学者だって言ってたけど、本当はどこかの国の王子様ですよね。…この国の王女様と仲良くされて、もうそれで十分じゃないですか」
「ちょっと待って。どうして俺が王子だということを……」
追いすがるような目のレンを見ていられなくて、キョーコはふいっと目をそらします。レンは自分の心臓が痛いほど鳴るのを感じながらも必死に考えました。
「そうか、君が港の船に近づいた時…だね?船のクルーが話していたのを聞いたのか」
「聞きたくて聞いた訳じゃありません」
「そうだよね、すまない。けれど嘘をついていた訳ではないんだ」
「どうでもいいんです、そんなこと。私には関係ないので」

"関係ない"と言い放ったキョーコにも言われたレンにも、ツキリと胸に痛みが走ります。けれどお互いに考えていることなど分からず、キョーコはレンに背中を向けました。
「もうあなたに話すことはないです」
「キョーコちゃん、これだけは誤解しないでほしい。俺は確かに王子だけど、学者として研究しているのも嘘じゃない。それに、君にここで会えて嬉しかった事も」
キョーコは一瞬振り向くようなそぶりを見せましたが、それでも背中を向けたままです。
「君に会えて嬉しかったのは人魚の事が分かったからだけじゃない。君との時間は本当に楽しかった…それは君が人魚ってことは関係がない。君が君だから。キョーコちゃんだったからだ」
「今さらそんなこと言われたって、あなたはもう帰るんですよね」
「キョーコちゃん…」

絞り出すようなその声を聞くのが苦しくて、キョーコは一度頭を振るとそのまま海に潜りました。
一気に海の底まで潜ると、海底の砂を巻き上げながら全速力で沖まで泳ぎます。さすがに苦しくなって止まると、キョーコは海底に座りこんだまま両手で顔を覆ってしまいました。

自分は人魚。
レンは人間。そして離れた大陸の国の王子。
レンは自分を人魚の調査のために調べていただけ。
体のつくりが知りたいと、遠慮がちにうろこや尾びれに触れたその手も、学者としてのもの。
きっとあんな言葉をその形のいい唇が紡ぐのも、船に近づいた自分が危ない目にあったことへの罪悪感か、それとも単なる建前か。

何度も何度も言い聞かせたその理屈は、頭では理解するもののキョーコの感情は追いついていませんでした。


人間は醜いって、人魚の敵なんだって、思い続けていられたらよかったのに…!
どうしてどうして、どうしてあんな人の言葉に、笑顔に、ずっと信じていた事をここまで揺さぶられてしまうの?
いいえ違う、私が信じてもいいと思ったのは、昔あったあの金髪の少年とそのお父さんらしき男性だけ…そうよキョーコ。
分かっているのに、いままで痛い目見てきたのにどうして…??
私はどうしてあの人のことを考えてしまうの?
いいじゃない、人間の男の人が何をしようと誰とどうなろうと私には関係ないの!

「忘れよう。もう考えるのはやめよう」

キョーコは水の中でふるふると頭を振りました。
水中に広がる栗色の髪がふわふわと漂い、その周りを励ますように色とりどりの小さな魚たちがくるくると泳ぎます。

「そうよ。考えたってしかたないのよ、キョーコ。忘れましょう」

それからゆっくりゆっくりとキョーコは家に戻りました。
忘れようと思ったばかりなのに、その脳裏にはずっと、黒髪の男の笑顔や辛そうな顔が繰り返し浮かんでは消えていたのでした。


それから2日後の朝。
妙に明るく忙しく部屋の掃除をしているキョーコの元へ、呆れ顔のカナエがやってきました。
「なんなのよ、もーーー!こんな朝早くからどたばたと!昨日も掃除してたのにまた今朝もなの?」
「も、モー子姉さん!いや、昨日はあっち側をやってたけど今日はこっちを…」

あわあわと手を振り回しながら弁解するキョーコの鼻先に、カナエはぐいっと握った手をつきつけました。
キョーコの目に入ってきたのはカナエの手からはみ出すように握られた小さな可憐な花。それは、レンが初めてキョーコの耳の上に挿してくれた、その花と同じものでした。

「モー子…姉さん…?これ……どうして…」
キョーコはその花を震えながら受け取り、カナエは腰に手を当てるとはあっと息を吐き出します。
「昨日も今日も、あんたが逢ってた相手はぼおっとあの岩場に座ってたわよ」
「モー子さん、レンさんに会ったの?」
カナエはキョーコの言葉を聞くと眉を吊り上げました。
「まさか!私がそんなあんたみたいな命知らずな事、する訳ないでしょ!」
「じゃあなんで?」

カナエは厳しい表情のまましばらくキョーコを見つめていましたが、やがて渋々口を開きました。
「一昨日あんたが死にそうな顔で帰ってきて昨日も今日も出かけなかったから…あの人間にひどい目にあわされたのかと思ってちょっと様子を見に行っただけよ」
「え」
「そうしたらあの人間も似たような死にそうな顔してたのよ。なんなの、一体!」
「レンさんが…?」
「そう。今朝なんてうるさいくらいにあんたの名前を呼んでるからちょっとだけ顔出したらすごい驚かれたわよ。まったく伝言なんて迷惑なのよね!」

命知らずな事なんて言って、やっぱりレンさんと会ったんじゃない…

キョーコは呆然とカナエの顔を見つめてしまいましたが、その感想は口には出来ませんでした。
キョーコ以上に人間を毛嫌いして決して近づこうとしないカナエが人間の前にちょっとでも姿を見せるとは、信じがたい事でした。そこまで自分のことを気にしてくれていたのだと、今更ながらにキョーコは気がついたのです。

「今日、国に帰るんですって。でもまたこっちに来られるようになったら必ず来るから、また気が向いたら会ってほしいって言ってたわよ」
「今日…?」
「そう。もう船は出たみたい。私に言うだけ言って慌てて戻っちゃったしね」
「そう……レンさん、帰ったんだ……ありがとう、モー子姉さん」

キョーコはしょぼりと肩を落としました。
考えないようにしよう、忘れよう、と言っている割には、最後に会ったときに冷たい態度を取ってしまった事をキョーコは気に病んでいました。それでもまた来てくれるというレンに、申し訳ない気持ちがいっぱいに湧いてきてしまいます。

ぼうっと手の中の花を見つめていると、カナエがぽそりと言いました。
「でも大丈夫かしらね、あの船?」
「え、どうして?」
不思議そうに顔を上げたキョーコに、カナエは眉間に皺を寄せます。
「ああ、あんた昨日も今日もここにこもってるから分からないわね。荒れそうなのよ、沖が」
「えっ?」

キョーコは慌てて海面まで浮上しました。
空には雲があるものの晴れていて、太陽の光が暖かく降り注いでいます。けれどキョーコにもすぐに分かりました。
風は強く、風向きは絶えず変わり、西の遠くの方には真っ黒な雲が見えます。この辺りの海は突然荒れる事で知られていますが、人魚たちはその前兆を人間の漁師以上に知っているのです。

あと2時間もすれば雷雲が垂れ込め、沖は荒れてしまうでしょう。
キョーコはすでに姿の見えない船を追って、水面を飛ぶように泳いでいきました。



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