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海と陸の物語 (5)


こんばんは。ぞうはなですー!

ええっと、カテゴリ分けました…
ということで、続きですー。





「ああ…疲れたな……」

レンとヤシロは港の入り口で馬車から降り立ちました。
馬車が去るのを見送ってからヤシロがぼやいた一言にレンが苦笑します。
「お疲れ様でした、ヤシロさん」
「お前もな。しかしあれだな、お前にルリコ王女に対してその気が無いんだったら、そろそろ出航した方がよさそうだ」

レンは無表情でしたがその瞳に動揺の色が見えたようにヤシロは思いました。
「あれ?まずいか?」
「…ここに来た目的が果たせていないんですが」
「人魚?」
「はい」
「だってここに来てから毎日舟出したりして調査してるけど、影すらつかめないんだぞ?それともお前は何か手がかりをつかんでるって言うのか?」
「いや……」
レンは反論しかけて口を閉じ、むっつりと黙り込みました。
キョーコと毎日会っていることはヤシロも含め誰にも言っていません。大挙して押しかけたらキョーコは怯えて逃げてしまうでしょうし、約束違反になります。なによりレン自身、キョーコとの時間を他の人間に邪魔されたくないと言う気持ちがありました。

「もうあの王女様、下手すりゃ船まで押しかけてきそうな勢いだぞ?今日の感じだと国王まで相当乗り気のようだし。こんな書簡まで預かっちゃってさ」
ヤシロはため息と共に手の中の筒状に巻かれた上質な紙を見下ろしました。レンの父である王に宛てられたその手紙の内容は見なくても大体予想がつきます。
「ここにいるのは調査のためだってずっと言い続けてますけどね」
「それでも都合よく解釈したいんだろ。否定したいなら行動で示さないとさ」

会話をしながらゆっくりと船に向かって歩いていた2人の姿を船員が見つけ、あわてて走りよってきました。
「レン様、ヤシロ様、お帰りなさいませ!あの、人魚が!人魚が見つかったそうです!!」
「人魚が?」
一瞬表情をこわばらせたレンでしたが、すぐに普段どおりの穏やかな声で聞きました。
「誰が、どこで?」
「ここで、甲板でです!マークとジェイがたまたま海を見たら…」
「ああ分かった。直接話を聞く」

足早に甲板に上ったレンは、そこの様子を目にして眉をひそめました。
甲板上には周囲にへばりつくような形で男たちがたむろし、ある者は銛を持ち、ある者は網を抱え、そしてある者は銃を構えています。
「何をしている?」
「あ、クオン様!」
「レンだ。何をしていると聞いている」
普段よりも冷たい声に、一同はびしりと背筋を伸ばしました。
「はっ。あの、この辺りで人魚を発見しまして」
「それで、なぜこんな騒ぎになる」
「えっ?いやその、捕獲しようと…」
「捕獲?」
辺りの空気がひやりと冷たくなりました。
レンに話しかけられている男だけではなく、周りにいる人間も皆、その場を逃げ出したい気分に駆られながらなんとか直立不動の姿勢を保ちます。

「俺は調査をするとは言ったが、捕獲するとは一言も言っていない。銛や銃を持ち出したのはなんのためだ?人魚を傷つけるつもりか」
「いいいいえ、そのあの…」
「人魚は人間と同じく言葉や文化を持つと説明したはずではなかったか?」
「はあ…も、申し訳…」
「不老長寿の噂などにたぶらかされるクルーはこの船には必要ない」

しん、と静寂がその場を支配しました。
普段温厚で激高するところなど見たことが無かったレンの威圧感に、周囲の船員たちは息をするのも難しいほどです。
「分かったら持ち場に戻れ」
長い沈黙のあとのレンの一言に、全員がどっと息を吐いて駆け出しました。

「マークとジェイはここに」
他の男たちの哀れみの目を受けながら2人の男は絶望的な表情を浮かべておどおどとレンの前に立ちます。
「見つけたのはどんな人魚だった?」
「は、はい!若い女の人魚で…」
「栗色の長い髪で銀色の鱗でした!」
「捕らえようとして逃げられたのか?傷つけたりはしていないだろうな」

ごごごごごごごご。
地鳴りのような音が聞こえてくる気がして、男たちは目に涙を浮かべながら懸命に弁解しました。
「見つけて銛を投げ込んだんですが、人魚は速くて何も!ひぃぃ、お助けをぉ」
「…す、すみませんー!でもその、あっという間に姿が見えなくなって…!」

「…わかった」
男たちが去り際にちらりと見たレンの顔は、怒りよりも苦渋に満ちていたのでした。


一方のキョーコは怪我をすることも無く無事に家に戻っていましたが、なんとなくカナエの顔を見るのも辛く、早々に奥にこもって座り込み、じっと考え込んでいました。
カナエもキョーコが戻ってきたのを知りつつ、様子がおかしいことを察知してあえてキョーコを放置しています。

キョーコの手には海水でふにゃふにゃになってしまった花がありました。ちょっと触るだけでふわふわと花びらが散っていってしまいます。

「考えてもしょうがないか…私は人魚、レンさんは人間だし……」

たとえレンがこの国の人間だったとしてもそれは変わらない事。
ましてやレンは別の国から船でやってきた異国の人です。遠からず、自分の国へ帰っていくのですから、どっちにしてもこの先に待っているのは別離です。

「そうよ、もともとあの人は人魚を調査に来ただけなんだし…!」

自分に言い聞かせるようにキョーコは思い切ろうとしますが、そうすると逆に黒髪の男の姿が脳裏に焼きついてしまいます。ばたばたとぶつぶつと騒ぎながら悶々と考え続けるキョーコを、カナエは静かに見守りつつも深くため息をついたのでした。


翌朝の、まだ空に星が見える、少し明るくなってきた程度の早い時刻から、レンの姿は海岸の岩場にありました。
レンは岩に腰掛けてじっと考え込んだり、その辺りをウロウロと歩き回ったり落ち着きがありません。どかりと岩に座って肘をつくと、何度目か分からないため息をつきました。

もう…来てはくれないだろうか?

レンの頭を占めるのは、一人の少女のことだけでした。
昨日船から目撃されたのはキョーコに違いないと、レンは確信していました。おそらく何かの理由で朝ここに来られず、自分の様子を見に船まで来たのではないかと、そんな推測を立てます。
キョーコがそこまでしてくれたのは驚くことであり嬉しいことではあったのですが、そのキョーコに恐怖を与えてしまったことが残念で仕方がありません。自分が不在の間のこととはいえ、キョーコにとってはレンにされたも同然でしょう。
後になって悔やんでも仕方のないことですが、レンは船員への指示を徹底しておかなかったことについて自分を責めていました。

ふと気がつくと太陽は水平線から離れて登り始めています。
レンは立ち上がると岩場の端まで進み、じっと沖を見つめました。

どれくらいの間待っていたでしょうか。
レンは沖の方の海面下に微かに白く光るものを見つけ、身を乗り出しました。
その周辺から波が立ち、こちらに近づいてきます。それはいつもキョーコがレンの元へと来てくれる時と同じだったのですが、今朝は少し様子が違いました。波は岩場までは近づかず、少し離れたところで止まってしまったのです。
それからゆっくりと海面から少女の頭が現れました。肩まで水面上に出すと、少女は固い表情でじっとこちらを見ています。

「キョーコちゃん!」
レンは岩場の先端ギリギリまでたどり着き、海に落ちそうなほどに身を乗り出して呼びかけました。けれどもキョーコはレンをひたと見据えたまま、近づこうとしません。
「昨日船まで来てくれたのは君だよね。怖い思いをさせてしまったようで済まない」

呼びかけられて、ようやくキョーコは口を開きました。
「いえ…慣れてますから」
つい数日前までの朗らかなキョーコとは違う表情と口調に、レンは背中に冷たいものが流れるのを感じました。折角少しずつ解きほぐしたキョーコの疑念や恐怖が、また元に戻ってしまった気がします。

「本当にごめん…俺は人魚の肉が不老長寿の薬になるとか、人魚が不吉の前兆だとか、そんな根拠の無い迷信を打ち払いたいんだ。それに、人間が一方的に捕まえるだのなんだのと言っていい存在ではないと、それを世間に知らせたい。だけど俺が君に近づくことが君にとって迷惑になるなら…すまないと思う」

レンの言葉を聞いて、キョーコの表情に戸惑いの色が浮かびました。
少し遠めに見るレンの表情はとても辛そうで、話している内容も昨日船で聞いた男たちの話とはだいぶ違うような気がします。どちらを信じればいいのか、レンを信じたいという気持ちもありますが、昨日の経験がそれを戸惑わせます。

「だけどもう俺には時間がない。国に戻らなければいけないんだ。本当は……」
言いかけて途中で口をつぐんだレンは何か思いつめた表情で、キョーコは呆然とそれを見つめるしかありませんでした。


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