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君の魔法 (10)



キョーコの魔力は、その存在を告げられてからも、全く兆候を表に示すことはなかった。
レンが目の前で精霊の魔法を使ってみせたり、テンまで引っぱりだして色々試してみたが、さっぱり効果は上がらない。テンも、「この間見たときよりも力自体は上がってるみたいなのに?」と首をひねったが、どうにもならなかったため、キョーコ自身も自分が魔法を使う、ということは半ば諦め気味でいた。

それよりも何よりも、近衛隊は正式に実施が告知されたキツネ狩りについての準備で忙しくなっていた。公式行事ではないものの、要職を務めるいくつかの貴族の家も参加するため、隊がすべき事は多い。下見をしに行く者や、当日の警備体制や配置を考える者。国王やマリア姫が参加するため、狩り参加の御一行様の警備もしなくてはならないが、王不在となる王城の警備もおろそかにはできない。
日常の業務や訓練に上乗せする形で仕事が降ってくる上にマリア姫の護衛は毎日手を抜けない。
キョーコも隊の下っ端として毎日を忙しく過ごしていたが、その日は休憩時間に入るや否や、「採寸するわよ!」とテンに強制的に呼び出されて体中をいじり倒され、ぐったりとしたまま回廊を歩いていた。ただでさえも最近まで魔法の訓練までやっていたのだ。だいぶ疲れがたまってきている。

うう…どこかでごろーっと寝てたい気分だわ…

キョーコは働かない頭でそんなことを考えていたが、さすがにその辺に寝っ転がっては心配されるだろうし、何より風が冷たくて寒そうだ。自室に戻ってベッドに入ったら、短い休憩時間を寝過ごしそうだし、どうしたものか。
詰め所の机で突っ伏してようかな…と無難なところで落ち着くと、足をそちらに向けた。

王城はいつも通り、警備の兵やそこで働く者たち、訪れる商人や貴族たちで賑わっている。
キョーコはぼんやりとしたまま足の覚えている通りに歩いていたのだが、ふと足を止めた。目の先には、見たことのある顔がある。働かない頭で「誰だっけ」と一瞬ぼけたことを考えるが、次の瞬間一気に眠気が吹き飛んだ。

「ショータロー…?」
視線に気づいたのか、口から漏れ出した名前が聞こえたのか、視線の先の男が驚いたようにこちらを見た。



その頃レンは、キョーコが向かおうと思っていた詰め所で1人頭を抱えていた。

「はぁ~~~~~~」

朝から数えたらもう何回目か分からないため息がこぼれる。
常に涼しい笑みをたたえ、動揺など滅多に見せないクールなレンの姿はそこにはなく、その場にヤシロがいたら間違いなく「熱でもあるのか」と問い詰められる状態であったが、幸いヤシロは城外に出ており、レンは心置きなく情けない姿を晒していた。

ここ数日、気がつけば同じことを考えている自分に嫌気が差す。
もちろん、仕事は完璧にこなし、どろどろと渦巻く思考はぴったりと自分の内側に収めている。おそらく誰にも気取られてはいないはずだ。だが、あの日あの夕焼けの中で少女の笑顔を見てからというもの、気がつけばその姿を目で追っているし、声が聞こえれば耳がそちらを向いてしまう。他の男と楽しげに話していればその話の内容が気になるし(かろうじて盗み聞きは我慢しているが)、挨拶をしてくれるだけで嬉しくなる。

どうなってんだ俺は!

レンは自分に向けて悪態をついた。
キョーコが思い出の少女だと言うことが分かる前は、それほど意識はしていなかったはずだった。うん、そのはずだ。
レンは自分で言い聞かせるように確認をした。実際は、その前から「小隊長、最近キョーコちゃんの訓練によく付き合ってるよな」などと陰で言われてはいたのだが、純粋に彼女が自分を作り上げるための手伝いをしたかっただけ、だったはずだ。それが何故だか、あの日以来、様々なキョーコの表情が頭から離れない。

俺は、彼女のことが好きなのか……?
気になっている…いやそれ以上、手に入れたいと思っている…のか……?

己に問いかけてみるが答えは出ない。大体、女性に対してそれほど執着したことなど、覚えがないのだ。答えが出るはずもない。
自分に向けられる好意には慣れていたが、それに積極的に応えた事はなかった。深い付き合いはしない、と枷をかけてはいたが、それ以前に枷を意識しなければならないほどの欲求が湧いたこともなかった。
しかも、キョーコからの好意を向けられたわけでもない。むしろ今まで言い寄ってきた女性とは逆に、彼女自身は自分のことを『尊敬する上官』としか認識していないように思える。結婚などしない、と鼻息荒く言い切るような思考の持ち主なのだ。そして、彼女自身は拒絶をしているが、許婚までいる。順調に行く要素を探す方が難しいくらいだった。

勘弁してくれ……

レンは前にも後ろにも進めない思考のイバラの森に迷い込み、また深い深いため息をついた。

と、その時。
レンの背中をぞわりという強烈な悪寒が走りぬけた。

思わずガタンと椅子を倒して立ち上がる。強烈なプレッシャーが全身を包むのを感じる。落ち着かない、暗い闇のような魔力が部屋の外から押し寄せてくるようだ。

レンは迷わず部屋を飛び出すと、力を感じる方向に向かって走り出した。
詰め所の建物の外に出ると、そのままの勢いで王城前の広場の方向へと向かう。レンは強力な魔法を使うことが出来る力の持ち主であったが、その反面ヒズリのように他人の魔力をそれほど敏感に感じる事は出来ない。そのレンが、気圧されるほどの強烈な魔力を感じていた。通り過ぎる人が驚いて振り返るが、構わず全力で走り抜ける。

城内で、これほどの魔力を発するものとは…?

魔力の元と思われる場所はさほど遠くなかった。立っている人物が、黒い もや のようなものに囲まれているのが見える。一般の人には もや は見えないかもしれないが、異様な雰囲気は伝わるのか、周りの人間たちは身動きが取れない様子で立ち尽くしていた。
そして、中心の人物の前には数名の集団。真ん中の1人の男は腰を抜かしたのか目の前の人物を見つめたまま座り込んでいて、周りの人々がその1人を助けようとしたまま、こちらも動けず固まっている。座り込んだ男の周りの地面は、何かが爆ぜたように小さい穴があちらこちらにぼこぼこ開いていて、レンの目の前で「ばちん!」という破裂音とともに新たな穴が出現していた。

レンはもやに囲まれた人物を認識して驚愕に目を見開いた。それは、ついさっきまでレンの頭を悩ませていた、その女性だった。

レンは絡みつくプレッシャーを蹴散らすように飛び出した。間近で見るキョーコの顔には憎悪が塗りつけられ、口が小さく動き、ぶつぶつと何かを呟いている。座り込む男の方向をにらみつけたまま、レンの事は目に入らないようだ。キョーコを取り巻く もや は、ひゅんひゅんと飛び回る黒い小さな物体が振りまいている。レンはその飛び回る物体が、キョーコの分身のような小さい人型をしているのを認識して、確信した。

なぜだか分からないが、今このタイミングでこの子の魔力が覚醒したんだ…最悪の精神状態で!

「キョーコ!キョーコ・モガミ!戻って来い!」
半分意識を失っているキョーコを正気に戻すため、レンは大声で呼びかけてみた。キョーコの目の焦点は合っておらず、急に噴出してしまった力に振り回されているように見える。意識を戻さないことには事態の収拾を図れないが、どうしたらいいのか。

レンはキョーコの肩をつかんで揺さぶりながら呼びかけ続けた。その中で、キョーコの呟きが途切れ途切れに聞こえてくる。「憎い…」「許さない」という言葉が繰り返されている。レンは思わず振り返った。座り込んでいた男はレンの登場で我に返ったのか、隣の人間に助け起こされてようやく立ち上がったところだった。
レンより若いと思われる男は、整った顔立ちをしている。貴族なのだろうか、外套から覗くシャツには貴金属がふんだんに飾られている。指にも大振りの指輪がいくつもついていた。

この子がこれだけ憎む男…もしかして、例の許婚か?
愛情であれ、憎悪であれ、これだけこの子の感情を揺さぶれる男…

レンの胸がチリ、と痛んだ。
この子にとって、この男は誰よりも特別なんだろうか。

レンの体が無意識に動いた。
正面からキョーコの肩をつかんでいた両手を離し、そのままキョーコの背中に回す。包み込むようにそっと、しかし、しっかりと力をこめて、その華奢な体を抱きしめる。

「キョーコ、キョーコ…憎悪に振り回されるな。君は、君自身になるんだろう?」
耳元で繰り返し繰り返し、優しく諭すように囁き続ける。片手で背中をさすりながら繰り返すうち、ぴくりとキョーコが身じろぎした。
レンが少し体を離してキョーコの顔を覗き込むと、キョーコはぱちくりと目をしばたいた後、レンに覗き込まれているのに気がついたのか、急に「わぁ!!!」と大声を上げた。そして、きょろきょろと周りを見回すと、レンにすっぽり包まれていることを認識し、じたばたと暴れだした。キョーコの周りを飛び回っていた黒い物体も、すでに消え去っている。

「え??ツルガ様…?わ、私どうなって……」
レンはキョーコがいつも通りに戻ったことにホッとしながら、キョーコが騒ぐのも構わずぎゅうと抱きしめるとキョーコを解放した。
傍らにはいつの間にかテンの姿が見える。レンはキョーコをテンの方に向け、「お願いします」と一言告げると、テンがキョーコの手をぐいぐいと引っ張っていくのを見送った。それから、ゆっくりと先ほどの男の方に振り返る。

男はふてくされたような顔でレンを見ている。若いのに、なかなか度胸が据わっているな、とレンはちらりと観察した。何か言いたげな男を制するように、レンはことさらにっこりと愛想よく笑って見せる。

「部下が、大変失礼をいたしました。お怪我はありませんか?」
男は下手に出られたのが予想外だったのか、「ああ…別になんでも」と曖昧な返答をした。
「もしかして、モガミに何か御用事がありましたか。そうであればご伝言いたしますが」
「いや、別にあいつに用事があったわけじゃないからいい」
そう言い捨てると、男は踵を返して足早に歩き去った。お付と思われる数人が慌ててレンに会釈をしながら後を追う。レンはしばらくじっとその場でそれを見送ってから、テンたちの歩き去った後を追った。


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