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海と陸の物語 (4)


こんばんは!ぞうはなです。
さっそく続き!

さてそろそろカテゴリを分けなければ…





「嫌われちゃったかな…?」

声に出して呟くと実感が湧いて来て少し落ち込んでしまいそうです。
しかし朝日がすっかり昇ってきたにも関わらず、海は凪いで静かな波がゆったりと寄せ、たまに遠くの沖のほうに小さい魚が跳ねるだけで、それ以外の動きは見えません。
レンは岩場の先端に立ち腕を組んだままじっと海を見つめていましたが、遠くの方から自分を呼ぶ声を耳にし、小さくため息をつくと岩場を陸の方へと戻りました。

「あー、レン!どこに行ってたんだ?」
浜に戻ったレンに歩み寄ったのは眼鏡をかけた美青年でした。彼はヤシロという、レンと同じ生物学の研究者です。王族と親しい貴族の出身のため、王子の世話役と言う面倒な役割を王様に押し付けられていつもレンと行動を共にしています。もっとも王子でもあるレンと同行すると研究費を潤沢に使えるし、レンとは気があって議論を交わすのも楽しいため、彼はこの役割を納得して受け入れているようでした。

「すみませんヤシロさん、日課の散歩ですよ」
「ふぅん、日課ね」
「はい」
「ここ来てから毎朝姿をくらましてるけど、昨日今日は散歩が短いな?」
「……」
レンは無言で返事に代えました。
なにせ昨日も今日もキョーコは岩場に姿を現さなかったのです。一緒にいるとあっという間の時間が、海を見つめて待っていると途方も無く長く感じてしまいます。昨日も今日も1時間以上待ったのですが、結局空振りに終わっていました。
一昨日何かまずいことを言ったりやったりしたかと考えてみましたが、一緒に泳いだしキョーコはずっと笑顔だったし花も大事そうに持ち帰ってくれたし…思い当たることはありません。
「気が向いたら」と最初に言われた通り、昨日今日は気が向かなかったのでしょうか。でも連日来てくれていたのになぜ急に…?

ぶつぶつと考え込んだレンに、ヤシロは冷たい視線を送ります。
「早朝に散歩してる割にはルリコ王女には会わないんだな?」
「そういえば会いませんね」
しれっと返したレンの目の前に、ヤシロは白い封筒を突きつけました。
「その王女様がじきじきに持参された招待状だ。今日の午後にお茶会をやるんだって。毎朝うちの船の前を通るのにお前に会えないって、ちょっと怒ってたぞ」
「入れ違いだから仕方ないですよ」
「はいはい、"仕方ない"よな。でも招待を受けたからには行かない訳にいかないだろう」
「もう訪問はしたんですけどね……適当にはぐらかしていただいてよかったんですよ」
「そんなのお前が自分でやれよ。あの王女をお前自身が骨抜きにしちゃったんだから」
「そんなつもりもないですけど。海辺で拾われたときに身分を明かさなければ良かったですね」

やれやれとため息をつくレンを、ヤシロは呆れ半分憐れみ半分で見つめました。
驚くほど美しい外見を持ち、しかも身分は大国の王子。これまでにも純粋に学問のために訪れた国で、レンはある意味男としては羨ましい、けれどもある意味気の毒な思いをたくさんしてきています。そのために身分を隠しているのですが、それすらも効果があるとは言い切れません。
嫌味でも自慢でもなく、心からレンが辟易しているのはヤシロ自身、よく知っていました。
もちろん、言い寄ってくるのは美しい貴族や王女がほとんどなのですから、そこから好みの女性を選べばいいのに、という気持ちもありましたが、レンはかけらもそういう意思を見せないのです。

「それを言うならお前が船から落ちなきゃよかったんだ。他国に人探しを依頼するのに、一介の生物学者って言うより王子って方が重大性を認識してもらえるだろう?」
ヤシロはレンが無事に船に帰ってくる前、港にたどり着くや否やレンの、いやクオン王子の捜索願いをこの国にしたのです。
自分たちも夜明けと共に小船を下ろして探しに行こう、と大騒ぎになっているところへしょっこりとレンが帰ってきたのでヤシロは喜びましたが、航海中の船の作業は船員に任せるようにとレンに口をすっぱくして言い聞かせたのでした。

「分かってます。落ちたのは俺のせいですし、手を尽くしてくださったヤシロさんたちに文句を言うつもりはありませんよ」
「それならいいんだ。いやまあ、それもこれも命があっての悩みだからな。お茶会行って適当に濁してこい」
「何言ってるんですか、ヤシロさんも同行してください」
「えーーーーーっ!また俺も行くの??」

ヤシロは露骨に嫌な顔をしました。
レンが海岸で王女一行に助けられたその日の午後、ヤシロは王城に招かれたレンに一緒についていきました。盛大なもてなしを受けて落ち着かず、さらに王女はレンにべったりでしたがヤシロは他の貴族の女性などに異国の話をせがまれて、大層疲れてしまったのです。

「お茶会は午後と仰いましたね」
「ああ、3時に王宮に来てくれって」
「それならイノシシの調査は午前中に済ませますか」
「今日も山に入るのか?」
「ヤシロさん、何のためにこの国に来たんですか」

さっさと歩き出したレンをぽかんと見送ってしまってから、ヤシロは慌ててレンの後を追いかけました。
「だってお前、肝心の人魚の調査はどうするんだよ」
「そちらはそちらで別に進めてますから」
「あっ、なんだよ俺にもやらせろって!」
「まあ、その内には」
「なんだそりゃー!」
2人が去ったあとの海岸には、また穏やかな波が打ち寄せるだけでした。


太陽が空の真上を通り過ぎてしばらくしてから。
人気の無い岩場の少し沖に、ぽこりと栗色の髪が海中から現れました。
水面から頭だけ出したキョーコは岩場の様子を伺いますが、そこにはごつごつとした岩とそこで日向ぼっこをするカモメしか見えません。

「そりゃあそうよね…」
十分に予想していたのに目の当たりにするとやはりちょっとがっかりしてしまいます。
今朝はこっそりと家を抜け出そうと思ったのに、結局カナエに目ざとく見つけられてお説教されてしまいました。最終的には今までと違う様子のキョーコに諦めたのか時間帯が違えば大丈夫とふんだのか、カナエはキョーコを解放しました。しかしすっかり遅くなってしまい、この時間までレンが待っている訳もありませんでした。

今朝はレンはここに来たのだろうか。それとも昨日もここに来られなかったから、今日は居なかったのだろうか。

そんなことを考えながらキョーコはうろうろとその辺りを漂っていましたが、ふと思いついて港の方に頭を向けました。
レンと会うのはこの岩場、と決めていたので今までは気にしませんでしたが、レンが乗ってきた豪華な客船は今日も港に係留されたままになっています。


もしかしたら船に…いるかな?


他の人間に見つかる可能性があるため普段は港には近づかないのですが、気になってしまってどうしようもなく、キョーコは沖を回って港に行ってみることにしました。

頻繁に出入りする漁船や貨物船を避けるようにキョーコは海中を進み、レンが乗っていた客船の下までたどり着くとゆっくり浮上しました。船の舳先のあたりであれば人には見つからないだろうと、錨の鎖に身を寄せてキョーコは船の上のほうの様子を伺います。
すると急に人間の男の声が聞こえてきて、キョーコはぴくりと体を震わせました。

「あーあ、いつになったら帰るんだろうなあ」
「まあそう言うなって。人魚の調査以外は順調だというし、数日内だろうさ」
会話をしているのは甲板にいる人間の男2人。声を聞いてレンではないことはすぐに分かったのですが、レンと同じく船に乗ってきた人たちであることは間違いなさそうです。

「王子もまあ、よくやるよなぁ。王子ってだけで将来保障されてるのに、なんであんなに研究を真面目にやってるんだ?」
「人魚を調べたがってるってのは噂で聞いたが」
「けどよお、このあたりに人魚がいるからってわざわざ来てみたのに、今まで影も形も見たこと無いぞ?」
「この辺りの漁民ですら、見ることは珍しいって言ってたからな」

そりゃそうよ、とキョーコは少しむっとしました。
過去に仲間が捕らえられたり傷つけられたりしたおかげで人魚たちは人間から身を隠すように暮らしています。昔は遠目に姿を見つけられても逃げることが可能でしたが、最近では人間は銃や大きな投網を使うようになったので、近づくことすら危険なのです。

「うまく一匹捕まえられりゃあ国に持ち帰れるし、おこぼれにあずれるかもしれねえなぁ」
「王子の目的はやはり不老長寿の秘密か?そうだとすると俺たちにおこぼれが来るのは難しいぞ」
「なんでだ、王子は割と気前のいい方だぞ」
「いやそうだがな。やっぱりそういうものは貴族や王族が独り占めするものだと、昔から決まっているだろ」

キョーコは首をひねりました。
先ほどから話に出てくる『王子』とは誰のことなのか。
生物の研究をしている学者であるレンは人魚のことを調べたいと言っていました。けれど男たちは王子の話ばかり。その内容は一致するような気がするのですが、レンが王子であるとは一言も聞いていません。

「わざわざ名前と姿を変えてまで調べたいんだ、相当な執着だな」
「はは、そうに違いない。けど、もしかしたらこの国に滞在が続くのは別にも理由があるかもしれないぞ?」
「あん?…もしかして、ルリコ王女のことか?」
「そう。クオン王子、毎朝ふいっとどこかに出かけてしまうじゃないか?どうも王女とこっそり会ってるんじゃないかって噂があってな」
「王女は朝よく散歩してるもんなあ。でっけえ日傘差させてな。ありゃすごいけど……王子はああいう女が好みなのか?」
「いやそれは知らないがな」
「それに今日はその麗しの王女様から招待受けて城まで行ってるんだろ?」
「ああ。もしかしたら正式な婚約の話かもしれないぞ」
「ほおおお。まあクオン王子は色男だからな。どこ行っても惚れられるだろうなぁ、ああ羨ましいったらねえよ」
「こら、声がでかいぞ。大体ここではクオン王子じゃなくてレン様だろうが」
「お前だってさっき言ったぞ?」

キョーコは固い表情のまま海面を見つめました。
レンはどうやら王子様らしい。そして不老長寿の研究のために人魚を求めている。

信じたくない、というのが最初のキョーコの気持ちでした。
レンはどちらかと言えば人魚がどんな文化を持っていてどんな生活をしているのか、そういうことを知りたいように思えました。

それに…
レンはこの国の王女様と結婚する?

レンが毎朝仲間の前から姿をくらますのはキョーコと会っているからなのですが、パニックに襲われているキョーコはそれに気がつきません。
ショックでちゃんと考えることが出来ず、キョーコはその場を去ろうと呆然としたまま沖に向かって泳ぎ始めました。

するとその瞬間。
偶然にも甲板から何気なく男が海を覗き込み、キョーコに気がついたのです。

「うぉっ!おい!!人魚だ!人魚がいるぞ!!」
大声にキョーコは我に返りました。

いけないっ!

キョーコはすぐに海面から潜ると全速力で沖に向かいました。
船の上から騒いでいる声が聞こえ、キョーコの後方に2、3本の銛が派手な水音を立てて打ちこまれます。キョーコの泳ぎの速さには全く追いつきませんが、キョーコは胸がキシキシと音を立てる気がしました。

ほら…人魚と見るとこうやってすぐ捕まえようとか殺そうとか…
レンさんの船の人だってそうだしレンさんもそうなの?

レンの笑顔が思い浮かびますがキョーコはそれを必死に打ち消し、唇を噛んで住み処まで泳ぎきったのでした。


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