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君の魔法 (9)



ある日の夕刻。
マリア姫の元から退出したキョーコは、宮殿の外で待ち構えていたレンに呼び止められた。
いつもと違って何やら言いだしにくそうにしているレンに少し不安を覚えながら、キョーコはレンの斜め後ろを歩く。すると、レンが唐突に切り出してきた。

「君は、魔法を信じるか?」
「魔法…ですか?」
キョーコはいきなり聞かれたその内容に面食らったが、急にキラキラと目を輝かせ始めた。
「魔法、素敵ですよね!使えたらいいなって思います」
「あ、ああ…そうだね」
レンは予想外の反応に少し驚き、あいまいな返答をしてしまった。そうじゃなくて!と頭を振る。
「話を聞いたことなんかは、ない?」
魔法の存在は、貴族の中でも一部にしか知らされてない。キョーコのいるモガミ家は分割後はさほど大きい家ではなかったので、知らない可能性が高かった。ところが、キョーコの返答はさらに予想外のものだった。

「私、魔法見たことあります!」
「え?」
思わずレンは振り返ってしまったが、キョーコは『よくぞ聞いてくれました』と言わんばかりの自慢げな顔をしている。
「子供のころだったんですけど、2回、魔法を見たことあるんです!だから私、自分も使えたらいいなって!」
「2回?」
「はい!1回は、父が見せてくれました。父が神様にお祈りしたら、雨がやんで、雲の切れ間から光の柱が出てきたんです。神様の魔法だよって教えてくれました!」
「君のお父さんが、か」
「そうなんです!すごくきれいでした。その後、虹まで見えたんですよ!小さい時だったんですけど、それだけははっきり覚えてるんです」
「もう1回は?」
「もう1回は、もうちょっと大きくなってから、妖精さんが見せてくれたんです」
妖精??精霊のことか‥?でも見せてくれたって…
レンが返答に困って無言でキョーコを見ていると、キョーコは少し拗ねた顔になった。

「あ、妖精なんている訳ないって思ってらっしゃいますね」
「あ、ああ…いや俺は見たことないから」
「これはトップシークレットなんですよ」
キョーコは声をひそめてレンに子供の頃のことを語った。

キョーコの父親が亡くなった後、フワ家とモガミ家の領地のちょうど境目にある湖でのこと。キョーコが父親を亡くして塞ぎこんでいたため、気分転換にとフワ家の家族に誘ってもらって訪れた先で。早朝一人で湖のほとりを散歩していて、妖精に出会ったのだという。

「金髪で青い目の、とーっても奇麗な顔をした男の子の妖精だったんです」

レンは奇妙な予感にざわざわする感覚を覚えながら、質問をした。
「その妖精って、小さかった?」
「いいえ?私よりも頭1つ分くらい大きい、普通の子供の大きさでしたよ?」
「それは、人間じゃなかったの?」
「違います!だって、本人が妖精だって言ってましたもん!」
なぜだか幼い子供のようにふくれてキョーコは主張する。
「内緒だよって魔法も見せてくれたんですよ!空を飛んで見せてくれたり、湖の水を手を使わないで噴水みたいに飛ばしたり!!」

レンは絶句した。
キョーコの語った記憶は、視点こそ違えどレンの記憶と合致している。レンも昔子供の頃、父に連れられて湖に行ったのだ。その場所は、フワ家とモガミ家の境界だったが、その隣の別の領地との境目でもあった。そして、そこで出会った少女の喜ぶ顔が見たくて、こっそりと魔法を使って見せたことを覚えている。

まさか、あの時の少女が今目の前に立っているとは。こんな偶然があっていいのか?

レンの沈黙を否定と捉えたキョーコは、さらに言いつのった。
「子供のころとはいえ、大事な思い出なんです!証拠だってあるんですから!!」
そして、首にかけている革紐を引っぱりだす。革紐の先には小さな布袋がついていて、キョーコがそれを開けると中から小さい紫色の石が出てきた。
「これ、その妖精の男の子が妖精の国に帰っちゃうときにくれたんです。悲しい気分を食べてくれる、魔法の石なんですよ!」

レンは無言のままキョーコから石を受け取ると、手の中で転がしてみる。確かに、これだ…悲しい顔をしていた女の子に上げた、当時の自分の宝物。まだ大事に持っていてくれたとは。

フワ家の別荘に滞在していると言ったキョーコちゃん。数日で別れてしまってからもたまに思い出して気にしていた。フワ家の子だとずっと思っていたから、フワ家に娘がいないと聞いて手掛かりを失い、逢ったことすら幻だったのかと思ったくらいだった。

「妖精って、大人になるんですかね?」
唐突にキョーコが聞いた。
「えっ?いや、どうだろうね…」
「もしコーンが大きくなってたら、ツルガ様みたいな奇麗で格好いい立派な大人の妖精になってると思います!」
キョーコは満面の笑みを見せた。レンは正面からその笑顔を見て、昔見た女の子の笑顔を思い出す。

本当に、あの時のキョーコちゃんだ… なんで気がつかなかったんだ?君は、変わらない笑顔のままなんだ…

レンはあまりにも突然に訪れた再会に戸惑いながらも、懐かしい嬉しい気持ちで満たされた。同時に、髪も目も名前さえも当時とは違う自分のことを思い、それを無理やり心の奥底へとしまい込む。

「…その妖精、コーンっていうの?」
「そうです!それで、私この石にもコーンって名前を付けたんです。辛い時もずっと、コーンがいたから乗り越えてこられたんですよ!これもコーンの魔法なんです」
キョーコはレンから石を受け取って、また大事そうに布袋にしまった。

「君もきっと、魔法が使えるよ」
「えっ?」
レンからの言葉に、キョーコは驚いて顔を上げた。そう言えば魔法の話をしていたんだった。すっかり思い出に浸ってしまった、とキョーコは急いで気持ちを切り替える。
「この間、青の魔女に会っただろう。…彼女は魔法使いなんだよ」
「ええええ?」
「君も魔法の素質があると、彼女は言っていた」
うそ!とキョーコは両手で口を覆うと、おそるおそる聞いた。
「私も空を飛べたりするんですか?」
レンは笑って答える。
「あー、風を操れれば飛べるかもしれないけど、どんな魔法が使えるかはまだ分からない」
そしてふと思い出したようにレンは聞いてみた。
「君は…妖精じゃなくて、精霊は見えるかい?」
「精霊ですか?」
「うん…水、火、土、風それぞれに精霊がいるんだけど。精霊の力を借りた魔法を使える人間は、精霊を見たり感じたりできるんだ。たとえば火の回りを飛び回る、光るものを見たことはない?」

キョーコはしばし考え込むが、がっかりした顔になった。
「火の粉以外見たことないと思います… どんな風に見えるんですか?」
「人によって見え方は違うんだけど、俺は小さい蝶のような羽が飛んでいるように見えるよ。水辺では水の精霊の羽が見えるんだ」
「えっ。ツルガ様も魔法が使えるんですか???」
キョーコは目を見開く。 ああまた…とレンはその顔を見ながら思った。キョーコはキラキラとした尊敬のまなざしでレンを見ている。昔魔法を使って見せたときもこの目だったっけ。

「ああ、少しだけだけどね…。精霊は人によっては小さな鳥に見えたり、声が聞こえたりすることもあるらしい」
ええっ!と声を上げたキョーコはうっとりとした顔になった。
「精霊さんが見えたら…お友達になれるかしら」
魔法の力の覚醒そっちのけで精霊を見ることが目的になりそうで、レンは方向転換を促すことを余儀なくされたのだった。


魔法の訓練も始めることを約束してうきうきとレンと別れた後のキョーコは、自分の宿舎に戻りながらふと思った。

さっき、コーンが大きくなってたらって考えちゃったけど…
あの時あれだけ美しかったコーンが大きくなったら、めちゃくちゃ奇麗な男の人になってるんだろうなぁ~~

考えてみたらツルガ様も人間とは思えない美しさよね。初対面で妖精の王様だって言われたら納得しそう。
しかも魔法まで使えるなんて!!すごいわあ~~。
でもツルガ様は黒髪なのよね。やっぱり妖精さんのイメージはコーンみたいな金髪よね!

そこまで考えて、朝日の中で見惚れたレンの姿が脳裏に浮かんだ。

そういえば、あの時、寝ているツルガ様の髪って金髪みたいにキラキラ光ってたわよね?
でもあの後はそんなこと思わなかったから、やっぱり朝日に光ってただけなのかなぁ…


キョーコがのんきなことを考えている一方、レンは動けないでいた。
「まいったな…」

レン・ツルガとしてここにいる以上、過去は持ち込めない。
けれど、心の奥底で自分のことを覚えていてくれる少女の存在に歓喜している『自分自身』がいる。
まさかこんなところで、こんな形で、他人のことで動揺するなんて。

「まいったな…」
出口の見えない呟きは、夕闇に溶けて流れていった。

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