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おぼろづき (4)


こんばんは、ぞうはなです。

えーっと…カテゴリ、分けました…
次じゃ終わらなくて、ぞうはなルールでは5話を越えたら中編…。
てことで、粛々と続きです。





「ひらけちゃいましたね」
「そうだね」
逃走2日目の昼前、キョーコと蓮は休憩のために大きな木の根元に腰を下ろしたまま話し合っていた。
竹筒の水筒から水を飲み、途中の畑でもらった名前も分からない大きなみかんを口にする。2人の視線の先には広がる田園風景があった。ここまで1日半は主に山の中を歩いてきたのだが、この先次の山までの間は平地が広がっているようだ。

木も生えていない広大な田んぼと畑が広がる土地は、後ろから追っ手が来たときに身を隠すところもないことを意味している。
そろそろ追っ手の姿が見えても一向に不思議はないので注意をするに越したことはない。蓮は視線をめぐらせて左の方にたたずむ山を見た。
「あっちの山の方にも道は続いてるから、真っ直ぐ進まないって選択肢もあるね」
「また山に入りますか?」
「しばらく身を潜めて追っ手をやり過ごす、という手もある」
「あ、なるほど」
しかしキョーコは顎に指を当てて少し考え込んでいる。

「もう山を歩くのは辛い?」
聞かれて、キョーコはぶんぶんと首を横に振った。
「いえ!そんなことはありません!!…ただ……」
「ただ?」
「…もし京子姫と久乃丞さんがまっすぐ進んでいたら…私たちがここで進路転換することで、2人が追っ手に追いつかれちゃったりしないでしょうか」

蓮はまじまじとキョーコの顔を見つめてから大きくため息を吐いた。
「君は…その2人のために囮にでもなろうと言うの?」
キョーコは自分の言葉の意味を改めて考えて真っ赤な顔で更に首を横に振る。
「ごめんなさい!そうじゃないんですけど…!」
「昨日の夜も2人のことを気にしてたね」
「すみません。どうしても気になってしまって…もし2人が夕べ敦賀さんが仰ったくらいの覚悟で逃げたんだったら…逃げ切ってほしいなって思って」
「それはそうだけどね…」
「でも自分のこともちゃんと考えないとダメでした。ごめんなさい、敦賀さんに引っ張っていただいてるのに」

蓮は涙をためたキョーコの顔を見た。
とっくの昔にメイクは落ちてしまい、つけたままの長髪のカツラもぱさぱさと乱れてホコリっぽい。変装もかねて館から持ち出した着物に着替えているが、砂だのなんだので裾周りは薄汚れてしまっている。

トイレもない、シャワーもない、食べるものすら十分ではない中、キョーコは一言も弱音を吐かずに蓮について来ている。いくらキョーコに根性があるといっても、精神的にもきつい中、ここまで頑張ってきたのは生半可な努力ではないだろう。
何せ男である自分だって先行きの見えないことで不安が大きく、下手すればイライラと当り散らしたいくらいなのだ。
「いや…ごめんね。俺も、そう考えるのが悪いって思っている訳じゃない」
「敦賀さん…」
「俺も君も疲れてるんだ。精神的にも肉体的にも。今日は早めに休むようにしようか」
「はい」
キョーコと蓮は改めて方針を決めると、蓮が提案したとおりに大きな道から外れて、小さな丘のような山へと登ることにしたのだった。


獣道のような細い道をたどって山を登っていた蓮は、ふと気がついたようにわき道にそれた。大きな岩を回り込むように曲がった道をたどると向こうには何やら煙が見える。峠のようになったところから向こう側を覗き込んだ蓮は「ああ」と声を出した。
「敦賀さん、どうしたんですか?」
「今日の選択としては正解だったかもしれないね」
少し体をよけた蓮の脇からキョーコが顔を出せば、少し下ったところに煙の発生源が見える。いや、それは煙ではなく湯気だ。
「あれは…お風呂?」
「温泉が湧き出してるみたいだ。きっとこのあたりの人が掘ったんだろうね」
蓮の言う通り、そこには人が3人ほど入れそうな窪みがあり、なみなみとお湯が湛えられて端からざぶざぶ溢れだしている。明らかに人為的に石が組まれているので、それは温泉に気づいた誰かが作った湯船なのだろう。思わず振り返ったキョーコに、蓮はにっこりと微笑んだ。


「湯加減はどう?」
「少し熱いですけど、気持ちいいです」
会話は大きな岩越しにされている。
キョーコは温泉に身を浸し、ほう、とため息をもらした。必死すぎて気がついていなかったが、もう2日風呂に入っていない。普段当たり前のように浸かっている風呂のありがたみが改めて感じられる。
単純に汚れを落とすだけではなくてリラックスの効果もあるのだと、湯の中で思いっきり伸ばした手足をゆるゆるとさすりながらキョーコはしみじみと思った。

しかし、どこか落ち着かない気分もある。
自分は何もまとわぬ生まれたままの姿でいて、すぐそこには蓮がいるのだ。まさか覗くようなことはされないと思っているが、やはり気になって心の底からリラックスは出来そうにない。

いやいや、そんなくだらないこと考えても仕方ないし。
別にこんな平坦な体に興味なんてないわよ。
敦賀さんも浸かりたいだろうし、あんまりのんびりしてちゃダメよね…

キョーコはもう一度お湯の中で手足を伸ばすと、そそくさと湯から上がって慌てて身支度を整えた。


そして蓮はといえば、岩の陰でそわそわと落ち着きをなくしていた。
傍から見ればしっかりと脚を肩幅に開いて立ち、無表情で腕を組んでこれっぽっちも動揺しているなんて思えないのだが、実は意識の七割くらいを後ろから感じられるキョーコの気配に持っていかれている。
疲れている様子のキョーコに少し体をほぐしてもらいたい、と思ったのは蓮の偽らざる気持ちだ。そこにはやましい下心などこれっぽっちもなかったと断言できる。しかし見張りに立った背中越しに衣ずれやお湯の音が聞こえたり、さらには「はぁ~」という気持ちよさそうなため声が聞こえたりすると、なにやら体の内部がむずむずとしてしまう。

「すみません、お先にいただいてしまって。上がりましたので敦賀さんもどうぞ」
いかんいかんと頭を振った蓮に、向こう側からキョーコが呼びかけた。
「ああ、ありがとう」
岩の向こうから現れたキョーコはカツラを外していつものショートカットだ。着物をきちんと着ているが、少し上気した頬と緩んだ表情に蓮はドキリとする。
「すぐに上がるから、人影が見えたら叫んで」
蓮はあれこれ湧き上がる気持ちを誤魔化すように早口で告げると湯に飛び込むように浸かり、ばしゃばしゃと顔をこすり続けたのだった。


温泉から上がってまた進んだ山の中腹に、2人は小さいながらもしっかりとした小屋を見つけた。
誰かが住んでいたのか、それとも山に入ったときに使っているのだろうか、人影はないが中は板張りで囲炉裏までしつらえられ、脇にはたくさん薪が積まれていて一晩の宿にするにはうってつけだ。

午後に入ってあたりは急に霧がかってきている。
自分たちが身動きが取れなくなるのは困ったことだが、幸いに宿に出来そうな小屋は見つけたし、条件は追っ手も一緒だ。蓮とキョーコは先に進むことはやめ、洗濯と食料取りに分かれることにした。そしてキョーコが2人の着物を洗い終わって小屋に戻るころには蓮は川魚を数匹捕まえて戻ってきていたのだった。


ぱちぱちと薪が炎を上げる。
火打石を見つけた蓮が見事な手際で火を起こし、部屋の中心の囲炉裏には暖かい光が満ちていた。板張りの床には何かの獣の皮で作ったと思われる敷物が敷かれ、炉辺には木の枝で作った串に貫かれた魚がいい匂いをあげ、それをキョーコはぼんやりと見つめている。

「このお魚、竿もないのにどうやって釣ったんですか?」
ふと尋ねたキョーコに、蓮はなんでもないように笑った。
「釣ったんじゃなくて掴んだんだよ」
「え、泳いでいる魚を?」
「そう。じっとしてると近づいてくるから、一気にこうやって」
正拳突きのように実演してみせる蓮に、キョーコは感心半分、呆れ半分のため息をついた。
「本当に敦賀さんってなんでもできちゃうんですね…簡単に火も起こしちゃったし」
「なんでもって、そんなことはないよ。子供のころよく父親がアウトドアの遊びに誘ってくれて覚えてただけ。君も知っての通り料理は出来ないし、裁縫もやったことない」

火の中に薪を放り込む蓮を、キョーコはじっと見つめた。
「…でも、ここに来たのが敦賀さんと一緒でよかったです」
蓮はゆっくりと視線を上げる。
「どうして?」
「1人だったらくじけてました。敦賀さんと一緒だと心強くて…頑張れます」
「…俺も同じだな。君と一緒でよかった」
え?とキョーコが不思議そうな声を上げると同時に蓮は立ち上がった。

「夜の間に使う薪を中に置いておいた方がいいな」
入り口の立て付けの悪い引き戸をがたがたと開けると、蓮は「おや」と声を上げる。
「どうしたんですか?」
「うん、月がね…」
蓮の言葉にキョーコも立って戸口へ向かった。蓮と並んで見上げると、まだ低い位置に月が見える。あたり一面を覆う霧に阻まれてか、明るい月はぼんやりと霞んでその輪郭も曖昧だ。

「朧月ですね」
「おぼろづき、か」
「はい。なんででしょうか、朧月って呼ぶのは春だけなんですよね」
「そうなんだ?」
「ご存じないですか?」
「うん、そこまでは」
蓮は笑うと外に出た。キョーコはそのまま戸口で蓮を見送るともう一度月を見上げる。両脇に薪を抱えて戻ってきた蓮は少し首をかしげた。
「どうしたの?」
「…いえ、綺麗だなって思って……」
静かに月を見上げるキョーコの顔は暗くてよく見えない。蓮が見ているのにも気がつかないかのように、キョーコはぼんやりと独り言のように続けた。
「ここに来て…電気もなくて何もなくて……逃げてばかりで大変ですけど……月の光がこんなに明るくて綺麗だって初めて知った気がします。食べるもの見るもの聞くもの、なにもかも…新たな感動があります」
「不自由だけどこっちの暮らしが案外性にあってる?」
「まだちょっとしかいないので分かりませんけど…でも便利な生活を知ってしまったらなかなか」
「…そうだね。さて、冷えるから入ろうか」
「はい」

小さな小屋の扉はまたガタガタと音を立てて閉じられた。

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コメントコメント


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うーふーふー♪

温泉に浸かるキョーコちゃんの後ろで悶々と過ごす蓮様が素敵です♪
まだまだ続きそうで嬉しいです(*´艸`)

風月 | URL | 2014/09/26 (Fri) 22:47 [編集]


素敵なお話ですね…

こんばんは。題名がしっくり来るような素敵なお話ですね。キョーコちゃんはさておき、蓮さまは大都会で最上階のマンションに落ち着いたインテリアに囲まれた部屋で暮らしているイメージばかりでしたから、状況的には追っ手から逃走中で落ち着かないはずなのに、朧月夜に浮かぶ姿が妙にのんびりして、本当に春風の温厚紳士という印象がしっくり来ます。

これからの展開はアクションもあるのかも知れませんが、里山の香りする不思議な魅力のある、このお話がとても好きです。更新、楽しみにしています。どうもありがとうございました。

genki | URL | 2014/09/26 (Fri) 22:51 [編集]


Re: うーふーふー♪

> 風月様

蓮さん、なんらかの葛藤と戦っていたかと思われます。
といっても覗いたりする欲求はないかと思うんですけどね。
もう少し、続きますがよろしくお願いいたしますー!

ぞうはな | URL | 2014/09/27 (Sat) 15:43 [編集]


Re: 素敵なお話ですね…

> genki様

コメントありがとうございます!
題名しっくりきますか?あれこれ悩んで決めたので嬉しいです。

蓮さん、都会的なイメージですが案外落ち着いてサバイバルです。
が、実際はきっとキョコさんにいいところ見せたくて、やや我慢している部分もありそうですね。
焦りや憔悴を見せなければ、きっと泰然とした大物ぶりを発揮してくれるものと思います。

これからの展開、もう少しあれこれと続きますがよろしくお付き合いくださいませー。

ぞうはな | URL | 2014/09/27 (Sat) 15:46 [編集]