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Frantic Chasing (後編 1)


こんばんはーー。ぞうはなです。
さて、後編 1。

…次で終われる、予定です。






「つっかれた~~~…」

夜遅い時間、ばたりとキョーコが倒れ込んだのは"だるまや"の居住部分の玄関。
「つめたくてきもちいい…」と床板にすりすり頬を擦りつけながら、キョーコは今日のドラマ撮影の事を思い出していた。

朝スタジオについたら、なぜか入り時間が遅いはずの蓮がすでにいて、わざわざ楽屋まで挨拶に来てくれてしまった。自分はドアのところで謝りまくり、蓮を中に入れずに追い返してしまった。
撮影中、兄妹としてのやりとりのシーンで、なぜかカットがかかった後も組んだ肩をなかなか離さなかった。自分は監督に話しかける振りをしてその場を逃げ出してしまった。
お昼もやっぱり一緒に食べた。自分が何もせずとも、同席の共演女優がやたらと蓮に話しかけてくれたため事なきを得た。
共演者何人かでの会話の輪でも、なぜか視線を感じた…気がする。こわくてこわくて、結局最後まで目を合わせることが出来なかった。

本当は近くに来てくれるのが嬉しいのに、逆に胸が締め付けられるほど辛くなってしまい、うまく普段通りに笑えたのかどうか自信がない。そして、物理的にそばに来られて思わず後ずさった時に、どうにもならなくてその場を逃げ出した時に、ちらりとみた蓮の顔が少し傷ついたような表情をしていたのが心に引っ掛かっていた。


バカね、キョーコ。そんな訳ないじゃないの。こんなただの後輩の言動にそんないちいち敦賀さんが、なんて。
けど……
身の程知らずだって分かってるけど…


自分から距離を取っておいて言うのもおかしな話だが、心の奥底にぎゅうぎゅうと押し込めたって、どこかうっすらと期待しているのだ。それをどう否定したってやめることは意志の力では無理だ。きっと蓮が怒って離れていったら、その時は胸が割れるほどに痛むのだと思う。ああなんて自分勝手な想い。

もう、最悪…せっかく丹羽さんだって助け舟出してくれてるのに…こんなの呆れられちゃうわ。

「おや、キョーコちゃんどうしたんだい?そんなところで寝たら風邪ひくよ」
ごろごろと玄関に転がったままあれこれと考え込んでいたらだるまやの女将が驚いた声をかけて来て、キョーコはため息をつきながらようやくのっそりと起き上がったのだった。


同じころ、だるまやから離れた都心の寿司屋のカウンターではキョーコが 呆れられる、と考えたその人、ドラマプロデューサーの丹羽がビールのグラスを傾けていた。隣には同業の男が座っている。

「丹羽ちゃん、今回のドラマ力入ってるね」
「んん?ああそりゃあね。なんせ社運かかってるから」
「現場にもちょくちょく顔出してるんだって?」
「なんだよ、どこで聞いてんだ」
丹羽は笑いながらグラスを置いた。隣の男は目の前に置かれた寿司をひょいとつまむと口に放り込んでおしぼりで手をぬぐう。

「ってことは、丹羽ちゃんの事だからお気に入りがいるんだろ」
「まあ…面白い子はいるよ」
「へえ?ちなみにどの子?」
「お前に言うとすぐペラペラあっちこっちでしゃべるじゃねえか」
「そんなことしないって。で、誰なんだよ?」
男は少し声をひそめてにやにや顔で頭を寄せてきた。丹羽は横目でちらりと男を見ると自分も寿司をつまみ上げる。

「ちょっと変わった子だな。売れっ子になってきてんのに素直で真面目で正直で。それも全部頭に"バカ"がつくくらい」
「へぇ、珍しいな、丹羽ちゃんがそういう堅いタイプに目ぇつけるって」
「そうか?でもそういう子ってさ、逆に夜どんな顔すんのか見てみたくならねえ?」
「おっと出たよ、ほんとSだよなぁ」
「おいおい、人を悪者扱いすんのはよせ。別に無理強いするとかじゃねえよ」

しれっと言ってのけた丹羽に、男は両手を広げるとにたりと笑う。
「へいへい、丹羽ちゃんも好きだねえ。でも最近何かと事務所がうるさくないか?」
「…その子マネージャーがついてねえんだ」
「ええ?売れてんのに?って俺、大体誰だか分かっちゃったよ。へぇ~~。あのタイプねえ」
丹羽は男のカマかけに対しては乗らず、ビールグラスの消えかけた泡を見ながら心の中で呟く。


そうそう、あの穢れを知らないって無邪気な笑顔がどう変わるのか…面白そうだろ?
保護者面した男の排除だってちょろいもんだったしな…
それでも付きまとってるみたいだけど、あいつもしかして…?
けど、京子ちゃん自身が忠実に俺の言う事聞いてるしな。
あいつだってあれだけ拒否されりゃあ諦めるか怒るかする頃だろうし。
思った以上にうまくいきそうか?


丹羽はグラスを持つとビールをゆっくり飲み干した。
「まあまあ、あんまり深く突っ込んでくれるなよ」
「分かってるって」
隣の男はすぐに丹羽のグラスにビールを注ぐ。男2人はそのあとそ知らぬ顔で別の話題に移っていった。


翌日の撮影スタジオ。

「京子ちゃん!」
蓮に声をかけられた直後、遠くからよく通る男の声が響いた。
「はい!」
キョーコが反射的に元気よく返事をすると、プロデューサーの丹羽が大きく手招きしている。

「ああいいよ、行っておいで」
困った顔で振り向いたキョーコに蓮はにこりと笑い、キョーコは申し訳なさそうに頭を下げると丹羽の元へと小走りで駆け寄った。

「なんか最近…お前が話しかけると丹羽さんに邪魔されることが多いな」
ぽつりと呟くように言った社を蓮は横目でちらりと見る。
「邪魔だなんて言い方悪くないですか。まあ、局のプロデューサーには可愛がられてた方が最上さんの今後の仕事を考えたらいいでしょう」
「まあそうだけどさ?」
少し語尾を上げた社の心配していることは蓮にも分かる。
しかしキョーコはあらゆる意味で真面目だし、その年齢の割にはしっかり自分で考えて悩んで行動するタイプだ。そういう面であまり心配する必要はないのではないかと思う。

すると蓮の気持ちを読んだように社が蓮を見上げてきた。
「けどほら、キョーコちゃんって目上の人は絶対だろう」

確かにそれはそうだ、と蓮は少し離れたキョーコの背中に視線をやった。
上下関係を大事にする上、狡猾な大人の駆け引きと言うものとは無縁だったのか人を信じやすいところが確かにキョーコにはある。素直なのはいいことだと思うのだが。目上の人物に多少無理なことを言われて、きっぱり断れるかどうかは確かにやや心もとない。
とは言ってもそれほど大げさに心配することではないだろうと、蓮はなんとか自分の心配を自分でねじ伏せた。


遅い時間になってから撮影は終わり、蓮は社と2人、スタジオの廊下を歩いていた。
「しっかしお前もなかなか食い下がるなぁ」
「何の話ですか」
「べっつにぃ」
お互いに話の主題は分かっているが、蓮はあえてしらばっくれた。自分だって神経をすり減らしていつも通りに振舞ってみせている。多少近づきすぎな気が自分でもしなくもないが、落ち着いて観察してみればキョーコからは嫌悪と言うより戸惑いが見られるだけに原因を知りたい気持ちのほうが大きい。
こうなれば根競べか?と蓮は多少ムキになっている自分に内心苦笑した。

すると廊下から少し入った休憩所に共演者がいるらしく、女性の話し声が聞こえてくる。珍しいことでもないため蓮も社も大して気にはしていなかったのだが、"京子"という名前が聞こえてきて、2人は思わず顔を見合わせてやや歩調を緩めた。

「なんかさー、丹羽プロデューサーって京子ちゃん狙ってない?」
「え、そうかなあ。あーでも最近よく顔出してるししょっちゅう話しかけてるね。確かにお気に入りではありそうだけど」
「そー、丹羽さんってさ、結構オープンで気さくだけど、毎回ターゲット決めてるらしいよ」
「え、まじ?」
「ちょっと前に梨紗さんのスキャンダルあったじゃん。あれって実は相手が丹羽さんだったらしくてね。前ロケで一緒になったときに梨紗さんに聞いちゃったんだ」
「ちょっと待って、その話やばくない?」

急に周りを気にして声をひそめようと頭を寄せた2人だったが、急にかけられた声にびっくりして飛び上がった。
「やあ2人ともお疲れ様。ちょっと話してもいい?」

振り向けばそこに立っているのは共演していてもなかなか親しげに近づけない超絶美男子。しかも穏やかで優しくて甘い微笑みを浮かべて向こうから近づいてくるなんてこと、まずありえない相手。
「もちろん!!!」
女優2人は聞かれたことには全力で答えようと、頬を赤く染めながらも力いっぱい心に誓ったのだった。


「ああいう噂って女性陣にしか回らないのかな」
「単に女性の話の中で尾ひれがついてしまったか、あるいは問題にならないように立ち回ってるってことじゃないですか」
蓮と社の2人はスタジオから事務所に戻って来ていた。

「噂だけならいいんだけど…ちょっと俺たちも気をつけてあげたほうがいいのかな、キョーコちゃん」
「そうですね。不確実なことで本人に先入観与えるのはダメでしょうけど、こちらで少し…」

蓮の言葉は驚いたようにかけられた声に遮られた。
「あれ、蓮は戻って来てるのか」

声のしたほうに顔を向ければ、そこにはタレント部主任である椹が立っている。
「どういうことですか?」
「いや、さっき最上君から連絡あって、ドラマのプロデューサーに食事に誘われたって。今日打ち合わせの予定だったから連絡くれたんだけどな。共演者も一緒だと言ってたから、てっきり蓮も一緒だと思ってたよ」
社はがばりと蓮の顔を見上げたが、蓮は表情を変えずに椹に尋ねた。
「その連絡って何時ごろですか?」

椹は腕時計を見て時間を確かめる。
「ええっと、7時前くらいだったかな」
すでにそこから3時間が経過している。今日の撮影ではキョーコは蓮よりも先に上がっていた。確かにそれ以降、丹羽の姿も見た覚えがない。
「蓮!」
少し険しい顔で、それでも小声で呼びかけた社に、蓮は落ち着いた表情のまま小さく頷いた。


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