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君の魔法 (8)


キョーコは直ちにマリア姫の側付きとなった。
マリア姫に対して起こった一連の騒動から、犯人の目的はマリア姫の魔力の利用、という仮説が立てられ、誘拐に対しての対応が取られていた。そのため、マリア姫は宮殿からなかなか出ることのできない生活が続いたが、しばらくは何事も起こらず平穏な日々が過ぎていた。

キョーコの仕事はマリアの護衛のはずだったが、退屈を持て余したマリアがあれこれと要望を出し、それにキョーコがせっせと応えて見事にこなすため、キョーコの役割は警護 兼 女官 兼 家庭教師 兼 おやつ作り担当のような、なんでも屋に近い状態だ。

キョーコはマリアの護衛(お守?)をこなす一方、前にもまして稽古に身を入れるようになっていた。稽古場に顔を出すと、ひたすらに剣を振る。そして、レンからの指導を真剣に聞くキョーコの姿もしばしば目撃されていた。

「キョーコちゃん、最近レン様に懐いてないか?最初は怖がってたみたいなのに」
「ははは、確かにあれは『懐いてる』って感じだよな、主人に忠実な子犬みたい」
「レン様も随分キョーコちゃんを可愛がってる感じするよな。キョーコちゃんが稽古場にいると、いつの間にか来て見てるんだよなあ」

キョーコがレンにくっついて回る姿を見てやきもきする者もいたのだが、あまりにも色気のないその関係は概ね好意的に受け取られている。なによりも、キョーコの剣技の上達があまりに早かったので、小隊内の活性化に一役買っているくらいだった。


そして、キョーコが近衛隊に入ってから2週間ほどしたある日、近衛隊の稽古場に華やかなつむじ風がやってきた。

「レンちゃ~~ん!お久しぶりぃ!」
稽古場に似つかわしくない高い女性の大声に、何事かと兵士たちが振り向いた。そこにいたのは、かなり小柄な女性。幼い顔に、真っ青なふわふわのショートドレスをまとい、同色のショートブーツを履き、黒髪をこれまた真っ青なリボンで結んでいる。つまり、全身青い。

「お久しぶりです、テンさん」
レンは全く驚くこともなく挨拶を返すと、女性を壁際に置かれた椅子へとエスコートした。
「バカンスはいかがでした?」
「うん、充電完了よ!マツシマさんには往復させて悪いことしちゃったわね」

女性の顔を知っている数名が、「魔女だ」「青の魔女だ」「今日は文字通り青いな」「なんでここに?」などとひそひそ話をしている。ちょうどその場で訓練をしていたキョーコは、キラキラに瞳を輝かせてふわふわドレスに見とれていた。

「帰る早々引っぱりだしてしまって申し訳ないです」
「いいのよ~~ん。他ならぬダーリンとクーちゃんに頼まれたとあっちゃ、断れないわ」

女性は『青の魔女』と呼ばれている、LME王室付きの正真正銘の魔女であった。
マリア姫の事件が起こった時は充電期間で国を離れていたのだ。魔女の祖国、南方のW国で瞑想を行うのは、その魔力と若さを保つために必須の定例行事だった。実は、先々代の王の時代から、ずっと同じ魔女が名前を変えながら仕えているのだが、怖くて誰も年齢を聞けないでいる。

「レンちゃんの見立てが正しいとすると、近衛隊に魔力持ちがいてもなかなか難しいわねえ」
レンはマリア姫の護衛として、仕掛けられる魔法への対策について青の魔女に相談を持ちかけていた。
今までのようないたずらレベルならまだマシだが、神や悪魔を呼び出された時に起こる事態は想像がつかない。それだけはどうしても避けたかった。
「マリア様に匹敵する力の持ち主はいませんしね」
「それもあるんだけどね。神や悪魔の力は精霊の力と違って打ち消すのが難しいのよ。W国の神官みたいな力を持ってる人がいればいいんだけど…」
「神官?神官も魔力持ちなんですか?」
「そうよぅ。元々は神と会話できる人だからね!この国にはそういう人はもういなくなっちゃったけど」

青の魔女はぐるりと稽古場の中を見回した。
「さすがに貴族の子達は魔力もちがポツポツいるけど…やっぱり特定の精霊の魔法に向いてる子ばっかり……あら?」
魔女は一点をじっと見ている。視線の先には稽古に励むキョーコがいた。
「レンちゃん、あの女の子、噂の新入りちゃん?この国の子?」
「そのはずですが…」
「ん~~。ちょっと、呼んでくれる?」

呼ばれたキョーコが青の魔女の前に立つ。
「は、はじめまして。キョーコ・モガミです」
「よろしくね~。私の事はテンちゃんって呼んで?」
戸惑うキョーコの両手を取り、テンはじっくりキョーコを上から下まで観察する。
「キョーコちゃんのご両親はこの国の人?」
「母はそうですが、父はおそらく違います…」
「なるほどね~~」
「え、そうなの?」
レンも思いがけない事実に思わずキョーコに向かって聞いていた。
「はい…どこの国の人間かは知らないのですが…他所の国から来た、ということだけは母から聞いています」
「ん~~、わかったわ!ありがとー」
「は、はい…」
キョーコには何故呼ばれたかも分からなければ、なぜこれだけで解放されたかも分からなかった。

「あ、そうそう、キョーコちゃんってマリアちゃんのお付きになったのよね?」
「はい、そうです!側付きで護衛をさせていただいております」
戻ろうとしたキョーコが立ち止まってぴしっと背中をまっすぐに伸ばした。それをみて、テンは満足げに頷く。
「楽しみにしてて~~。今度のキツネ狩り!マリアちゃんとお揃いコーディネートにしてあげるから!」
「えっ?」
キョーコは何を言われているのか分からず固まったが、青の魔女が王やマリアのスタイリストをしている、ということを思い出した。
「わ、私もですか?」
「そりゃもっちろん!毎回私が女官さんたちもまとめて面倒見てるのよ!まかせてね~」
はぁ…とあいまいな返答を残し、キョーコは訳が分からないままおずおずと訓練へ戻って行った。

「やるんですか、キツネ狩り…」
キョーコが離れたのを見計らってレンがぽつりと声をかけた。
「あれ?聞いてないの?昨日、ダーリンが言ってたわよ?」
テン曰くのダーリンことローリィ王が主催して行うキツネ狩りは、王家と親交の深い古くからの貴族が参加するイベントだった。実際に、国王の領地内の農地に出没する害獣を狩る、という目的はあるのだが、貴族の奥方や子女も参加し、野外で開かれるパーティーののりに近い。毎年冬の初めに開催されていたのだが、今年はマリア姫のことがあり、中止になるもしれないと思われていたのだったが。

「マリアちゃんは"優秀な"部隊が守ってくれるだろうし、なによりいい訓練になるだろうって。マリアちゃんもここのところ遊びに出かけられなくてストレス溜まっちゃってるしね」

随分とまあ簡単に言ってくれますね…
どうせ、犯人が誰だか分からないまま地味に守ってるのが嫌になったんだろうけど、マリア姫の安全にも関わると言うのに…

レンはローリィ王の思惑を正確に読み取って、抗議したい気分になった。

「それで、彼女はどうなんですか?」
レンはキョーコの方を見ながら話題を変えた。
「ん、キョーコちゃん?うん、あの子はねえ、さっき言ってた神官の血を引いてると思うわ。お父さんの血かしらねえ」
「そうなんですか?」
「ただ、自覚はないし、力も不安定ね。今見ただけじゃ細かくは分かんないけど…言うならば、まだらに渦巻いてる感じ?」
イメージで説明されてもレンにはいまいちその状態がよく分からない。思わず首をかしげた。

「ああ、ごめんね、分かりにくいかしら。はっきり言えるのは、今日明日でキョーコちゃんの力が何かに役立つかって言うと、それは難しいってことね」
それだけ分かれば十分だ。結局、根本的な対策は出来ないまま事に当たらなければいけないということだけが分かった。

「あ、でもね。自覚することで覚醒したり、安定することもあるから」
「そんなことも影響するんですか」
「そうよ!あなたは小さい頃からかなり安定してたけど、普通はそういうものなのよ。だから、レンちゃん、お願いね」
「は?何をですか?」
「キョーコちゃんに魔法の手ほどき、してあげて?」
「俺がですか?」
レンは思わぬ依頼に驚いて聞き返した。若干声が大きくなってしまったのか、近くの人間がちらりとこちらを見る。レンは咳払いをすると気持ちを落ち着けた。
「だって、レンちゃんってキョーコちゃんの隊長でしょ?それで、魔力持ちでしょ?適任じゃないの」
「そんな余裕、ないですけどね…」
「これもマリアちゃんのためよ!よろしくね」
有無を言わさぬ強引さはローリィに引けを取らないな、とレンは内心でため息をついた。

「そうそう、忘れてたわ。これが関係あるのかわかんないんだけど」
テンは何か思い出したように手を打った。
「W国に帰ったときに古い友人のところに寄って聞いてきたんだけど、国のお抱えの魔術研究者が1人、行方不明になってるらしいわ」
テンの母国ではまだ魔法が使われているが、王家が管理を行っている。強力な力を発揮できる古代の魔法については王家の庇護の下、研究が続けられているのだ。
「行方不明ですか?」
「うん、昔の魔法を復活させて実験するべきだって主張してる、学者肌の人らしいんだけどね。ふた月くらい前にいなくなったらしいの」

マリアへの嫌がらせが始まった時期に重なっている?
とにかくも、事態が動きそうな予感がする。レンは早計は禁物だと思いながらも、様々な可能性に思いをはせて考え込んだ。

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