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叶えたい願い (29)


こんばんは!ぞうはなです。
よし、よし、更新出来たぞーーー。
またもや長く続いたこのお話も次で終わりです!ではどうぞー。





制服姿のキョーコは入り口に部屋の主の姿を認めるとソファからすくりと立ち上がった。
「お忙しいところお時間いただいてしまって申し訳ありません」
丁寧に深々と下げられた頭に、機嫌よく声がかけられる。
「いや俺も君に話を聞きたかったからな」

天井が高くどこもかしこも豪華な広い部屋。
持ち主のセンスがそのまま余すところなく具現化されてるなあ、とキョーコは感心しきりだ。部屋の主のローリィがガウンのような長い上着を羽織っていてもこの部屋だと全く違和感を感じないのもなんとなく納得できる。

「で、どうだね、学校のほうは。2学期が始まったばかりかな」
部屋の持ち主であるローリィはどかりと腰を下ろすと葉巻を取り上げてキョーコに笑いかけた。横からライターを差し出した従者はローリィの目配せに微かに頷くと、音もなくそのまま退室していく。
「はい、あの、おかげさまで無事に奨学生になることができました。先生からは、このまま頑張れば学費免除の特待生になれるかもしれないって励まされました。社長さんにもご報告がてらお礼が言いたくて」
「おう、それはよかった。蓮も喜んだだろう」

キョーコの顔に浮かんでいた満面の笑みが一瞬だけぴくりと引きつった。ローリィはそれを目の端で捉え、静かに煙を吸い込む。
「あの部屋での生活は順調かね?」
「は、はい、それはもう!驚くほど快適に過ごさせていただいてます!」
「何も問題はないか?」
「…はい!」
キョーコの返答は微妙な間を置いてからなされた。にやりと笑ったローリィは葉巻を灰皿に置くと傍らのワイングラスを手に取った。

「最上君には礼を言おうと思っていたんだ。今日来てくれてちょうどよかった」
「私にですか?そんな、お礼を言われるようなこと…」
戸惑いを顔に浮かべたキョーコに、ローリィは続ける。
「君のおかげで蓮を本格的に俳優として売り出すことが出来たからな。あいつは近い内、うちの事務所の看板俳優になるだろう」
「なぜ私が関係あるんですか?」
キョーコは訳が分からず素直に尋ねた。確かに、チェックしている蓮の出演ドラマを見ているだけでも蓮の演技力がすごいことは分かる。次クールのドラマ、その更に次のクール、そして映画のオファーも次々と来ていることはなんとなく社からも聞いている。
けれどそれは蓮の才能であって自分のおかげと言われるようなことは何もないとキョーコは思う。

「君は、天使がどんなものだか知っているかね?」
「え…?天使…ですか?」
いきなり何の話だろうか。キョーコは驚いてローリィを見返したが、なんとか考えて答えた。
「か、神様に仕える人で、愛をつかさどって清らかで?」
「まあ、色々混ざってるが、人間が考えるのはそんなもんだな。…神に仕える、という点はあっている」
こくこく、とキョーコは頷いた。ローリィは少しだけ渋い表情を浮かべながら続ける。
「天界ってのはよく言われる天国とはちったぁ違ってな。綺麗ではあるが堅苦しくて融通がきかねえ場所なんだ」
「そうなんですか」
「神の考えと反する言動は許されない。規律を乱す異分子は排除されるところだ」
ちょっと怖いかも、とキョーコは思った。自由に物を言えないというのはかなり問題だろう。けれどそういえば、蓮はなぜ天界から出されてしまったのだろうか。

「それでもまあそれさえ守れば慈愛と友愛に満ちている楽園と言えなくもない。『欲』という概念が無いから、執着も争いもない均一な世界だな」
面白くもなんともねえが、とローリィは言い捨て、それから改めてキョーコに語りかけた。
「反対に悪魔は一言で言っちまえば『欲』の塊だ。物、金、力、地位、なんでもあればあるだけいいという価値観だ。とはいえ悪魔も天使も多少なり個人差はあるがな。『欲』を抱いた天使が堕ちて悪魔になるってのもまあ無くは無い」
「はあ」
「こうやって聞いてみて、思わんかね?天使と悪魔、両方の性質を持っているのが人間だと」
「言われてみれば…確かにそうかもしれませんけど」
「持てるものが多い分、人間は一生自分と言う存在に悩み続ける。更に、人間だけが持つものってのもあるんだ」
「人間だけ…?」
「ああ。それはな、『愛』だ」
胸を張って持論を展開するローリィに、キョーコは唖然としてしまった。
「神様や天使は持ってるんじゃないんですか?」
「おお、あるはあるがな。慈愛や友愛ってのは広く許容し慈しむ心であって特定の1人を心から求める『恋愛』じゃあない。悪魔にはそもそも『愛』という概念はない。人間だけなんだ、突き詰めて1人を愛するってのはな」

言われてみればそうなのか?
しかしキョーコにはよく分からない。なにせ悪魔や天使を詳しく知っているわけではないのだ。
自分が接したことがある天使は蓮…コーンひとり。悪魔は蓮や社、今目の前にいるローリィがいるが…

「あまりよく分かりませんが」
「まあそうだろうな。だが最上君の目から蓮を見て、どうかね。あいつは人間として違和感がないと思わんか?」
「え?」
キョーコは蓮のことを『あまり悪魔らしくない』と思った。それはやはり、蓮が優しかったり親身になってくれたりするからだ。ローリィに改めて言われてみればそれは、天使としての蓮の特性なのか。そして一転、天使らしからぬ部分も見える。それはレイノに対してみせたほの暗さ。そしてそして最近気がついた蓮の一面…

ローリィはキョーコの表情を見ながら言葉を続けた。
「あいつは最近人間としての『愛』を知った。そうしたらどうだ、君に対する『欲』が出てきたんじゃねーか?人間の恋愛は例外なく独占欲と、そこから生まれる嫉妬なんかとセットだ」
「独占欲、と言いますか…その…」
「トーク番組でさらっと恋人がいると暴露したしな」
「はうっ…」
「携帯を連絡用に持たされてるだろう」
「……はい。も、申し訳ありません…」
真っ赤な顔で深々と頭を下げたキョーコを、ローリィは高らかに笑い飛ばした。
「なんで君が謝るんだね。誤解をしないでほしい、俺はそのことで君に感謝してるんだ」
「どうしてですか…?」

不思議そうに顔を上げたキョーコに、ローリィは楽しげに話しかける。
「あいつに今まで俳優をやらせなかった理由が2つある。1つはまあ、あいつがなかなかこっちに定住したがらなかったからだな。だがそれ以上にどうしようもない欠点があいつにあったんだ」
「欠点?」
「そう。あいつは『恋愛』を知らなかった。ついでに魔界に落ちて長いと言うのに欲もねえ。人間の見るドラマに恋愛や欲が絡まないものの方が珍しい。蓮のような見た目の男が役者になったらまあ、まず避けては通れねえだろう。あいつも依頼をこなす中で人間の愛憎劇は山ほど見てきたと思うが、自分のこととして捉えるのは初めてのはずだ」
「はあ…」

キョーコは落ち着きなく視線をさまよわせた。
確かに蓮は自分に言った。「これが愛するという事か」と。とても嬉しく恥ずかしく受け止めたその言葉だったが、他人に指摘されると何か悪いことでもしている気分になってしまう。
「実体験としてわからねぇ感情を演技で他人に見せるのは至難の技だ。だからあいつにはルックスだけで食えるモデルをやらせてたんだが、やはり役者としての方がモノになりそうだな」
「社長さんは、敦賀さんを俳優にしたかったんですか?」

キョーコの素直な問いに、ううん?とローリィは少し考えると、ゆっくりと首を横に振った。
「もちろん看板俳優が育てば事務所は潤うがな。それよりも、俺は蓮に天職と思える仕事を与えたかったんだ。あいつがこっちでずっと暮らしてもいいと思えるようなきっかけをな」
「敦賀さんはこっちにいた方がいいとお思いですか?」
「ああ。さっき言ったようにあいつは天使と悪魔の両面を持っている。それにな、あいつが天界から堕ちた理由は欲のせいじゃねえ。あいつは自分の存在に疑問を抱いちまったんだ。天界は脆いからな。その存在意義に疑問を抱けば足元はすぐに崩れる」
キョーコはごくりとつばを飲み込んでローリィの言葉を聞いた。
「だから魔界に落ちたにも関わらず翼も姿も人格も、すべて留めたままだった。罰に焼かれることも無く。珍しいんだ、崩れずに魔界に堕ちる天使ってのは」
「社長さんは…なぜそこまで敦賀さんのことにお詳しいんですか?それに、天使のことも悪魔のことも人間のことも…」

キョーコの鋭い疑問にローリィは少し目を見開いた。それからふっと口の端を上げると少し声をひそめて囁く。
「あいつの父親と俺は、もう付き合いが長い旧友でな。息子の様子を直接見られない友人から、こっそりと頼まれたってのもある」

敦賀さんのお父さん?
そういえば天使ってどうやって生まれて…?神様が創る…んじゃないのかしら?でも父親ってことは母親もいて…
そもそも天使と悪魔が旧友ってどういうこと?まさか宝田さんって…

キョーコの疑問を見透かしたように、ローリィはウインクしながら右手の人差し指を唇に当てた。
「それから、同じ経験をした先輩として、黙ってられなかったというのも大きいな」

驚きに見開かれたキョーコの目に、一瞬ローリィの背中に広がる大きな翼が見えた気がした。
1、2、3、4… 一瞬の幻では捉えきれるわけもなかったが、確かにその翼は両手の指では足りないほどの枚数で、キラキラと輝いて見えたのだった。


キョーコは部屋に帰ってからもローリィの言葉を何度も思い返していた。
「あいつの父親は人間と天使の間に生まれたからな。蓮にも人間の血は流れている。もともと素質はあったんだろう」
「蓮にこっちに留まる理由が作れれば、と思ったが、君と言う存在が出来た上、恋愛がなんたるかも分かってこれ以上言うことがない。今後もよろしく頼むな」

そんなに大層なものじゃないし、私…
大丈夫なのかしら、託されちゃって?

キッチンに立つキョーコのエプロンのポケットで携帯が震える。
「はい」
『ああ、俺だけど…もう帰ってる?』
「はい、さっき帰りました」
『そう。今日はもう終わって俺もすぐに帰れそうだ』
「本当ですか?ちょうどもう少しでご飯が出来るところなんです」
『じゃあ急いで帰るよ』
「気をつけて帰ってください」
『うん、また後で』

天使で、悪魔で、人間で。
でもそれ以上に、敦賀さんは敦賀さんだもん。

今日は特に顔を見て「おかえりなさい」を言うのが楽しみだ。
キョーコはうきうきと夕飯の仕上げに取り掛かったのだった。


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