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叶えたい願い (23)


こんばんはー!ぞうはなです。
ぞうはな、リアル夏休みに入りますため、次回の更新は再来週になりますー。





「ご飯の下ごしらえも済んだし、さて、行こうかな」
時刻は夕方になっていた。外はまだまだ明るいが、そろそろだるまやのバイトに行かなければならない。
キョーコは部屋の中をぐるりと見渡してから靴を履いて玄関のドアを開けた。そして目の前を確認してびくりと体を硬直させる。

キョーコのすぐ前には夏だと言うのに長いコートを羽織った美しい悪魔レイノが立っていた。以前にはローリィの執事にびっくりさせられたし、廊下に静かに立つのは止めてほしいとキョーコは心の底から思う。

「出かけるのか?」
さらりと尋ねた悪魔に、キョーコはしばらく口をパクパクとさせてしまったが、慌ててドアを引いて閉めようとする。しかしそのドアは悪魔の靴でしっかりと押さえられ、動かすことは叶わなかった。
「な、なんでまたこんなところに来るのよ!敦賀さんはいないわよ!」

キョーコはドアを引っ張りながら眉を吊り上げて叫ぶが、返ってきた答えは予想と違うものだった。
「今日はお前に用があって来た」

お前呼ばわり??とカチンと来るが、目の前の男はいかに優男に見えようが悪魔だ。無碍に断って何があるのか分かったものではない。そう考えてキョーコはドアをゆっくりと開けた。
「私?私に何の用があるのよ」
「あの悪魔とどういう関係だ?契約の印は…ないように見えるが」
知らん間にキョーコの手をとりじろじろと全身を眺め回すレイノに、キョーコはぶるりと身震いして慌てて手を振り払った。
「どうだっていいでしょう!あなたには関係ないわよ」
「契約してないのなら、俺と契約を結ばないか?お前の望みなら、なんでも叶えてやる」
「冗談じゃないわよ…あなたに叶えてほしいような望みなんて何もないわ。もう、急いでるのよ」

キョーコは腕時計で時間を確認すると体を玄関の外に出し、ドアを閉めて鍵を閉める。すると後ろから首筋にレイノの顔がすいと近づき、耳元で囁かれた。
「だが、お前から気配がする…そうか、もしかしてあの男はお前との契約を…」
「あなたには関係ないってば!」
ぞっとする気配を感じてキョーコはレイノの体を押しのけると階段に向かって駆け出した。なにか事情を知られてはいけないような、根拠はないが直感的な不安がキョーコを襲う。しかしあっけなく手首をつかまれてキョーコは足止めを食らってしまった。

「なるほど…あの男はお前の望みを叶えられず、か。その割には今も共に居るのはなぜだ?…まあいい。その願い、俺が引き継いでやろう」
つかまれた手首から不快な感じが腕を伝わって登ってくる。キョーコは必死に体をよじりながら叫んだ。
「もう望みなんてどうでもいいのよ!あんたと契約なんてしないわ!!」
「まあそういうな。お前は望みが叶い俺はお前のその生命力が手に入る。利害関係は一致してるだろう」
「してないわよ!勝手に話を…!」
きっと睨みつけようとしてレイノの目を見たキョーコの動きがぴたりと止まる。気は焦るのに体の自由が奪われて、キョーコの中に恐怖の念がわき上がる。

「さあ、お前の願いを聞かせろ」
その瞳に見つめられるとダメだと思っても言葉に従いそうになる。キョーコは必死に歯を食いしばり、心に1人の男を思い浮かべた。
「…つるが…さん……!」

その声は決して大きなものではなかったはずだ。体の自由を奪われて、なんとか力を入れて絞り出したようなその名前はしかし、確実な効果をもたらした。
ごごうっと猛烈な風がキョーコを包み、思わず閉じてしまった目を再び開けた時にはレイノから感じていたプレッシャーは解けていた。しかしその体は別のものに拘束され、目の前にはキラキラと光る黒い羽根が飛び散る。

「敦賀さん!」
キョーコは間近に見える顔を見上げて驚きの声を上げた。確かに名前を呼んだが、まさか瞬時に目の前に現れるとは思ってもみなかった。蓮の背中にはすでに翼はなく、黒いTシャツにワークパンツと身軽な格好で胸元にはサングラスが引っかかっている。
蓮は軽く頷いてから厳しい表情でレイノを見据える。その腕はしっかりとキョーコの体を抱き寄せ、キョーコはその力強さに安心感を感じてしまった。

「お前も懲りていないようだな。そんなに消滅したいのか?」
蓮の声はちくりと毒舌を吐くときの温度を通り越して氷点下のごとく冷たい。キョーコは蓮の言葉を聞いてはっとその顔を見上げた。

ここで力を使ったら、また治りかけた傷が開いちゃうかもしれない…!

蓮はちらりとキョーコを見下ろすと、またすぐにその視線を元に戻す。肩をつかんだ手に微かに力がこもったので、キョーコの気持ちが少しは伝わったのかもしれない。

レイノは2人から少し距離を置いて床に片膝をついていた。どうやら蓮が現れたときになぎ払われたらしい。その表情は余裕があるように見えるが、様子を見ているようで手を出す気配はなかった。
「あんたに用はなかったんだがな」
「契約者でもない人間に接触するな」
「…俺は他人の指図は受けない」

レイノはすくりと立ち上がるとキョーコをじっと見つめる。
「あんたがそこまでして守る人間…興味深いな」
「この子に手を出したら次こそは覚悟するんだな。その時は場所がどこであれなんであれ、手加減はしない」
「…ふん」
レイノは答えずに少し唇の端をゆがめるとふっと肩をすくめ、かき消すようにその姿を消した。


「大丈夫だった?」
しばらくの沈黙の後、蓮が腕の中のキョーコに問いかけた。
「あ、はい!あの、ありがとうございます…」
キョーコは慌てて答えたあとに、申し訳なさそうにお礼を言った。
「いや、俺も気づくのが遅れてごめん。君が呼んでくれなかったら危ないところだった。またあの男が来たらいつでも呼んで」
「はい…」

否定したかったが、先ほどのレイノには恐怖を感じてしまった。来ないでくれるのが一番だが、困った事にレイノはなぜだか自分に興味を持っているようにも思える。

そんなことを考えていたキョーコははっと気がついて蓮の腕を取った。
「ああよかった、傷は大丈夫ですね…」
よく見ればうっすらとまだ跡が残ってはいるが、傷がぶり返すことはなかったようだ。キョーコはほうっと安堵のため息をついた。
「そんなこと気にしなくていいのに」
「気にしますよ!だってあれ痛そうでしたし、それに元はと言えば…」
「元はと言えば俺のせいだって、もう何回も言ってるはずだけど。契約の主導権を持つのは悪魔なんだ。結ぶのも、終わるのも」
「あ、それで…?あの悪魔が自分と契約をって言ったのは、強引にでも出来るから?」
ぽつりと呟かれた言葉に蓮の表情が曇る。
「契約?あの男は最上さんと契約を結ぼうとしたのか」
「え、ええ…なんかそんなような事を言っていた気が…」

キョーコの体は蓮の胸へと引き寄せられた。
「すまない…俺が……」
苦しげな声を蓮が出したところで、カンカンカン、とアパートの階段を上る足音が聞こえてくる。はっとキョーコがそちらを見ると、姿を現したのは社だった。半そでのYシャツにネクタイを締め、やや疲れた表情ではあるが明るい声を出した。
「蓮~~~、お前…あぶないところだったぞ!っと、キョーコちゃん、久しぶりだね」
「お、お久しぶりです…」

キョーコは急にそわそわしだすと、腕時計に目を落とす。
「あ、ごめんなさい、私だるまやに行かないと…!」
蓮は腕の力を緩めてキョーコを解放したが、腕に手を置いたまま声をかけた。
「最上さん…!あの、俺今日は君が帰るくらいの時間に帰るから…少し、話をしてもいいかな」
「は、はい!もちろんです」
「ありがとう」
蓮が微笑みかけるとキョーコもぎこちない笑顔を作る。そしてぺこりと社に頭を下げ、後ろを振り返る事なくアパートの階段を駆け降りると自転車に乗って走り去った。

「蓮?一度戻るぞ?」
社はキョーコの後ろ姿を無言で見送る蓮に不思議そうに声をかける。
「はい」
蓮は答えながらも、キョーコの姿が消えた曲がり角を見つめたままぎゅっと拳を握った。


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