SkipSkip Box

君の魔法 (7)

(6)の最後の部分をほんのちょっとだけ直しました。
筋は変わってませんが…気持ち、つなぎだけ…



「俺は、君に謝らなくちゃいけないことがあるんだ」

「え?私に…ですか?」
キョーコが問い返してきた。
うん、とレンは頷き、少しの間逡巡してから話し出す。
「一昨日かな。君に初めて会った時、俺は君に、なぜ剣を取るのかと聞いたよね。そして君は、『結婚したくないからだ』と答えた」
やり取りを思い出したのか、キョーコの口が「あ」と開いた。
「それを聞いて、俺は単純に、君が嫌なことから逃げてきてここにいるのかと思ってしまったんだ」
レンは少し気まずそうに目線を外す。
「…少し考えてみれば、女性が剣に逃げるなんて、普通じゃありえないって分かるはずなんだけどね…つい、君をいたずらに怯えさせてしまった」
それからレンは再度視線をキョーコに戻した。
「すまなかった。…君のことを、否定してるわけではないんだ」

レンの謝罪を聞いて、キョーコはレンの怒りの原因が腑に落ちた。

そうよ、ツルガ様は自分の意志で剣を選んで、厳しい鍛錬を積んで今の地位にいるんだもの。
後ろ向きな理由で自分と同じ場所にいる私のことを怒っていたんだ…!

「いえ!そんな、ツルガ様が謝らなくちゃいけないことなんてないんです!私こそ、変なことを言ってしまって申し訳ありませんでした!!つ、つい、結婚って言葉に反応しちゃって…」
「何か、あったの?」

あう、と口ごもるキョーコにレンは慌てて言葉を足した。
「いや、話せないことなら無理に話さなくてもいいんだ。ただ、貴族の女性で近衛兵って、初めて聞いたから…」
そうですよね、とキョーコはつぶやいた。それから意を決したように顔を上げる。
「私、強くなりたいんです」
それからキョーコは自身の境遇についてレンに語った。

キョーコの生まれたモガミ家は、もともと母親が継いだ家だという。婿に入る形だった父親はまだキョーコが幼い内に他界し、それ以来母親が領主として治めてきたのだ。
モガミ家の領地の隣には、血縁であるフワ家がある。数代前まではもともと1つの家だった両家は、特にキョーコの父親が亡くなってからは、フワ家が手を貸す形で協力し合うことが多くなった。モガミ家の子どもはキョーコだけだったこともあり、モガミ家の将来を考えて、同い年であるフワ家の1人息子との縁談が出たのは自然なことだった。

「領地をもう一度まとめて管理した方が金や加工品の流通もスムーズですし、私も許婚との結婚を当然のものだと受け止めていたのですが」
「それが、嫌になった?」
「はい…どうしても、どうしてもあの人との結婚は嫌なんです」
何かを思い出したのか、キョーコはぶるるっと身震いをした。レンはあえてその事情には触れず、聞いてみた。
「他の人との結婚ではダメなの?」
「母が…おそらく、フワ家との合併以上の利点がなければ首を縦に振らないでしょうし…」
キョーコはここで、キッと厳しい表情で顔を上げた。
「私!男に頼って生きるの、いやなんです!」

レンは思わず「は?」と間抜けな声で聞き返してしまった。しかし、ヒートアップしたキョーコはそれを気にすることなくまくし立てる。
「大体、男の人って女を添え物かなんかと思ってます!結婚すれば領地と爵位がついてくる、そのためのおまけみたいなもので!!条件さえよければ多少見た目が悪くてもなんでも、結婚だけして後で他所に女性を作ればいいなんて!馬鹿にするにもほどがあります!!」

確かに貴族の社会は男社会でもあり、そういう考えの人間が存在する事は否定出来ない。でも、目の前にいる自分もまぎれもなく貴族の男なんだけどな、とレンは思う。
「まあ…そういう考えの人もいるにはいると思うけど…」
「だから私!母がやっているように、1人でやっていくって決めたんです!でも…女だからって馬鹿にされることも、なめられることも多いんです」
キョーコは幼い頃から領主として1人で働く母を見て、女性の立場の弱さや扱われ方をその身で感じていた。
「女だからって馬鹿にされたら、武力で黙らせるくらいの気概がないとダメなんです!」
「それで、武芸を…?」
「はい!…でも……本当は、それだけじゃ解決にならないって分かってはいるんですけど」
キョーコのトーンは少し落ちる。しかし、その目には迷いのない決意が宿っていた。

「それでも、何も考えないで決められた道を進むのは、もう嫌なんです。私は、誰の添え物でもない、私自身なんだって、胸を張って生きたいんです」
そのためには、何だってやります!!と言い切ったキョーコを、レンは眩しく思った。

そうだな、俺も、俺自身でありたくて…

レンは、優しい顔でふんわりと笑った。
「…なるほどね。分かったよ。では、君は、君自身であるために、頑張ればいい」
「はい!」
キョーコは明るく答えてから、急に表情を曇らせた。
「あ、でも……昨日母から手紙が届いたんです」
「手紙?」
「はい。一度帰ってこいと。フワ家との婚約を正式にするからって。いっつも母は私の意見や意思なんて無視で話を進めちゃうんです」
母も、もう頑張りすぎて疲れてるんでしょうけど、とキョーコは複雑な表情を見せる。
レンはそんなキョーコを励ますように、その頭をぽんぽん、と軽くたたいた。
「大丈夫だよ。君が自分をしっかり持って頑張れば、きっとお母さんにも伝わるはずだ」
キョーコは少し悲しそうな顔で、でもしっかりと頷く。レンは続けた。
「でも、1人で頑張り過ぎなくても、助けてくれる人はいるよ。君を、君自身としてきちんと認めてくれる男もいると思うよ」
「いるでしょうか…」
「そりゃ、男は君の許婚だけじゃないしね。どうせ、そんなに男と付き合ってきたわけでもないんだろう?」
「う…なんでそんな断定するんですか」
「そりゃ、さっきの君を見れば分かるよ」

ベッドの上で組み敷かれてぐるぐるに目を回したキョーコを思い出したのか、レンは横を向いてくくく、と笑っている。
「はぅぅ!ひどいです!ビックリしたのに…!」
「だって君はああでもしないと分からないだろう。大体、君はまだ15くらいじゃないのか?子どものくせに酔いつぶれるほど飲むなんてよくないな」
「一応17です!どうせ、子どもっぽいです!!どうせ、ツルガ様みたいに経験豊富じゃないです!」
「俺が経験豊富だなんて誰が言ったの?」
「それこそ見てれば分かります!」
キョーコは顔を真っ赤にしてレンと言い合いをしながらも、少しほっとしていた。
それは、レンが怒っていた原因が分かったからなのか、怖いと思っていたレンがちゃんと話を聞いてくれたからなのか、心に溜まっていたことを吐き出したからなのか、よく分からなかったが、キョーコがレンに対して尊敬の念を強めたことだけは間違いなかった。


レンは部屋からキョーコを送り出すと、そのまま自分は近衛隊の詰め所へ向かった。
部屋のドアを開けると、まだ早い時間だと言うのにすでにヤシロがいて、仕事をしている。
「おはようレン。キョーコちゃん、どう?」
「おはようございます。少し頭が痛いそうですが、大丈夫みたいです」
ヤシロはじっとレンの顔を見る。
「…お前、何もしてないよな?」
「当たり前じゃないですか…」
呆れ顔のレンを見て、ヤシロは困ったように笑いながら言った。
「お前がキョーコちゃん連れて帰った後、何人か荒れちゃって宥めるのが大変だったんだぞ」
「荒れるくらいだったらもうちょっと何とかできないんですかね」
レンは心底不思議そうに首を捻った。
「何とかってどういうことだ?」
ヤシロも意味が分からずに問い返す。

「あの子、どうも周りの男が自分に好意を向けてるとか、下心があるとか、気がついてないみたいなんですよ」
「んーー、ああ、まあそんな感じするな」
「よくあれで今まで危ない目にあわなかったのか、不思議ですよ」
「ああ、それはそうだな」
「一応注意はしたんですけどね。可愛いんだから自覚持てって言ったら、からかってるのかと訝しがられちゃいました」
「そんなこと言ったのお前…」
「いやだって、事実ですよ?あの子、割と可愛いと思うんですけど。なんで周りの男はそう言ってあげないんですかね」
「事実でも何でも、そういうこと、好きな女の子にさらっと言うのって勇気いるぞ」
「そんなもんですか?好きとか好きじゃないとか関係なく、褒めてあげればいいと思いますけど」

ヤシロは、心の中で激しく毒づいた。

なるほど、だからいつも無意識でなんとも思っていない相手に賛辞を吐いてるんだな、この天然タラシめ!
そういう台詞をさらっと吐いて違和感感じさせないのはお前ぐらいなんだよ!!

「さてと、俺は少し見回りに行ってきますね」
レンはヤシロのじっとりとした目線を気にもせず、外へ出た。風はだいぶ冷たさを増していて、冬が近づいていることを告げていた。
ふと宮殿の方向を見ると、少し離れたところに、先ほどまで自分の部屋にいた少女と、その少女へと走り寄る髪の長い女性が目に入る。女性の恐ろしい形相が気になって、レンは少々迷ったものの結局は好奇心に負けた。
顔を上げて、風に何かを呟くと、耳元をひゅるんと風が吹き抜けて、途端に少女たちの会話がレンの耳に飛び込んできた。

「…帰ってこないから心配したんだから!」
「うん、ホントごめんね。酔っぱらって寝ちゃってたみたいで連絡もできなくて」
「え、寝ちゃった?店で?で、どうしたの、その後?」
「…目が覚めたらツルガ様の部屋のベッドだった」
「…!!!」
「あ、あの、違うのよ、寝かせてくれてて、ツルガ様はソファで寝てたの」
「あああああ???もーー!何やってんのよあんたー!」
「ごめんなさいごめんなさい!!ツルガ様にも、気をつけなさいって言われたの…」
「あったりまえよ!ていうか、注意で済んでよかったわよー!なんかあったらどうするの!」
「だってまさかツルガ様が私なんか…」
「また『なんか』って言う!あんたいい加減に自覚しないと男に襲われるんだからね!ツルガ様だって男なんだから!」
「え、だって・・」
「あー、もー!いいから早く戻って顔洗って着替えてらっしゃい!タバコと酒臭いのよ!」
「え、じゃあツルガ様のベッドに匂いがついちゃったかも…」
「そんなのどーでもいいから、早く行ってこーい!」
「はぁーーい!!」

一目散に駆けだしたキョーコを確認すると、レンは風の魔法を解除した。

同室の、女官か…ちゃんといるじゃないか、心配してくれる人…
しっかし、怒られてるときの、あの顔…!!さっきといい、あの表情のめまぐるしさはすごいな…

レンはその場に立ち止まって口を手で隠したまましばらく肩を震わせて笑っていた。今日1日、なんだか楽しい気持ちで過ごせそうだった。

関連記事

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する