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叶えたい願い (21)


こんばんは!
ぞうはなです。

私生活に振りまわされる更新ペース。続きはまた来週です。





「ありがとう。もう終わりにしよう」
「けど、まだ残ってませんか?傷…」

蓮とキョーコはダイニングから場所を移して和室にいた。胡坐をかいて座り込む蓮は上半身には何も着ておらず、キョーコは蓮の背中側に膝立ちしている。


自分が触れれば傷が消える、と理解したキョーコは蓮の体に手を伸ばしかけて一度は赤面してしまったものの、しばらく考え込んで思い切ると「シャツ脱いでください!」と有無を言わさず蓮を和室に連行したのだ。
キョーコの手により腕や胸、腹の傷は治りかけのみみず腫れのような状態になり、今は背中の傷を一通り撫で終わったところだ。

「君は触れているだけだと思ってるだろうけど、こうすることで君の生命力を少なからず使ってるんだ。疲れてしまうよ」
「そうなんですか?」
言われてみれば少し体がだるいような気もする。自分では変な別の悪魔がやってきたことの緊張が解けたからと思っていたのだが、違うのだろうか?いや、どちらにしても今、より辛いのは自分ではない。

「でも…こんな痛々しい傷を全身に負ってる敦賀さんの方が大変ですよ」
「いや、これは君が気にするようなものじゃない」

気にするような、ものですよ。

キョーコは蓮の背中に手の平を当てたまま小さくため息をついた。
元はといえば自分のために蓮が契約を解除してくれたことが原因だ。もっと言ってしまえば、尚への復讐などというくだらない事で悪魔を呼び出したりしなければ……

でも、あの一時の腹立ち紛れの行動がなければ、蓮とキョーコは出会うことなどなかった。蓮は悪魔かもしれないが、それでも出会えてよかったと思う。……けれど蓮にとっては自分はただの契約相手で。

キョーコは蓮の背中に目を落とした。無意識に蓮の肩甲骨辺りをするすると撫でる。

翼…ここから生えてたわよね?
不思議。こうしてると全然わかんない…
そういえばシャツも破れてなかったし…どうなってるのかしら。


「敦賀さん」
「うん?」

蓮が答えてからしばらく無言の時が過ぎた。
蓮が少し頭を傾けて後ろを振り返ると、キョーコは少し躊躇ってから口を開く。
「敦賀さんは……天使だったんですか?」

蓮は顔を元に戻してからぽつりと答えた。
「ああ…かつてはね」
「そうなんですか……」

どうして天使から悪魔になってしまったのか。
もし天使だとしたら、自分が小さい頃にあった"コーン"のことを何か知っているのだろうか。

聞きたいことはたくさんあった。けれど、蓮の背中は質問を拒んでいるような気がして、キョーコはそれ以上尋ねることができない。それだけではなく、「天使」という言葉を出したことで蓮の機嫌を損ねてしまったかもしれないと思い、キョーコは口をつぐんだ。
すると緊張感が伝わったのか、蓮がくるりと振り返った。
「背中も楽になったよ。ありがとう」
「あ、いえ!でも足は…?」
「まさかここで下も全部脱げって言う?」
「い、言いません!」

焦って否定してしまったが、でもできれば蓮の辛さを軽くしてあげたいとキョーコは思う。いやいや、だからといって下半身までは…!

キョーコは蓮の肩に両手を当てたまま、ぺたりとその場に座り込んだ。
「ごめんなさい、私が呼び出してしまったばっかりに…」
「いや。あの男は俺がどこにいたって挑んできただろうし、君のせいではないよ」
「その前も……です」
「前?」
「さっきの悪魔が敦賀さんを攻撃したのは…傷につけこんで、ですよね?それもこれも私のせいです。最初の魔方陣…私、悪魔を呼び出すつもりじゃなかったのにあなたを呼んでしまいました」
「俺は…君に呼び出されてよかったと思ってる」

蓮は肩に置かれたキョーコの手に自分の手を重ねた。
「君のおかげで世界が少し変わった」
「????」

意味が分からなくて黙ってしまったキョーコに、蓮は軽く笑うと胡坐をかいたままくるりと振り返った。そしてキョーコの腰に腕を回して無理やり引き寄せ、ひょいと抱え上げるように自分の足の上に座らせて後ろからキョーコの体に両腕を回す。
「ちょっ…敦賀さんっ?」
キョーコは咄嗟に抜け出そうとしたが、蓮の傷を思ってぴたりと動きを止めた。それを知ってか知らずか蓮も呟くように言う。
「手じゃなくても…君の体が触れてくれたら楽になるからこのままがいいかな」
「ホントですか…?」
「気分がね」

気分だけじゃだめなのに、とキョーコは思ったが、少しでも楽になるならと若干緊張感を覚えながらも蓮の膝の間に体を落ち着けた。蓮は後ろからキョーコの手の甲をゆっくりと指でさすり始める。
「社長にね…こっちで暮らしてみたらどうかと言われているんだ」
「宝田さんにですか?」
「うん。実はね…怒らないで聞いてほしいんだけど、契約解除のとき、あの人に君に関して賭けを持ちかけられた」
「賭け…?わ、私の何についてでしょうか…」
「『君が俺のことを思い出すかどうか』。あの人は、『思い出す』方に賭けた。当然、俺は逆だ」
「はぁ…なぜまたそんな?」
キョーコは困惑しながら尋ねた。なぜ自分が蓮とローリィの賭けの対象になるのか分からないし、その内容も理解が難しい。

「俺もあの人の深い考えを全部読むことなんて出来ないんだけどね」
蓮は笑って片手でキョーコの頭を撫でた。
「少し考えてみて…あの人は、最上さんと出会ってから俺の何かが変わったってことを分かってたんじゃないかと思った」
キョーコは黙ったまま蓮の話を聞く。
「さっき聞かれたとおり…俺は天使だった。ある日までは。でも天界から堕ちて、気がついたらあの人に覗き込まれてた。魔界の底で」
「宝田さんを主とおっしゃるのはそれで?」
「そう。あの人はボロボロだった俺を拾ってくれた」
「そうなんですか…」
「天使が落ちてくるなんて珍しいと、俺はあの人の興味を引いたみたいだ。だけどそれから、あちらでの生き方を教えてもらい、後ろ盾にもなってもらって、今俺がここにあるのはあの人のおかげだ」
「宝田さんは敦賀さんの恩人なんですね」
「そう。それに報いようと、俺は悪魔として生きることを決めたんだ」
キョーコは顔をひねって蓮をうかがった。
「悪魔として生きるって…悪魔に"なった"わけじゃないんですか?」

ああ、と蓮は頷くと、少し遠くを見る表情になる。
「天界で生きれば天使、魔界に暮らせば悪魔。単純だ」
「えっ。そんなことなんですか?」
「そう。そんなことなんだよ。けれど、天界はもろくて不安定で…俺はそこから堕ちた」


部屋にまた沈黙が満ちる。
キョーコはちらりと蓮を見たが、その表情が苦悩に満ちていたために何も言わずにそっと体に回された蓮の腕に手を添えた。キョーコの頭を撫でながら、蓮は再び口を開いた。
「とにかく、俺はそれから悪魔としての責務をこなした。あの人の領土を守り、人間との契約を果たして力を蓄える。けどなぜ、天界に居られなくなった時点で朽ち果てなかったのかは分からなかった。人間との契約でこっちに来ることも多かったけど、そこに意味を見出すこともなかった。けど…」
「けど?」
「君に呼び出されてこちらに来て、君と生活をして、初めて人間をちゃんと見て理解しようと思った」
「私を…ですか?」
「最初はそうだった。それから段々と君に関わる周りの人も。なぜ今までそうしなかったのか、なぜ今回はそうしようと思ったのか、自分でも説明は出来ないけど」

蓮は一度息を吐き出した。それから、キョーコをぎゅっと抱きかかえてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「分からないけど、君を不幸にはしたくないって思った。幸せになってほしいと。人に対してそんなことを思ったのは多分初めてだ」
「……ありがとう…ございます。でも私、おかげで今とても幸せです。」
「そうか…でも俺を思いだして呼んだのは、何か自分では解決できない、辛いことがあったからじゃないの?」
「いえ…辛いことはないですよ。ただ……」

あなたのことが思い出せなくて、ここに居てほしい人がいないのは…辛かったかな……

キョーコは心の奥でしっかりとその想いを認識したが、口に出すことは出来なかった。
「ただ?」
「いいえ、なんでもありません!本当に敦賀さんのおかげで私は充実してますよ!さて、遅くなっちゃいましたけどご飯食べましょう」
キョーコはすくりと立ち上がると微笑んで振り返った。なぜか蓮の笑顔と体に残る傷跡が胸にずきりと突き刺さったが、「お腹すきましたよね」とキョーコはことさら明るく振る舞ったのだった。

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