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叶えたい願い (18)


こんばんはぁ~!ぞうはなです。
うわああ、ものすごいぽっかり空白が空いてしまった… 言い訳はともかくとして続きです。





キョーコは何も言えず、黙って立っているしかなかった。
心臓はずっとドキドキと速い鼓動を刻んでいるし、頭の中は堰を切ったように押し寄せてくる記憶で混乱してなかなか整理が出来ない。けれどもそれ以上に、こみ上げてくる気持ちが何なのかが自分で分からず、キョーコはひたすらにコーンをぎゅうと手の中で握りしめていた。

「ただいま。なんだかすごく久しぶりに感じるな」
蓮は最初に会ったときのようにゆっくりとキョーコに向かって足を踏み出した。最初に会ったときと違ってキョーコの顔には怯えの色はなく、近づいてくる蓮を戸惑ったような表情で見つめている。

「困ったことがあった?」
蓮はキョーコの前に立つと、右腕を上げてキョーコの頭をぽんぽんと軽く叩く。

キョーコは蓮の手が離れた自分の頭を無意識に押さえた。
懐かしい感触。嬉しいのか悲しいのかよく分からなくなって、鼻の奥がツンとする。
「困ったことはないんです…ないんですけど……」

キョーコは鼻を小さくすすり上げた。顔を上げるとえへ、と蓮に笑いかける。
「思い出せたらどうしても敦賀さんに会いたくなっちゃって…呼んじゃいました」
蓮は目をぱちくりとさせてキョーコの顔を見つめた。恥ずかしそうに笑うキョーコの目の端に光るものが見えて、蓮は困ったように息を吐く。
「まったく君は……」
「ごめんなさい」
キョーコは用もないのに蓮を呼び出してしまった事に気付き、謝った。しかし蓮はそっとキョーコの体を抱き寄せると、羽根で包むように柔らかく抱きしめる。

「聞こえたんだ。君の声…俺の名前を呼ぶ声が」
「はい…」
「ありがとう。思い出してくれて」
「いえ……でも私、敦賀さんの事を忘れてたなんて……」
「いや。仕方がないんだよ。普通は、思い出しもしないんだ」
「え?どうして…?」
不思議そうに聞いたキョーコの体を、蓮はもう一度少し力をこめて抱きしめた。


日はかなり暮れ、部屋の中は暗くなっているが、2人はその暗がりの中に座っていた。
並んで和室の壁にもたれ、蓮は膝を立てて、キョーコは正座を横に崩した姿勢で。

「関わった人間の記憶を消すなんて、そんな決まりがあるんですね……」
蓮はキョーコに、社によって記憶が封じられた経緯を語ったところだ。
「そう。俺たちの存在があまり広がっては都合が悪い。裏でおぼろげに伝えられるくらいでちょうどいいんだ」
「社さんは記憶を消す役割なんですか?」
「いや、そうと決まっているわけではないんだけど…得意なのと、手加減が出来ないから」
「なんですか…それ?」
「社さんは力が強いんだけど、なかなか制御が出来ないんだ。魔道具なんてその強い力で壊してばかりでね。だけど記憶操作は道具も必要ないし手加減もいらなくて…周りから重宝されてる」
「それはなんだかすごい話ですね」
「そうだね」


2人の間に沈黙が落ちる。
「宝田さんが私に高校を勧めてくれたってことにしたのも社さんですか?」
しばらく考えてからキョーコは口を開いた。
キョーコはこの短い間に自分の記憶の矛盾点に気がついていた。思い出してみればその辺りは実際にはすべて蓮の手配だったはずだ。なのに、自分の頭の中には確かにまだ宝田のことが残っている。
「そう。俺がそうするように頼んだんだ。まあ実際に君の高校を斡旋してくれたのはあの人だけど」
「敦賀さんは宝田さんとお知り合いなんですね」

ローリィは人間なのに、と不思議に思いながらもキョーコは何気なく確認した。しかし返ってきたのは意外な答えだ。
「知り合いって言うかね…あの人は俺が仕えてる人だから」
「仕えてる?え…宝田さんって……?」
「あの人は魔界の大王。俺が魔王と呼び名だけ「王」がつくのと違って、本当にあっちの世界の一角を治めてる」
「え、えええええええええ?人間じゃないんですか!?」
キョーコはローリィのことを思い出す。言動が変わってはいるが、お金持ちとはそういうものだと思っていた。それが悪魔だったとは、それも蓮の主人とは。

「そう、俺と同じ、あっちの住人。もっとも最近は人間の方に興味が移って大半の時間をこっちで過ごしてるけど」
「そ、そんなこととは……」

目を丸くしたキョーコを見ながら乾いた笑いを浮かべて蓮は髪をかき上げる。
「俺はこっちでモデルをやってると言ったよね。所属してるのも当然LMEだ」
「なるほど…… あ、じゃあ、宝田さんは敦賀さんが私と契約してたってことも?」
「もちろん知ってるよ。俺が戻った後の君の事を、あの人に頼んでおいたんだ」
「だから…足長おじさんとしていてくれたんですね」
「そう。俺は様子を見守って欲しかっただけで、そこまでは頼んでなかったけどね」

柔らかく笑う蓮の横顔をキョーコは見上げた。
こうして思い出せて再び蓮の顔を見られる事を、感慨深く思う。けれどこの時間はいつまで続くのだろうか。

キョーコの思いが伝わったのかは定かではないが、蓮はキョーコの顔に視線を落とすと口を開いた。
「君が思い出して呼んでくれたのも縁だ。しばらくこの部屋にいてもいいかな?」
「え、もちろんです!隣の部屋もそのままですし、いくらでも!!」
勢い込んで頷いたキョーコに、蓮は思い出したように尋ねる。
「でも、君は近々この部屋から引っ越すって言ってなかったっけ…?1人で暮らすには広すぎるし家賃も高いって」
するとキョーコは乗り出していた身を少し引いて、ごにゃごにゃと言い訳をした。
「いえあの…なんだかその、引っ越しちゃいけないって気がしてて……私は誰かを待ってるんだって、そう思ったので…」
「誰か?」
「……いえあの、なんでもありません」

恥ずかしそうに俯いたキョーコは、突然何かに気がついたように顔を上げた。
「あっ!そういえば…!」
言うなり立ち上がり、ばたばたと玄関に駆け込むと裸足のままドアを開ける。身を乗り出してきょろきょろと左右を確認してから廊下に一歩踏み出して下を確認し、人影がないのを確かめると ふう、と息をついて部屋に戻った。

「どうしたの?」
当然のごとく蓮に尋ねられ、「実は…」とキョーコは尚がバイト先に訪ねてきたことを話した。

「それはよりを戻したいってことじゃないの?」
キョーコの話を聞き終わった蓮はぽそりと言う。
「そんな、冗談じゃ!!!……大体、戻すような"より"なんてありませんし」
ぶつぶつとキョーコは口を尖らして眉をひそめた。
「でも彼は素直じゃないにしろ謝ったんだよね。その上で、君に感謝してお金も出すと言っている。君がしたいといっていた復讐が、完全ではないにしてもできつつあるんじゃないかな」
蓮の言葉に、キョーコは黙って腕を組むと考え込んだ。



翌朝、朝食を終えたキョーコはバタバタと準備に追われていた。

「んも~~~!あのバカが強引に車に乗せたりするから、自転車使えないじゃないのよ!」
前日バイト先のファーストフード店から車で家まで連れてこられてしまったため、自転車がバイト先に置きっぱなしになってしまっている。バカのおかげで余計な交通費がかかると、キョーコは不機嫌だ。

「敦賀さんはまだ部屋にいらっしゃいますか?」
「いや、俺も一緒に出るよ」
その言葉を聞くと、キョーコは小物入れから小さいキーホルダーを取り出した。
「じゃあこれ、また渡しておきます」
キョーコがぶら下げたキーホルダーをしばし見つめた後、蓮はそれを受け取る。
「ありがとう。借りておくね」

キョーコが急いで靴を履いて玄関を開けると、真正面に浅黒い肌の若い男性が立っていた。
「……!」
キョーコが声にならない叫びを上げると、男性は恭しく一礼してから廊下の外、下のほうをすっと指し示した。
「おはようございます、最上様。だんな様の命で自転車をお持ちしました」
「えっ?」
キョーコが思わず廊下の手すりから下を覗き込むと、確かに自分の自転車がいつもの駐輪場に置かれている。そして目を移せば、アパートの前の細い通りを完全にふさぐように長いリムジンが停まっていて、そのドアの横には1人の男性の姿があった。


キョーコが階段を下りていくと、車の横に立ったローリィは「よう」と手を上げた。
「おはようございます。自転車ありがとうございます。けどなぜ…?」
「なぁに、俺はなんでもお見通しってことだ。すまんな、今日はちょっとそっちの男に用事があるんだが、君は部下に送らせよう…」
「いいえ!自転車を届けてくださっただけでもう十分すぎるほどですから!ありがとうございました!!」
キョーコは深々とお辞儀をすると、自転車にひらりとまたがって「では!」と走り去る。

ローリィがその後姿を見送る間に蓮が階段を降りて横に立った。
「本当にあの子は変わってるな。なかなか興味深い」
「そうですね…人間をたくさん見ているあなたでもそう思われますか」
「ああ、なかなかの逸材だ。…さて蓮、車でゆっくり話を聞かせてもらうぞ」
とりあえずこの主人の要請の拒否は難しいと判断して蓮は素直に頷くと、ローリィとともに長い車へと乗り込んだ。


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