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叶えたい願い (17)


こんばんは!
さて、淡々と続いていきます~。





玄関のドアに寄りかかったまま、キョーコはじっと考える。
尚の謝罪や言葉など、どうでもよくなっていた。今思うのはただ一つ、なぜ自分はここに居続けて、そしてそれは何のためなのか。それだけが頭の中をぐるぐると駆け巡る。


「ただいま」と声をかけてこの部屋に帰れば、「おかえり」と出迎えてくれて。
遅くなっても待っていてくれて、一緒にご飯を食べて片付けて。
いつもあの人は…

キョーコは伏せていた顔をがばっと上げると、急いで靴を脱ぎ捨ててダイニングテーブルの横を抜け、奥の和室のふすまを開けた。

「そう、ここ…いつもあの人はここに座って外を眺めて……」

キョーコは持っていたトートバッグを和室の入り口に投げ出すと部屋の出窓へ近づいた。
長い足を片方折りたたんで出窓に乗せ、片方の足は畳へと投げ出してたたずむそのシルエットをはっきりと思い出すことは出来ないが、それは1年近くこの部屋に暮らした幼馴染の姿ではない。それだけは間違いなかった。

「私…誰を待っているの?この部屋に誰がいたの?」

キョーコは必死に思い出そうとするが、肝心なところはさっぱり抜けてしまっているようだ。
だけど不思議なことに、自分は1人には広すぎるこの部屋から引っ越そうとは思えなかった。ここから動いてしまったらすべてを失ってしまうような焦りがあって、キョーコは高い家賃を払ってこの部屋にいるのだ。

「なんでだろう…分からない……誰……?」

考えすぎて頭が締め付けられるように痛む。
けれど、思い出したい、思い出さなくてはいけない、と焦る気持ちだけが昂ぶって、いつものようにキョーコの心臓はどきどきと早鐘を打つ。

ぐるりと部屋を見渡しても手がかりになるものはひとつもない。
ふと視線を落としたキョーコは、自分が投げ出したトートバッグが倒れて中身がこぼれているのに気がついた。財布やタオル、カバンの上から半分顔を出したノートや教科書にまぎれて、小さいがま口が1つ、畳の上に放り出されている。

「コーン……」

キョーコはポツリと呟くと畳に膝をついてがま口を拾い上げた。
ずっと肌身離さず持ち歩いているはずなのに、高校に通いだしてからずっとその存在を忘れていたような気がする。これまでいつも、辛くなったらコーンを取り出して話しかけていたのに、これほど長い間この石を手に取らなかったのは初めてではないだろうか。

キョーコはがま口を開けて中から小さな石を取り出した。
「コーン…私ね、とても大切な人のことを忘れてる気がするの」

手の中で転がしてみるが、薄暗い部屋の中では石は光ることもなく沈黙を保つ。
「忘れちゃいけないのに…思い出したいのに……」

手の平の上の石を見つめていると、不意にキョーコの頭の中に1つの光景が浮かび上がった。

大きな手の中に収まる小さな石。
「砕けちゃったりしません?」
「いや、平気なはずだ」

天使のコーンがくれた石をまじまじと見つめていたのは…誰?
その人に石を渡したら砕けるかもって心配したのは…なぜ?

急に、幼い頃会った透き通るような肌の天使の顔が思い浮かぶ。
金髪に碧い目の、美しい少年の姿。そして頭の中のその姿が急激に大人へと変貌していった。

黒いさらさらの髪。
たくましい、けれどしなやかな腕と背中。
微笑みを湛えた吸い込まれそうな黒い瞳。


キョーコは膝をついたまま顔を部屋の中央へと向けた。

そうだ。あれは…悪魔。
驚くほど美しくて、悪魔らしく毒舌なのに、悪魔とは思えないほど優しくて。
漆黒の似合う、あの人。

キョーコはゆっくりと立ち上がった。
口の中がからからに乾き、心臓はこれ以上ないくらい跳ね回っている。キョーコはごくりとつばを飲み込むと、小さな声で囁いた。

「つるがさん…」


『ただ呼んでくれればいいから』
耳元で言われた言葉が蘇る。低く優しい声。ぼやけてはいるが、優しいその笑顔もぼんやりと浮かぶ。

「敦賀さん!」
コーンを両手で握りしめ、ありったけの思いをこめてキョーコは叫んだ。部屋の中心、少し前に自ら魔法陣を描いたその場所に向かって。


自分の声が部屋に響いた後、元の静寂が戻る。
キョーコが身じろぎしたその瞬間、ひゅるり、と風の音が聞こえた気がした。やがて部屋の中心にゆるやかに空気の渦が出来、それがあっという間に黒い竜巻となってキョーコの髪を吹き乱す。
あまりの突風の勢いに、キョーコは首をすくめて両腕で頭をかばった。耳元にも轟々と風の音が響くが、音は長くは続かずにすぐにぴたりとやむ。

すっかり風がおさまりキョーコが目を開けると、最初に視界に飛び込んできたのはひらひらと舞い踊る黒い何かだった。たくさん舞うそれは床に落ちる前に黒く光って消えていく。

羽…?黒い…羽……

キョーコが恐る恐る顔を上げると、部屋の真ん中には長身の男が立っていた。
目を伏せて佇むその姿は、頭の中にぼやりと思い描いていたのと同じ。ただ1つ違うのは、その背中に広がる真っ黒な翼だ。悪魔の羽根は蝙蝠みたいな形だと思っていたキョーコは、まるで大きな猛禽類のようなその羽根のサイズと濡れたような黒さに驚きを感じていた。

呆然と自分を見つめる少女に気がついた男は少女の方へと体を向けた。同時に男の背中の羽が一度大きく開いたと思ったら細かい羽をまき散らして一瞬で消える。

羽根に気をとられていて気がつかなかったが、改めてキョーコが見てみれば男がまとっている上着やパンツはボロボロで、肌も露わになっているしその肌にはうっすらと茶色い曲線がたくさん這い回っている。

「つるが…さん……?」
なんと言っていいのか分からず、キョーコはもう一度男の名前を呼ぶ。改めて顔を見て声に出してその名前を呼んだら、キョーコの頭の中に蓮と過ごした日々が押し寄せるように戻ってきた。その中には別れの朝の記憶もある。

「おかえりなさい……」

なんとか絞り出した震える声に応えるように蓮は少しだけ笑った。
「ただいま、最上さん」


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コメントコメント


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おもいだせました!

更新ありがとうございます。

蓮様お帰りなさい!
キョコさん思い出せましたね!
良かったです。
契約がなくてもキョコさんの側に
いて貰いたいです。
蓮様の事情が重そうですね。
続きが楽しみです

ponkichibay | URL | 2014/07/19 (Sat) 16:41 [編集]


Re: おもいだせました!

> ponkichibay様

コメントありがとうございます。
返信が遅くなりまして申し訳ありませんー!

蓮さんようやっとキョコさんのもとに戻ってきました。
さて、このまま居られるのかどうか…?

ぞうはな | URL | 2014/07/21 (Mon) 07:44 [編集]