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叶えたい願い (16)


こんばんはー。
さて、ばったばたの更新…推敲が…!





見渡す限り荒涼とした大地が続く。
たまに吹く風は緑のない茶色い地肌から砂埃を巻き上げ、ごつごつとした岩山の間を吹き抜けていく。

「蓮ー!ここにいたのか」
少し離れたところから声をかけられて、岩にもたれかかってたたずんでいた男はゆっくりと振り向いた。男の髪は舞い上げられた砂で少し薄汚れているが、その無表情な顔はどれだけ汚れてもその美貌を失ってはいないようだ。
しかし素肌にまとう裾の長い上着もパンツも、あちこちが引き裂けたり焼け焦げたりしていて、美貌とのアンバランスさがかえって男の底知れぬ恐ろしさを示しているように見える。

「こんなところまでどうしました?」
「どうしました?じゃないだろ、まったく」
崩れやすい岩山を登ってようやく蓮の隣まで辿り着いた社は、何か用かと言わんばかりに蓮に問われて呆れた顔で言い返した。それから、蓮の上着から覗く肌に視線を走らせて驚いたような顔になる。
「あれ、思ったより消えるのが早いな」

蓮もちらりと自分の体に視線を落とした。そこには蓮がキョーコとの契約を解除した時に刻まれた跡がうねうねと走り回っている。しかし当初は焼け焦げたように刻み込まれていたその跡は、現在はかなり薄くなり皮膚に色を残しているだけだ。
「そうですか?」
「ああ。前に見た奴のはかなり長い間残ってて…て、それはよくてさ。お前一体何人を消したんだ?」
「…正確には分かりません。俺は火の粉を払っただけです」
「まあそうなんだろうけど…この跡、力を使うとものすごい苦痛を与えるもんだと思ってたんだけど」
「別に…ものすごい、と言うほどのものではありません。ただ、最初のうちはそのせいで手加減が出来なかったのは確かですが」

契約解除の代償は、契約者に与えた印が自分の体に戻ってきて傷となるだけではなかった。体に刻み込まれた黒い痕跡は、魔力を使うたびに耐え難い痛みをその持ち主に与えるのだ。

蓮はその強い力とそれによって築き上げたポジションでこれまで一目置かれていたが、他人を引きずり落とすことを全く厭わない悪魔たちは、その蓮がハンデを負って戻ってきたそのチャンスを見逃しはしなかった。
いくら強大な力を誇っているとはいえ、力を使えない隙ならば倒せるに違いない。そう思う者たちが多かった。

こちらに帰ってきたその瞬間からすぐに、蓮は立て続けに戦いを挑まれ、立て続けに撃破してきている。痛みなど微塵も感じさせぬまま全く躊躇なく返り討ちにしているため、むしろ蓮の評価は以前よりも上がっているほどだ。周りへのとばっちりを考えてこちらの世界でも飛びぬけて殺風景なこのあたりに蓮は滞在しているのだが、噂が駆け巡ったのか、ここしばらくは誰も蓮を尋ねては来ていない。


もっと激しい痛みは…いくらでもある……いつまでも治まらずに痛み続ける傷だって。


社はなんとなく蓮の無表情の裏側にある感情を見たような気がした。
そのため、少しからかうつもりで振ろうと思っていたあちらの世界での話をすることもなく、「無茶だけはするなよ」と言い捨てて早々にその場を去ったのだった。



キョーコを乗せた車はやはり、キョーコの部屋の前で停車した。
パーキングブレーキが「ぎっ」と引かれ、尚が無言のままでドアを開けて表に出たため、キョーコもそのまま乗り続ける理由も見つからずに外に出る。

アパートの階段の方へと足を進める尚を見て、キョーコは不機嫌なまま声をかけた。
「どこ行くつもりよ。話があるならここで聞くわ」
尚は足を止めるとぎろりとキョーコを睨むが、一歩も引かない姿勢でキョーコが仁王立ちしているのを見て、車の運転席の男に合図を送る。男は軽く頷くと車を発進させ、キョーコと尚の元から走り去った。

「俺の部屋に俺が入って何が悪い?」
「どこが『俺の部屋』ですって?この部屋は私の名義で借りてるし、私が家賃を払ってるの。あんたに何の権利があるってのよ?」
「……」
尚はなぜかキョーコの言葉にばつの悪そうな顔になり、キョーコから視線を外してぼりぼりと頭をかいた。何か言いたそうにしているがなかなか口を開かない尚に、キョーコはイライラを募らせる。

「貴重な時間を無駄にしたくないのよ。話があるならとっとと終わらせてくれない?」
つっけんどんにトゲトゲの言葉を吐いたキョーコは、尚の言葉を聞いた瞬間呆気に取られて口を開けてしまった。

「悪かった」


『悪かった』?
今こいつ、謝ったの?
…なんで!?どうして!!??今まで何やったって謝ったことなんて……???


キョーコが驚いた顔をしているのを渋い表情で見た尚は、思いっきり息を吐き出してからイライラと言葉を続けた。
「俺がデビューにこぎつけたのも、そこまで挫けずにやってこられたのも、お前が支えてくれたからだってことに、気がついたんだよ。だから、それが当たり前だと思ってたことを、謝っとく」
「………」
キョーコはあまりのことにフリーズして、言葉を返すことが出来ない。「んだよその顔!」と尚に言われて、ようやく半分ほど意識が戻ってきた。

「な、何?何なのあんた、もしかしてなんか病気で余命宣告されたりしたの?」
「ようやく口開いたかと思えば、ロクでもねーこと言うな!」
「だってそうでもないとあんたがそんなこと言うなんてあり得ないでしょ!?あ、違うわ、もしかして何かの罰ゲーム…!」
「黙って聞け!」

なぜ謝る方の人間が偉そうにして怒っているのか。
ようやくキョーコは冷静に考えることが出来るようになってきてはいたが、それでも理解が追いつかない。

「まあもちろん、デビューしてからの活躍は俺の才能のなせる業だけどよ。…それでも、デビューできなかったらそれも難しかったとは思う」
「……それで何よ、だから何だって言うの?今頃そんなことに気がついたからって、どうしようっていうの」
「お前、最近高校に行きだしただろ」
「だから?」
「今日も学校終わるなりバイトに直行したりして、金がねーんじゃねーのか?」

キョーコはむっとした。
考えてみればキョーコのだるまや以外のバイト先を尚が知っているのが不思議だった。もしかして今日、学校を出てから感じた視線はこの男の…。

「ストーキングはやめてよ。大体、私が学校に通いたくてバイトしてるのの、どこが悪いのよ」
「悪いとは言ってねーだろ!」
「なら放っておいてよ。お金なんてなくたって、私は今が充実してて昔よりずっと幸せなのよ!」
「だから!お前がずっとバイトで稼いでた分を俺が出してやるって言ってんだよ!」

怪訝な表情でキョーコは尚を見る。眉間に寄った皺が「この男は何を言っている?」というキョーコの疑念を示していて、尚はそんな顔をキョーコにさせてしまう今までの自分の行動にも少しイラついて更に言葉を重ねた。
「お前の学費を出すくらい、今の俺にはなんてことねぇんだよ。お前もその方が楽だろ」

尚の言葉の裏側には、間違いなくキョーコに対する感謝の念があった。
ただ、良くも悪くも2人の付き合いは長く、ここまでに築き上げてきた関係性というものがあり、素直に心の中の感謝を表に出すことが出来ずについつい喧嘩を売るような物言いになる。
その言葉を聞く側のキョーコにしてみても状況は同じようなものだ。尚の口から出る言葉はまず100%が嘲りか見下しか、と思っているので、本人が素直に表に出せないものを汲み取ることなど出来っこない。

「じょ…だんじゃ……ないわよ……」
キョーコの言葉は怒りに震えて途切れがちになった。
「あんたのために稼いだお金は確かにドブに捨てたようなもんだけど…私はそれと一緒に愚かな過去も捨てたのよ…!」
めらめらと燃え立つどす黒いオーラに、尚は無意識に後ずさった。
「誰があんたなんかに……あんたからもらったお金なんて、使えるもんですか…」

尚はキョーコの迫力に気圧されながらも、今自分が立つそのすぐ脇のアパートの部屋をちらりと見上げた。かつて自分が1年近く住んだこの部屋。この部屋を出て以来少なからず感じていた疑問。それをなんとか言葉にする。

「お前本当は…俺が戻ってくるのを待ってんだろ?」
「は?…何言ってんの?」
キョーコはぼそりと吐かれた尚の言葉にバカにしたような表情を浮かべた。
「誰があんたなんか待つのよ。寝言は寝てから言いなさい」
「じゃあなんでここに1人で住んでんだよ。金に困ってバイトを詰め込むくらいだったら、もっと家賃が安い部屋に移りゃあいいじゃねーか。1人じゃ広いこの部屋に、高い家賃払って住み続けるってのはそういうことなんだろう」

キョーコの瞳が見開かれる。
驚いたような困惑したようなその表情を眺めて、尚は自分の予想が正しかったのだと確信したのだが、しばらくしてから口を開いたキョーコのセリフは予想とは違うものだった。

「違うわ…違う。私がここにいるのは、あんたなんかを待つためじゃない……」
「じゃあなんだって言うんだよ。おめーみてーにケチな奴がそれ以外の理由でこんなとこ」
「違う!私が待っているのはあんたじゃないわ。あんたなんかじゃない」

きっぱりと言い切られて、尚は内心ショックを受ける。しかしそれを表に出さないようにして笑い飛ばした。
「お前のその口ぶりじゃ、他にいるみたいな言い方じゃねーか。なんだ、さっきのバイト先のちゃらい長髪の男か」
「違うわ」
「じゃあ誰だ」

真顔に戻った尚を、キョーコは正面から睨みつけた。しかしすぐにその表情は困ったような泣きそうなものになり、キョーコは表情を隠すように顔を逸らすとアパートの階段へと歩き出した。
「返事をしろよ、キョーコ!」
「あんたなんかに教える義理はないわ」
キョーコは唇をきゅっと結んでこわばった表情のままそれでもきっぱりと答えた。階段の途中で立ち止まると、階段下までたどり着いている尚を見下ろす。
「だけどはっきり言える。私は、あんたなんかを待ってないわ。ここにはもう二度と来ないで」
そして尚に背中を向けるとそのまま何も言わず、1人で部屋に入って静かにドアを閉めた。


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