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君の魔法 (6)

シンプルな長いスカートをはいた細い背中が遠ざかっていく。
キョーコは砂のようなフワフワした歩きにくい地面を懸命に蹴って、遠くに見える背中を追いかけていた。
見える背中は近づくどころかどんどんと遠ざかっていく。キョーコは目に涙を溜めながら一所懸命に叫んでいた。

「おかあさーーーん!おかあさーーーん!」

嘲笑する男の耳障りな声がどこからか聞こえたような気がした。




急速に意識が浮上していく。

…今日は朝の当番ではなかったよね?
んん、でももう明るくなってるから起きなくちゃ……布団が気持ちいいなぁ…
……うう、なんか頭が痛い… 昨日飲み過ぎたかな…… 昨日?

キョーコはパチリと目を開けると、一気に飛び起きた。自分はベッドの上で寝ていたらしい。
辺りを見回してみると、そこは見慣れた自分の部屋ではなかった。

ここ、どこ??わたし・・・・????

ベッドに座ったままもう一度周りを観察する。そこは少ない数の家具が置かれた殺風景な部屋だった。二人部屋であるキョーコの部屋と同じくらいの広さがあり、家具や壁紙はキョーコの部屋より高級そうに見える。キョーコがいるのは一方の壁に寄せられた大きめのベッドの上だった。

窓際にこちらを向いて置かれた二人掛けのソファにキョーコの目が釘付けになる。
そこには、腕を組んでソファに斜めに座り、長い足をオットマンに乗せて目をつぶっている小隊長の姿があった。

うわあ、寝てるのにきれいだわ…男の人なのに… ん? 日の光のせいか、髪がキラキラ、光ってる…?綺麗…

キョーコはうっかり寝ているレンの姿に見とれてしまったが、一瞬で現実に引き戻された。

って!どぇええええええ????
な、なんでツルガ様が??も…もしかしてぇ……ここはツルガ様の部屋っ??

叫びだしそうになるのを必死にこらえ、パニックでぐるぐるする頭を抱えてキョーコは懸命に昨日のことを思い出した。

昨日は…警備の当番を終えて、城下のパブでの歓迎会に参加して…参加して?

速いペースでワインをあおった事は覚えているが、その後の記憶が見事に無い。
急に眠くなって、ヒカルに何か言われながらちょっとだけ、と思って机に突っ伏したような気がするが、何がどうなったらこんな状況になるのか。キョーコは懸命に欠けた記憶を思い出そうとしてみたが、頭も痛くて考えがまとまらない。

「目が覚めたか。気分はどう?」

急に声をかけられて、キョーコはベッドの上で文字通り飛び上がった。

「うひゃああい!!だ、大丈夫です!!!」
慌てて振り向きながら返事をすると、いつの間にか起きていたレンがソファに座ってこちらを見ている。キョーコの慌てっぷりがおかしかったのか、クスリと笑みをこぼすと立ち上がった。

「頭が痛くはない?少し水分を取っておいた方がいい」
レンはテーブルに置かれた水差しからグラスに水を注いだ。
「あ!あの!!私、何故… あっ!ここはツルガ様のお部屋なんですか??」

レンはグラスをキョーコのところまで運ぶと、ベッドの端に腰掛ける。キョーコはお礼を言って差し出されたグラスを受け取り、口をつけた。

「そう、ここは俺の部屋。昨日のこと、覚えてる?」
「パブで飲んだことしか…」
だろうな、と頷いてレンはキョーコの顔をじっと見た。
「君がパブで酔いつぶれて寝てしまったので、ここに運んできたんだよ」
「ツ、ツルガ様がですか?」
無言で頷くレンを見て、キョーコの顔がみるみる白くなっていく。
「も、申し訳ありません!!!運ばせた上にベッドまで占拠してしまって…」
「ああ、まあそれは構わないんだけどね」
「でも…」
キョーコは半泣きだった。ただでさえも初対面で怒りを買っているのに、またもや大失態をさらしてしまったとオロオロしている。

「いや、それは本当に気にしなくていいよ。けど……ちょっと危機意識がなさ過ぎないか?」
え?とキョーコは反射的に聞き返した。何がですか、と聞きたげな表情を見て、レンが呆れた顔をする。
「あんな男の群れにいて、酔いつぶれたらどうなるか、分かりそうじゃないか?それとも、それでも構わなかったの?」
キョーコは困惑したように言葉を返した。
「え?あ、いやでも、私こんなんで地味で色気もないですし、誰もそんな好き好んで……」

この子は本気で言ってるのか?
昨日のパブで見ただけでも、少なくとも2人は『あわよくば』を狙っていたと言うのに?
ここまで鈍い子を見るのは初めてだけど… よく今まで無事だったな…

レンはキョーコの手のグラスを取り上げるとベッド脇のサイドテーブルに置いた。そして、キョーコの肩に手をかけてベッドに倒し、そのまま上にのしかかる。上からぐっと顔を寄せると、キョーコの耳元で囁いた。
「じゃあ、そんな君が男と二人っきりになるとどういうことになるのか、その身で確かめてみる?」

一瞬呆然とされるがままになっていたキョーコは、ようやっと自分の状況に気がついたのか、急にレンの下で暴れだした。当然、レンはそれを予想していたため、キョーコは腕も足も動かせない状態で、どうにも身動きが取れない。

「た、確かめなくても分かりました!!分かりました!!!分かりましたから~~~~~~!!!」

あっさりと解放されたキョーコは、レンのお説教を食らっていた。
「色気がどうとか、地味とか派手とか、そんなのは関係ないんだ。女だってだけで食らいつく男だっているんだから」
「申し訳ありません…」
「体術を心得てたって同じレベルの男が相手だったら力の差で太刀打ちできないことは分かるね?」
「はい、よく分かりました…」
「実際、昨日は誰が君を連れて帰るかで小競り合いまで起きたんだ」
「ええええっ??」
「俺がいなくてそのまま連れて帰られていたら今頃…」
「き、気をつけます!!今後は、肝に銘じます!!」
「よろしい」

キョーコはまだ青い顔でブツブツ言っている。どうやらそういう経験がないらしい少女に少しやりすぎたかな?とレンは思ったが、これで懲りて気をつけてくれたらそれに越した事はない。それに…と、レンはキョーコをまじまじと見つめながら思った。

こんななりをしていると地味かもしれないが、ちゃんと着飾ればそれなりになるんじゃないか?

この子は、このなりでは地味に見えるかもしれないが、顔立ちも整っているし、着飾ればちゃんとそれなりになるのではないか?

「自分を卑下しているようだけど、君は魅力的な女の子だよ。自信と自覚を持った方がいい」
レンは柔らかい口調で言い聞かせるように言った。しかし、キョーコは口をぽかんと開けてレンを見ている。言われたことに対して本気でびっくりしているようだ。言われ慣れてない言葉なのだろうか?この子を気にしていた男どもは一体何やってるんだ。賛辞の一つも口にしていないのか?

「か、からかってますか?」
挙句の果てに出てきた言葉がそれか。レンは本気でため息をついた。
「そんなことで女性をからかうほど俺はひどい男じゃないつもりだけどな」
すみません!と慌てて謝るキョーコは青い顔をしている。どうも、昨日も今日もレンにおびえている様子がありありと分かる。

やっぱり、初対面がまずかったか…。

レンはキョーコを真っ直ぐ見つめ、切り出した。
「俺は、君に謝らなくちゃいけないことがあるんだ」

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