
週末ですね。今回はキリのいいところ、と思ったら少しだけ短いです。
まあ、当たり前だよな…あいつに「ついてくるか?」って聞いたのはそのためだ。あいつにはそれくらいしか能がねえし。
大体、俺みたいな男がそんな貧乏くせえ所帯じみた事出来る訳ねえ。
一瞬反省しかけたその思考を打ち消すように尚は自分で自分に力強く言い聞かせた。
真面目に聞いているように思える尚に機嫌を良くしたのか、プロデューサーの語りは続く。
「下積みってのは生活を成り立たせながらの地道な活動だからな。まあ、夢をしっかり見ていないと挫折するよな。どこに曲を持って行っても返事も来ないなんてことになると自信すら打ち砕かれる。それでも諦めない、自分との勝負だと俺は思ってるんだ」
確かに…東京に出てきたばかりの頃はレコード会社にデモCDを送ったって何の反応もなかった。
何か自分の曲に足りないモノがあるのかと悩んだりもしたが、そんな時に自分を奮い立たせてくれたのは…。
『大丈夫!ショーちゃんの歌がすごいのは私良く知ってるもん!絶対デビューしたらトップミュージシャンになれるって。だってほら、今テレビに出てるあの歌手と比べたって、ショーちゃんの方がずっと格好いいし歌もうまいし曲も素敵だし!大体この歌手は自分で曲書いてないんでしょ?ショーちゃんに敵う訳ないって!!』
プロデューサーに覗きこまれるように言われて尚は我に返った。
「不破君はそれを乗り越えてきたんだから見た目よりよっぽど根性あるんだな!」
「いや…そんなこともないっすよ。ただ無我夢中だっただけで…」
うん、謙虚なのもいいぞ!とプロデューサーは上機嫌だ。
上の空で相槌を打ちながら、それでもその後尚はプロデューサーの話などそっちのけである一つの事をずっと考え続けていた。
「じゃーね」
「バイバーイ」
「今日さ、どこに寄ってく?」
高校の下校時刻には門の前はにぎやかになる。
体育館からはボールが弾む音が聞こえ、校庭ではサッカー部がランニングをしているが、キョーコはその中を自転車で通り抜けていた。
「わぁ~~、遅刻ギリギリ!いっそがないと!」
時計にちらりと目をやると、思い切りペダルを踏んで加速する。
ぞろぞろと歩く生徒たちを縫うように進み、キョーコは校門前の道路をぐいぐいと飛ばして行く。途中の信号が赤に変わりキョーコは停止を余儀なくされたが、ハンドルに手を置いたままぼうっと信号を見上げていて、ふと視線を感じた気がして振り返った。
振り返った歩道には同じ高校の生徒が数名と子供連れの母親しかいない。車道には数台の車が信号待ちで止まっているだけだ。
おっかしいなー?なんか、見られてる気がするんだけど…
しかし信号が青に変わるとキョーコは慌てて自転車を発進させ、なんとかバイト先に時間通りに駆け込んだ。
初夏の季節ではファーストフードでの数時間のバイトを終えてもまだ外は明るい。
「ああ、ちょっとちょっとキョーコちゃん!」
キョーコが着替えて帰ろうと表に出たところで、ゴミ出しをしていた村雨に呼び止められた。
「はい、なんでしょうか?」
「今日って暇?」
「え…?今日ですか?」
この日はだるまやの定休日。どうやら村雨は以前カラオケに行った曜日を覚えていて声をかけてきたらしい。
「暇…というか、バイトは終わりですけど」
キョーコは少し言葉を濁す。バイト三昧でなかなか家で過ごす時間がないため、だるまやのバイトがない日は家でのんびりとしてから掃除や洗濯に精を出すと決めているのだ。
「じゃあさ、またどっか行かない?俺ももう今日は上がりだしさ」
「えと…皆さんでですか?」
「あー、そうだな、都合のいい奴がいたら。まあこの時間で上がりの奴がいるかどうか分かんないけど」
いなかったらどうするのだろう?とキョーコが思った瞬間、視界に向こうからずかずかと近づいてくる男の姿が入った。
「キョーコ!ぐずぐずしてんなよ!」
ぶっきらぼうに言い放った男はサングラスをかけているが、キョーコには誰だかすぐに分かる。間違いなく男は幼馴染の不破尚だ。ただ、なぜこんなところにいるのかという驚きの方が大きくて何も言えずに固まってしまった。
「キョーコちゃん?」
村雨も怪訝な顔で男の方を見ながらキョーコに尋ねる。キョーコはハッと我に帰って眉を吊り上げた。
「何よいきなりこんなところに来て!何の用なのよ」
「何でもいいだろ、顔貸せよ」
「はあ?何寝ぼけてんの?んなこと言われてはいそうですかと行くとでも…」
キョーコの不機嫌な返答に構わず、尚は乱暴にキョーコの腕をつかむ。ぐいと引っぱって歩き出したところで村雨が「待てよ」と声をかけて尚の肩に手をかけた。
「ああん?」
尚が振り向くと村雨が自分を睨みつけているのが嫌でも目に入る。尚は負けじとサングラスの奥から村雨をにらみ返した。
「キョーコちゃん嫌がってるだろうが。男のくせに女の子に乱暴する奴は最低だな」
「放っとけよ。こいつとは付き合いがなげーからいいんだよ。あんたよりずっとな」
至近距離でにらみ合う男2人にキョーコは慌てて割って入った。
「ご、ごめんなさい村雨さん、このバカがご迷惑を…!」
「キョーコちゃん、こんな奴の言う事聞くことねーよ」
「キョーコ!俺が話があるんだよ」
またギリギリとにらみ合う尚と村雨。
ふと、尚がサングラスを上にずらして素顔をさらした。途端に村雨の顔に驚きが広がる。
「キョーコ、ちょっとこい!」
再度キョーコの手首をつかむと、尚は有無を言わさずキョーコを引きずってちょうど目の前に止まった車へと押しこみ走り去った。
しばらくしてから村雨は我に返った。
「うっそぉ…今の、不破尚だよな?え、マジ?なんでキョーコちゃんに?」
「どこに連れてく気よ?」
キョーコは尚に噛みつく。自転車を店の前に置いてきた事を尚に向かって主張しても、尚は固い顔で前を向いて答えようとしない。運転席でハンドルを握るサングラスの男はこちらに関わらないようにしているようだ。
「今の男はお前のなんだ」
やっと口を開いたかと思えばキョーコの質問とは全く関係のない問いだ。キョーコはむっとして言い返す。
「はあ?何よ、聞く前にこっちの話をちゃんと聞きなさいよ!」
「なんだって聞いてんだよ!」
大声を出した尚にびっくりしてキョーコは少しひるんだ。
「なにって…ただのバイトの先輩よ!」
「ふん…どうだか」
「何なのよあんた!大体ねえ、村雨さんが私のなんだって、あんたに口出しされるような覚えはないわよ!」
尚はだんまりを決め込んだようで前を向いて口を結んだままだ。キョーコは諦めてどさりとシートに身体を投げ出し、尚から顔をそむけるように窓の外に目をやった。
見慣れた景色がいつもより早いスピードで後ろに流れ去り、どうやら車は自分の住む部屋へと向かっているようだと言う事にキョーコは気付いた。
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