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叶えたい願い (13)


おこんばんは~。
ぞうはなです~~。

続きです~~。





長袖のシャツを着た蓮の肌はあまり見えない。それでも首元にも走る黒い筋と袖口や襟元からシュウシュウと立ち上ってくるたくさんの煙、一瞬だけ歪んだ蓮の眉を見れば、ほぼ全身に模様が駆けまわり、苦痛を与えている事は間違いなさそうだ。

「だ、大丈夫ですか!?」
思わず叫ぶように声を上げたキョーコに、蓮は苦痛を感じさせないようないつもの微笑みを浮かべる。
「大丈夫だ。気にしなくていい」
「契約を解除したら敦賀さんの方が罰を受けるんですか?そうだって知ってたら私…!」
涙目で見上げてくるキョーコの顔を見つめると、蓮はゆっくりとその腕をキョーコの頭へと伸ばした。ぽんぽん、と軽く叩くように撫でると口を開く。
「大丈夫。…君は悪魔の俺にも優しいね。だから大丈夫。君はきっと憎しみや恨みに飲み込まれずに幸せになれるよ」
「違います…悪魔とかそんなのは関係なくて私は敦賀さんだから…!」

キョーコは言いかけた言葉を飲み込むと黙って両手で蓮の手を取った。袖口から覗く焦げているような傷跡に眉をひそめ、視線を落したままぽつぽつと話しだす。
「私が憎しみに飲み込まれなかったのは敦賀さんがいてくださったおかげです。ただ憎むだけじゃなくて、これから自分がどうしたいのかを考えろって、敦賀さんが言ってくださったから…」
ぽろりとキョーコの目から一筋涙がこぼれる。キョーコは慌ててごしごしと目をこすると誤魔化すように頭を振った。
「すみません…でもあの、本当にありがとうございました。私、敦賀さんがくださった言葉を忘れないで頑張ります」
「うん……そうだね」
「も、もし!こちらでまたモデルの仕事して…その、卵焼きでも何でも、食べたくなったら来てください!私頑張って美味しいの作りますから!!」
キョーコは精一杯の元気な声と笑顔を作って蓮を見上げた。

「ありがとう。最上さんも元気で」
蓮はもう一度キョーコの頭に手を伸ばす。ぽんぽん、と軽く触った瞬間キョーコの口元がふるりと震えて歪み、両目から大粒の涙がはたはたと零れ落ちた。
「初めて……名前、呼んで……」

蓮はキョーコが小さく小さく呟いた言葉を確かに聞いた。
ゆっくりと両手を伸ばすとキョーコの肩を引き寄せて、力強く抱きしめる。その胸にすっぽりと包まれてしまったキョーコには見えなかったが、蓮は眉間に皺を寄せたまま固く目を閉じ、何かに耐えるような表情を浮かべた。しかし、抵抗もせずに腕の中に収まっているキョーコが「ひくっ」と小さくしゃくりあげて蓮のシャツをぎゅうと握りしめていることに気がつくと、蓮は眉間の皺をほどいて長く息を吐き、意を決したように目を開く。

「最上さん」
「…はい」
小さく返事が返ってきたことを確認し、蓮は腕をほどかないままにゆっくりとはっきりと語りかけた。
「もし…もしどうしても1人では頑張りきれなくて…俺が必要なときは、いつでもいい。俺を呼んで。必ず君のところに戻ってくるから」
腕の中でキョーコがこくりと頷くのを感じ、蓮は言い聞かせるようにもう一度言う。
「儀式も魔方陣も何もいらないんだ…ただ、呼んでくれればいいから」
キョーコは再びこくりと頷いた。
蓮はもう一度しっかりとキョーコを抱きしめ、それからキョーコの耳元で何かを呟いた。途端にキョーコの体から力が抜け、シャツを握っていた手も外れてだらりと落ちる。

「社さん」
キョーコの体をゆっくりと床に横たえると、蓮は空中に向かって呼びかけた。
すぐに社が玄関のドアを開けてしっかりと靴を脱ぐと、蓮の元へとやってくる。
「おお、別れは済んだか?」
「なんで今日に限って玄関から来るんですか」
「お前がこの間そうしろって言ったんだろ!」
「今日が今までで一番、そんなのどうでもいい時ですよ」

他愛もないやりとりを繰り広げながら社がキョーコの方へしゃがみこむと、入れ替わりに蓮が立ち上がって一歩下がる。
「あーあ…泣かせたな」
キョーコの頬の涙のあとを見て社がちらりと蓮を伺う。
「泣くとは…思わなかったんです」
「だからとっとと片付けろって言ったのにさ。お互い辛いだけじゃないか」
「だからこうやって社さんにお願いするんですよ」

社は左手の指で右手の手首の内側をつまんだ。素手に見える社の右手には、何か薄くて透明なものがかぶせられているようだ。
「本当にお前の記憶全部封じちゃっていいんだな?」
「はい」
「言っとくが、知っての通り俺は出力の加減が出来ないんだぞ?」
「中途半端に記憶を残してもそれこそ辛いだけでしょう。いつも通り、俺のことは全部消してください」
「わかったよ」

社が右手からするりと透明な手袋を外すと、部屋の気温が一気に下がる。
「あ、それから…」
「ここに来る前に社長に呼び出されて全部話は聞いた。任せとけって」
蓮が口を開いた瞬間社はそれを遮って答えた。社の言葉に頷いた蓮は、再び口を閉じてじっと横たわるキョーコとその頭に手を当てる社を見守る。
「さてと…ちょっとごめんね、キョーコちゃん」
社の指先から冷たく光る無数のツララのようなものが飛び出してキョーコの頭に吸い込まれていくのを確認し、蓮はそっと部屋から出て行った。


「…んん……」
身じろぎしたキョーコは自分のおでこが固いものに当たっているのを認識して身じろぎした。

あれ?今何時??

急激に思考が回復してキョーコはがばっと頭を上げる。
どうしたことか、自分はダイニングテーブルにつっぷして寝ていたらしい。周囲は明るいし、確か今は朝だ。キョーコは視線の先に置かれた時計の針の位置を3秒ほどじっと確認し、それから勢いよく立ち上がった。

「えええ?何で私、こんなところで寝てるの??…準備は…できてるわよね!急がないと!」

玄関の壁に立てかけられているカバンを引っつかみ、キョーコは靴をつっ掛けてドアを開け表に出る。鍵をかけると階段を駆け下り、自転車を引き出して素晴らしいスピードで走り去っていった。

「んーーー。急いで行っちゃったからよくわかんなかったけど、まあ大丈夫だよな。って…あれ?蓮?」

キョーコのアパートの隣家の屋根から様子を見守っていた社はきょろきょろと周りを見回した。ついさっきまで一緒にいたはずの長身の男はいつの間にか消えてしまって見当たらない。

「なんだよ…自分のこと忘れちゃったキョーコちゃん見るのが辛かったのか?…ったくもう、あいつはなぁ……さて、俺は俺の仕事っと。えーっと、キョーコちゃんの幼馴染ね…」
社はぶつぶつと呟くと、次の目的地へ向けて姿を消した。



季節は少しだけ進み、夏に向けた衣替えの当日。その日は朝からしとしとと静かに雨が降っていた。

夏服の制服であるブラウスとスカートに身を包んだキョーコは自室の窓から外を伺ってため息をついた。
「まだ梅雨前なのにな…これだけちゃんと降っちゃうと自転車は無理かあ…」
高校へは電車でも通学が可能だが、その分出費がかさんでしまうのが痛い。けれど天気予報でも断続的に1日雨、と言っていたし、折角の新品の制服をいきなりずぶ濡れにするのも躊躇われる。
「しょうがない、電車で行こう!」

決心するとキョーコは急いで準備をした。自転車を飛ばすより電車の方が時間がかかるので、早めに出なければいけないのだ。
玄関で靴を履くと傘立てから傘を引き出し、表に出る。外廊下は屋根があるため濡れはしないが、空気が極限まで水分を含んでいるようでじとっとして体にまとわりついてくる。

キョーコはドアを閉めると鍵をしっかりとかけ、さて行こう、とくるりと振り返り、その直後に声にならない叫び声を上げた。
部屋を出たとき廊下には誰もいなかったはずなのに、突然目の前に浅黒い肌の若い男性が現れたのだ。驚くなと言う方が無理だ。

「おはようございます、最上様。お迎えに上がりました」
男性はキョーコの驚きっぷりを見事に受け流して声をかけてきた。
「お迎え…ですか?」
「はい。旦那様が車でお待ちですのでどうぞ」

何やらよく理解が出来ないままキョーコは男性に続いてアパートの階段を下りる。執事の格好をしたその男性は自分の住む庶民的なアパートとはあまりにアンバランスだが、階段を下りる途中で見つけてしまった道端の光景は更に場違いだった。

えらく長い車が、長さには負けるが十分に広い幅で狭い道路をふさぐように止まっている。つやつやと光る黒い車体は雨をはじき、その威圧感にキョーコは圧倒されるばかりだ。しかしキョーコはすぐにその所有者に思い当たり、執事の男性に促されるまま後部座席に乗り込んだ。

「おはようございます、宝田さん。わざわざこんなところまでありがとうございます」
「やあおはよう、最上君。なぁに、俺が久しぶりに君と話したくてな。学校までの間、少し話をしていいかね?」
「はい、もちろんです」
車の広々としたシートに座って足を組んでいるのはローリィ宝田だった。フリルがたっぷりついたブラウスにぴったりとしたジャケットと言う中世のいでたちでローリィはキョーコににやりと笑いかける。

キョーコが頷くと同時に静かにドアが閉められ、やがて音もなくするりと車は動き始めた。


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