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叶えたい願い (12)


こんにちは!ぞうはなです。
どったばったで更新が遅くなりましたー。
ということで、不思議な時間帯ですが続きです。





キョーコが眠れぬ夜を過ごしているその時、蓮はこっそりと部屋を抜け出していた。
蓮が今いるのは高い天井にきらびやかなシャンデリアが吊るされた、なんとも広くて豪華な部屋。部屋の入り口から部屋の主のいるところまでは全力疾走しても3秒くらいかかりそうだ。

蓮がまっすぐ部屋の奥へと進んでいくと、猫足ソファの上から声がかかった。
「おう蓮、どうしたこんな時間に?」
「夜分遅くに申し訳ありません」
「かまわねえよ」

ソファに座っているのはかなりがっちりとした大柄な中年男性だ。肩に届く黒髪と口ひげが男に野性味を与えている。
男は白いシャツに黒いパンツとシンプルな服装だが、シャツはよく見ると驚くほど精細な刺繍が施され、指にたくさん光る大きな石は1つで家が1軒くらい買えそうだ。
「なんだ、仕事は今日で終わりだったんだろう?まだ足りねーならいくらでも回せるぞ?」
「その仕事じゃなくて、今日は本業の方でご相談がありまして」
「なんだ、珍しいな」
男はくゆらせていたワイングラスをこれまた高級そうなテーブルに置くと、ソファに上げていた足を下ろして座り、正面のソファに座るよう蓮を促した。

男は蓮がモデルとして所属する芸能事務所LMEの社長、ローリィ宝田だ。
ローリィは一代で事務所を業界最大手まで育て上げ、人気芸能人を多数抱えるやり手の社長だが、一般の人間には知られていないもう1つの顔がある。


「例の女子高校生か。社にある程度は聞いてるが、なんか難しいことがあるのか?」
「いえ、難しくはありませんが、明日あちらに戻ろうと思っています」
蓮はソファに腰を下ろしながらさらりと答えた。ローリィにグラスを勧められるが手で制して辞退する。
「契約は終わったのか?」
「いいえ」

ローリィは口の端をゆがめて笑うと面白そうに蓮の顔を覗き込んだ。
「なんだぁ?お前が、珍しいじゃねーか。っつうか、不履行なんて初めてだな」
「はい」
「理由はなんだ?」
「特に大きなことはないですが…彼女は自分の力で願いを叶えられることが分かった、それだけです」
「ほう……で、相談ってのは何だ」
「俺があちらに戻った後、彼女についてお願いしたいことがあります」


ひとしきり蓮の話を聞くと、ローリィは再度グラスを取り上げてワインを喉へと流し込んだ。
「なるほどな。それは構わねぇが…お前はそれでいいのか?ペナルティを引き受けてまで彼女の契約を解除するってのは相当のことだ。これまでもあれこれ世話やいてやってたもんなあ。本当はこのまま彼女のそばにいてやりてーんじゃねーのか?」
「…それは無理ですよ」
蓮は膝の上で固く両拳を握りしめていた。

つい先ほどの短い時間が思い出される。
不安げな表情に突き動かされて思わず抱きしめてしまった華奢な体。それを合図にするかのように、許されない感情が湧きあがってきてしまった。兆候はもっと前からあった。けれど、ありえないことだと自身の気持ちを無視してきた。その反動が一気に訪れたかのようだ。
だけど、自分は彼女の憎しみを晴らすために呼び出され、契約を結んだ悪魔だ。彼女の望みを叶える、それ以上のことを望むことは許されない。

「お前は本当に真面目だな…俺の目の前に落っこちてきた時から何も変わってねえ。その真面目なツラの裏側でいじいじと悩んでる辺りもな」
「……」
「まあでも契約相手にそれだけ関心が向くのは初めてだな。やはりお前は観察のし甲斐がある」
「社長……」
「お前が光を保ったまま落ちてきた時にゃあ驚いたがな。大抵天使は光を失ったから落ちてくるのにな。珍しいパターンだ」

蓮はがくりとうなだれてため息をついた。
「もう何回目ですか、そのお話は」
「年寄りは昔話が好きなもんだ」
ローリィが葉巻を取り上げるとどこからともなく従者が現れてすっと火を差し出した。
「こっちで生きたきゃそれでいいんだぞ?」
「ですが…俺はあなたのおかげであちらに居場所が出来て、ここまでやって来られました」
「お前が面白れぇから俺が拾っただけだ。それ以上でもそれ以下でもねえよ。いい加減、悪魔らしく自分の欲求どおりに生きてみりゃあいいだろうに」
「俺にはあちらでの責務もあったはずですが」
「そんなのお前に生きがいを与えるだけの口実にすぎねぇよ。今すぐ放棄したっていい。俺が約束してやろう」

一言口を開けば10倍ほど畳み込まれて、蓮は圧倒される。しかし、その首を縦に振ることはしなかった。
ローリィは煙を吐き出してしばらく蓮の顔を眺めていたが、やがてにやりと嫌らしい笑みをその顔に浮かべる。
「まさかお前、自信がねぇのか?」
「……自信と言うか…彼女にとって俺は単に契約した悪魔、と言う存在ですから」
「だけどなぁ…自力で望みを叶えられるような人間が、偶然お前を呼び出せるか?彼女とお前の間にはなにか縁がある気がするんだがな」
ローリィの言葉に、蓮は瞬時に理解した。
自分とキョーコの縁。それはもしかしたら、過去の京都の川原からずっとつながっているものなのかもしれない。
けれど、それが本当に今後も続いていくものなのか、太くしっかりしたものなのか、たまたますれ違っただけの細いものなのか、蓮にはさっぱり分からない。

「縁と言われましても…それが必ずしも…」
「ふん、結局は当たりもしねぇで諦めようとしてるんだな?」
「う……当たるも何も……」

おお…こいつのこんな自信なさげな顔、久しぶりに見るな。

ローリィはじっくりと目の前の男の顔を眺めてしまった。
悪魔としても人間としても、天使だとしたって(いや、黒髪の天使はいないだろうが)極上のルックスを持つ男が、十代の割と普通(と社からは報告を受けている)な少女に対して自信を喪失している姿はそうそう拝めるものではない。

まあ仕方ねぇか…こいつはこんなんだが今まで真面目に異性と向き合ってこなかったからなぁ…

それは逆に言えば外見のいいものの定めかもしれない。
そんな蓮が初めて真摯に向き合った相手。ローリィの勘では、悪い方向には転ばないような気がする。

「蓮、俺と賭けをしねえか」
「賭け…ですか?」
「ああ。俺が勝ったらお前は俺のいうことを聞け。お前が勝ったらなんでもいう事を聞いてやろう」
「勝ったとしても大王にそんな事など」
「こちらでは"社長"だろうが?いいか、賭けの内容はな…」
そうして、ローリィは当然のように蓮を賭けに巻き込むことに成功したのだった。


チュンチュンチュン。

外ではのどかに雀の声が聞こえ、食卓に並ぶ卵焼きやみそ汁もほのぼのとした日本の朝食なのだが、部屋の中には緊張感がみなぎっていた。
会話禁止が前日の夜から継続しているような静けさの中で、昨日と同じく蓮とキョーコは黙々と箸を運ぶ。

「あの…今日帰るって仰ってましたけど、それはいつ…?」
沈黙に耐えかねてキョーコが口を開いた。蓮は昨夜と同じく淡々と返事を返す。
「うん。実は朝起きたらすぐと思ってたんだけどね。君が朝ご飯を用意してくれたから、これを食べたら、と思ってる」
「そうですか…」

これが蓮との最後の食事になるなら、こんな普通の和食じゃなくてもう少し豪華にすればよかっただろうか?
キョーコは思わず自分の皿を見おろしながら思ったが、悪魔が帰るのに祝いもおかしいしそもそも朝ご飯で御馳走って…と思考がストップする。ちらりと蓮の顔を伺うと、蓮は少し寂しそうに笑いながらポソリと言った。
「最後に君の卵焼きが食べられてよかった。すごく美味しい」
「あ、ありがとうございます」
嬉しくなって反射的にお礼を言ったものの、直後にぎゅうと胸が締め付けられるような気がして、キョーコは誤魔化すように慌ててご飯を口に詰め込んだ。


食事が終わり、キョーコは制服に身を包んだ。
蓮はこのまま帰ってしまうのだろうか?と思っていたが、支度が済んだところを見計らったように声をかけられ、キョーコはフローリングの部屋へと入った。
「さて、少し時間をもらうけど、大丈夫かな?」
「あ、はい。学校に行くまでには少し余裕がありますので」
「うん、じゃあ、始めよう」

始めるって、何を?とキョーコは思ったが、蓮に促されて左手を上げればそこには契約の印がしっかりと刻まれている。

これ…どうなるの?

疑問が浮かんだ瞬間、キョーコの左手を取った蓮が何かを呟くと印が刻まれた時と同じように、模様が生き物のように動きだした。キョーコの手の甲をウゴウゴと動き回った模様は、やがて目的地を見つけたかのように蓮の方へと動き出し、2人の手が触れた部分から蓮の腕の方へと移って行く。

「…きゃっ!」

キョーコが小さい悲鳴を上げたのも無理はなかった。
模様がキョーコの手の中に動いていた時は痛くもかゆくもなかったのに、蓮の手に移った瞬間、模様が動きまわった軌跡が黒い筋となって蓮の肌に刻み込まれていく。そして同時に黒い煙が立ち上り、蓮が小さくうめき声を上げたのだ。



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