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叶えたい願い (10)


こんばんは!ぞうはなです。
さてさて、続きですーー。





いつもと変わらず授業を受けて校門を出ようとして、キョーコはぴたりと立ち止まった。
校門の横の電柱に寄りかかって下校中の生徒を眺めているのは、見覚えのあり過ぎる男だったのだ。深くかぶった黒いキャップの縁から金髪の髪が見え、サングラスはかけているものの生徒たちもその男の少し一般人とは違うルックスに「誰?」などとチラ見しつつヒソヒソと話しながら通り過ぎていく。

関わりたくはないが、校門を出なければバイトに向かえない。自転車に乗ってスピードを上げて通り抜けようか、と思案している間に向こうがこちらに気がついてしまったようだ。男はゆっくりと校門の真正面に立つと、腕組みをしてサングラスの下からキョーコを睨みつけている。

キョーコは学校で騒ぎを起こすのもまずいと考え、スルーすることを諦めて自転車を引いたまま男へと近づいた。
「何の用?」
堅い表情で聞くが、どうにも男の方が機嫌が悪いらしく、キョーコの質問に答えることなく仏頂面で「顔貸せよ」と顎をしゃくってすたすたと歩き出す。キョーコはムッとしたが、苛立ったように早くしろ、と振りかえってこちらを見ている尚にため息をつくと自転車を引いたまま尚の後について歩き出した。

「なんで私の学校なんて知ってるのよ?」
学校の裏手の人気の少ない路地まで来たところで尚は立ち止まった。すぐに問いただすキョーコの声は氷点下まで下がったような冷たいものだが、答える尚も負けてはいない。
「てめえがその制服着といて何アホな事言ってんだ」
「アホとは何よ!」

キョーコはカッとなって言い返すが、尚は真剣な顔でキョーコを見据える。
「そんなこたぁどーでもいいんだよ。お前、あのアパートにまだ住んでるな?」
尚が醸し出す圧力にやや気圧されながらキョーコは眉間にしわを寄せた。
「何よいきなり…それが何か?」
「引っ越してはねえな?」
「だから、何だって言うのよ!」
静かな怒りを抱えていた尚が、段々とその怒りを顕わにしてきた。「ゴゴゴゴゴゴゴ」という地鳴りが聞こえてくるようだ。

「てめぇ…なんで部屋に男を引っ張りこんでやがるんだよ」
「男っ?一体何の話よ」
「しらばっくれるなよ!てめえのあの部屋の和室の出窓!昨日男と一緒にあそこにいただろうが!!」
「昨日??」
キョーコはいきなりの尚の怒りに混乱しながらようやく思い当った。尚は蓮の事を言っていると。キョーコは、蓮が姿を消すことが出来ると聞いて、てっきりその姿が自分にしか見えないと思い込んでいた。

そう言えば…私、敦賀さんと一緒に出かけたりしたことなかったし…気がつかなかった!
敦賀さんの姿って私にしか見えてないのかと思ってたんだけど、そうじゃないってこと?昨日の夜って…そうだ、バイトから部屋に戻って…敦賀さんが出窓のところに座ってた時だ!
なんだ、敦賀さんって普通に見えるんだ……って、そうよ!バカねキョーコ、敦賀さんってモデルの仕事してるんじゃないのよ。普段部屋にいるときだってわざわざ姿隠したりしないわよねえ。いやだ、バカみたい…

自分のあまりに辻褄の合わない思いこみにうっかり苦笑したところで尚が爆発した。
「てめぇ!人の質問にも答えず何笑ってやがる!」
「…なんで昨日のうちの部屋の事をあんたが知ってるの?」
怒鳴りつけた尚が瞬時に黙った。キョーコは自分のあり得ない思い違いに笑ったせいで少し冷静になっていた。えらく尚が怒っている様子なのが単純に不思議だったこともある。
「た、たまたま通りかかったんだよ!」
「歩いて?」
「んな訳あるか!」
「車で?車で通ってよく窓のところに人がどうこうとか見えるわね」
「俺は視力いいんだよ!お前だって知ってんだろうが!」
「そうだけど…」

キョーコは険しい顔のまま少し首をかしげた。
「なんでそんなことであんたが怒るの?関係ないじゃない?」
「なっ……!」

尚は一瞬言葉に詰まった。
キョーコが部屋に男がいることを否定しなかった事がまず衝撃だった。尚はキョーコが今時の若い女性としては驚くほどそっち方面に疎い事を知っている。そして自分はあの部屋を出たばかりだ。復讐してやる!と言い切ったキョーコがあっさり他の男と同棲するなんて考えられない。
そして、今のキョーコの言い草はどうだ。まるで自分を何の関係もない他人のように。

「ふっざけんな!お前いつからそんなふしだらな女になりやがった!!人に復讐するとか言って、男とイチャついてばっかじゃねーのか??」
汚らしいものに対するかのように吐き出された尚のセリフに今度はキョーコが激高した。
「ふしだらって何よ!失礼な!!私はねぇ、あんたみたいに節操もなくマネージャーにもプロデューサーにもべたべたするような、そんなやっすい男に怒鳴られるような変な事はしてないわよ!」
「じゃああの男は何なんだ!」
今度はキョーコが言葉に詰まる。尚に言われるような後ろめたいことは何一つないが、違った意味では後ろめたさ満点だ。なにせ目の前の男に呪いをかけるために呼び出した悪魔と暮らしているのは事実。いや、それ自体後悔はしていないがうっかり本当の事を話すことはできない。

「あ、あんたには関係ないでしょ!もう私バイト遅刻するから行くわよ!!」
自転車にまたがったキョーコに、「まだ話は終わってねーよ!」と尚が手を伸ばしたが、キョーコは片足を軸にすると自転車を傾けてザザザっと音を立てて方向転換し、近づこうとする尚を振り払った。
「私にはもう話すことなんて何もない。金輪際、近づかないで」
そう言い切ると後ろも振り向かず自転車を走らせた。


あいつ…だからあの1人で住むには広い部屋にまだ残って…俺の荷物も捨てたって言うのか?あの部屋他の男に使わせてやがるのか?おのれ…!

ふるふるとこぶしを握り締めて震える尚だったが、「あれって…ショー…」「うそ、まさかこんなとこに…?」とぼそぼそ言う女子高生の声が耳に入り、慌てて咳払いを一つすると帽子を深くかぶりなおしてその場を離れたのだった。


ぐいぐいとキョーコの自転車は風を切って加速していく。

あのバカ、何なのよホントに!
人のことバカにして、自分から別れを告げて出てって、地味な人生送れなんて嫌味なこと言ったばかりなのに、なんでこうも干渉してくるわけ?
あいつが私に意見する意味も、意図も、これっぽっちも理解できない!!
大体人のこと『ふしだら』なんて言って、私はあのバカみたいにあっちでもこっちでも違う相手といちゃいちゃするような人間じゃないのよ!
あーーーもーーーーー!腹立つ!!!!

あんなどうしようもないバカより、よっぽど敦賀さんの方が立派だわ!
人間なのに悪魔より低俗って、どーなのよホントに!
あんな屑と暮らすより、敦賀さんと一緒の方がよっぽど充実してるし!
大体、敦賀さんがあの部屋にいるのは呪いの契約が終わるまでの一時的なものだって!


キョーコは両手のブレーキレバーをめいいっぱい握りしめた。
自転車はバイト先のファーストフード店の裏で甲高い音を立てて止まる。


そうよ…キョーコ……
あいつに呪いをかけたら、敦賀さんは帰るんだわ、魔界に……

日々の生活を充実させるべきだと蓮に言われ、高校に入学して忙しかったためにすっかり頭の片隅に追いやられていた。いや、尚への憎しみを忘れたわけではなかったのだが、具体的にどんな呪いをかけるかは蓮から保留されているような状態になっていた。
けれど、蓮は尚への恨みを晴らすために現れた悪魔なのだ。辛抱強く待ってくれているが、キョーコからの依頼をとっとと終わらせることを望んでいるに違いない。あんなアパートでいつまでも生活するのも窮屈だろう。

先ほどの怒りもすっかりしぼんでしまい、キョーコは少し肩を落として通用口から店へと入っていった。


いつも通り夜も遅くなってからキョーコは自分の部屋へと戻ってきた。
ファーストフード店では何も言われなかったが、だるまやの女将さんはさすがにキョーコのことを良く見てくれているらしい。いつも通りに接客をしていたつもりだったのに「キョーコちゃん今日は疲れてるのかい?無理しないでいいんだよ」と声をかけられてしまった。

プライベートがどうであれ、仕事は集中しないといけないのに…今日はダメだったなぁ…

いつものようにアパートの階段を上がり、いつものように鍵を開け。
いつも通りの行動だが少し俯きがちだったので、部屋のドアの上のすりガラスの窓からいつもは漏れている明かりがこの日は見えないことに気がつかないままキョーコはドアを開けた。

しんとして真っ黒な部屋に出迎えられ、なぜか背中に冷たいものがぞくりと流れる。

いつの間にか、帰ったら明るい部屋に慣れてしまっていた。「おかえり」と柔らかい声が出迎えてくれることにも。学校やバイト中のささやかなことをなんとなく話して返事が返ってくることにも。一緒にご飯を食べる人がいることにも。

キョーコが帰ったときに蓮がいないことが無い訳ではなかった。けれどもそういう時、蓮は必ず出がけに一言かけてくれていた。

いやそれよりも。
今までキョーコ自身が蓮がここに帰ってこなくなる日のことをあまり考えていなかった。

キョーコはしばし立ち尽くした後、靴を脱いで電気のスイッチに手を伸ばした。
ダイニングの明かりがつき、黄色い光が部屋を照らす。キョーコはゆっくりと進むと蓮に提供したフローリングの部屋の開け放したドアの前に立った。うっすらと照らされた部屋の中には蓮の私物はなくがらんとしていて、まるでそこに誰かいたという事が幻のように思えてくる。

変なの…なんで急にこんなに不安になるの?
敦賀さんが一時的にここにいるだけだってことはよく分かってるし…その前にもあのバカは帰ってこなくてずっとここに一人でいたじゃない。

しばらくぼうっと立ち尽くしていると、玄関のドアの鍵をガチャリと開ける音がしてキョーコはびくりと飛び上がった。

「ああもう帰ってたね。お帰り」
玄関から聞こえた柔らかい声にキョーコは振り向いた。靴を脱いでいる蓮が目に入って、キョーコの肩から力が抜ける。
「ただいまです…私も今帰ってきたばかりで。敦賀さんもお帰りなさい」

キョーコは笑顔を作ったつもりだったが、なぜかうまく笑えなかった。


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