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叶えたい願い (8)


こんばんは!ぞうはなです。
調子に乗って連続更新ですー。





「いらっしゃいませ!」
女将の朗らかな声が響き、10人ほどの客が奥の座敷へと案内されていく。
他の席の注文を取っていたキョーコはすぐにおしぼりを用意すると女将と入れ代わりで座敷に入っていった。この辺りの連係プレーは女将とキョーコの間では何も言わなくても出来るほど慣れた当たり前のものだ。

「いらっしゃいませ」
座敷の入り口で丁寧に頭を下げると、キョーコは膝をついて1人ずつにおしぼりを配っていった。座敷の予約をしていた客は若い男性の団体で、一番手前に座っている男はキョーコも顔なじみの常連客だ。客の仕事について聞いたりはしていなかったが、全体的なファッションや雰囲気と事前に女将に聞いていた情報からミュージシャンらしいとキョーコは当たりをつけた。

しかし、一番奥の男におしぼりを渡そうとしてキョーコはギョッとした。かけていたサングラスを外したその顔は見間違える訳もない、今をときめくトップミュージシャンの不破尚、いや、憎き幼馴染である不破松太郎だ。
一瞬おしぼりを渡す手が不自然に止まってしまったが、尚はキョーコには全く注意を払っていないようでキョーコの顔も見ずにおしぼりを受け取った。
心の奥底からめらめらとどす黒い気持ちが湧き上がってくるが、「えーっと、ビールでいい?」という客の声にキョーコは我に返る。

いけないいけない、とりあえず仕事はちゃんとしないと…

「俺、生」
「俺も」
次々と申告される注文にキョーコは対応していたが、「俺も生」と尚が口にした瞬間、こめかみに青筋がびきりと浮き上がる。
「申し訳ありません、未成年の方にはアルコールお出しできないんです」
「あー。そうだよ尚、外で飲むのはやばいだろ」
1人がやんわりとたしなめた言葉にも、普段は飲んでるってどっかに密告してやろうかしら、とキョーコは内心で激しく憤る。もちろん自分と一緒に暮らしていたときだって尚はビールくらい飲んでいたのだが、その瞬間は尚を大人っぽくて格好いいなんて思ったりしていた。そんな当時の自分をはり飛ばしたい気持ちになる。

「未成年だって分かったの?」
笑いながら他の1人に言われて、キョーコはことさらニッコリと笑う。
「不破尚さんですよね?テレビで何回も拝見してますので存じております」
やっぱりね、と納得した一同の表情は次のキョーコの言葉でやや凍りついた。
「知らなかったとしても顔見たら未成年だって事くらい分かりますけど」
尚はちらりとキョーコの顔を見た。そこでつっかかるのも格好が悪いと分かっているのか、何も言わずにすぐに目線を外したが、キョーコは心の中でほくそ笑む。

ふん、あんたが『かわいい』とか幼く見られるのを嫌ってる事くらい、よく知ってるんですからね!
ここで会ったが百年目、言いたいことは言わせてもらうんだから…!

しかしその後も尚が普通に周りと話しているのを見て、キョーコは驚愕した。

あれ?…こいつ、今私の顔見たわよね?
まさか、髪切ったくらいでわかんない訳?ちょっとなにそれ、信じられない!!!

めらめらと沸き立つ黒いオーラは更にその激しさを増す。どれだけこいつは自分のことを見ていなかったのか、いまさらながら突きつけられたようで改めて腹が立つ。

いいわよ、分かんないって言うんだったらこの場では他人のふりしてチクチクやってやろうじゃないのよ!!

しかしキョーコの計画はすぐに崩れた。
注文を取り終わり立ち上がったキョーコに、常連客の男が声をかける。
「あの…君、キョーコちゃんだよね」
「は…い、そうですけど」
「やっぱそうかー。声が同じだって思ったんだよね。髪切ったんだ。似合う似合う、可愛くなったよ」
「あ、ありがとうございます」
キョーコはそのまま退出した。座敷から出るときにちらりと見ると尚と目が合う。その顔は驚いたような表情になっていた。


お座敷の団体が盛り上がっている間は何事もなく時間は過ぎた。
キョーコもお運びで何度となくお座敷に足を運んだが、直接尚と接することはなく、言葉を交わすこともない。そして時刻が22時を回ったところでキョーコの仕事は終わりとなった。
女将と大将に挨拶をして裏で着替えたキョーコは通用口から表に出た。外はすっかり暗闇で、キョーコはカゴに荷物を置くと自転車を引き出す。
「おいキョーコ」
唐突に声がかかり、キョーコは立ち止まると振り返った。
「なによ」
いつの間にかそこには店から出てきた金髪の幼馴染が仏頂面で立っている。
「やっぱりお前か。こんな店で働いてんだな」
「そうよ。それが何か?」
キョーコも尚に負けない険しい表情で突き放すように言い返す。
「はん。俺に復讐するとかって大口叩いてるからどうしてんのかと思ったら、相変わらずなんだなおめーは」

うぬっ!と怒りが湧いて怒鳴りつけようとキョーコは口を開いたが、その瞬間誰かがそっと両肩に手を置いた。え?と思って慌てて振り返るが、そこには誰もいない。しかし今度は頭をふわりとなでられたような感覚を覚える。
その感覚は、ここのところ毎朝感じているのと同じもの。キョーコは直感的にそう思った。

そっか。そうよね。私にはすごい悪魔がついてるじゃないのよ!

「ふん、好きなように言ってればいいわ。その内あんたが頭下げることになるんだから」
自信たっぷりに言い放つとキョーコは自転車にまたがった。
「けっ、やれるもんならやってみろよ」

ふん、と顔を背けてペダルに力をかけたキョーコだったが、再び尚から思い出したように声がかかった。
「お前なんだよそれ、制服か?学校行ってんのか?」
「そーよ!あんたのせいで1年遅れちゃったけど、これからは心置きなく私の時間を取り返すわ」
「へぇ…まあせいぜいお勉強して地味な生活送るんだな。それくらいしかお前には取り得もねーだろーし」

キョーコは尚をにらみつけてからわざとらしく腕時計を見る。
「ああいけない!バカに付き合ってたら遅くなっちゃった…ああそうだ、あんたが部屋に置きっぱなしにした荷物、邪魔だから全部捨てたわよ」
「べっつに…お前まだあんなとこ住んでんの?」
「そんなの私の勝手でしょ。さて、急いで帰らないとスーパーしまっちゃうわ」
キョーコは今度こそ自転車を発進させた。後ろは振り返らなかったが、幼馴染のセリフとバカにしたような表情を思い出すとペダルに必要以上に力がこもる。

あんんんの、バカショー…!!!やっぱりサイテーで最悪よ!
見てなさいよ、絶対に土下座させてやるんだからーー!

その日、キョーコはだるまやから自宅そばのスーパーまでの最短時間記録を更新したのだった。


「ただいま帰りました」
「おかえり、バイトお疲れ様」

もうだいぶ当たり前になってきた夜遅くの挨拶。明かりのついた部屋に帰るとキョーコはなんとなくホッとしてしまう。

「ご飯まだですよね?遅くなっちゃってごめんなさい」
「いや、いつも言ってるけど君は学校とバイトで疲れてるんだから、俺のことはいいんだよ?」
「でも…この間それで作らなかったら、敦賀さん何も食べなかったじゃないですか」
「…いや、俺は悪魔だから大丈夫」
「敦賀さん、体は人間と一緒だって仰いましたよ?悪魔だから大丈夫なんて、根拠に乏しいです!」
「……そんなこと言ったっけ」
「言いましたよ!…それとも、ご迷惑ですか?」

うるりと見つめられて、蓮は一瞬真顔でキョーコを凝視した後がしがしと頭をかいた。
「迷惑なんかじゃないよ…だけど本当に疲れちゃうだろう」
「大丈夫ですよ!今私、すごく充実してるんです!敦賀さんのおかげなんですから!」
笑顔いっぱいで言われると、それ以上蓮には拒否する理由は見当たらなかったのだった。


「そういえば今日、敦賀さんだるまやにいらっしゃって…ないですよね……」
「行ってないけど、なんで?」
「いえ、なんでもないですけど…」
夕食後、2人は狭いキッチンで後片付けをしながら会話をしていた。

やっぱりあの肩の感触は気のせいだったのよね…うん。

「実は今日…」
自分を納得させてから、キョーコはバイト先で憎むべき相手に会ったことを話した。

「やっぱりあいつの顔を見ると怒りで我を忘れそうになるんですけど…敦賀さんがいること思い出して正気に戻りました」
「そう?むしろ呪いをかける気分にならなかった?」
「いえ、私が中途半端にやるよりは敦賀さんに徹底的にやっていただこうかと…」

ふふふふふ、と不気味な笑みを浮かべるキョーコを眺めて蓮はため息をついたが、キョーコは表情を改めてぽそりと呟く。
「でも…今日会って実感しました。ホントにあいつ、私のことなんてどーでもよかったんですね。顔もロクに分かんないくらい。むしろ一緒にいた常連さんの方が私に先に気が付きましたし」
「君に気がつかなかったの?」
「はい。その癖私が帰るときにわざわざ外に出てきて呼び止めて、根拠もなく人のこと見下して…」
「ふうん…」
「それで思ったんです。あいつがただ単に失敗したり不幸になるだけじゃやっぱり満足できないって。敦賀さんが仰っていた、自分の生活を充実させろって意味がなんとなく分かった気がします。私、あいつが文句言えないくらい登りつめて見せます!その上で、自分が悪かったって頭下げさせるんです!!」
きっぱりはっきりと言いきって挑戦的な笑顔を見せたキョーコに、蓮は笑って頷いた。
「そうだね、その意気だよ」

その場に社がいたら、「もうそれ悪魔との契約いらないんじゃないの?」と呟いていたかもしれない。



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コメントコメント


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優しい蓮様

更新ありがとうございます。

憎っくき松との再会ですがキョコさんは何故かヒートダウン。不思議な感じは蓮様ですか?悪魔と言うより守護神ですねw 頭ナデナデとか羨ましいですよキョコさん
蓮様は何時もと勝手の違うキョコさん(依頼人)を楽しんでるすね。

次回も楽しみにお待ちしています。

ponkichibay | URL | 2014/06/27 (Fri) 22:36 [編集]


Re: 優しい蓮様

> ponkichibay様

コメントありがとうございますー!

そう、不思議な感じは蓮さんなのですが、実際にそこで見守っていたのか何か魔力を使ったのかキョコさんの気のせいなのかは分かりません。
蓮さん、いつもと違う人間との出会いに驚いて、じっくり満喫しているのですね。それがどっちに転ぶかはまだ本人分かっておりませんが。

ぞうはな | URL | 2014/06/27 (Fri) 23:20 [編集]