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叶えたい願い (7)


おこんばんは!
早速続きです。





「♪~~~」
嬉しそうに鼻歌を歌いながら、紺色のブレザーにチェックのスカートと言う制服に身を包んだキョーコはくるりと姿見の前で1回転した。
「うん、似合ってるよ」
部屋の入り口から声をかけられて飛び上がると頬を真っ赤に染める。
「きゃあ!こっそり見てるなんて趣味が悪いですよ!!」
「いやだって嬉しそうだったから」


キョーコは無事に編入試験をパスし、5月から晴れて高校生になった。書類を揃えて蓮に渡したら瞬く間に試験の日程が決まり、すぐに合格の連絡が来て…キョーコにとってはあっという間だった。
「でもあの、本当に制服ありがとうございました」
「いや、それくらいは全く気にしなくていいよ。契約の一環と思ってもらってもいい」
「でもこれ、あいつへの復讐とは関係ないような」
やだな、と蓮は呆れたように両手を広げると大げさにため息をついた。
「何回も言ってるだろう?彼に復讐したいなら、君が変わらなければ。自分の人生を充実させないと、見返したくたって見返せないだろう」
「それはそうですけど…」
「ほら、時間大丈夫?」
「あっ!行かなくちゃ!」

キョーコは慌ててカバンを引っつかむと玄関へと向かった。
「行ってらっしゃい、気をつけて」
「行ってきます!」
玄関先でぽん、と蓮に頭をなでられたキョーコはえへへと笑って挨拶すると慌てて飛び出して行った。自転車を漕いで遠ざかるキョーコを見送って蓮は部屋へと戻るが、ダイニングにはいつの間にやらスーツ姿の男性が座っている。

「どうしたんですか、社さん」
「どうしたんですか、じゃないよ全く…」
「家主の許可もなしに、しかも玄関から出入りしないなんて、マナー違反ですよ?」
「へいへい、お前いつの間にそんなにこっちのマナーに毒されたんだ?」
「郷に入ったら郷に従え、て社さんが教えてくれたんじゃありませんでしたっけ」
「そんな昔のことは忘れたよ」
いつになく機嫌がよくない社に苦笑しながら蓮は椅子を引いて社の正面に座った。シンプルながら若干少女っぽいテイストの部屋に大の男が2人向き合って座っているのは微妙な違和感がある。

「いつになったら契約果たすんだ?こんな長期戦になるような案件じゃないと思うんだけどなあ。もう1か月近く経っちゃってるのにお前全然その気なさそうだな」
「ちゃんと遂行のために動いてますよ?」
「あの子が垢抜けてきてるのがそれだって言うのか?」
社は少し驚いていたのだ。
様子を見に来たら、キョーコの外見はがらりと変わっていた。単純に髪を切って染めた、というだけではなかった。蓮がどう誘導したのか分からないがファッションにも気を遣うようになっているし、なにより表情が豊かになった。

「なにかまずいですか?」
「まずくはないけどさ…あの子、今の生活が充実したら昔の男なんてどうでもよくなって、お前との契約やめるかもしれないぞ?」
「それならそれでいいんじゃないですか」
社は蓮がさらりと言ってのけた言葉に目と口をかぱりと開いて驚愕の表情を作った後、がくりとうなだれた。
「お前…よくそういうこと平気で言うなあ……」
「別に構わないでしょう、そんなこと」
ふん、と鼻で笑うように言う蓮に、社はがばりと顔を上げる。
「お前なあ、不履行なんてことになったら向こう戻ったときにどんな陰口叩かれるか分かってんだろ?折角今の地位を築き上げたのに…」
「別に何言われても構いませんよ。お望みならば実力でお相手しますし、俺は地位保全のためにここにきてる訳じゃありません」
まじまじと社が見つめた蓮の顔にはうっすらと笑みが浮かんでいる。その笑みは普段と同じ、穏やかに見えるが見る者が見れば瞳の奥の暗い輝きが背筋をぞっとさせるような迫力を感じさせるものだ。

「やっぱり俺にはお前の考えてることがよく分かんないよ」
肘をついて社はぼそりと言い放つ。
「そうですか?」
「ああ。だって今までは契約した人間の欲望を忠実に叶えて、それでその人間がどうなろうが見守るだけだっただろうが」
「…確かにそうでしたけど?」

社は覚えている。
蓮がキョーコの前に願いを叶えた人間のことを。その男は共に興した会社を一代で大企業に育て上げたパートナーを蹴落として自分がトップに座ることを望んだのだ。蓮は願いを忠実に叶えたが、その会社は1ヵ月後に唐突な企業買収にあい、男は激高した挙句心臓発作を起こしてそのまま死んだ。
表向きには病死だ。いや人間がどれだけ詳細に調べたってそれ以上は何も出てきやしないが、他人に対する呪いの反動が男に襲い掛かったのだという事は悪魔であれば誰も疑わないだろう。


「なんで今回だけこんな特別扱いなんだ?まるであの子に呪いの副作用がかかるのを恐れてるみたいに見えるんだけど」
いぶかしげに覗きこんで来る社に、蓮は両手を広げて呆れたように吐き出す。
「社さんこそ、そんなことを知ってどうしようって言うんですか?」
「俺にはその義務があるんだ。お前だって知ってるだろう」

蓮と社は真正面からその視線をぶつけた。しばらく2人とも視線を逸らさなかったが、やがて諦めたように蓮は目を伏せる。
「依頼者が今までと違えば……俺の対応だって変わります」
「違うって、キョーコちゃんが若い女の子だからか?」
「性別とか年齢なんて関係ないですよ」
「じゃあなんだよ!」
「卵焼きですかね?」
「はあ?」
尋問の勢いを殺がれて社は素っ頓狂な声を上げてしまった。蓮が本心を見せないのはいつものことだが、天然ボケを装うような男ではないはずだ。

「不思議なんですよ、あの子は。俺が魔方陣から現れて名乗ったら疑いもせずに悪魔だって信じたくせに…」
「……」
社は蓮が始めた話の行き先が見えずに無言で先を促した。
「翌朝、なんの躊躇いもなく俺の分まで朝食を用意してくれました。ご飯に味噌汁に卵焼きと…食べ始めてからようやく『悪魔って何食べるんですか?』なんて聞いたりして。…俺は契約した相手に食事を作ってもらったのは初めてです」
「まあそうだろうな…俺もあんまり聞いたことないな」
「出かけるときにはこんなものまで持たされまして」
蓮がポケットから取り出したのは小さなキーホルダーのついた鍵だ。
「悪魔だって思われてるのに食事が出てきて合鍵まで持たされる…もう、何考えてるのか全然分からなくてパニックですよ」
パニックだったと言う割にはそれを語る蓮は非常に楽しそうだ。

「なるほどな、普通悪魔を呼び出すような人間は憎しみとか恨みに押しつぶされて…悪魔が現れたらもうすぐにでも何とかしろって言い出して他の事考えなくなるけどな」
「彼女は…確かに俺を呼び出したときはものすごい憎しみのオーラを放っていたんですよ。その後も相手の話題になれば同じ…でも普段はものすごく一生懸命でひたむきで……あの卵焼きのおかげでしょうか、俺は初めて契約した相手を理解しようと思ったんです。単純な契約の依頼主としてではなく、人間として」

「……それで、理解は出来たのか?」
蓮は笑顔を浮かべたまま首をゆっくりと横に振る。
「いえ…毎日見てても飽きないくらい突拍子もないことするのでまだ……でも、なんとなく分かってきた事が」
「なんだ?」
「彼女の本当の願いは……復讐なんかではなさそうだ、てことです」


学校に通い始めて、キョーコの毎日はだいぶ忙しくなった。
バイトで働ける時間は減ったが、学費を稼がなくてはいけないので可能な限りシフトを詰め込んでもらっているし、奨学金取得を目指すためには勉強だって疎かにできない。

けれど忙しいことはキョーコにとって嬉しいことでもあった。費やす時間、労力、そして使うお金までがすべて自分の血肉になっていく実感があるのだ。

これまでの私の労力と費やしたお金って…なんだったんだろう?そりゃあ、良かれと思ってしてたんだけど。

自分が好きでやっていたんだろう、と言われればそれまでだ。けれど、あれだけ尽くした自分をバカにして突き放せる、その神経がやはり許せないし理解は出来そうにない。


ホントに…今に見てなさいよ…!
こっちには悪魔がついてるんだからね!

キョーコは闘志をみなぎらせながら自転車を下り、だるまやの横に止めて通用口から店内に入った。
「こんにちは、大将、女将さん」
「ああ…」
「ああキョーコちゃん。今日もよろしくね」
「はい!」
女将はにこにこと朗らかに、大将はちらりとキョーコを見ただけでぶっすりと挨拶を返す。

キョーコは手早く着物に着替えて髪をまとめるとお店へと出て行く。
「今日はお座敷の予約があるから、ついたてを用意しといてくれるかい?」
「はい、分かりました!」
女将に頼まれて、キョーコはすぐに座敷の押入れからついたてを引っ張り出して並べ始めた。
「なんとかって言う芸能人が来るから周りと区切って目隠ししてくれって言われたんだけどねえ」
「そうなんですか…芸能人なんて珍しいですね。でも評判になって業界の人がたくさん来たりして?」
女性二人の会話を聞きながら厨房の大将が渋い顔で答える。
「ふん。有名人が来たからって出すもんはかわんねえぞ」

キョーコと女将は顔を見合わせて笑いながら開店準備を進めたのだった。


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