SkipSkip Box

叶えたい願い (5)


おこんばんは!
ぞうはなでございます。

まだまだ序盤。続きです。





翌朝の朝食後、キョーコは自室のフローリング敷きの部屋でクローゼットの前に座り込み、がたがたと作業をしていた。入り口にもたれた蓮が眺めながら声をかける。
「今日はバイトは休み?」
「はい。夕方からだるまやには行きますけど」
「だるまや?」

ああ、とキョーコは手を止めて振り返った。
「バイトは昼間と夜で違うお店に行ってるんです。だるまやは夕方からバイトしてる居酒屋です」
「なるほどね。君は16歳って言ってたけど、この国の16歳と言えば普通は高校生だよね。学校は行ってないの?」
蓮の言葉にキョーコはふっと視線を下げる。
「学校は…行ってません。生活費稼ぐのに必死でそんな余裕ありませんから」
「行きたくないの?」
キョーコはがばっと顔を上げて蓮を見た。
「行きたいです!…行きたいですけど……もう中学を卒業してから1年たっちゃいましたし学費なんて到底……」
「そう…それで、今はここで何してるの?」
「え?ああ、こちらの部屋を敦賀さんに使っていただこうと思って、いらないものをまとめてるんです。あのバカの物が残ってますけど、もう全部捨てちゃいますから!」
「君がこっちの部屋を使えばいいのに」
「へ?」
「こっちの方が広いし日当たりもよくて明るい。なによりここの部屋は全部が君のもののはずだろう。俺に遠慮なんて要らないよ」
「はあ…でも……向こうの部屋に全部荷物置いちゃって動かすのも面倒ですし、それにそう!近いうちに引っ越しますから!私1人じゃこの部屋は広すぎるし家賃も高いしもったいないですもんね」
キョーコはぱっと笑顔になるときっぱり言い切る。蓮はそのキョーコの笑顔をじっと見つめると、口を開いた。

「そうだね…さて、ちょっと俺は出かけてくるよ。それほどかからず戻るけど、先にこれ」
キョーコの方にどこから取り出したのか白い封筒を差し出す。キョーコは不思議そうな表情でその封筒を受け取った。封筒の中には何かが入っているようで受け取った指にはその厚みが伝わる。
「なんですかこれ?」
キョーコは封筒の口を開けながら尋ねた。
「当面の俺の生活費」
蓮のせりふを聞きながら中身を見たキョーコはギョッとした。封筒の中には紙幣が少なめに見積もっても10枚は入っている。
「こ、こんなにいりませんよ!」
慌てて返そうとするが、蓮はうっすらと笑顔を浮かべてそれを遮った。
「どうして?この部屋は家賃もかかるし水道も電気もタダではない。それに昨日も今日も君は美味しい食事を提供してくれている。材料だって買ってきているものだし君の手間だってかかってる。洗濯だってしてくれたよね。ホテルに泊まって同じサービスを受けたらそんなものじゃすまないよ」
「ですけど逆にいただき過ぎで…それに、どうして敦賀さんがこんなお金持ってるんですか?もしかして、魔法とかで…」

疑いの目を向けたキョーコに、蓮は軽く笑って答える。
「いやだな、偽札だと思ってる?大丈夫、それはちゃんとしたもの。こっちで仕事して稼いだものだ」
「そうなんですか…?すみません、疑ったりして。でもお仕事って?」
キョーコは素直に頭を下げて謝罪した。それでも「悪魔が人間の世界で仕事ってなんだろう」、と疑問が浮かぶ。蓮は軽く質問をはぐらかして話題を変えた。
「まあその話はまた今度。それにしても君が学校も諦めて毎日バイトに明け暮れているところを見ると、あの男は生活費も入れてなかった?」
「……はい」
「本人は今は成功してかなり稼いでるはずだ。そして高校に籍を置いているというのに自ら進んでサボってる。まったく理不尽だとは思わない?」
「思ってます。思ってますから…」
「復讐したいんだよね。見返したいんだろう?」
こくり、とキョーコは力強く頷いた。
「じゃあ」
蓮は座っているキョーコに近づきしゃがみこんでぐっと顔を近づけた。
「君も変わらないとね。そのお金、自由に使っていい。今まできっと君は彼のことばかり見て、お金も彼のために使っていたんだろう?自分のために使ってごらん」
「自分のために…?」
「そう。今まで欲しくてもやりたくても我慢してたことに」
耳元で囁かれるのは文字通り悪魔の囁きか。キョーコは蓮の言葉を反芻してぎゅっと目を閉じた。
「ゴミは部屋の真ん中にまとめておいてくれたら俺が始末する。じゃあ、行ってくるね」
蓮は ぽん、とキョーコの頭を一なですると部屋を出て行った。


「欲しいもの、したいこと……」
キョーコはぶつぶつと呟きながらペダルをこぐ。
蓮から言われる言葉はどれもこれもキョーコの胸に突き刺さって、内に抑え込んでいるはずのどろどろとした何かを意識の上に並べてしまう。傷をぐりぐりとえぐられてかさぶたを思いっきりはがされるのはすごく痛いが、溜まったどす黒い悪い血を綺麗さっぱり流して、かえってスッキリするような気がしなくもない。
「そんな風に思うのって、だいぶ悪魔の思考に毒されちゃってるのかな」

赤信号で自転車を止め、ふと振り返るとコンビニのガラス戸にうつる自分の姿。
擦り切れそうなジーンズにTシャツを着て顔は化粧っ気もなく、自分で切るため前髪はぱつりと眉毛で揃えられて、ひっつめた長い髪は背中まで伸びている。おしゃれには程遠い、生活に疲れた貧相な女に成り下がってるというのは人に言われるまでもないが、16でこれは本当にひどいと自分でも思う。

「バイトまで…2時間ちょっとか」
キョーコは片づけを終えて早めに家を出ていた。欲しいものも我慢していることもたくさんあったはずだが、いざ「自由に遣っていいよ」とぽんとお金を手渡されると困惑の方が大きくてどうしていいのか分からない。

このお金使って何かしたら……敦賀さん、何ていうかな?

ため息つかれてまた毒舌がぽんぽんと飛び出すのか、あの柔らかい笑顔で微笑んでくれるのか?
キョーコは心の中が少しうずうずとするのを感じ、しばらく考え込むと自転車のハンドルを大きく切って方向を変え、元気よく走り出した。


「ただいま帰りました」
「おかえり」
夜遅く、バイトを終えて部屋に戻ってきたキョーコを見て、蓮はすぐに笑顔になった。
「髪切ったんだね。うん、短くて明るい色も似合うな」
「ありがとうございます」
キョーコは目線を逸らして少し照れたようにはにかみながら前髪を引っ張る。

いつの間にかそばに来た蓮が梳くように髪に触れ、キョーコはドキリとした。思わず蓮の顔を見つめてしまい、目が合って思わずそらす。
「黒髪の印象が強かったけどこれはこれで可愛い」
至近距離で囁くように言われるのは心臓によくない。キョーコは慌てて蓮から離れて話題を変えた。
「えっと、あ、ご飯!敦賀さんご飯食べられましたか?」
「いや…食べてはいないけど。バイト先は居酒屋なんだろう?済ませてきていいんだよ」
「いえ!」
キョーコはきっぱりと否定の返事をすると手に持っていたレジ袋を掲げて力強く宣言した。
「生活費いただきましたし、美味しいって食べてもらえるの嬉しいですから!すぐに作りますね」

そうして前日と同じように向き合っての食事が終わった後。蓮が大きめの封筒をキョーコに手渡した。封筒はずっしりと重く、表面の下のほうには大きく学校の名前が入っている。
「これ…高校のパンフレットですか?」
「パンフレットだけじゃなくて編入に必要な書類が全部入ってるよ」
「編入?って…どういうことですか?」
「高校に行きたい、と言ってたよね。こっちの世界にいる知り合いに聞いてみたんだ。もう4月に入っているけど、入学できる高校はないかって」
「は、はあ…え、ではこの学校には今からでも入れると?」
「そう。中学卒業レベルの編入テストをパスすれば1年生に編入できるって。1年遅れは免れないけどね」
「遅れなんてもちろん構わないんですけど。でも、折角のお話ですけど…やっぱり学費が払えないと思います」

蓮は笑うとキョーコの持つ封筒の中から1枚の書類を引っ張り出して封筒の上に重ねた。
「まあまあ、書類をちゃんと見て。ここの高校には奨学生制度があるんだ。在学中に頑張って成績上位者になれば返済は免除。勉強したいって気持ちがあるならチャレンジしてみてもいいんじゃないか?」
「そう…ですけど……」
「知り合いに君の事を話したら、感心しててね。入学金や諸経費を融資してくれると言う申し出ももらったよ」
「い、いえ!さすがにそこまでは!…入学金は、今まで貯めたお金で何とかなると思います」
キョーコは費用の欄を見ながら慌てて答える。
「そう?それで、どうする?君の人生を見直すチャンスだと俺は思うけど」
「人生を見直す…?」
「うん。君が本当にやりたいことは何?目指すところはどこ?のしかかってた大きな枷は外れたんだ。君は好きにしていいんだよ」

「好きに…」
キョーコは封筒を抱えたまま呆然と宙に視線をさまよわせていたが、やがてその瞳の中に強い光が宿ってきた。
「は、入ります!高校に行きたいです!」
「そうだね、俺もそれがいいと思う」
「はい!ありがとうございます!!」
キョーコは満面の笑みで頭を下げると蓮にお礼を言った。

「ああでも、編入試験に合格しないと入れないからね」
「……わかってます」
やはりこの悪魔、どうしてもどこかで相手の気分を落とさないと気が済まないらしかった。


関連記事

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する