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叶えたい願い (3)


こんばんは!ぞうはなです。
さてさて、少しずつお話は進みます…





不破尚。
今年の初めにデビューしたミュージシャン。
その端正な見た目と歌唱力、作曲の才能で一躍チャートトップに躍り出る。
独特なファッションや私生活を見せない売り出し方でファンを増やしている。
年はキョーコと同じ16歳。

蓮はスタジオの一室にたたずんでいた。部屋の隅で壁にもたれかかり、調べた対象の情報を思い出しながら軽く腕を組んでじっと周りの様子を見ている。部屋の中にはバンドメンバーやスタッフがいるが、蓮が目くらましをしているのかその存在には誰ひとりとして気がついてはいないようだ。
ギターを抱えながらレコーディングを進める金髪の不破尚は真剣で、メンバーの中では一番年下と思われるが周りにも臆せず接し、場を引っ張って行っているようだ。

「一度休憩にしましょう」
コントロールルームからマイクに向かって眼鏡をかけた女性が声をかけた。女性は長い髪を束ね、タイトな服でグラマーな身体を包んでいて女性らしい魅力にあふれているが、きりりとした表情は仕事に対する真摯さを感じさせる。

演奏をしていたメンバーたちは楽器を置くと休憩のためにブースを出ていく。不破尚もギターを椅子に置くとコントロールルームへと入ってきた。

「お疲れ様、尚。今日は調子いいわね」
「ミルキちゃん、今日はっていつも悪いみてーじゃん」
「そんなことはないけど」
尚は女性の肩に腕を回すとこめかみあたりに唇を寄せた。
「ミルキちゃんが見てると調子いいみたいだ」
「また調子のいい事言って」

「麻生さん」
スタッフに呼ばれて、女性はするりと尚の腕を解くとそちらへ向かった。尚も気にするでもなく振り向くと、こちらもフェロモン系の女性である自分のマネージャー、安芸祥子から水のペットボトルを受け取る。
「尚、明日は午前中はオフだけど…学校どうするの?」
「ん…あーーー、久しぶりのオフだからなぁ…たりぃな。たまにはのんびりしたいし」
「あんまり欠席多すぎるとさすがにまずいわよ?進級したばかりなのに」
「まあなんとかなるだろ?今年もさ」
「まったく…」

いつの間にかブースからコントロールルームへと移動していた蓮は誰に気づかれることも無く静かに外へ出た。


まあ…別になんてことはない、普通の若い男だな。
あの子は一緒に住んでたって言ってたけど…あの男の好みそうな女性のタイプはあのプロデューサーやマネージャーってところか。本当にあの子は家政婦の立場にいたようだな。


足を止めて考え込んだ蓮の後ろから唐突に声がかかった。
「蓮~~」
「社さん?」
蓮は少し驚いて振り向いた。視線の先には隙なくスーツを着こなした眼鏡の男が立っている。
「こっち来るなら来るって言っといてくれよ」
「別に…義務はないはずですが」
「そんなの分かってるけどさ」
社と呼ばれた男は苦笑いしながら蓮の胸をこつりと小突いた。
「お前がぶらりといなくなると、所在を聞かれるのは俺なんだよ」
「そんなのに律儀に答えることもありませんよ」
「まあね…適当にはぐらかしといたよ」

社はきょろりと周りを見回した。
「で、お前を呼び出したのは?」
「今この辺りにはいませんよ」
「女性…いや、子供か?」
社はくんくんと蓮の周りの気配をかいで推測する。こういう気配を察するのは相変わらず得意だな、と蓮は思いながら答えた。
「…まあ、16歳って言ってましたし、どちらかと言えば子供…ですかね」
「めっずらしいなぁ!どういう風の吹きまわしだ?お前がそんな相手と契約するなんて」
「呼び出されたんだから仕方ないですよ」
「へへ、そんなこと言って気に入らなかったら無視するくせに」
「俺は本気で呼び出されればちゃんと答えます。相手が誰であろうとも」

んん、まあそうか、と社は蓮の予想と反して茶化すことなく納得した。蓮は「じゃあ」と踵を返して歩き出す。
「その子のところに行くのか?」
「いや…久しぶりなので社長に挨拶してきます」
ふぅん、と後姿を見送った社はしばらくするとにんまりと微笑み、蓮とは違う方向に向かって上機嫌で歩き出した。


「よっこらしょ、と…」
駅近くの雑居ビルの裏口から大きなゴミ袋を2つ抱えて現れたのはファーストフード店のユニフォームに身を包んだキョーコだった。ゴミ置き場に袋を置くと柵の上に大きなカラスが止まっていることに気がつく。
普段よく見る光景なのに、キョーコはその真っ黒な姿を見て盛大にため息をついた。

「やっぱり…おかしいわよね、どう考えても。頭おかしいって思われても仕方ないくらい……でも、あの人が人間じゃないことは確かだし……」

キョーコは普段どおりにバイト先の店に到着し、普段どおりに忙しく働いている間にようやく昨夜から自分の身に起こっている非常識極まりない状況をじっくりと考え直すことができ、その結果途方に暮れていた。

昨夜はとにかくパニックだった。状況を受け入れなければならないプレッシャーが強く、また精神的な疲弊も激しく、もうそのまま先送りにして眠ってしまいたかった。
朝起きてからは蓮が目の前にいたこともあり、流されるまま対応していたような気がする。けれど蓮が目の前から姿を消し、昨日と同じバイト先の職場に入っていると、やはりあの出来事が夢だったのではないかと言う気分になってしまうのだ。

「でもこれ…夢じゃないんだよね…」
キョーコはそっと左手を持ち上げてその甲に目をやった。途端に手の甲には黒い複雑な模様が刺青のように浮き出てきてその存在を主張する。朝ロッカールームで着替える際にうっかり同じことをやってしまった時は周りの人に見られるのではと焦ったのだが、誰にも気がつかれずに済んでいた。もしかしてこの模様は自分にしか見えないのだろうか。手を下ろせば模様はお役御免とばかりに消え去った。

「どうしたらいいんだろう?」
おそらく、自分の望みである『尚への呪い』が果たせれば、蓮は契約を終了させて魔界へと帰っていくのだろう。けれど蓮は言った。
「願いが達せられたら、俺の願いを叶える」ことが交換条件だと。そして蓮の願いはキョーコが『下僕』になることだと言う。

勢いでうっかり受け入れちゃったけど、下僕って何するの?私も魔界に行かなくちゃいけないってこと?

考えてはみるもののあまりに自分が今まで暮らしてきた世界と違いすぎて想像が困難だ。
けれど、自分がどうなろうがあのにっくき男をけちょんけちょんにしたいという気持ちは今も変わらない。どうやってこの憎悪を晴らそうかと、キョーコはそちらを考えることで当面の不安を退けることに決めたのだった。

しかしキョーコの不安はさらに煽られることになる。

「こんにちは。ちょっといいですか?」
ファーストフード店でのバイトを終え、軽くお腹を満たしてから次のバイトへ向かおう、と自転車を引き出していると後ろから男性の声がかかった。
道でも聞かれるのだろうかとハンドルに手をかけたまま振り向いたキョーコの目には、勤め人らしい若い男性の姿が入ってきた。
スーツをびしりと着た男性は銀縁のメガネをかけ、サラサラの髪をもったイケメンだ。顔つきは涼しげで切れ者のようだが、そこに浮かぶ笑顔は人懐っこそうでやさしそうに見える。

「なんでしょうか?」
キョーコが少し戸惑いながら尋ねると、相手は笑顔を崩さずに口を開いた。
「君は最上キョーコさんだよね?」
「はい、そうですけど…?」
キョーコはいきなり名前を呼ばれたことに少し警戒心を呼び起こす。しかしその警戒心は次の瞬間、すぐに返された男性のセリフを理解した直後に恐怖へと変わっていた。

「ええと俺、敦賀蓮の関係者なんだけど…て言ったら、分かってもらえるかな?」



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