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君の魔法 (3)



レンは入れ替わり立ち替わりやってくる部下に請われて朝から午後までを稽古に費やし、国王からの呼び出しでようやく解放された。
昨日と同じ道をたどり宮殿に入ると、昨日とは異なる王のプライベートルームへと導かれる。お付きの者がドアを開けると、ソファに肘をついてくつろいだ体勢のローリィ王がレンに声をかけてきた。
「おぅ、レン。訓練中に悪かったな」
「いえ、あのままだと1日離してもらえそうにありませんでしたからね。ちょうど助かりました」
そうか、と頷いた国王は白いたっぷりと襞の入った布を体に巻きつけてベルトで止めたような服装だった。頭には葉っぱで編んだ冠をかぶり、足には細い革紐をぐるぐると巻きつけたようなサンダルを履いている。王族っぽいといえば王族っぽいのかもしれないが、今日はどの時代のどこの国の衣装なんだろう?とレンは首をひねった。

「適当に座っててくれ。お前もやるか?」
ローリィは右手に持っていたワイングラスをかかげて見せる。
「まだ勤務中ですので」
「はっ。言うと思ったけどな。相変わらず固いなあ、お前は」
レンは苦笑で答えた。ローリィ王はレンや他の者にも親しく接するが、その分ずばずばと切り込んできて痛いところをつき、さらにお節介を焼きたがるので困ることも多い。案の定、ローリィはレンの触れられたくないところに触れてきた。
「お前、固いと言えば北の方に行ってた時の噂も聞いたぞ。あまりに品行方正過ぎて、しまいにゃ男好きなのかって言われてたらしいじゃねーか」
「…王はどこに耳をつけてらっしゃるんですか」
がっくりとうなだれてレンは答える。
「少しくらい遊んでくりゃよかったじゃねーか。だから勘違いした野郎に迫られたりするんだ」
レンは言葉もなかった。男しかいない国境の警備軍で、レンのことを同類だと思いこんだ男に言い寄られたことは事実だったのだ。もちろん、きっちりと誤解を解いて二度と自分に対してそんな気を起こすことのないようにしてきたのだが。
「遊びで女性と付き合うのは好みませんし、今は軽々しく特別な人を作れる身ではありません…王もご存じだと思いましたが」
けっ、とローリィはつまらなさそうな顔をした。
「俺だって心の入ってない付き合いを奨励する訳じゃないけどな。どうもお前は頭で考え過ぎて心の方が動かないんだ」
そして、にやりと笑ってみせる。
「まあ、お前もその時になってみれば分かると思うけどなあ。頭では分かっていても心が暴走する愛ってやつが」

また"愛"か…

ローリィの持論は聞きあきているが、このポリシーで国を豊かにし近隣諸国との付き合いもうまくやっているのだからあながち否定もできない。しかし、レンは自分自身に意識的にも無意識的にも枷をかけた状態で、周りの女性とも薄い壁を隔てたような接し方をしており、今までにそれを覆すような出会いも経験したことはなかった。
とはいえ、目の前の国王とこの話をするとレンの分が悪いのは経験済みだ。
「私を呼ばれたのはお説教が目的でしたか」
「んな訳ねーだろう。してほしけりゃいくらでもしてやるが。……おお、いいタイミングだ」
ちょうどドアが開いて2人の男が入室してきたため、レンは居心地の悪い話題を終わらせることができた。

ローリィの部屋に入ってきたのは、ヒズリとマツシマだった。マツシマは近衛隊の隊長で、レンの上司にあたる。レンが王都に帰ってきてから今日まで一度も姿を見せなかったので、王の命でどこかに出かけていたらしい。ローリィは人払いをすると、3人を自分の対面のソファに座らせ、切り出した。
「さてと、マツシマ、ご苦労だったな。やっと材料がそろった……レンに全部を把握しといてもらわねーとな」
マツシマが慌てたようにローリィを見る。
「ああ、心配するな。こいつも"力"持ちでな。こっそりと鍛錬を積んでる。大体護衛の者が事情を知らなきゃどうにもならんだろう」
そのローリィの言葉で、レンはローリィに呼ばれた理由がマリア姫のことだと確信した。

「どうもなぁ、考えたくも無いが、『魔法』抜きに今回のマリアのことを考える事はできないようだ」
ローリィが珍しくぼやくように言葉を吐く。

ローリィが治めるLME王国は、その始祖が偉大な魔法使いであったと言う伝説がある。今は魔法を使えるものなど一般市民の間ではいないため、単なる作り話や御伽噺の類であると思われているが、実は現在でも王族は強い魔力を受け継いでいるのだ。
過去、王族や貴族が強大な魔力を求めて争いが起こったり、神や悪魔を呼び出そうとして甚大な被害が出たことが相次いだことから、ローリィの祖父である先々代の王が国として魔法を封印することを決めた。元々魔法は貴族などの特権階級が独占してきたのだが、魔法の儀式を禁止するとともに魔術書の類をすべて回収し、人々の目に触れないようにしてしまった。
その結果、時代の移り変わりとともに魔法の存在や使い方は忘れ去られ、まれに魔法を信じるものがいたとしても変わり者扱いされるようになっていた。

しかし、王家には相変わらず魔力を持った子どもが生まれてくる上に、古くからの貴族の多くは王家との血のつながりがあるためか、ごくたまに先祖返りのように強い力を持つ者が出る。管理のためにも万が一のためにも王家としては魔法の全てを捨ててしまうわけにもいかなかった。そこで、王直属の魔法使いを召し抱え、表ざたにすることなくひっそりと『魔力持ち』の監視と制御を続けてきたのだ。
レンも数少ない魔力持ちの1人であった。特にレンの魔力は強かったため、王家の魔法使いに制御方法を教わってきたのだった。

マリアもまだ幼い頃に、祖父や父と同様の力を持っていることが分かり、慎重に見守られてきている。本人がまじないや占いに強い興味を持ってしまったため、悪影響を恐れてまだマリア自身には本人の持つ魔力については伝えられていなかった。

「何が起こっているんですか?」
細かい話が一切伝わってこなかったのはそういう事情があったのか、と納得しながら、レンはローリィに尋ねた。

「最初は、嫌がらせに近いことだったんだ」
マツシマが、レンが王都を離れていた間にマリア姫に起こった出来事を順序立てて説明し始めた。
数ヶ月前にマリア姫に送られてきた手紙が事の発端だった。
側付きの女官が封を開けてみたものの、中に入っていた紙にも何も書いておらず、日に透かしてみたりしたが変わったところは何もなかった。そこへたまたま通りかかったマリア姫がその紙を手に取った途端、紙が突然炎を上げて燃えだしたのだ。ちょっとした騒ぎになったのだが、マリア姫にやけどなどがないことを確認して一同がほっとした時にはすでに封筒は跡形もなく消えていたという。

その後は、城内の庭で遊んでいたマリアめがけて竜巻が突っ込んできたとか、城下町にお忍びで行った際に地割れが起こって危うく落ちるところだったとか、一歩間違えれば命に関わりそうだが、特に怪我もなく切り抜けられることが続いた。
そして少し前、マリアは夜中に夢遊病者のようにふらふらと宮殿を出ていきそうになったのだ。女官や護衛が止めても振り切る勢いで、不審に思ったお付きの女官がマリアの寝室で不思議な色の炎を上げるろうそくを見つけ、この火を消したことでマリアが正気に戻ったのだという。マリアは正気に戻る前のことを一切覚えてはいなかった。

「マリアの身に起こったことが、全部魔法の力のせいだと思えば不思議でもなんでもないんだが」
ローリィは目の前の3人の顔をぐるりと見回して言った。
「まあ俺は魔力はあっても使った事はないし、細かい事はよく分からん」

マツシマが王の言葉を引き取って説明を続けた。
「それで、意見を聞こうと俺が『青の魔女』のところまで行ってたんだ」
「『青の魔女』?彼女は王城内に住んでいるのではなかったのですか?」
『青の魔女』は現在ローリィに仕えている魔法使いのあだ名だ。まさにレンが教えを受けた魔法使い本人であった。美しいものが大好きで、趣味で王や王太子、マリア姫の専属スタイリストのようなことまでやっている。対外的にはそっちが本職だと思われているのだが、センスが飛びぬけているので敬意をこめて"魔女"呼ばわりされているのだった。

「たまたま魔女が南の国の海で長期バカンス中だったので…」
それでは往復だけで1週間はかかりそうだ。疲れた顔で言うマツシマを、レンは同情をこめて見やった。

「それで、青の魔女の見立てはどうだったんですか?」
「うん、残っているものが少ないので断定は出来ないそうだが…起こったこと全てが、マリア姫の魔力によるものである可能性が高いそうだ」
ヒズリは怪訝な顔でマツシマを見やる。
「姫に自覚が無いのにか?」
「姫が自分で魔法を使ったということではなく、力を誘発するような仕掛けを外からされたのではないか、てことだ」
マツシマは懐から1本の使いかけの蝋燭を取り出した。
「これは、マリア姫の寝室に置かれていたものだが…」
くるくるとひっくり返しながらマツシマは説明を続ける。
「普通には見えないんだが、周りにびっちりと模様と呪文が書き込まれているらしい。それで、火をつけると近くにある魔力を元にしてそれらが発動するようになってるそうだ。無自覚であっても力さえあればいいとか」
「そんなこと出来るのか?」
ヒズリはまだ半信半疑と言った様子だ。
「仕掛け自体はさほど難しいものではないと魔女は言ってたぞ。まあ、その知識はもう失われて今や王城内の書庫にしかないはずなんだが」

ローリィがマツシマをじっと見据える。
「それをやったヤツは魔法に詳しい上に、マリアが魔力持ちだと知ってるってことだな。割とマリア姫に近づける位置にいる」
「そういうことになりますね。または、内通者がいるか、どちらかですね」
ローリィはどさりとソファの背もたれに体を預けた。
「貴族しか考えられないじゃないか……それにしても、何が目的なんだ?」
マリア姫に危害を加えることが目的であれば、もっと手っ取り早い方法があるように思える。手口は回りくどい上に目的がつかみかねるものだった。
ローリィは再度体を起こすとじろりとレンを見た。
「レン…お前なんか分かった顔してるな」

考え込んでいたレンはローリィの顔を見た。
「いや、まだ分からない事が多いですが…」
「分かったことだけでいい、言ってみろ」

レンは姿勢を正す。
「これはあくまで俺の推測ですが……マリア姫の力を試したのではないでしょうか」

マリア姫に仕掛けられた仕掛けは、火、水、風、土に関連するもので、それがすべて作動し、そして、その後にマリア自身を操るようなことが起こった。
「魔法は自身の魔力で起こすことも出来ますが、自分を媒介にして神や精霊の力を借りるのが普通です。マリア様に向けられた仕掛けは、マリア様の魔力を使って火や風の精霊の力を呼び起こすものだったと思われます。つまり、マリア様が他の力を引き出す媒介になるかどうかを試されたのではないかと…」
「精霊、か?」
マツシマは理解を超える話に少し戸惑っているようだった。ローリィがレンに対して顎をしゃくって見せる。
レンは手の平を目の前に差し出すと、それを見つめた。途端に手の平の上にぽうっと小さな炎が揺らめく。
「これは火の精霊の力を呼び出しています。力が弱ければ、マッチを擦ったほうが早いですが…」
そう言うレンの手の平の炎は松明の炎ほどの大きさまで大きくなっていた。
「力が大きければ、大きな災害を起こすことだって可能です」
レンが手を振って拳を握りこむと、あっという間に火は姿を消した。
「魔力と精霊には相性がありますが、今の話を聞くとマリア様の力は全範囲に渡っているようです。それを、順番に確かめたのが今までの事態だったと思います」
マツシマはうめいた。目の前で魔法の発動を見たのは初めてだったし、なにやら思ったより話が大きそうだ。

「最終的な目的はまだ分かりませんが、騒動を起こした人間は、マリア様の魔力を利用しようと思っているのではないでしょうか」
レンは少し躊躇いつつも、推測を言葉にした。
「単なる精霊の力ではなく、神や悪魔を引っぱりだそうとしている可能性もあります」
「つまり、まだ続きが、いやむしろこれから本番があるってことだな」
ローリィの言葉に、レンは頷いた。





おっさんたちの会話で1回分終わってしまいました・・・
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