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まどろみから覚めて(39)


こんばんはー。ぞうはなです。
実際の季節がお話の中の季節に近くなってきてしまいました…。





夜も遅い時刻、空は真っ暗のはずだが街の光が反射して明るく見えている。
繁華街から外れた場所にあるライブハウスからは、その日のライブを終えたバンドメンバーがファンの子達に応えながら移動しようと出てきたところだ。

メンバーの先頭を歩くのはギターケースを背負った金髪の男。
来月のメジャーデビューが決まっているこの男は自信に満ちた笑顔で周りのメンバーと話しながら歩いている。整った顔立ちで笑いかけるだけでファンの少女たちは興奮するが、本人はいたって冷静にその子らをさばいて輪から抜け出していた。

メンバーはいつも通りにライブ後に立ち寄る店に向かって歩を進めるが、その先の暗がりから1人の女が近づいてきた。

「こんばんは」
女に声をかけられて、先頭の男は少し戸惑いながら立ち止まり曖昧に頭を下げる。
「不破尚さん、ですよね?突然声かけちゃってごめんなさい。私あなたのファンで、見かけたからつい…」
「ああ、いや…」
そういうことか、と尚は少し緊張を解いていつもファンに向ける笑顔を浮かべた。同時にさりげなく女性の全身を観察する。

女性は20代前半だろうか。
茶色いショートカット、は尚のファンにも多いが、普段きゃーきゃーと騒ぎ立てる少女たちとは違って口調は落ち着いていて遠慮がちだ。
少し長い前髪は片方の瞳を半分隠すように流れてぴたりとなでつけられ、長いまつげに縁取られたぱっちりとした瞳は色っぽく、光るグロスに彩られた唇は少し笑みを湛えてこちらを誘っているようだ。
スレンダーな体にまとうのは襟がシャープな白いシャツ。胸元は少し深く開いているが小さいペンダントが揺れて下品さは感じられない。まっすぐに伸びる足はタイトな膝上のスカートに包まれて、その足先は高いヒールにおさまっている。

全身をさりげなくチェックした尚は心の中で口笛を吹く。
目の前の女性は、自分のファンに多い自己陶酔型のうるさい少女たちとはちょっと違う。これだけ大人っぽく色気のある女性にファンだと言われることは尚の自尊心を心地よくくすぐった。

もう一度ちゃんと顔を見ようと視線を上げると、自分を見つめている女性と視線が合って尚は一瞬どきりとした。
「前からずっと、応援してたんです。歌声もセクシーだし、ギターを弾いてる姿も男らしいのに美しくて、あなたの姿を見ていると人間を神がおつくりになったというのは本当なんだなって感動してしまうくらい」
「い、いやぁ…そんなこともあるけど」
うっとりと自分を見つめながら繰り出される賛辞の言葉に尚はぞくぞくとした。尚の心をくすぐるこのレベルの褒め言葉を繰り出せるのはこれまでに唯一、あの地味な幼馴染のキョーコだけだ。それが、こんな美しく色っぽい、自分の好みストライクの女性の口から聞けるとは。

「君みたいな女性がそんなに俺の事を応援してくれてるなんて、すごく嬉しいよ」
尚はきり、と表情を改めて女性を見つめ返した。もしかしたらなんかうまいこと転がるかもしれない。そんな下心が顔をのぞかせるのをうまく取り繕う。
「これからライブの打ち上げに行くんだけどさ。よかったら一緒に行かない?」

女性ははっと両手で口を覆って目をそらした。伏目がちになる目がまた悩ましげだ。
「そんな、私みたいなのがお邪魔してもご迷惑ですし。すみません、お会いできたのが嬉しくてついはしゃいじゃって。こうやって直接お話しできただけでもう十分なんです」
よく見たら女性の目は少し潤んでいるようにも見える。
「そんな遠慮することないよ。君はすごく綺麗だし、俺ももっと君と話してみたいと思うし」
「本当ですか?」
「ああ。君みたいな子、すごくタイプだな」
見つめられるとまたあらぬ下心が育ってしまう。尚は平静を装って返事をした。

だから一緒に、と女性の腕をとろうとした尚の腕は空振りをした。黙って尚の言葉を聞いていた女性がものすごい素早さで尚の間合いに飛び込んできたのだ。

「????」
事態を完全に把握できない内に、『ガスッ』という鈍い音が下のほうから響いた。
事態を見守っていたバンドメンバーから「うぇっ」という小さなうめき声が響く。女性のつま先は尚のすねにクリーンヒットしているではないか。固く尖った靴のつま先があの勢いで打ち込まれたらその痛みは想像を絶する。

尚は声にならない叫びを上げて反射的にうずくまりそうになったが、すぐさま女性の両手が胸元に伸び、見た目からは想像できない力強さでがばっとシャツがつかみ上げられてそれは叶わない。


抗議をしようと自分の眼前に迫る女性の顔を見た尚は凍りつく。先ほどまで意味ありげな笑みを浮かべていたその顔は、今は般若の形相だ。
「…痛い?でもね、私の痛みはそんなもんじゃないのよ」
女性は低い声で呟くように言い、尚の襟を一度ぎゅうと首をしめるように絞り込むとようやく放り出すように手を離した。急に支えを失った尚の体はよろけて一歩後ろに下がり、呆然としてたたずむだけだ。
女性は両足を肩の広さに広げて仁王立ちしたまま尚をにらみつけていたが、やがて肩から力を抜くと表情を戻して腰に両手を当てた。
「でもまあいいわ。こんなバカ男にいつまでも関わってても時間の無駄だし」
「お……まえ……?」
「知らなかったわ。私、あんたの好みのタイプなの?へぇ~~~え。でも残念ね。あんたは私のタイプじゃないのよ」
バカにしたように繰り出されるセリフに、ようやく尚は相手の正体に思い当たった。
「お前まさかキョーコか??」
「ふん、本当にあんたってバカで愚かで女を見る目がないわよね。私なんかに鼻の下伸ばすなんて、どうかしてるんじゃないの?ま、せいぜい頑張んなさい、ショータロー」
ひらひらと手を振って、キョーコは踵を返して歩き出す。尚はうっかりその後姿を見送ってしまったが、すぐに気がついて「おい待てよキョーコ!」と大声を出した。

「なによ」
足を止めて振り返ったキョーコは眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をする。
「お前、何しにきやがったんだよ?」
「何って…過去の愚かな私を捨てに来たのよ。くだらない事はもう忘れたいの。ああそうそう、もうあんたには関わらないから安心して」
「ちょ…」

「キョーコ!」
尚が口を開いたところで低くはっきりとした声が尚の言葉を遮った。キョーコの表情がぱっと明るくなり、くるりと尚に背中を向けて声の方向に近寄っていく。そちらに立っているのは、どこかで見た覚えがあるような長身の男。
「敦賀さん、ごめんなさい、時間かかっちゃって」
「いや、それほどでもないけど。それで、もう終わったの?」
「はい、すっきりしましたからもう大丈夫です!」
「じゃあ行こうか」

蓮はその長い腕を伸ばすとキョーコの腰を引き寄せる。ちらりと尚たちを振り返ったその顔は遠目にも整っていて、尚は驚きと同時になんとも言えない敗北感を感じてしまい、慌ててそれを内心で否定した。
そのまま2人は振り返らずに歩き去る。お互いに視線を合わせては楽しそうに微笑み合う姿はどこからどう見ても親密なカップルに見えた。


「尚?」
しばらく場には沈黙が流れたが、メンバーの戸惑ったような声に尚は我に返る。
「は、くだらねえ…行こうぜ」
尚は何もなかったかのように言い、ギターケースを担ぎなおして歩き出した。しかし声には動揺がにじみ、歩き方は異様にイライラしているように見えたため、メンバー達は「今の話題には絶対触れないようにしよう」と心に誓いながら尚の後について歩き出したのだった。


「ほら、言った通りだっただろう」
「もしかして敦賀さん、見てたんですか?」
「ちょっと心配だったからね。それにしてもいい演技だった」
笑いながら言われてキョーコは恥ずかしそうに頭をかいた。

「そうですか?でも確かに…敦賀さんに言われた通りにやったら、あいつ見たことない顔してました」
「君の色気や魅力を認識したと思うよ、彼は」
「そうですか?」
「そう。だから俺が顔を見せておいた方がいいんだよ。もうちゃんと君には恋人がいるって知らせる意味でもね」
「…はい…でもなんで下の名前で呼んだんですか」
「恋人なんだから当たり前だろう。これからもそう呼んでいい?」
「は、はい……いいですけど…」
2人は蓮の部屋への道をのんびりとたどっている。尚の姿はとっくの昔に見えなくなっているはずだが、蓮の腕はしっかりとキョーコの体に回されたままだ。

「これで眠れるようになったかな?少しはすっきりした?」
「すっきりはしました…けど、なんだか本当に私バカだったんだなって思ってしまって…情けないです」
「でもこうやって気がついて、今は俺の隣にいてくれる。俺はそれでもう十分なんだけどな」
「はい…そう言ってもらえるだけで嬉しいです」
キョーコはほわりと心が温まるのを感じた。こうやって蓮はいつも嬉しくなる言葉をくれる。けどそれが逆に…

「それで、眠れないのも解消されそう?」
「だい…じょうぶです、はい」
「なんか引っかかるなその返事。そういえば彼が原因じゃないって言ってたよね」

覚えてたのね…

キョーコは蓮の記憶力を恨めしく思った。
確かに自分が最近考えてしまって眠れなくなるのは尚が直接の原因ではない。けれど尚の言葉や受けた仕打ちが棘のようにずっと引っかかっているのも事実だ。

「なんとなくは分かるけどね。俺の愛情を疑ってるだろう?」
「え?」
「いつかはあの幼馴染にされたように捨てられるかもしれないなんて、思ってない?」
「……」
核心を突かれてキョーコは黙り込んだ。
「やっぱりね…」
「だって…だって私、どうしても怖くて。敦賀さんが私のことを好きだって言ってくれること、嬉しいんです。だけどいつかは敦賀さんも目が覚めて、置いてかれるんじゃないかって思ってしまうとやっぱり…」
「キョーコ?」
「はい」
ネガティブな思考を咎められるかと思ったが、自分の名前を呼ぶ声には優しさがにじむ。

「君がそう思ってる間は、いくらでもいつでも一緒に眠ろう。その内君がもういいって、一人で寝たいって逃げ出すまで。ああでも、そうなって離れたら俺が寂しくて眠れなくなるかも」
「そんな!敦賀さんはそんなことありませんよ」
「そんなことあるよ。だから出来ればずっと一緒がいい。さて、今日は金曜日だし泊まって行ってくれるよね」
「はい…でもいいんですか?こんなたくさんお邪魔しちゃって」
「俺がそうして欲しいから言ってるんだよ。何なら本当、毎日来てくれていい」
「それはちょっと…」
「なんでそれは嫌がるのかな」
「嫌がってる訳じゃなくてですね!だってあのお部屋は他の持ち主さんがいて、敦賀さんのことを信用して管理を任せていらっしゃって…」
「はいはい分かったよ。この話の続きは風呂でしようか」
「な、なんでですか!一緒になんて入りませんよ」
「だってソファで座っててもベッドで横になっててもすぐに寝ちゃうじゃないか。だったら風呂くらいしか話せる場所はないよ」
「他にもありますよ!…そう、ダイニングテーブルとか…」
「そんなかしこまって向かい合うのはやだな」
「だからってお風呂は絶対ダメです!」

冗談だよ、と笑う蓮の顔を見るとキョーコの胸は嬉しくて切なくてぎゅっと苦しくなる。
やっぱり好き、と口には出せなくてそっと頭を蓮の胸に押し付けてみれば、分かってるよ、と言っている様に蓮の腕の力が少し強くなる。
2人は寄り添ったまま、夜の道をゆっくりと歩いていった。

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コメントコメント


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わ〜い!!

なんか、幸せ〜\(//∇//)\ いいな〜、蓮様とキョーコちゃん。これで、睡眠不足は解消ですね。しかし「お風呂で話そう」って蓮様、その発想笑えます〜。まっ、確かにソファーやベットではキョーコちゃんすぐに寝ちゃいそうですけどね(笑) 尚は逃がしたキョーコちゃんの大きさ(美しさ)に後悔すればいいのさ!!

しゃけ | URL | 2014/05/23 (Fri) 16:25 [編集]


Re: わ〜い!!

> しゃけ様

うふふーー。
幸せ感伝わりましたか?
蓮さん完全にセクハラ発言ですよね。とんでもない発想ですが、言う人が言う人だと許されてしまうのですね。
キョコさんは蓮さんに近いとドキドキするのにふわふわしてやがて寝てしまうと言う…キラーです。

尚にはとりあえず地団駄を踏んでもらおうかと思います。
やっぱり逃がしたのはでかいですよね。

ぞうはな | URL | 2014/05/23 (Fri) 21:51 [編集]